君の為に
「……アリアを連れてきました」
リオに促されて部屋に入ると、一番奥には王と王妃が。そして円状になったテーブルに、アリアの父であるアクア公爵を除く四家の当主たちが顔を揃えていた。本来この場に同席しなければならないはずのアリアの父は、この場に立ち合わせることはできないと、周りから自粛することを求められたらしかった。
「アリアには、すでに全て話してあります」
形式的な挨拶を終えたタイミングを見計らい、リオは誰かがなにかを発言するより前に、開口一番ぐるりと集まっている面々の顔を見回していた。
「! リオ様……っ!?」
「っ! それは……っ」
アリアははらりと髪を揺らして横へ顔を向け、王を始めとする公爵たちは驚愕に目を見開いた。
「勝手なことをした自覚はあります。どんな咎めも覚悟の上です」
例え将来の王としての立場を認められてはいても、まだ皇太子でしかないリオは、この件に関して口を出すことは許されていない。本来であれば、知らされることすらない極秘事項だ。
そんな、特例で許された権利を、上層部に意見を仰ぐこともなく独断で行動に移すことなど大問題に違いない。
「ですが」
この場でどんな糾弾をされようが、リオの決意は揺るぎないものだった。
「これくらいの願いも叶えられないようならば、廃嫡されても構わないくらいの覚悟でいます」
一切譲る気配の見せない声色と表情ではっきりとそう口にして、リオは将来の王の威厳を滲み出すと、動揺の広がったその場の空気を抑え込む。
普段、柔らかな空気を纏っている皇太子の姿とはかけ離れた、まるで彼こそが王であると錯覚してしまうかのような力強さに、その場の者たちが口を噤む中、リオは驚愕と困惑に大きな瞳を揺らめかせるアリアへと顔を向けていた。
「……リオ……、様……」
「ボクもね? 君と同じで欲張りになったんだ」
皇太子となる為に、ずっと自分を律して生きてきた。そして、皇太子となってからは、将来の王として相応しい振る舞いをすることを第一に考えてきた。
けれど、その結果、得られたものはなんだろうと思うのだ。
自ら動くことの許されない歯痒さは、上に立つ者として当然の理だと諭されてしまえばそうかもしれない。自分だけは安全な場所にいて、ただ命じて見守るだけの立場は、心優しいリオにとっては苦痛なだけでしかない。
――もう、我慢はしたくない。
この少女のおかげで、一歩踏み出す勇気を得た。
「だから、ね? アリア」
柔らかく微笑んで、リオはその瞳の奥に何処か悪戯っぽい色を浮かばせる。
「君は、君のしたいことを口にすればいい」
周りから求められる皇太子像を吹っ切った今、全力でこの少女を守り抜くことだけを考える。
――君の、好きに。
自分をみつめる瞳がそう語るのに、アリアはこくりと息を呑む。
「……私、は……」
きゅっと、唇を噛み締めて、この国の最上層部たちへと向き直る。
「……話は、全て聞きました」
アリアへと、全員の意識が集中した。
「その上で、私は……」
緊張感に押し潰されそうになりながら、それでもアリアは震えそうになる身体を叱咤して、揺るぎない真っ直ぐな瞳を上げていた。
「……私は、魔王の"封印"を望みます」
「――――っ!」
「……それは……」
国として、人々の平穏を第一に考える立場として、苦渋の決断を下す覚悟を決めていた王と王妃は息を呑み、イグニス公爵は可愛い親友の娘へと動揺の瞳を向ける。
「……それが、どんなに難しいことかは……」
どんな時にも冷静さを失わないアーエール公爵は、気難しい顔を顰めさせる。
「本人の意思は尊重されるはずですが」
内密とされることだけに、法で決められているものではないが、慣例では本人が拒否した場合はそれ以上の説得はしないこととされている。――もっとも、今までそんな例は一度もないと伝えられているけれど。
だから、これ以上の問答は無用だとアリアを庇うように立つリオは、挑むような瞳を向けていた。
「っ私たちも、封印できるものならば封印したいと思っている……っ」
苦し気にそう告げるソルム公爵の気持ち自体に嘘はないだろう。
麗若き少女を犠牲にしなければ保つことのできない平穏に、心が痛まないわけがない。
だが、国の舵取りをしなければならない立場の彼らは、時に自分の意に反した冷酷な決断を求められる時がある。
人々の平穏の為、大の為に小を切り捨てなければならない決断を。
理想を貫き通す為には力が必要だ。その力がないならば、なんらかの代償を払わなければ成り立たない。現実はこれほどまでに残酷だ。
「でしたら、全会一致でなにも問題はないでしょう」
「だが……っ!」
贄を差し出すことに消極的であるならば、"封印"という道を選ぶことになんの異義もないだろうと結論付けるリオに向かい、アーエール公爵家からは苦し気な声が上げられる。
