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mission1-3 幼馴染みの少女を救え!

「……どう?」

「気を失っているだけだ」

 ぐったりと倒れ込んでいるルナの全身を観察し、不安そうに向けられたユーリの瞳に、シオンは冷静に回答した。

 恐らくだが、ルナの中へと寄生させていた闇魔法を強制的に引き剥がした為の副作用のようなものだろうと推測し、シオンは小さく息をつく。

 人質を手離そうとしてした行為ではなく、こうなることがわかっていて、アリアたちから一瞬の隙を作るためにやむ無く闇魔法を解いたのだろうとシオンは言う。

「……シオン。あの男は……?」

 そういえば、とシオンに問いかければ、

「取り逃がした」

 見失ってしまったと、悔しげな低い呟きが洩らされる。

「……そう……」

 やはり、根本的な"ゲーム"の展開を覆すことは難しいのだろうかと、アリアはこの後のことを思って一人唇を噛み締める。

(今度はあの子を救わなくちゃ……!)

 ぐっ、と、無意識に握り締められる綺麗な手。

 そしてアリアが新たな決意を胸に固めていることなど知るはずもなく、シオンは心配そうに幼馴染みをみつめているユーリへと口を開いていた。

「……ユーリ。お前は魔法も使えないくせに前に出るな」

 少し落ち着きを取り戻し、だからこそ先ほどのことを思い出してキツい口調になるシオンに、ユーリはしどろもどろになって大きな目を泳がせる。

「えと……、つい、反射的に……」

 さっきお礼は言っただろーっ?と反論しながらも、己の分が悪いことがわかっているユーリは、大人しくシオンの説教を受け入れる。

 けれど。

「アリア。お前もだ」

 今度はその矛先が自分へと向けられて、アリアは思わず目を見張っていた。

「え……っ?」

(……私!?私も怒られるの!?)

 一体自分がなにをしただろうかと高い位置にあるシオンの顔を見上げ、アリアは若干の苛立たしささえ感じるシオンの雰囲気(オーラ)に小さく息を呑む。

「無茶をしすぎだ。なにを考えている」

「……え……っ、そ、それは……」

 真っ直ぐに向けられる射るようなその視線に、思わず逃げるようにチラリと後方へと目を向ける。

 そこには、もはや凍りついて動かない、例の不気味な生き物の成れの果てがある。

「……ちょっと気になって……アレを氷みたいに凍らせて持って帰れないかと……」

「……」

 言い訳のように告げられたその言葉に、シオンは今度はまたなにを考えているのかと呆れたような空気を滲ませながら、けれど理解不能だというように口を開く。

「……誘淫作用のあるアレに興味があるのか?」

「なん……っ?」

 確かに、言葉にしてしまえばそうであって、それには違いないのだけれども。

「……ちが……っ!」

 なんだかそんな言い方をされてしまうと、まるで違う意図のように聞こえてしまって、アリアは真っ赤になってふるふると小さく首を振る。

「……っ!とにかくっ!ルークのところで調べてほしいことがあって……!」

 なんとか言葉を絞り出すと、大きく吐き出されるシオンの吐息。

「……オレがやるから大人しくしていろ」

 そうしてシオンは、出現させた竜巻のような風の刃でソレを修復不可能な程度にまで切り刻み、アリアの望んだ部位だけを綺麗に凍らせたままルークの元へと運ぶことになるのだった。



