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応え

 ――「……オレと、結婚して欲しい」



「……え……?」

 今、自分はなにを言われたのだろうかと、アリアは確かに耳に届いたその言葉を、何度も頭の中で反芻する。

(……けっ、こん……?)

 けっこん。

 ケッコン。

 ――結婚。

(……"結婚"!?)

 かなりの時間をかけてその言葉の意味を咀嚼して、それを理解してからは驚きに目を見張る。

 そうして次にはうっすらと頬を染めながらも、戸惑うように揺れる瞳をシオンへと向けていた。

「……え、と……、シオン……?」

 アリアとシオンは公私共に認められた婚約者同士だ。将来結婚することはもう決められている。

 ――シオンのことが好き。

 そして、シオンもアリアのことを真摯に愛してくれている。

 だからアリアも、将来的にシオンと結婚することは極自然のことと捉えているし、いつか(・・・)シオンからプロポーズを受けるようなことがあれば、その時はきちんと頷こうと思っていた。

 けれどそれは"いつか"の話であって、まだ成人も迎えておらず、ましてや学校を卒業すらしていない"今"ではない。

「……その……」

 結婚することそのものに抵抗があるわけではない。ただ、あまりにも予想外で早すぎる求婚に、一体どうしたのかと返す言葉に詰まるアリアへ、シオンは隣の席へと移動すると、真っ直ぐその顔を覗き込んでいた。

「アリア……」

 するりとシオンの指先がアリアの頬へ伸び、そのまま顎を取られて口づけの角度へと上向かされる。

「ん……っ」

 ゆっくりと唇が重ねられ、何処か甘やかな吐息が洩れる。

「シオ……」

「好きだ。愛してる」

 真摯な瞳と声色で告げられて、アリアの瞳がゆらりと揺らめいた。

「誰にも渡さない」

「ん……」

 再び塞がれた唇に、そっとシオンの腕に添えられたアリアの指先がぴくりと反応する。

「……頼むから……」

 静かに離れたシオンの顔が、何処か苦しそうに歪んでいた。

 そのまま強く抱き締められ、アリアは困惑と動揺の入り交じった瞳を揺らめかせる。


「頼むから、今すぐなにも聞かずにオレと結婚してくれ」


 シオンは、アリアのただの(・・・)婚約者だ。

 どんなに周りが認めていようが婚約者という立場には公的にはなんの権利もなく、アリアの進退について口出しできることはなにもない。

 まだ未成年のアリアに対する権利は、全て両親が持っている。

 だが、婚姻していれば話は違う。

 "夫"として、"妻"に関する物事について、堂々と意見することができるのだ。

「アリア……」

(……震えて、る……?)

 ますます強く抱き込まれ、アリアはその身体が小刻みに震えていることに気づいて驚いたように目を見張る。

 ――いつだって冷静で不敵な態度を崩すことのない、このシオンが。

 まさか、プロポーズをすることに緊張しているなんてことはありえない。

「……シ、オン……? ……なにを……」

「っ頼むから……っ!」

 回された腕にぐっと力が籠り、痛いくらいだった。

 どうして突然。なぜこんなに急ぐ必要があるのかと困惑しながらも、それ以上を聞くことを許されないなにかがシオンからは感じ取れていた。

「……頷いてくれ……っ」

 懇願にも似たその叫びに、そっとシオンの腰へと手を添えた。


 ――シオンのことが好き。

 それは、嘘偽りない想い。

 ――……結婚したいと思ってる?

 ……それは、いつかは。

 ――……だったら、()は?

