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悪夢の始まり 2

「――――っ!!」

 大きな動揺と驚きが広がって、誰もが言葉を失った。

 闇の者の頂点に君臨するという"魔王"。その存在は幼い子供ですら知っているほど有名だが、それは御伽噺に近い感覚だ。

 魔物や魔族が存在する時点で"魔王"ももちろんいるのだろうと理解しつつ、それでも現実味に欠けているというのが誰もが思っているところだろう。

「君たちもここ最近、不穏な空気が流れていることは知っているだろう?」

 歪曲空間(ワームホール)が頻繁に出現するようになり、魔物が姿を現す回数も増え、人々の生活を脅かしているというのは、国中が知るところとなっている。

 王家のお膝元にある王都にまではまだ被害は及んでいないが、それも時間の問題かもしれなかった。

「師団長は、連日のように魔物の討伐に飛び回っている」

 今日ここにルーカスの姿がないのもそれが理由だと言って、リオは説明を続けていく。

「それらは全部、封印の力が弱まり、魔王の力が増しているからだ」

 目には見えない魔王の強大な闇の魔力が人知れず世界に広まって、その影響で闇の者の力が増している。今はまだ魔物の動きが活発化する程度で済んでいるが、魔族が動き出してもおかしくはない局面にまでやってきていた。

「……でも、どうしてそんな話をオレたちに……?」

 そんな秘匿情報を、なぜわざわざこれだけの人を集めて話すのかと困惑に瞳を揺らめかせるルークへと、リオは意志のこもった瞳を上げて宣言する。

「……魔王を封印する為に、精霊王たちの力を借りられたらと思っている」

 魔王は、必ず封印しなければならない。だが、その為には妖精界からの協力が必須になる。レイモンドと会ったあの時に、彼は協力を惜しまないと言っていた。

「だから、ギルバート。君に協力してし欲しいんだ」

 レイモンドは、なによりもギルバートに恩義と贖罪の意識を持っている。そこにつけ込むつもりというわけではないものの、この件で前面に立って動く人物としては、ギルバートが一番の適任者だと思われた。