 その後。シオンが呼んだ馬車に乗り込み、アリアたちはアクア家の方へと向かっていた。

「ユーリはこの後どうするの?」

 未だに目を覚ます様子のみえないルナの顔をみつめながら、アリアはユーリに問いかける。

「うん……」

 寮に連れ帰るわけにもいかないしと困ったように笑うユーリに、アリアは自分の家に来るかと言いかけて口をつぐむ。

 ついつい忘れてしまいがちだが、ユーリは男だ。ルナも一緒かもしれないが、連れて帰ったりなどしたら家中大騒ぎになってしまう。

「……とりあえずお前はその幼馴染みを連れて家に来い」

「えっ……」

 相変わらず感情の読めない淡々とした口調で向けられたその言葉に、ユーリが「いいのっ?」と嬉しそうに瞳を輝かせる。

 思わず「私も」と言いたいところではあるけれど、自ら人様の家に泊めて欲しいとも言い出しかねて、アリアはそっとシオンの顔を伺う。

「お前はこのまま送るから帰れ」

「……っ」

 すると、アリアの意図を察したらしいシオンから冷たい視線を送られて、アリアはきゅっと唇を引き結んでいた。

(それは仕方ないけど……っ!)

 うっすらと潤んだ瞳が逸らされて、シオンから呆れたような吐息が吐き出される。

「いくら婚約しているからといっても、心配するだろう」

「え……?」

 家族はいても男の家に一人で外泊するなどなにを考えていると意図されて、アリアはそこで初めて気づいたよう様子で目を瞬かせる。

(……意外……)

 そういったことを気にするタイプだとは思わなかった為、思わずまじまじとシオンの顔を眺めてしまう。

 ユーリもルナもいるけれど、アリアの家族にとってはそんなことは関係ない。仮にも公爵令嬢のアリアが婚約者とはいえ異性の家に外泊するなど、アリアを溺愛する父や兄たちが知ったら大騒ぎするだろう。

