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秘密の露見

 頭上では天井扇(シーリングファン)ライトがくるくる回る、全体的に白い木目調の広いリビングには、柔らかなクッションが添えられた、これまた大きなソファセット。

 ここが、シオンの言っていた海辺の別荘だろうか。

 窓の外に広がった暗闇に海の気配を感じて、アリアは直接この場へと現れた自分たちを出迎えたシオンへと、戸惑いに揺れる瞳を向けていた。

「……シオン……」

 兄の制止を振り切るような形でここへ来てしまったけれど。

「アリア」

 心の底から安堵したような、自分をみつめるその瞳と目が合うと、この選択肢は間違っていないような気がした。――その理由は漠然としすぎていてよくわからなかったけれど。

「……助かった」

「よっぽどこのまま奪ってやろうかとも思ったけどな?」

 アリアの隣に立つ人物へと顔を向け、心からその言葉を口にしていることがわかるシオンの謝礼の声色に、ギルバートの口元がくすりと楽しそうに引き上がる。

 と、同時に、未だアリアの肩を抱いたまま、その腕を離す気配を見せないギルバートに、シオンの眉は不快そうに顰められていた。

「オレも人が良いよなー。せっかくのチャンスなのに」

「……ギル」

 肩を抱いた腕にぎゅっと力を込められて、アリアは困ったように眉を下げる。

「このまま遠くに浚って逃げることもできたのになー? なんでわざわざ恋敵のところに連れて来なくちゃならねぇのかね? ご褒美くらい欲しいよなー?」

「っ!」

 そのまま間近から顔を覗き込まれ、ついつい"推しキャラ"のその不敵な微笑みに、ドキリと胸を高鳴らせてしまう。

 どうしたって、何処かシオンにも似た好みのその顔に弱いのは仕方がない。

「……お前には感謝しているが、コイツには近づくな」

 ともすればそのままキスの一つや二つくらいしてしまいそうなギルバートの様子に、焦れたようにやってきたシオンがその腕から愛しい少女を引き離し、アリアの頬が僅かに桜色に染まっているのに、苛立ち気にギルバートを睨み付けていた。

「これからしばらく3人で(・・・)逃避行生活(・・・・・)しよう、ってんだから、仲良く3人で、っつーのでもオレは構わないぜ?」

「――っ!」

 少女を引き離されてなお、懲りずに顔を寄せてくるギルバートにアリアは益々(ますます)顔を赤く染め、シオンはぴくりと蟀谷(こめかみ)を反応させる。

 なぜシオンが自らギルバートの同行を許可しているのか、その"逃避行"という言葉の意味もよくわからないが、"3人で"という部分には、つい変な邪推をしてしまう。

 "ゲーム"の中における"神エンド"は、"主人公"であるシャノンが、アラスターとギルバートと3人で迎えるハッピーエンドだ。

 アラスターと違い、それをシオンが認めるとは思えないが、その選択肢を呈示してくる時点でさすがギルバートだと思ってしまう。

「ふざけるな」

「いや、オレは割りと本気なんだけど」

(……うん。ギルバートはそういう"キャラ設定"だものね……)

「だとしたら余計に質が悪い」

「しょーがねーだろー? 今のところ(・・・・・)、アリアはアンタが良いって言うんだから」

 軽いノリのギルバートの発言を、ついつい心の中で納得してしまうアリアを置いて、2人の言い争いは続いていく。

「今のところどころか、この先もそれは絶対ない」

「そんなのわかんねーだろー? 人の気持ちなんて変わるもんだし」

「だったらお前が諦めろ」

「だからとりあえずお試し、ってことで」

「どこからそういう話になるんだ」

「オレ、それなりにアリアに好かれてる自信はあるんだけど?」

 なぁ?と不敵に笑われると、ついうっかりときめいてしまいそうになるのは許して欲しい。ギルバート――正しくは"ZERO"の方だけれど――は、彼女(・・)が一番最初に一目惚れした"最推しキャラ"なのだから。

「……シオン……、ギル……」

 これが自分を巡っての問答かと思うと、複雑な気持ちになってしまう。

 各々(それぞれ)の"運命の相手"は、本来ユーリとシャノンであるはずなのに。

「……明日は朝一で教会に行く」

「……っ!」

 さすがにもう、この時間帯では教会も閉まってしまっている。

 有無を言わせない静かな声色で宣言され、アリアは反射的に目を見張る。

 ここまできて拒否するつもりはないが、シオンがここまで強固な態度を崩さないのはなぜなのだろう。

 そんなシオンに、ギルバートも小さく肩を落としただけで、特になにか口を出す気配もない。

「いいな?」

「……うん」

 そうしてとりあえず自分用に(あて)がわれた部屋で、運び込まれていた旅行鞄の中身を簡単に整理しようとしていたアリアは、仕舞いこんでいたリヒトからの手紙の存在を思い出し、そっとそれを開封し――……。


