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居場所

 耳を澄ませば、何処からか波の音が聞こえてくる。

 寄せては引くその流れに身を委ねていると、潮の薫りさえ感じられるような気がした。

 他にはなんの物音もしない、月明かりだけが差し込む部屋の中。

 とても穏やかで、落ち着く空間。

 窓の外。遠く離れた位置で輝く月の光を浴びながら、アリアはとても冷静に事態を受け止めていた。


 ――また、思い出したことがあって。


 誰かに見られてもわからないようにする為か、日本語(・・・)で書かれたそれらの文字。


 ――確か、魔王は、生贄を要求するんだ。


 急いで伝えた方がいいかと思って。と添えられて、2人だけの暗号文は続いていた。


 ――これは、オレの推測でしかないけど。


 淡々と綴られた言葉。


 ――……アリア。君じゃない?


 それに、一瞬心臓が止まるかと思ったほどの衝撃を受けたことは確かだった。

 それでも、決して絶望することなく"希望"を見出(みい)だすことができたのは、こうしてアリアを守ろうとしてくれたシオンやギルバートの存在があったからだ。

(……ついに、"続編(ゲーム)"が始まっちゃうのね……)

 持たない"記憶"。

 それが、こんなに不安なことだとは思わなかった。

 まるで足元がガラガラと崩れていきそうな感覚に襲われながら、アリアはきゅっと唇を噛み締める。

 覚悟を、決めなくてはならなかった。

 恐怖に立ち向かい、一歩足を踏み出す勇気を。

(……こわい……)

 ふるりと震える身体を抱き締める。

 これは、"ゲーム"じゃない。

 自分の誤った選択肢一つで、多くの犠牲者を出してしまうことになるかもしれない"現実"。

 間違えたからといって、"リセットボタン"など存在しない。

(シオン……ッ)

 本当は。「怖い」と言ってその胸に飛び込んで。「助けて」と泣いて縋りつきたかった。「大丈夫だ」と抱き締めて。「守ってみせるから」と、なにもかも忘れるくらい、ぐちゃぐちゃにして欲しかった。


 ――『お前は、誰にも渡さない』


 あの言葉は、そういう意味だったのだろうか。

(……大丈夫……。私は、大丈夫……)

 そう。大丈夫(・・・)――。

 なぜなら、アリアは知っている(・・・・・)から。

 この物語には、ハッピーエンドという名の希望があるということを。

 リヒトの記憶が正しければ、続編の"ゲーム"の中でも、誰か(・・)が贄として求められていたということになる。

 この世界は"BLゲーム"の世界だ。

 続編の"主人公"がそのままシャノンであるならば、場合によってはそれは前作の"主人公"であるユーリであった可能性もあった。

 続編の中でも魔王に選ばれたのはアリアだったのか、ユーリだったのか。それとも、また別の誰かだったのか。

 ただ、どちらにしても、もし、"ゲーム"の中でも"誰か"が贄に選ばれたなら。心優しいリオやユーリがそれを知ったら、必ずその"誰か"を助ける為に動くに違いない。

 だから。


 ――王宮に現れるようになった妖精たちから妖精界の存在に辿り着き、精霊王に協力して貰うことを願ったら?

 ――その過程で、扉を開いたギルバート(ZERO)たちへと行き着いたら?

 ――公爵家から秘宝を盗んだ罪を見逃す代わりに、協力することを提示したとしたら?


 全ては推測でしかなかったが、これなら「1」と「2」が共闘することになった理由も、ギルバートがその後、"怪盗・ZERO"として捕まることもなくなるから、話の整合性は取れることになる。

 "ゲーム"と現実は異なるけれど、それでもやはり、根本にある基本的な流れは変わっていない。

(……シオン……。ユーリ……)

 ギルバートやシャノン、リオたち"ゲーム"の"メインキャラクター"たちの存在が脳内に浮かぶ。

 そして、可愛らしい妖精たちと、レイモンドの姿。

(……お願い……。助けて……)


