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予定外の来訪者

「ん……」

 ぼんやりとアリアが目を開けたのは、すでに正午を迎えようかという時間帯だった。

 もぞりと気だるい身体を動かせば、さらりとしたシーツの感触が素肌に伝わって、アリアは一気に覚醒へと促されていた。

(っ! 私……っ)

 まざまざと昨夜のことを思い出し、アリアは隠れるように布団の中で丸くなる。

(……ど、どうしよう……)

 ベッドの中にはまだシオンの気配と温もりが感じられる気がして、アリアの顔が薔薇色に染まっていく。

(どんな顔すれば……!)

 途中からは記憶が曖昧で、正直よく覚えていない。

 ただ、際限なく求められたのは始めてで、シオンと顔を合わせることが恥ずかしくて堪らない。

 シオンに抱き込まれるようにして眠っていた感覚は残っているから、今は少しこの場を離れているだけなのだろう。

 と。

「アリア?」

 カチャリ、とバスルームへ続く扉が開かれて、上半身を晒したシオンが姿を現した。

 どうやら汗を流していたらしいシオンの髪はまだ濡れていて、「起きたのか?」と言いながら近づいてくるその身体に伝い落ちる水滴が色っぽくてドキリとする。

「っ! シ、オン……」

 肌を伝う汗としっとりと濡れた身体。その色香にアリアの全身がカァァァと赤く染まっていく。

「遅い朝食だが、食べられそうか?」

 一方シオンは、そんなアリアの心中を知ってか知らずか、顔色一つ変えることなく淡々と窺ってくる。

「……うん」

 朝食、と聞くと胃が動き出して空腹感を呼び起こされ、アリアは傍にあったタオルケットを手に取ると、ごそごそとベッドを抜け出そうと試みる。

 が。

「……あ……っ?」

 身体にタオルケットを巻き付けて、床へと足を付こうとした瞬間、全身に力が入らないことを自覚する。

 その場に崩れ落ちるまでのことはなかったが、脱力しているアリアの様子を見て取って、シオンはその細い身体へと腕を伸ばしていた。

「抱いていってやる」

「え? だ、大丈夫よ……っ、そんな……っ」

 シオンの腕が、愛しい少女を抱き上げるように背中へと回されて、慌てて遠慮の声を上げたアリアは、ふるふると首を横に振る。

 だが、そんなアリアに構うことなく、シオンは華奢な身体を軽々と腕に抱き上げていた。

「……昨日は加減ができなかったからな」

「っ!」

 あっさりとそう言われ、より一層恥ずかしさが増していく。

「ふ、服……っ! 服、着るから……!」

 さすがにこんな格好のまま朝食を取るわけにはいかないと、アリアはささやかな抵抗の声を上げていた。



 軽くシャワーを浴びたアリアは、並べられた朝食を前にゆったりと椅子に腰かけていた。

 サービスワゴンで運ばれていた料理をテーブルに移しただけとはいえ、シオンがこれらを用意したのかと思うと、少しだけ可笑しくなってしまう。

 そんなシオンは、今もグラスを片手に水差しを傾けていて、アリアへとチラリと視線を投げていた。

「いるか?」

「うん」

 すでに朝食と共に並べられている冷たいフレッシュジュースも、シオンが先ほど冷蔵庫から出してきてくれたものだ。

 まずは一口、受け取ったグラスから水を貰うと、アリアは一心地ついていた。

「すっかり冷めてしまったが」

「大丈夫」

 恐らくは、アリアが眠っている時に届けられていたのだろう。その時鳴ったであろう部屋のチャイムの音さえ気づかないほど深い眠りに入っていたのかと思うと、少しだけ恥ずかしくなってしまう。

