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count.6-2 水の指環

 幻想的に輝く蒼の世界。

 淡く光るクリスタルのような彫刻は、まるでそれ自体が輝いているかのような錯覚に囚われる。

 大きな蓮の葉を思わせる、ガラスのようなものでできた飾りものからは水が溢れ、城中を水で満たしていた。

「……す、ごい……」

 蛍のような蒼い光があちらこちらに舞っているのは、そこに妖精たちが飛んでいるからだろうか。

 とても現実のものとは思えないその光景は、一歩足を踏み出せば幻のように溶けて消えてしまいそうで。

「でも……」

 一気に高揚した気持ちが落ち着いてくるにつれ、始めて訪れた場所だというにも関わらず、何処か違和感を覚えてアリアは顔を曇らせる。

(……なんだろう……? この感覚……)

 アリアの中にある"水の魔力(ちから)"が、敏感に反応を示している。

 その、正体は……。


「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」


 凛と響いた少女の声に、アリアの思考は霧散され、レイモンドが一歩前へと進み出る。

「彼女が、水を司る精霊王、ラナだ」

「お越し下さり嬉しいです。……ずっと、お会いしたいと思っていましたので」

 氷の橋を思わせるような道を歩いてきた少女――、精霊王ラナは、アリアの姿を目に留めるとにこりと可愛らしく笑っていた。

(っ! ……"合法ロリ"……!?)

 蒼い髪に蒼い瞳。アリアより3、4歳は年下に見える少女だが、実年齢は人間界に換算すれば数千歳に違いない。

 何処か"人魚"を思い起こさせる、所々(うろこ)のような紋様が覗く肌。水の中で泳ぎ易そうな薄手の衣を纏った少女は幼さを残していて、"精霊王"というよりも"巫女"のようで。

(……さすが「禁プリ」……!)

 何処までも"王道"を盛り込んでくれると、アリアは心の中だけで感極まった声を上げる。

 だが、"BLゲーム"としては"合法ショタ"を推奨したいところだと、ついついどうしてこうなったのかと"ゲーム制作者"を問い詰めたくなってくる。

 そこだけが、"腐女子"として悔しくて堪らない。

「……アリア様、ですよね?」

「っはい」

 優しい笑顔を向けられて、つい邪なことを考えしまっていたアリアは、それを誤魔化すように慌てて姿勢を正す。

「ずっと、直接お礼を言わせて頂きたいと思っていたんです。ですが……」

 "水"の精霊王だけあって、聞いているだけで癒されそうな声色で笑い、けれどそこで不意に表情を引き締める。

「レイモンドから話は聞きました。一時も無駄にはできません。すぐに指環の元へとご案内致します」

 くるりと来た道へと踵を返して振り返る。

「どうぞ、こちらへ」

「……はい」

 白魚(しらうお)のような手に促され、アリアは少しだけ緊張しながら前へと足を踏み出した。

 先を急ぐようにして歩く足音は、城中を満たす水のせせらぎや小さな滝の音の中へと消えていく。

「……確か、そちらの方も……」

 歩きながらチラリと目に向けられて、ルーカスは紳士的な仕草で頭を下げる。

「ルーカスと申します。以後お見知りおきを」

 最後には、くすり、といういつも通りの意味ありげな笑みを忘れない。

 男女の性別関係なく、"美しいもの"が好きなルーカスは今なにを思っているのだろうと、アリアなどはついつい邪推をしてしまう。

 さすがに見た目が子供だと……、と思いつつ、初めてルーカスに出会った、当時12歳だった自分に向かっても色めいたセリフを口にしていたことを思い出せば、そんなことは関係なかったと思い直す。

「その節は、本当にありがとうございました。できれば一度、みな様にお会いできれば嬉しいのですが……」

 一瞬だけ足を止め、ラナは深々とお辞儀をする。

 一秒でも惜しい為にすぐに先へと急ぎながら、あの時(・・・)のメンバーに直接会ってきちんとお礼を言いたいのだと、ラナは申し訳なさそうな表情(かお)を浮かばせていた。

