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プロポーズ

 その足ですぐに空間転移をしたギルバートは、妖精界へと続く扉を前にして、挑むような目を向けていた。

 リオの幻影魔法のようなもので存在を隠されている扉だが、ギルバートのように元々その存在を知っている者が魔力を宿した瞳で見れば、そこには荘厳な扉が佇んでいる。

「…………」

 意を決し、その身を扉の向こうへと(くぐ)らせる。

 視界が(まばゆ)いほどの光に覆われ、一瞬の真白な空間を抜けた先には、先日目にした妖精界が広がっていた。

「……ギルバート、か?」

 来客者(・・・)を察したのか、すぐ傍にギルバートを出迎える影があった。

 冷たい印象を受ける、その声の持ち主は。

「……レイモンド、王……」

 相変わらず感情の見えない端整な面持ちでそこに立っていた光の精霊王――、レイモンドへと、ギルバートはぎゅっと拳を握り込んでいた。

「……お前の方から私を訪ねてくるとは、……なにかあったのか?」

 精霊王のことも、妖精界の存在も、決して好いてはいないであろう場所へと自ら足を運んできたギルバートへと、レイモンドは僅かに眉を顰ませる。

 よほどのこと(・・・・・・)がない限り、ギルバートが自らの意思でレイモンドに会いにくることはないだろう。

「……知らないのか」

「……お前たちは私のことをなにか誤解しているな。私程度の存在が、世の中の事象全てを把握しているはずもない」

 顰めた眉を益々(ますます)深くして、レイモンドは淡々と口にする。

 レイモンドは、ただ妖精界を纏めているだけの存在だ。6人いる精霊王の中で一番の適任者だと求められ、代表して妖精界を率いているだけのこと。

 王の中の王とはいえ、それは仮初(かりそめ)的なものに過ぎず、"神"なる存在ではないのだから。

「…………今日は、頼み事があってここに来た」

 今まで故意に目を合わせることのなかったレイモンドの顔を正面から見据え、ギルバートは鋭い光の潜んだ()を向ける。

「なんだ」

「……オレの身に起きた過去のこと。綺麗さっぱり、全部水に流してやる」

 相手が精霊王とはいえ、対等以上の態度を崩さないのは、自分の両親が殺される原因を作った相手の何処に敬意を示す必要があるのかわからないからだ。

 幼くして独り遺された絶望を忘れられるはずもない。許せる日が来るとも思っていなかった。

 けれど。

「…………」

 ギルバートに対して負い目を感じているレイモンドもまた、向けられた不敬な物言いに気分を害することなくただ沈黙した。

「……その代わり、条件だ」

 許す、許さないなどもはやどうでもいい。

 ギルバートには、()、絶対に譲れない願いがあった。

 それが叶えられるなら、すでに起きてしまった悲劇など過去のものでしかない。

「……なんだ」

 重い口を開いたレイモンドから目を逸らすことなく、ギルバートはその瞳へ強い意思を宿らせる。


「魔王が、復活する」


 静かにただ真実だけを言葉にしたギルバートへと、レイモンドが感情を大きく揺らがせるようなことはなかった。

「……そのようだな」

「! 知ってるのか」

 あっさりとそれ(・・)を認めたレイモンドへと、むしろギルバートの方が驚いたように目を見張る。

「知っているのはそれだけだ」

 人間界と妖精界は、隣り合う姉妹世界のような関係だ。魔王は、共通の敵。

 リオたちが魔王の復活を知るように、レイモンドたち精霊王たちもそれを知る。

 感情の見えない声色で告げてきたレイモンドへ、ギルバートは身体の横で作っていた拳へと力を込める。


「……魔王を封印するために力を貸して欲しい」


 魔法というものは、元々隣り合う別の世界――、妖精界から力を借りて具現化しているものだという。一般知識として学んだ"魔法"についての(ことわり)が何処まで正しいものなのかはわからないが、こうして妖精界が現実として存在していることを考えると、あながちそれは間違った言い伝えではないのかもしれないと思えてくる。

 で、あるならば。

 妖精界から力を得ることができれば、今以上の魔力(ちから)を――、魔王を封印するだけの魔法を使えるようになるかもしれなかった。

「……必ず、魔王の封印を」

 魔王が、互いの世界の共通の敵だと言うならば。

 手を取り合い、共に災厄に立ち向かうべきだろう。

 ギルバートは、妖精界の為に犠牲になり、そして、結果的にその妖精界を救ってみせた。

 ならば今度は、そちらがこちらを助ける番だ。

「それさえ叶えば、オレは……」

 これは、まごうことなきギルバートの本心だ。

 ぐっと奥歯を噛み締めて、ギルバートは心の底から言葉を紡ぐ。

「オレは、アンタたちを恨むどころか感謝する」

 もう、過去のことなどどうでもいい。

 ただ、未来が明るいものであるならば。

 彼女(・・)の笑顔が失われることさえ回避できるなら。


「……っアイツを……! アイツを犠牲になんてさせない……!」


「!」

 血を吐くようなその叫びに、レイモンドは全てを理解する。

「……そうか。魔王は彼女(・・)を願ったのか」

 人間界から少しずつ魔力が失われ、とうとう魔王の討伐も封印すら叶わなくなった時。世界の平穏を守る為に、魔王へ贄を捧げなくてはならなくなったことはレイモンドも知っている。

