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依頼

 ユーリが狙われる理由など簡単だ。

 ユーリほど高い魔力を持ち、それでいてこれほど無防備な存在は他にない。

 魔に属する者は、人間(ひと)の魔力を取り込むことで己の力へと変換することができるという。

 だから、生かさず、殺さず。自分の欲望を満たしながら、ユーリを飼い殺しにしようと企むのだ。

 "ゲーム"でのユーリの魔力覚醒がなんだったのかはわからないが、それをキッカケに、ユーリは魔の手の者から常に狙われるようになる。

 魔に属する者は、人間(ひと)にはわからない"美味な魔力"を嗅ぎ取る力が敏感だという。

 先日の男もまた、ユーリの魔力の魅惑に引き寄せられていた魔の手の一人。

 これからユーリは、次から次へと望まぬ悪夢へと引き込まれていくことになるーーのだが。





 *****





 ここは、学園内にあるサロンの一つ。

 教室ほどの大きさのその一室を貸し切って、アリアとユーリ、そしてシオンとセオドアまでもがここへと呼び出しを受けていた。

 この面子を呼び出した主はといえば。

「突然ごめんね」

 来てくれてありがとう、と柔和な微笑みを浮かべるその人は、学園内で一番高貴な身分である、リオ・オルフィスだった。

「リオ様」

 どうぞ、とグラスに入った冷たい飲み物を用意したのは、リオの側近、ルイス・ベイリー。部外者に立ち入れられたくないこともあるだろうが、自ら給仕するその姿は、まるで有能な執事のようだ。

「……えっと……、アリア……?」

 どうみてもただ者ではない二人の存在を前にして、ユーリが助けを求めるような瞳をアリアへと向けてくる。

(そういえば、あの時ユーリは会っていないんだった!)

 感染病騒ぎの折にニアミスはしているものの、実際この三人は顔を合わせていない。それをいうならばルークも同じく会っていないのだが、今さらながらその事実を思い出し、アリアは紹介しようと口を開きかけ。

「君がユーリだね」

 話は聞いているよ、と、リオ自らユーリへと声をかけていた。

「ボクはリオ・オルフィス。こっちは……」

「ルイス・ベイリーだ」

 柔らかな微笑みを浮かべるリオと、全く表情を変えることのない淡々とした口調のルイス。

 その二人を見比べながら、ユーリは人好きのする笑顔を向ける。

「はじめまして。ユーリ・ベネットです」

 それから、ルイスに薦められるままに飲み物を口にして一息ついた後。

「それで、今日君たちにここに集まって貰った理由だけど」

 と、柔らかな表情の中に厳しい空気を滲ませて、リオが口を開いていた。

「……魔族と遭遇したね」

 実はここのところ学園の周囲で不穏な空気を感じていたのだと言って、リオはユーリの顔を見る。

「どうやら狙いは君のようだけど」

「……え……」

 先日の事件。本来ならば国に報告しなければならない事態だが、アリアはそれをしていない。恐らくはシオンも今回、様子を見ているのだろうと思えば、リオがそれに気づいたのは、それだけ神経を張り詰めていた結果と言えるだろう。

「ユーリ。ちょっといいかな?」

 未報告のままのアリアたちを責めるようなことはせず、リオは戸惑いを見せるユーリへと手を差し出すと、その上に手を重ねるように目で促す。

 そうしておずおずと置かれた手を取り、神経を研ぎ澄ませるように瞳を閉じて十数秒。

「……なるほどね」

 ありがとう、と微笑と共に手を離し、それからその綺麗な顔を険しいものへと変えていた。

「……これは厄介だね……」

 ぽつり、と呟かれた小さな声。

「……もしかして、アリアも気づいていたのかな?」

 確信めいたその問いかけに、アリアは覚悟を決めて首を縦に振る。

「……はい」

 本当は、"アリア自身"はなにも気づくことはできていないのだが、それでは話が通らない為、リオに話を合わせておく。

 ユーリの魔力の性質も、ユーリが狙われる最大の理由も、まさか"ゲーム"で得た知識です、などとは言えるはずもない。

「……なん、ですか……?」

 自分の身に一体なにが起こっているのかと、先日の出来事も不明なままの事態に、さすがのユーリも不安気な様子を隠せない。

「魔力は開化したばかりだというから、まだ操れないのは仕方ないとしても、ね……」

 そのための学校だ。専用の魔法講師を家庭教師として家に呼べるような上流貴族などは別として、普通は高等学校に入学してから魔術を学ぶ。学校へ入学してからまだ数日のユーリなど、少し基礎知識を噛った程度のものしかない。

「君の魔力はね、外に流れっぱなしなんだよ」

 普通、魔力は自分の内に留め置かれている。外に放出し続ければ枯渇してしまうのだから、それは当然のことだろう。

 だが、ユーリは違う。僅かではあるものの、魔力が外へ流れ出てしまっている。流れ出てしまう魔力よりも、強大な魔力が回復する速度の方が早い為か、それで魔力量が減ったりはしない。