「……それは……」

「討伐するのではなく、封印なんですか?」

 僅かに表情を曇らせたギルバートの言葉を遮って、セオドアが最もな疑問符を投げかける。

 討伐と封印では全く意味が異なるが、先程からリオは、どちらかを選ぶのではなく、封印の選択肢のみを口にしていた。それがセオドアには不自然に感じられたのだ。

 もし可能であるならば、封印よりも討伐の方が確実に脅威を防ぐことができるだろう。

「……討伐はね、できないんだよ」

「できない……?」

 セオドアの不審そうな眼差しに、リオは困ったように微笑んだ。

「それはまた後で話すよ」

 それからリオは苦々し気な表情を浮かばせて、静かに口を開いていた。

「魔王討伐の記録については、この国を一つに統一した伝説の王と王妃の時代が最後になっている」

 それはもう、数千年も前のこと。アリアとシオンと同じ名を持つ伝説の2人が生きた時代にまで遡る。

 その時も魔王が復活し、犠牲者も出た熾烈を極める闘いだったと記録されている。だが、人々の魔力は、その少し前から少しずつ弱くなっていた。

 だから。

「それ以降は、討伐する魔力(ちから)がなくなり、封印するに留まっている」

 討伐よりも、封印の方が消費する魔力量は少なくて済む。その為、魔王を討伐するだけの魔力(ちから)が失われた時、魔王は討伐ではなく封印されることになったのだ。

 魔王は、完全に滅ぼすことができない。例え討伐しても、永い時をかけて復活する。ただ、一度討伐すれば、復活には数千年の時間(とき)がかかり、封印すれば、約千年。

 そこでリオは一度言葉を切り、重苦しい雰囲気を醸し出していた。

「……そして、ここ千年は、封印する力すらなくなってしまった」

 告げられた現実に、誰もが音もなく息を呑んだ。

「……だったら……」

 では、ここ千年、魔王が復活した際にはどうしていたというのだろう。自分の知る歴史と照らし合わせて戸惑いの瞳を向けたルークへと、リオは苦し気に顔を歪ませていた。

「表向きは封印されたことになっているけど、本当は違うんだよ」

 魔王復活の事実は、しっかりと史実に残されている。

 この千年、確かに魔王は何度か復活の兆しを見せたことがあった。けれど、その裏で行われていたことは。


「……ここ数回の魔王封印の真実は、生贄を捧げて一時的にその力を鎮めていただけのことらしい」


「――――っ!」

 衝撃の真実に、誰もが驚愕の息を呑む。

 要するに、贄を捧げることによって魔王のご機嫌取り(・・・・・)をして、数百年の時間を稼いでいただけなのだ。眠る期間は短いけれど、贄を捧げることで、少しの間、魔王を鎮めることができるという。

 強い魔力を失ってしまったこの千年。そうして世界は、その度に贄を捧げて仮初の平穏を保ってきた。

「……贄……」

 そう呟きを洩らしたのは誰だろうか。

 ドクリ……ッ、と心臓が嫌な音を立て、脳内が熱くなる。

「…………選ばれるのは、10代後半の少女だそうだ」

 全員の心臓の音が室内に漏れ聞こえるのではないかと思うくらい、ドクドクとした血流が体内を巡っていく。

「……それは、犯罪者かなにかを……?」

「……いや……」

 なんとか声を絞り出したセオドアへ、リオは目を閉じて首を振る。

「……そんなに何人も犠牲者を出したらさすがに騒がれるだろう」

 なんとか冷静さを保ったシオンが、浮かんだ疑問を口にする。

 死刑が確定した犯罪者ならば生贄にしていいかと問われれば答えを出しようがないけれど、なんの罪もない一般人を犠牲にするなど、それ以上にありえない。国の為にと自己犠牲を名乗り出る者がいるかどうかはわからないが、そもそも贄の存在が秘密にされているならば、"公募"などということもありえない。

 ならば金や権力などを使ったのかと言外に滲ませるシオンへと、リオは小さく首を振っていた。

「……一人でいいんだよ」

一人(・・)……」

 一時的なものとはいえ、魔王の復活を阻止する為に必要な犠牲は一人だけ。闇の世界の王たる者がそれで満足するのかというセオドアの呟きに、リオはただ現実だけを告げていた。

「……そう。贄は、どんな形で知らせてくるのかはボクにもわからないけれど、魔王が自ら選ぶらしい」


 ――魔王自らが選ぶ贄。

 ここにきて、リオが今日ここに集めた面子とその理由が見えてきた気がして、その考えを瞬時に否定した。

「……だから、一人で満足してくれる、ってことですか?」

 身体中が凍りつきそうな恐怖になんとか耐えながらリオへ問う、シャノンの指先は震えていた。

「うわー。自分好みの麗若き乙女を指名して、一体ナニ(・・)すんだろ」

「ノア……ッ」

 茶化すように口にしたノアの発言にギルバートが声を上げたが、それが少しでもこの場の重い空気を払拭する為にわざとされたものだということは、きっと誰もがわかっている。

 ――それ以上の最悪の事態(・・・・・)を考えることを、全員の思考が拒んでいた。

「……魔王が復活することはもう確実なんですか?」

「……残念ながらね」

 真剣なユーリの問いかけに、リオの顔色がどんどん悪くなっている気がするのは気のせいなどではないはずだ。

「……魔王が……、自ら選ぶ……?」

「……そうだ」

 完全に感情の乗らないシオンの独り言のような疑問符に、リオが唇を噛み締めた。

「……それは、いつわかるんだ?」


 沈黙が、落ちる。

 それは、とても重苦しく、張り詰めた時間だった。


「……ま、さか……」


 ドクドクと、心臓が破裂しそうなほどの鼓動を打つ。

 誰の姿も映さないリオの瞳が遠い何処かを彷徨って、ゆっくりと紡がれた言葉は、なにを言われたのか理解できないものだった。



「……アリアだよ」



「っ!!」


 ――悪夢が、ゆっくりと現実になる瞬間。





「――――魔王は、アリアを望んでる」

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