 気だるい身体に深く椅子へと身体を預けながら、シオンが前の席に座ったことを確認すると、アリアは「いただきます」と手を合わせていた。

「うん。美味しい」

 冷製スープを口にして、アリアは口元を緩ませる。

 四つの小さなガラスの器に入れられた、数種類の季節の野菜は色取り取りで美しく、目からも食事を楽しませてくれるもの。

 フレンチトーストやクロワッサンといったパンも小振りで、思わず欲張ってしまいそうになる。

 小さなオムレツやハムやウィンナーも、冷めていても気にならないほど美味しかった。

「そういえば、昨日、ギルが来るって言ってたけど……」

「あぁ」

 ポテトにフォークを刺しながら、アリアがふと今後の予定を思い出して顔を上げれば、シオンは小さく頷いた。

 今はちょうど夏休み期間で、小旅行にはいい時期だ。それもあって自分を連れ出したのかと、アリアは今更ながらに納得する。

 想いが通じ合ってから始めての長期休み。少しくらい恋人同士らしいことをしたいと思う気持ちはアリアもある。

「ここで落ち合うの?」

「その予定だ」

 だからこうしてゆったり過ごしているのかと思えば、2人きりのこの時間を大切にしようと思ってしまう。

「その後、ウェントゥス家の別荘に?」

「……あぁ」

 ことり、と首を傾けたアリアの至極純粋な問いかけに、なぜかシオンはどことなく歯切れの悪い返事を返す。

「?」

 それにアリアがきょとんと目を丸くすると、シオンはその空気を払拭するかのように、くすりとした笑みを洩らしていた。

「だが、その前に、教会に立ち寄ってから、だな」

「っ!」

 刹那、アリアの顔は、恥ずかしそうに赤くなる。

 昨夜、夕食を食べた後に、唯一白紙だった"妻になる者の欄"へとゆっくりと文字を書き込んだ。

 それを教会に提出して受理されれば、今日の夕方頃にはアリアはシオンと正式な夫婦となる。

「お前が好きそうな洒落た教会だ。少しそこの礼拝堂(チャペル)に寄ってから、書類を……」

 と。そこで妙に騒がしい気配を外に感じて、シオンもアリアも廊下へと繋がる扉の方へと振り返る。

「……なんだ……?」

「……なにかあったのかしら?」

 ここは、最上位の特別室(スウィートルーム)。そもそも、宿泊客以外はこの階に来ることすらできないようになっている。

 そのはずが。


「アリア……!」


 魔法で鍵が破壊される気配があって、無理矢理こじ開けた扉を勢いよく開いて現れたのは。


「お兄様……!?」


 薄い群青色の髪は、光の加減と角度によっては金色にも見えるもので、父親によく似たその面差しは、けれどその父親の優しい雰囲気を取り去って、内面の強さを全面に醸し出している。

 どの角度から見ても美形には違いないが、その顔は今、怒りに眉を吊り上げていた。

「お兄様……」

「……っ」

 突然の出来事にアリアが呆然としている間にも、アリアの兄――、アレクシスはシオンの姿を視界の端に捉えて忌々し気にギリリと奥歯を噛み締める。

 だが、可愛い妹を連れ出した憎い相手へとなにを言うこともなく、そのままつかつかと室内へと入り込んでいた。

「……どうしてここに……」

 外が騒がしかったのは、ホテルの従業員(スタッフ)とアレクシスが押し問答をしていたからだと理解する。今も、さすがに部屋の中にまでは入ることはできずに、扉の横で顔面蒼白となってオロオロと慌てふためく男女数名の姿がチラチラと垣間見えている。

「……帰るぞ」

「え?」

 ぐいっ、と。

 他には目もくれずに真っ直ぐやってきたアレクシスに強引に腕を引かれ、アリアは動揺に大きな瞳を揺らがせる。

「お前はまだ未成年だ。男と外泊なんてなにを考えてるんだ」

 アリアの兄であるアレクシスは、元々アリアがシオンと婚約した時から反対の声を上げていた。

 ただでさえ気に入らない相手が、いくら婚約関係にあるとはいえ、外泊を伴う旅行に大切な妹を連れ出すことなど到底許せるはずもない。

「お兄様……っ」

 無理にでもアリアを引き立たせ、そのまま連れ戻そうと腕の力を強くするアレクシスへと、シオンはすぐさまその間に身体を割り込ませていた。

「ちゃんと連絡はさせて頂いたはずですが」

 アレクシスの腕を掴み、アリアを引くその手を止めさせる。

「だが、許可はしていない」

「それは……っ」

「母は許したかもしれないが、私は認めない」

 確かにシオンからしばらくアリアを連れ出すという旨の連絡は来ていたが、それはあくまで"事後報告"のようなもので、アレクシスはもちろんのこと、両親にとっても寝耳に水の出来事だった。

 天然培養の母親は「あらあら」と楽しそうに頬を染めていたものの、シオンのこの行動は、きちんとアリアの両親に許可を得た上でのものではない。

 アレクシスはアクア公爵家の長兄。家を代表してアリアを連れ戻しに来たと言われてしまえば、さすがのシオンもそう強くは出られない。

「しかも、結婚する……!?」

 アリアへと伸ばした方ではない、もう片方の手を小刻みに震えるほど握り締め、アレクシスは怒りの滲んだ声を上げる。

「婚姻届にサインをするなんて……っ。母上はまだしも、父上までなにを考えているのか……!」

 ふわふわとしたあの母親であれば、ついつい絆されてサインをしてしまうこともあるだろうが、娘を溺愛する父親は、さすがにまだ嫁に出すことは早すぎると思っているであろうから、その話を聞いた時、アレクシスは己の耳を疑った。