「……アリア様は、将来、我がウェントゥス公爵家に嫁いで頂くつもりだったお方です。私とて、それが叶うならば……」
淡々と、すでに息子の婚約者を諦めたように口を開いたのは、シオンの父親であるウェントゥス公爵だ。
魔王を封印できるとは思えない。
ならば、多くの犠牲を出す前に、求められるまま少女を差し出した方がいい。
たった一人の犠牲で済むのなら。
断腸の思いでそう決断を下した彼らを、責めることなどできないだろう。
リオにしてみても、そんな残酷な運命を、彼女は受け入れてしまうだろうと思っていたのだから。
「オレも、アリア以外の女を妻に迎えるつもりはありません」
そこで、音もなく開かれた扉へと、全員の顔が向けられる。
「っ! シオン……ッ!」
どうしてこんなところにいるのかと、さすがのウェントゥス公爵も驚きに目を見張る。
「失礼します」
続いてしっかりと頭を下げて部屋へ入ってきた息子の姿に息を呑んだのは、イグニス公爵だ。
「!? セオドア……ッ!?」
「ルーク! お前……っ」
父親であるソルム公爵が目を丸くするのに、ルークは誤魔化すように目を泳がせながら苦笑する。
「……ルイス。お前まで」
皇太子の側近を勤めるルイスがリオの意志に従うのは当然の流れではあるのだが、時には主を諫める度量も必要だと、アーエール公爵は深く眉を顰ませる。
「……ユーリ……」
最後にこの場にいることに恐縮するように小さく笑って現れたユーリへと、アリアは唇を震わせていた。
「アリアを犠牲になどさせません」
「魔王の、封印を」
アリアを囲うように前へと進み出て、シオンとセオドアが挑むような目を向ける。
「必ず、成し遂げてみせます」
それを受け、リオがきっぱりと宣言する。
「私たちのことも忘れないで下さいね?」
そんな、未来の国を背負う次世代面子の団結に水を差すように現れたのは、なぜかZERO仕様のギルバートたちだ。
「……君たちは……」
「今度は、魔王の元からお姫様を拐いに来ました」
くすりと挑発的な笑みを浮かべたギルバートは、恭しく腰を折ってお辞儀をする。
「ZEROと申します。以後、お見知りおきを」
「っ! お前が……!」
ちら、と顔を上げたその視線に、王がガタリと音を鳴らして立ち上がる。
"怪盗・ZERO"の報告を受けてはいても、こうしてZEROと対面するのは始めてだった。
「なにいちいちカッコつけてんだよ」
「……胡散臭い」
やれやれ、と肩を落とすアラスターの隣からは、シャノンがじとりとした目を向ける。
「一人でイイトコ持っていかないでくれる?」
ひょっこりと現れたノアは緊張感の欠片もなく、そんな彼らのやり取りに、思わず公爵たちは沈黙してしまう。
「……妖精界への扉を開いたのは彼らです」
妖精界へと繋がる扉が開き、王宮内の限られた場所だけとはいえ、異世界の小さな住人たちが姿を見せるようになったことは、ここにいる誰もが知っている。
改めてギルバートたちを"怪盗団"ではなく"慰労者"として紹介したリオの言葉を受け、ギルバートは打って変わった真剣な表情を浮かばせる。
「すでに精霊王から協力の約束は取り付けました」
魔王を封印する為に。
すでに動き出していることを宣言したギルバートへと、シャノンがその隣に並び立つ。
「……もし、魔王の封印が叶わなかったその時は」
やるべきことを。できる限りの全てを備え。それでも、その望みが果たせなかったその時は。
「オレたち全員の命を代償ともってしても責任は負います」
まるでアリアを守るように囲むその中から、全員の意志を代表してその中心できっぱりと言い切ったのは、この世界の"初代・主人公"。
「っ! ユーリ……ッ!?」
まさかそこまでの覚悟をしているのかと驚きに振り返ったアリアへと、こそこそと緊張感のないギルバートとシャノンの会話が聞こえてくる。
「……まぁ、オレらの命だけで許してくれるかは全然自信ないけどなぁ……?」
「こんな時になにふざけたこと言ってんだよ……っ」
「っ! 痛ぇな!?」
頭に飛んできた猫パンチにギルバートがシャノンへと恨めしげな視線を向け、こんな時でさえ変わらない彼らのそんな態度に、救われる思いがした。
「一緒に背負わせろ、って言ったろ?」
何度言わせればわかるんだとでも言いたげな、何処か不貞腐れたシャノンの瞳。
「アリアを繋ぎ止められるなら、これくらいのことはなんでもない」
くす、と小さく苦笑して、ユーリもまたアリアへと真っ直ぐな瞳を向けてくる。
「……シャノン……。ユーリ……」
この世界の"主人公"2人の強い光に、誰が抗うことができるだろう。
「ご迷惑はかけません」
頼もしい、ルークの強い声。
「我々がなんとかしてみせます」
きっぱりと、セオドアが言い放つ。
「ですから」
最後に、リオが前面に立っ高らかに宣言する。
「魔王の、封印を……!」
それが、全員の共通意志だった。
この後のR18版は明日更新予定です。