 誰一人、笑顔を失わせたくないから。



 ――……(あらが)う、勇気を。





 *****





「……アリア……ッ」

 朝。カチャリ、と扉の開く音が聞こえた途端に顔を上げたシオンは、アリアの顔を見るなり苦し気に表情(かお)を歪ませていた。

 もしかしたら、夜の間ずっと2人でなにか話していたのだろうか。シオンの前のソファにはギルバートも座っていて、同じように勢いよく立ち上がっていた。

「シオン……? ギル……。 ……っ!」

 近づいてきたシオンにそのまま強く抱き締められ、アリアは驚きに目を見張る。

「シオ……」

「お前が犠牲になる必要はない」

「……っ」

 益々(ますます)強く腕の中へと閉じ込められて、アリアは小さく息を呑む。

「何処にも行かせない」

 強くなるばかりの抱擁は痛みさえ伴うけれど、それを甘んじて受け入れながら、アリアはそっとシオンの腰へと手を添える。

 ――心配を、させてしまった。

 2人とも一睡もしていないかもしれないと思うと、ただただ申し訳なさに襲われる。

「お前の居場所は"オレの腕の中(ココ)"だけだ」

「……シオン……」

 目を閉じて、逞しい胸元へと顔を預ければ、ふわりとシオンの匂いに包まれる。

「心配させてごめんなさい……」

「っ違う……っ。そういうことじゃない……っ」

 その謝罪をどんな意味に取ったのか、慌てた様子でシオンはアリアの顔を正面から見下ろした。

 心配、だとか。これはそういう次元の問題ではないというにも関わらず、腕の中のアリアはとても申し訳なさそうに仄かな微笑を溢していた。

「……精霊王に会ってきた」

 そこで、2人の隣に立ったギルバートから、シオンと合流する前に一人で妖精界へ行ってきたことを告げられて、アリアはぱちぱちと瞳を瞬かせる。

「レイモンド様の……?」

「協力は惜しまないと約束を取り付けてきた」

「え……?」

 真剣な眼差しが向けられて、アリアの瞳が驚いたように見張られる。

 ギルバートが、精霊王と約束を結んできたということは。

「アンタに与えられた選択肢は一択だ」

 真っ直ぐアリアの顔をみつめ、ギルバートは強く宣言する。


「魔王を、封印する」


「っ」

「それ以外の答えを出すようなら許さない」

 有無を言わせない、まるで睨み付けるような鋭い眼光に、アリアはこくりと息を呑む。

「……魔王の元に行くというのなら、お前がどんなに泣いて叫んで抵抗しようが、このまま拐って誰の目にも届かないところに閉じ込めてやる」

 本気しか伝わってこない、シオンの静かな決意。

「シオン……。ギル……」

 そんな2人の切実な願い(オモイ)に、アリアはシオンとギルバートを交互に見遣るときゅっと唇を引き結ぶ。

「……リオ様の前で、ちゃんと自分の気持ちを話すから」

 不安にさせてしまっていることはわかっている。

 けれど。

 2人が"魔王復活"の事実を知っているとしたならば、その情報元はリオに違いない。ならば、2人に対してだけでなく、リオの前できちんと自分の想いを告げたかった。

「アリア……」

「ね?」

 その瞳に揺るぎない(もの)を浮かべたアリアへ、シオンはそのまま押し黙る。

「……じゃあオレは、一度王宮に行って話をつけてくるけど」

 そんなアリアの強い瞳に、ギルバートもまたその意志を受け止めると、不承不承といった様子で小さく肩を落としていた。

「面倒かけてごめんなさい」

「……王宮の結界はさすがに強固で面倒くせぇんだよなぁ……」

 アリアが申し訳なさそうに謝るのに、首の後ろを掻きながらギルバートは吐息をつく。

「……そうなの?」

「気づかれないように転移するのはなかなか骨が折れるんだよ」

 元々王宮は、外部からの侵入者を拒む為の結界――それこそ、神聖結界を含む――が、幾重にも張り巡らされている。国内一のその結界は、魔族であれば上位クラスの者でなければ破ることはできないだろう。そして、例え侵入できたとしても、確実にそれは気づかれる。そもそも転移魔法を使えないアリアやシオンにはその辺りのことはわからないが、気づかれないように王宮内へ忍び込むなど、本来であれば不可能だ。

 その不可能を可能にしているものが、ギルバートの中に流れる王家の血であることなど、きっと誰にもわからない。「骨が折れる」と言いつつも、無意識にそれができてしまっているギルバートは、自分がどれだけ常識外のことをしているのか自覚はない。

 もしかしたら、リオやルーカス辺りはその異常性に気づいていて、あえて黙っているのかもしれないが。

「……ごめんなさい……」

「アンタが謝るようなことじゃない」

 しゅんとなってしまったアリアへと、ギルバートは可笑しそうにくすりと笑う。

 本気で言っていないことなど当然で、ただ、重苦しい空気を少し変えてやりたかっただけのこと。

 絶対に認められない選択肢(もの)はあるけれど、この少女が強い意志を示すというなら、自分は全力でその望みを叶えてやるだけだ。

「それより、本当にいいのかよ?」

「? なにが?」

 そこで不意に声を潜めたギルバートへと、アリアはきょとんとした瞳を向ける。

「……いや……」

 リオの元へと話を通しに行く前に、最後にもう一度だけ問いかける。

「何処まででも逃げてやる、って言ったろ?」


 ――『何処まででも。世界の果てまででも逃げてみせるから』


 それは、ギルバートがアリアへと、自分の気持ちを告げた時に向けられた言の葉。

「アンタが背負う必要なんてないんだ。逃げたいなら連れ出してやる」

 例え"封印"の道を選んだとしても。その為に、この少女が自ら動く必要は何処にもない。重すぎると感じたならば、そこから逃げ出してしまっても、誰も責めたりなどしない。

 ――もっとも、この少女にそんな選択肢など存在しないことは、ギルバートもわかっているけれど。

 だからこそ、遠い何処に隠してしまいたいと望むのだ。

「……ありがとう。でも……」

 案の定、困ったように微笑むアリアに、ギルバートもまた仕方ないなと苦笑する。

「とりあえず行ってくる」

「……お願い」

 突き出した右掌の横に、空間の割れ目が出現する。

「気が変わったらいつでも言えよ」

 そうしてアリアへと悪戯っぽい視線を投げ、ギルバートは闇色の異空間へと消えていた。


「ありがとう」





 シオンとアリア。2人きりで残された部屋(いえ)の中。

「……シオン……?」

 今度はそっと抱き寄せられ、アリアは優しすぎるその抱擁に、戸惑いの色を浮かばせていた。

「……お前は、オレのものだ」

「っ」

 だから。

「渡さない」

 それが、神であれ、なんであれ。自分以外の者などには。

「……シオン……」

 絶対に魔王の元になど行かせないというシオンの強い思いに、つい気が緩んで涙が浮かびそうになってしまう。

「……アリア……」

「……うん」

 決して、守って欲しいわけじゃない。

 もし守って欲しいと願うならば、それは物理的なものではなく、精神的な支えだった。

 傍にいて。抱き締めて。

 何処にも行くなと離さないでいてくれればそれだけで。

「シオン」

 切な気なその顔を見上げて微笑んだ。

「好きよ? 愛してるわ」

 そんな顔をさせたくないから。

 選ぶ未来は一つだけ。


「私の居場所は"貴方の傍(ココ)"だから」

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