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count.6-3 水の指環

 膝下ほどの水に満たされた泉の先には、祭壇のようなものが建っていた。

 まさに"祈りの場"として相応しい、神聖で清廉な空気が流れる空間。

「……硝子細工……? いや、氷の彫刻?」

 そこにある、蒼く輝いて見える彫刻に、ルーカスの顔が思案するように顰められる。

 蒼色の硝子でできた飾り物にも見えるそれは、水の塊――、氷でできたもので、自らが光を放っているわけではなく、周りの色を反射している為の輝きのようだった。

「この神獣が咥えているものが水の指環です」

 ラナが"神獣"と呼んだものは、確かにこの世のものではない姿形をしていた。恐らくは水の生き物から影響を受けた創造物なのだろう。アリアの知る"クジラ"のような"イルカ"のような姿をしたそれは、翼のようなものが生えているのも見て取れる。

 そして、その、架空の生き物は、口に小さな"なにか"を咥えていた。

「……普通に取れるんですか?」

 少し離れた泉の縁にいるアリアには、その"なにか"が指環なのかどうかもよく見えない。

 妖精界に"外敵"などはいないのかもしれないが、余りにも無防備に飾られたそれに、簡単に取れてしまえるものなのだろうかと疑問の目を向ければ、さすがにラナもくすりと苦笑を溢していた。

「妖精界に在る6つの指環は、各々(それぞれ)の指環自身に意思があり、指環に認められなければ精霊王になることはできません」

 だからラナは自ら望んでこの立場になったわけではなく、指環に選ばれて精霊王になったのだと説明する。例え自ら精霊王になりたいと名乗り出たとしても、指環に認められなければそれは叶わない。

 その為、ここに在る水の指環は。

「私の意思に呼応してくれます」

 ラナが神獣の彫刻へと手を差し伸べれは、氷はその形を保ったまま、すぐに溶けて水になる。その水の中へと流れた指環をラナの手が掬い上げ、そのまま手元へと引き抜けば、刹那、神獣の姿を模した水はその形を保っていられなくなったらしく、普通の水と同じように弾け落ちて流れていた。

「どうぞ。手に取ってみて下さい」

 上半身から水の雫を滴り落としながら、アリアたちの元へと戻ってきたラナは、指環を載せた両手を差し出した。

「……これ、が……?」

「水の指環……」

 ラナの手元を覗き込み、アリアとルーカスは呟きを洩らす。

 水に濡れている為か、光って見えたそれは、よくよく見ればアリアが今中指につけている指環と同じように、錆びついたような鈍い色をしている。

「本当は、蒼色に輝いているはずなのですが」

 2本の金属が絡み合っているかのようなシンプルな造り(デザイン)をした鉛色の指環は、本来は幸せの象徴である"サムシングブルー"の名に相応しい美しい輝きを放っていたのだという。

 それはまさに、生命の源である水の神秘さを体現するかのように。

 けれど、その輝きは今。

「先の闘いで、残されていた力を失ってしまって……」

 アルカナとの最後の決戦。六人の精霊王たちは、最後に残されたなけなしの魔力(ちから)を振り絞り、アルカナを拘束してくれていた。

 その時に、指環の魔力(ちから)も一緒に使い果たしてしまったのだと、ラナは申し訳なさそうに謝罪する。

「この先、少しずつ周りの魔力を吸収しながら、何年もの時間をかけて指環は元の輝きを取り戻していくことになります」

 聖域は魔力に満ちているが、指環は自身の意思でそれを急速に取り込むことはできないという。そしてそれは精霊王たちも同じ。

「私たち妖精界に棲むモノは、この(ことわり)から外れることはできません」

 これがこの世界の在り方で、そこに生を受けた以上、妖精界に生きる者たちには変えることのできない条理。

 けれど、アリアたち人間は。

「これに、魔力(いのち)を吹き込むことができれば……!」

 指環に魔力を与え、その輝きを取り戻すことができたなら、大いなる奇跡を呼ぶことができるかもしれないと、ラナは真っ直ぐアリアたちをみつめていた。





 *****





「……指環に魔力(ちから)を与える、って、具体的になにをすればいいんですか……?」

 困惑に瞳を揺らめかせ、アリアはラナを窺った。

 レイモンドからも、その辺りの詳しい話は聞いていない。

 否、聞いていないというよりも……。

「……わかりません」

 ラナの答えは、レイモンドと同じものだった。

 (あらかじ)めレイモンドへと尋ねていた質問の中でも、これは当然最重要事項だった。とにかく、1秒でも惜しいのだ。先にできる限りのことを聞いて準備をしておく必要があった。

 だが、レイモンドは一貫として「前例がなくわからない」を繰り返していた。

 指環に魔力(ちから)を与えることができるなら、というのは、あくまで希望で可能性だ。

 ――アリアだけは、それが"できる"ことだと知っているけれど。

「……そう、ですか……」

 目を伏せ、ふるふると弱々しく首を横に振ったラナへと、ルーカスが悔しげに唇を噛み締める。

 アリアは、"指環に魔力(ちから)を与えることが可能である"ことは知っている(・・・・・)

 けれど、どうしたらそれを成し得るのか、"ゲーム"をしていない為にわからない。

 今まで自分がどれだけ"ゲーム"の記憶(・・)に助けられていたのかを思い知らされて、アリアはきゅっと唇を噛み締めていた。

「……ただ、」

 両掌で掬うように持った鉛色の指環へ目を落とし、ラナは静かに口を開く。

「……祈りを……」

 それは、指環の気持ち(・・・)を感じ取ろうとしているかのようで。

「指環には、自らの意思があります。切なる願いが届けば、きっと、自然と導いてくれるでしょう」

 神殿のような清廉な空気が流れるこの場に相応しく、ラナはまるで神の神託を受けた巫女のようにそう言って、指環へと真摯な目を向ける。

「……賭け、ですが」

 前例のない、あくまで希望で予測。

 指環を乗せたラナの手に力が入ったのがわかり、それからその両手は前へと差し出される。

「私たち妖精界に棲む者は、己の世界の(ことわり)を曲げることはできませんから……。……どうぞ」

 ラナの指の大きさに合わせられているのか、華奢で小さく見える水の指環を前にして、アリアはルーカスへと視線を投げる。

 天才(・・)魔道士のルーカスは、どう考えているのだろうか。

「君が受け取って」

「……でも……」

 ほとんど迷う様子もなく当然のように微笑まれ、アリアは遠慮と困惑の入り交じった()を向ける。

「水は君の領分だ。サポートはするから心配しなくていい」

 ルーカス自身は、元々水とは正反対に位置する火属性だからと言って、アリアに指環を手にするよう促してくる。

 全ての属性を軽々と操る天才(・・)ゆえに忘れがちだが、確かに、己の意思を持つという指環に語りかけるなら、水の属性であるアリアの方が相性はいいかもしれなかった。

「……お借り、します……」

 ラナの柔らかな眼差しに見守られながら、おずおずとその掌へと手を伸ばす。

「――――っ!?」

 その瞬間、アリアの中指に嵌められた指環の存在に気づいたラナの瞳が一瞬大きく見開かれたことには、誰も気づく余裕はなかった。

「…………?」

 その一方で、手に取ったはいいものの、どうしたらいいものかわからずにそっと掌の上へと指環を乗せたアリアは――……、

 ぽわ……っ、

 と。

 まるで初対面の挨拶をするかのように一瞬だけ魔力の波動があったのに、驚いたように目を見張っていた。

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