「レイモンドばかり狡いわ」

 それから拗ねたように可愛らしく唇を尖らせて、ラナはかなり身長差のあるレイモンドを軽く睨み上げる。

「……仕方なかろう。この状況で王たちが妖精界を離れるわけにいかないのだから」

「だったら次は私が行くわ」

「ラナ……」

 我が儘を言うなとばかりに向けられたしかめた顔に、ラナはぷいと顔を逸らす。

 遥か年上のはずだというのに、そんな2人の遣り取りと仕草が可愛らしく、ついくすくすと笑みを溢してしまったアリアへと、ラナはにこにことした笑顔を向けていた。

「アリア様のことは、妖精たちからよく話を聞かされているんです。"クッキー"とかいうお菓子、私も食べてみたいわ」

 そんなことを話している間にも、周りにはアリアたちを歓迎するかのように妖精たちが飛び回り、幻想的な光を作り出す。

 時々「アリアだぁ……!」「いらっしゃい~」などという声も聞こえてくるから、人間界(むこう)に来ていた妖精たちだろうか。

 悪戯っぽく瞳を輝かせるラナは、妖精たちから聞かされている話に胸を踊らされているようで、期待に満ちたその表情にアリアもまた嬉しそうに破顔する。

「是非……!」

「本当に?」

「はいっ」

 約束、と顔を寄せ、ふふふ、と微笑(わら)い合う。

 そうしてラナは、そのままの柔らかな瞳をアリアへと向けていた。

「アリア様は、水に愛されていますね。慈しんで下さりありがとうございます」

 妖精たちはもちろんのこと、足元に満ちた水そのものがアリアを喜んで迎え入れていると言って、ラナは優雅な歩みを進めていく。

 けれど嬉しそうな笑みを溢していたその横顔は、ふと憂いを帯びたものになる。

「……水は、生命の源です。それが、このようなことになって……」

 本来の美しい姿を取り戻しつつある妖精界。足元に張った水の流れをみつめながら呟かれる言葉は、滅びかけ、渇れ果てた時の凄惨な光景を思い出しているのかもしれない。

「みな様方のおかげで、随分と元の姿に近づきました。ですが本当は、もっと水に満たされているんです。本来の姿を取り戻すことができたなら……。美しい水の世界を、是非アリア様に見て頂きたいです」

 寂しげな微笑みに、アリアは感じていた違和感の理由を理解する。

 ――足りない。

 こんなにも美しい世界だけれど、アリアの中の水の魔力(ちから)が、そうではないのだと訴えていた。

 城中に溢れ、浅く(・・)張った幻想的な水の流れ。

 きっと、本来の姿は、もっと溢れんばかりの水に満たされているに違いない。

「ですが、今は……」

 幼く可憐に見える少女は、やはり"精霊王"の名に相応しい。

 ぐっと高く胸を張り、瞳には強い光を湛えて声高に口を開く。

「……魔王は、我々にとっても敵です。厄災が、アリア様を望まれるなんて……!」

 絶対に許せません。と宣言したラナからは、清廉な空気が滲み出す。

「微力ながら、全力でお支え致します。是非指環をお持ちになって下さい」

「……ラナ様……」

 少女の強い言の葉に、軽く目を見張ったアリアをみつめ、ラナは恥ずかしそうに苦笑する。

 ラナが司る、生命の源である水の魔力(ちから)

 水を愛し、愛されるこの少女を。なによりも、この世界を救ってくれた少女を、魔王の元に行かせるわけにはいかない。

 けれど、なぜだろうか。

 そう思う一方で、魔王がこの少女を望んだその気持ちがわかってしまうような気がするのは。

「……とは言っても、またアリア様たちに頼らなくてはならなくて……。私の力が足りないばかりに申し訳ないです」

 本当に、"精霊王"を名乗り、水を司る立場として恥ずかしいと言って、ラナは聖域の最奥に在る泉の中へと入っていく。


「こちらに在るのが、水の指環です」

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