 ――――そこに書かれていた衝撃の内容に、愕然と言葉を失っていた。





 *****





 グラスを片手に夜食(オードブル)を摘まみながらアリアを待っていたシオンとギルバートは、音もなく静かに現れた、蒼白に近いその顔色に、水面(みなも)にさざ波が広がっていくような嫌な予感を覚えさせられていた。

「……2人共、私になにか隠してることがない……?」

 ゆっくりと開かれた唇に、内心の動揺などおくびにも出すことはなく言葉を返す。

「アリア?」

「どうしたんだよ、突然」

 いつだって冷静なシオンの対応も、くす、と苦笑(わら)うギルバートの態度も、特段不審なものを感じるところはどこにもない。

 それでも。

 そもそも不自然なこの状況で、自然すぎる2人の言動の方が違和感があり、アリアは先ほど目を通したリヒトからの情報に、乾ききった唇を震わせていた。


「……魔王が、復活するの?」


 それは、もう。"2"の続編が始まるかもしれない予感に囚われた時から、覚悟していたもの。

 発生率の上がった歪曲空間(ワームホール)に、それに比例して増えていく魔物の出現。

 それらは確かに、魔王の復活を予兆するものだった。

「……っどうしてそれを……」

「だが、お前には関係のないことだ」

 ハッと息を呑むギルバートの一方で、シオンはアリアから視線を外すと淡々とした声色で肩を落とす。


「本当に?」


 魔王の復活は認めつつ、あくまでも(しら)を切り通すつもりらしい2人へと、アリアの追及の目が向けられる。

「またお前は首を突っ込むつもりか?」

「だから黙ってたんだよ」

 この件に関しては、今度こそ関わらせるつもりはないと厳しい双眸を返してくるシオンに、ギルバートもまた同意を示すように肩を竦めてアリアを見遣る。

 そんな2人の返答は、どこもおかしな点は見られない。――まるで、口裏を合わせているかのように。


「…………代償を払うことを……、"贄"を捧げろと要求されているんじゃないの?」


「「っ!」」

 平穏を保つことの代償を。その為の"贄"を差し出せと命じられているのではないかと問いかければ、その時ばかりは誤魔化すこともできずに、2人が僅かに動揺した気配が伝わった。


「……なにを、隠してるの?」


「なにも隠してはいない」

 真っ直ぐ向けられるアリアの瞳に、ここで目を逸らしたら全てが水の泡になりそうな予感に囚われて、シオンはその真剣な眼差しを真っ向から受け止める。


「嘘」


 だが、確信を得ているらしい少女は強かった。

 少女がこういう性格であることを知っているからこそ、誰もが彼女を真実から遠ざけたいと願っていたのだから。


「……差し出せと言われているのは……」


「アリア……ッ」

 ドクン……ッ!と心臓が嫌な予感に鼓動を打つ。

 その先の言葉を言わせたくなくて、聞きたくなくて、シオンは咎めるような声を上げる。

 だが。


「――――……私?」


「――――っ!」

「!!」

 それが、全てを物語る。

 シオンがアリアに婚姻を迫った理由(わけ)

 この旅行に、なにかあった時には(・・・・・・・・・)、すぐに転移可能なギルバートが同行していることの真意。


「……そうなのね? だから……」


「アリアッ!」

 その唇からどんな結論が導き出されるのか知りたくなくて、シオンはアリアの言葉を遮った。

 どうして。なぜ。なにが。

 ドクドクと巡る脈流に、それだけが頭の中を支配する。

 少女が、なにか不思議な能力(ちから)を持ち合わせていることには、とうの昔から気づいていた。

 けれどその力が、こんな時に発揮するなど、最もあって欲しくないことだった。

 絶対に、知られてはならなかった。

 知ってしまえば最後、この少女がどんな決意をしようとするのか、考えただけで心臓が止まってしまいそうだった。

「……ギルバート。明日、私をリオ様のところへ連れていって貰える?」

「……っどうする気だ」

 困ったように微笑したアリアへと、ギルバートもまたギリリと唇を噛み締めると、その考えを否定するかのような鋭い目を向ける。

「……どうする、って……。自分の考えを話すなら早い方がいいかと思って」

 酷く曖昧な微笑みで苦笑するアリアは、絶望に身を震わせるでも、全てを諦めて甘受した空気も持っていなかった。

「……自分の考え……?」

「えぇ」

 選択肢は、2つだけ。

 魔王の元へと行くか、それを拒んで闘うか。

 もし後者を選んだ場合、どれだけの犠牲が出るかわからない。そんな、ことを。この少女が甘んじて許すとはとても思えなかった。

「アリア……ッ」

「ごめんなさい、シオン……」

 咎めるようなシオンの叫びに、アリアは困ったように微笑んだ。

「今夜は少し、一人で考えさせて」

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