 まるで、甘い密に誘われる毒蛾のように。魔物はユーリの元へと吸い寄せられていく。

「……そういうことですか」

 リオの言葉に全て納得したかのように、その隣に座るルイスが吐息を漏らす。

 暗闇の中で仄かに光り続ける存在。それは狙われて当然だろう。

「さて、どうしようか」

 困ったように微笑して、リオはなにか思案するかのように指先で顎を撫でる。

 ここ最近、国内では不穏な報告をよく耳にする。

 あちこちで活性化する魔物の出現。

 おかげで魔物討伐の機会も増え、魔法師団が動く事態にもなっている。

 結界が破られた気配はない。

 そして、国の結界の礎となる国王の力が弱まっているとも思えない。

 あちこちで空間の歪みが発生し、そこから湧き出ている可能性が高いのだが、今のところそれを裏付けるような証拠はなにも出ていない。

「通常であれば、少なくとも王都にいる分には安全なはずなんだけど」

 例えユーリの魔力が外へと溢れ続けているとしても、幾重にも結界の張られた王都内には最上級クラスの魔族でもない限りそれを破ってまで入っては来られない。

 魔の者が生きている世界は元々別の次元にあると考えられている。

 ただ、己の欲望ゆえに、それを満たすためにこちらの世界へと接触を図ってくる。それを防いでいるのが結界だ。網の目を縫って小物が紛れ込んでくるのとは違う。今回の魔物は、明らかに人の形を取ることのできる中位魔族だ。

 現在学園内で唯一の王族でもあるリオは、王国直下の学園の治安を守る義務がある。

 そして、将来の立場を見据えた時には、国内の安定を計るという、未来の国王としての相応しい在り方が望まれている。

「シオン、セオドア」

 顔を上げ、リオは二人の顔を交互に見つめて口を開く。

「二人共、ユーリを守ってくれないかな?」

 瞬間、ぴくり、と動いたシオンの拳と、驚いたように見開かれるセオドアの目。

(きゃーっ)

 リオのその言葉に、アリアは思わず心の中で叫び声を上げてしまう。

 大体のこの流れは"ゲーム"と同じ。ユーリの身を案じたリオが、二人へ護衛を打診する。違うのは、その場にアリアがいるかいないかということだろうか。

「なん……っ?」

 一方、その提案に不快を現したのはユーリの方だ。

「なんでオレが守られる立場なんだよ!?」

 男として、なぜ自分が守られなければならないのかと、ユーリは拒絶の声を上げる。

 繰り返すが、ユーリの性格は男前だ。

 砂糖菓子のような柔らかな女の子を守ることが、男としての自分の役割だと思っている。

「仕方ないだろう?高い魔力だだ漏れで魔法が使えないなど、役立たずにもほどがある」

 むしろ迷惑だ、とはっきり告げて、ルイスは睨むような視線をユーリに向ける。

 この世界には存在しないが、もし存在するならば、"ゴキブリホイホイ以下"とでも言いたげな物言いだ。

 公害を引き寄せるだけ引き寄せておいて、自分では駆除もできない欠陥品。

「……っ」

 言い返す言葉を見つけられずに悔しそうに拳を握りしめるユーリへと、アリアは穏やかな表情で声をかける。

「ユーリ、大丈夫よ」

 これからきちんと自分の魔法を制御できるように学んでいけばいいのだと、形だけは慰めながら、アリアはきちんと守ってみせると改めて決意する。

 魔力の制御。それが実際かなり不可能に近いことをアリアはすでに知ってしまっている。

 少なくとも"ゲーム"の中では、ユーリは最後まで思い通りに魔力を行使できたことなどほとんどなかったのだから。

「アリア。君はダメだよ」

 そうしてそんなアリアのなにを察したのか、リオはアリアへと顔を向けると珍しくもキツめの空気を醸し出す。

「今日、君を一緒にここに呼んだのは、ボクと同じことを君も感じているんじゃないかと確認したかったからだ」

 だから後は二人に任せて大人しくしていなさい、というのは、先日のアリアの立ち回りをまさか知っていたりするのだろうか。

「え……」

「公爵家のご令嬢が、魔族と対峙したりするものじゃない」

「でも……っ!」

 自分だって魔法が使える。特に魔族相手というならば、その真逆に位置する光魔法は得意な方だ。

「俺も同感だ」

「セオドアまで……!」

 けれど、幼馴染みにまで自分の訴えを棄却され、アリアは泣きそうに顔を歪ませる。

「君にはシオンがいる。だから従兄妹とはいえ、本来ボクが口を出すべきことではないかもしれないけど」

 優しく、柔らかく、本当にアリアを思って諭される静かな言葉。

「ボクは、君を危険な目に遭わせることを良しとはしていないよ?」

 その柔らかな眼差しに絡め取られてしまっては、そう簡単には抗えない。

「シオンとセオドアの能力(ちから)は信頼に値するものだと思ってる」

 だから、わかったね?と、静かながらも強い意思を持って向けられた、同意を求めるようなそれに、アリアは小さく頷くことしかできなかった。


 けれど、そんな風に大人しく頷いたアリアが絶対に大人しくなどしていないことを、シオンとユーリだけは確信しているかのように互いの顔を見合わせていたのを、アリアが気づくことはなかった。

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