 全ては、人間界と妖精界が互いの関わりを絶った為。

 共通の敵と言いながら、それ以来妖精界が魔王討伐の為に直接力を貸したことはない。

 魔力を具現化する"魔法"の構築過程上、どうしても干渉してしまう事象を除けば、別離を決めた時点でなにが起ころうと互いに背を向け続けてきた。

 妖精は人間界から姿を消し、人間たちは妖精の存在を忘れ去った。

 そんな2つの世界を再び結びつけたのは、皮肉にもアルカナの存在だ。

 "互いに干渉しない"。それを、アルカナ(災厄)を押し付けるという最悪の形で先に破ったのは妖精界の方だった。にも関わらず、ギルバートは――、少女は妖精界を救ってくれた。

 レイモンドたち精霊王が、敵わないと引け目を感じてしまうのは、なにも見返りを求めないそんな彼らの行動に触れたからだった。

「……そうだ。そんなこと、許せるはずがない……っ」

 妖精界を救った少女が、今度は自分の世界を守る為に己の身を犠牲にすることを求められている。

 魔王が少女を望んだ理由がわかる気もして、レイモンドは感情を露に叫ぶギルバートへと静かな瞳を向けていた。

「今度はアイツが犠牲になるなんてこと……!」

 ギルバートにとっては、幼い日の両親に続いて、二度目の犠牲(・・)

 妖精界の為に両親を失い、今度は人間界を守る為に大切な少女を差し出せと言われ、それを認められるはずもない。

 もう、か弱かった幼い子供じゃない。

 今度は、必ず守ってみせる。

「……わかっている。お前と同様、彼女にも大きな借りがある。全力を尽くすと誓おう」

 神妙に頷いたレイモンドへと、ギルバートは唇を震わせる。

「……アイツさえ助けてくれるなら……。もう、過去のことなんてどうでもいい……」

 望むのは、少女が微笑む明るい未来だけ。

 一年先も、五年先も、十年が過ぎた未来(とき)さえも。

 だから。


「……助けてくれ……!」





 *****





 真夏となった今、アリアたち学生は俗に言う"夏休み"に入っていた。

「シオン……? こんな朝早くからどうしたの……?」

 自分を迎えに来たシオンへと、アリアの戸惑うような不思議そうな目が向けられる。

 昨夜突然、明日会えないかと連絡があり、確かに承諾の返事は返していた。だが、朝一と言っても過言ではない迎えの馬車には、さすがになにかあったのかと思ってしまう。

「いや……。連れて行きたいと思っている場所が少し遠いからな」

 だから朝早くから向かわないと1日で戻って来られなくなると告げられて、アリアはそれならばと納得する。

 シオンと今まで"遠出のデート"をしたことはない。夏休みということもあり、たまにはそんなぷち旅行(・・・・)もいいかもしれないと、アリアは少しだけ胸を踊らせる。

 シオンは、アリアを何処に連れて行こうと思ってくれているのだろう。

 さすがに馬車で行くには海は遠いかしらと思いながら、アリアは楽しそうな笑みを浮かばせる。

「ちょっと待ってて。すぐに荷物を持ってくるから」

 昨夜遅くから慌てて準備に取りかかった為、なにか忘れているものはないだろうかと、アリアは軽くシオンに手を振って家の中へと戻っていく。

 そうしてその数分後。少しだけ大きな荷物を抱えて出てきたアリアをエスコートするかのように、シオンはその手を取っていた。



 馬車に乗り込み、窓から覗く見慣れた風景が少しずつ遠ざかっていく様子をみつめながら、アリアは向かいに座るシオンへと明るい笑顔を向けていた。

「何処に行くの?」

「……別荘に行こうかと思ってる」

「別荘?」

 高位貴族ともなれば、地方に別荘の一つや二つ所有しているのは普通のことだ。今の時期であれば避暑地で過ごす貴族も多く、アリアもアクア家の別荘へは何度か訪れたことがある。今一番勢いよく事業を拡大しているウェントゥス家ともなれば、当然別荘の一つや二つや三つや四つを持っていても不思議はないが、アリアは初めて招かれる別荘へときょとんと瞳を瞬かせていた。

「海沿いにある綺麗な街だ」

「"海"、って……」

 海に行ってみたいとはアリアも頭に浮かんだものの、とても1日で行って帰って来られる距離とは思えず、その目は驚いたように丸くなる。

 こういう時に瞬間移動が使えたら便利だとは思うものの、ないものねだりをしても仕方がない。例えリオやルーカスがここにいたとしても、完全に私用でそれを使わせることができるはずもない。――ギルバートであれば、ひょいひょい使ってくれるかもしれないけれど。

「……アリア」

「なぁに?」

 すっかり旅行気分で浮き足立っているアリアへと、シオンから思いの外真剣な目が向けられる。

「……シオン……?」

 どうかしたのかと、戸惑いに揺れる瞳が真摯なシオンの顔を映し込む。


 シオンは、決して自分がロマンチストな人間だとは思っていない。

 けれど、さすがにソレ(・・)を口にする時は、場所や雰囲気を考えてからにしようとは思っていた。

 けれど。


 馬車の中で向き合って、シオンはゆっくりと己の想いを言葉に乗せる。

 こんなこと(・・・・・)にならなくても、ずっと心の奥に秘めていた願い事。



「……オレと、結婚して欲しい」

裏話SSが活動報告(7/31)に掲載済みです。

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