 …………シオンが、どうしてもとそれを望むなら。


 アリアが頷くことで、シオンが少しでも安心できるなら。

 なにかに追い詰められているらしいシオンの心を、少しでも軽くできるなら。


「……うん」

 シオンが、好き。

 それが、アリアの素直な気持ち。

 好きな人の傍にいたいと思うのは当然で、難しいことを考えるのを止めてみれば、答えはすぐに見つかった。

「……アリア?」

「よくわからないけど、今のシオンに必要なことなんでしょう?」

 愛する人と結婚したいと思うのは普通のこと。

 望まれて、拒否する理由はどこにもない。

 らしくなく不安そうな空気を滲ませているシオンへと、アリアはゆっくりと身体を離すと柔らかな微笑みを浮かべてみせる。

「……好きよ、シオン。愛してるわ」

 だから。

「結婚……、する?」

 すぐにでも。

 少しだけ恥ずかしそうに目元を染めて向けられた上目遣いに、シオンは沸き上がる衝動のままにアリアの肩を鷲掴む。

「……アリア……ッ」

「ん……っ!」

 奪うようにキスをして、性急に唇を開かせると口腔内へと潜り込み、舌と舌とを絡ませる深い口づけを繰り返す。

「ん、ん……っ、ん、ぅ……」

 角度を変えて貪られ、呼吸のタイミングが掴めずに、アリアは懸命に胸を喘がせる。

「愛してる。離さない。お前はオレのものだ」

「シオ……、んっ、ん……っ」

 ぴちゃり……っ、と唾液の絡む音が響き、溢れそうになった2人分のそれにアリアの喉がこくりと鳴る。

「……ふ……っ、は、……シ、オン……」

 やっと離れた唇にくたりと身体をシオンに預けたまま、アリアは生理的な涙の滲んだ瞳を上げる。

「……でも、お父様たちがなんて言うか……」

 この世界は、男女共に16になれば結婚することは可能になるが、未成年同士の場合には、両親の同意が必要となってくる。

 つまり現状、シオンとアリアに結婚の意志があったとしても、双方の両親からの理解が得られなければ実質婚姻は不可能だ。

「……それなら……」

 だが、シオンは懐から綺麗に畳んだ一枚の紙を取り出して、それをアリアへと差し出した。

「……これ……」

 一部を除き、ほぼ文字で埋め尽くされたその書類は。

「後はお前が書き込むだけだ」

 少しだけ癖のある綺麗なシオンの文字が並び、双方の両親の署名が書き込まれているその紙は。

「……どうして……」

 俗に言う"婚姻届"を前にして、アリアの瞳が驚きと困惑とに揺らめいた。

 ……いつの間に、こんなものを。

「……今日の夜にでもゆっくり書いて、明日、教会に出しに行こう」

 アリアからの問いかけには特に答えることはなく、シオンは落ち着いてからそれに書き込んで欲しいと告げてくる。

 残された空白部分は、"妻になる者"が書くべき欄。他は全て文字で埋められている書類に、アリアは思わず言葉を失っていた。

 ――すでにこんなものが用意されているなど、自分はどれほどシオンに愛されているのだろう。

「海の近くにお前の好きそうなお洒落な教会がある」

「……明日、って……」

 "婚姻届"は、教会にそれを提出し、受理後に原本はそのまま保管されることになるが、写しを本人たちへ返すことによって結婚が成立したと見なされる。

 明日、ということは、このまま家に帰るつもりはないということか。

「新婚旅行、だな」

 始めからそのつもりだったのか、馬車に揺られながらシオンがくすりと笑みを洩らす。

 だが、そんなことを言いつつも、その直後にはやれやれとばかりに大きく肩を落としていた。

「……とはいえ、明日の昼過ぎにはギルバートと落ち合うことになっている」

「ギルが?」

 なぜまたここでギルバートが出てくるのだろうときょとんと瞳を瞬かせるアリアへと、シオンは本意ではないとばかりに嘆息する。

「転移魔法で移動した方が早いだろう」

「……ギルを足代わりに……」

「便利だが邪魔だな」

 その言葉はシオンの本心そのものに違いない。

 海辺の別荘や教会へと一瞬で行くことができるのは助かるが、()となるだけでは済まないだろうギルバートが、そのまま2人に同行することは目に見えている。

 それでも背に腹は変えられず、忌々しげに舌打ちを洩らしたシオンへと、アリアは困ったように眉を下げていた。

「……シオン……」

 確かにアリアも、リオのような瞬間移動ができれば便利だとは思ったが、本気で誰か(・・)を足代わりにしようなどとは思ってもいなかった。

 しかもそれを、ギルバートが承諾している様子だと思えば、私的な理由でその魔法(ちから)を使わせることに申し訳なさでいっぱいになってくる。

「だから、ゆっくり2人で過ごせるのは今夜だけだ」

「……今、夜……」

 あまりの展開の早さについていけなくなっているアリアは、茫然とシオンの言葉を反芻する。

「ホテルを手配しておいた。今日はそこに泊まる」

「……え、と……?」

「お前の家にはそろそろ連絡が行くはずだから大丈夫だ」

 なにもかも先回りしてあるシオンの手際の良さに、もうなにを言ったらいいのかわからない。

「…………どうして……」

 さすがに少しだけ動揺の色を見せるアリアの身体を、シオンは再度抱き寄せる。


「お前は、誰にも渡さない」


 ――それが、何者であろうとも。

四章始めてのR18版は、明後日更新予定です。

(こちらの次話は、木曜日予定です)

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