「そうです。ちゃんとそちらの両親から許可は得ています」

「なにかの間違いだ……!」

 結婚の許可など、早すぎる。

 アリアの父親は、最愛の妻によく似た娘のことを、それはそれは可愛く思っているけれど、最終的には一番愛しているのは妻だという惚気話が待っている。

 だからそんな妻に説得され、つい一時的な気の迷いでも起こしたのだろうと、アレクシスはシオンの言葉を全面的に否定する。

「今すぐ帰る仕度を……、いや、必要ないな」

 室内を見回してアリアへ帰宅を促したアレクシスは、すぐに思い直すと強引にその腕を引き寄せた。

「行くぞ」

「……っ、お兄様……!」

 強い力で椅子から腰を引き上げられ、アリアはどうこの兄を説得したものかと考えを巡らせる。

 だが。

「……あ……っ」

 力の入らない身体は、カクン……ッ、とそのまま膝を下り、その場に崩れ落ちてしまう。

「ぁ……」

 すぐに立ち上がることができずに、なぜか頬を赤く染めているアリアの姿を見て取って、アレクシスは目を大きく見開いていた。

「っ!」

 床に座り込むような形となってしまったアリアの姿を見下ろせば、ふとその胸元辺りから覗く肌に、いくつもの鬱血が散らばっているのが両の目に飛び込んでくる。

「……アリア……。まさか、お前……」

「……っ」

 考えたくもない想像にわなわなと身を震わせたアレクシスに、益々(ますます)顔を赤らめたアリアがぴくりと反応する。

 それが、答えで。全てを物語っていて。

「――――っ!」

 アレクシスはすぐにシオンに向き直ると、ぐっと拳に力を込める。

「っ! お兄様……っ! 止めて下さい……!」

 今にも殴りかからんばかりに眉根を吊り上げたアレクシスへと、アリアの制止の声が上げられる。

「いくら婚約しているからとはいえ、お前たちはまだ学生だぞ……!?」

 基本的に、例え婚約関係にある男女とはいえ、高位貴族は婚前交渉はないものとされている。それが建前のことでしかないことくらい、アレクシスも知ってはいるが、今はその建前がなによりも重要だった。

「婚姻前の女性に……」

「お兄様……!」

 相手を射殺さんばかりの怒りを湛えてシオンを睨み付けるアレクシスを宥めようと、アリアはその場に座り込んだまま、縋るような目を向ける。

「……っ一緒に帰るんだ」

「お兄さ……っ」

 再び強引にアリアの身体を引き寄せようとするアレクシスの腕を、シオンが力強く掴んで離さない。

「アリアは帰しません」

「離せ!」

「離しません」

 そのまましばらく無言の睨み合いが続き、部屋へと不穏な空気が流れ出す。

 だが。

「――――っ!?」

 ふっ、と口元を歪ませたアレクシスがシオンの前へと手を翳すと、シオンはくらりとバランスを崩していた。

「……な、にを……」

「さすがのお前も隙を突かれればわけはないな」

 頭を手で押さえたシオンがなんとか声を絞り出せば、アレクシスはくすりと冷笑した。

 シオンの身になにが起こっているのかはアリアにはよくわからない。

 ただ、まさか魔法で攻撃(・・)されるとまでは思っていなかったシオンが、咄嗟に抵抗することもできずにアレクシスの術中に落ちたことは確かだった。

「お兄様……っ!?」

 数秒間の立ち眩みにでも襲われているかのようなシオンを尻目に、アレクシスはアリアが自ら歩いてここから去るようなことはしないだろうと判断を下し、力が入らないことをむしろ幸いとばかりにその身体を抱き上げる。

「……ッアリア……!」

 目の前から連れ出されていくアリアの姿に、シオンの焦燥の声が上げられる。

「シオン……ッ」

 さすがに実の兄にそこまで強く出ることはできずに、アリアはアレクシスに抱え上げられたまま、壊れた扉の向こうに消えたその姿に手を伸ばしていた。

……R15、大丈夫ですよね……?(汗)

もう少し生々しい(?)R18版は、明日更新予定です。(ほんの一部違うだけです)


活動報告に時々載せているSSをお読みでない方には、アリアの兄・アレクシスが初登場ということで申し訳ありません。

シスコン3兄弟の長男です。

アリアが連れ戻される流れは、もうずっと前から決めていたものでして……(汗)。

今後また本編で登場するかはわかりません(苦笑)。

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