「……う、ん……」

 と、ルナが小さく身動ぎをして、ユーリが瞬時に反応する。

「ルナ!?」

「ん……」

 呼びかけに、ピクリと瞼が小さく震え、うっすらとその瞳が開いていく。

「……ユー、リ……?」

 起きたての、まだ夢現な様子で辺りへ視線を巡らせて、それからハッと思い出したようにルナは慌てて身を起こしていた。

「私……!」

「!ルナっ、そんな急に起きたら……」

「ユーリっ、私……!」

 ここは?と言いたげにユーリの顔をみつめながら、まだ安静にするようにと促すユーリの手を押し退けて、ルナは華奢な身体を小さく震わせる。

「私……っ」

「……もしかして、おばさんになにかあった?」

 男に向かって「先生」と呼んでいた。

 それで察するものがあったと言って、ユーリは真っ直ぐルナの顔を覗き込む。

「……あの人……、先生は……」

 高い魔力と不思議な力を持つ医者だと紹介され、引き合わされたのだという。

 ルナの母親は昔から身体が弱かった。それが最近、とても顕著になり、縋る思いで男を頼ってしまったらしい。

「治せるかもしれない、って、言われて……」

 ただ、それはとても高額で。

 なぜかユーリに紹介して欲しいと頼まれた。

 男の目的はわからない。

 きっとよくないことを企んでいると気づきつつ、それでもわからないふり、見ていないふりをした。

「……ごめんなさい……」

 大切な幼馴染みを利用しようとした。

 ユーリが優しいことをわかっていて、気づいていないふりのまま、そこに漬け込もうとした。

「いいよ。結局無事だったんだし」

 肩を震わせ、大粒の涙を溢しながら俯くルナに、ユーリは驚くほどあっさりと気にしていないと笑顔になる。

「ていうか、結局アイツ、なんだったんだ……?」

 男の目的がわかっていないユーリからしてみれば、その脅威を正確に理解することは難しいだろう。

 これが始まりに過ぎなくて、これから先、もっと強大な悪意に自分が狙われていくことになろうとは。

「……ユーリ……」

「だから、気にするなって」

 アリアの知識からすると、確かユーリは幼馴染みの少女に淡い恋心を抱いていたはずだが、どうにも読み取れない明るいその笑顔に、アリアは内心小首を捻ってみたりする。

 アリアの隣で落とされる、お前は甘いな、とでも言いたげなシオンの吐息。ユーリに対するその反応に、思わず笑みが溢れてしまう。

「ルナ、と言ったかしら?」

 二人の世界に入っているところを申し訳ないと思いつつ、アリアはルナの方へと向き直る。

「お母様がよくなるかどうかはわからないけれど……」

 あの男は医者ではない。

 もしかしたら、ルナの母親の病状悪化そのものが、あの男の手によるものだということもある。

「私が責任持って最高位のお医者様を紹介するわ」

 これ以上、ユーリの幼馴染みを巻き込めない。

 これ以上、傷つけたり哀しませたりしたくない。

「アリアっ」

 その申し出に、驚いたように見開かれるユーリの()

「……っ、ありがとう……!」

 安堵からか、再び流れ落ちた少女の涙に動揺するユーリの姿を眺めながら、なにかもの言いたげに、けれどもはや諦めたらしいシオンの瞳と目が合って、アリアはにっこりと微笑んでいた。





 *****





「アリア……っ!」

「おはよう、ユーリ」

 次の日。教室へと向かうアリアの姿を見つけて走ってきたらしいユーリは、「おはよう」と息を整えながら挨拶を返して、それから満面の笑みを浮かべた。

「アリア、昨日はありがとな!」

 結局なにが起こっていたのかは不明のままだが、とりあえず助けてもらったらしいことと、それよりもなによりも、ルナの母親へ医者を手配してくれたことに感謝して、ユーリはルナの分もと感謝の気持ちを口にする。

「そういえば、ルナは?」

「朝一で帰したよ」

 本当はアリアに直接お礼とお別れを言いたかったらしいが、学校に連れてくるわけにもいかず、シオンが用意してくれた馬車に乗ってすでに帰路に着いたという。

 二、三日中には、アリアがルークを通して頼んだ最高クラスの医者が、ルナの母親の病を診てくれることだろう。

(……結局は人頼みになっちゃったけど……)

 アクア家お抱えの医者に頼んでもよかったが、やはり最高位となればルークの顔が頭に浮かび、ついつい甘えてしまっていた自分に少しだけ溜め息を漏らしてしまう。

「シオンっ!」

 ウェントゥス家から一緒に登校してきてはいたのだろうが、先に走っていってしまっていたユーリの遥か後方からゆったりとした足取りで追いついてきた長身へと、ユーリは眩しいばかりの笑顔を浮かべる。

「お前ら、本当にいいヤツだなっ!」

「……!」

「きゃ……っ?」

 高い位置にあるシオンの肩へと手を回し、性別を感じさせない気軽さでアリアをも引き寄せて、ユーリは嬉しそうにその腕に力を込める。

 "ゲーム"とは違い、知り合ったのは数ヶ月前。その、決して長いとは言えない時間の中で、ユーリの中でどのような変化があったのだろう。

「大好きだっ!」

「……えっ……?」

 明るくて、自分の感情に素直で行動的で男前。それが本来のユーリの姿。

「ユ、ユーリ!?」

 けれど、早すぎるその展開に、アリアは動揺を隠せない。

 ユーリがシオンを認めるようになるのは、"ゲーム"では中盤を過ぎた頃だ。

 こんな初期の段階で、堂々と宣言してくるなど想像すらしていない。

 しかも、なんだかこの流れは。

(……なんか、大親友見つけちゃいました、な感じなんだけど……!?)

 初期段階から好意を示してくれることはいいことだ。アリアとて大歓迎で受け入れる。

 けれど。

 アリアが望んでいるのはこういうことじゃない。

(シオンっ!頼むから頑張って……!)

 確実に好意は示されている。だからその好意の方向性をこれからどうにか変えていって欲しいと、祈るようにシオンの顔を見上げれば、珍しく困惑しているらしい様子がわかるシオンの姿がそこにあった。

(頑張って……!)

 私は貴方の味方だからと、アリアは心の中でエールを送っていた。

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