三度目の文化祭 ~"ゲーム"の記憶~
まだ、プレイすらしていない。彼がどんな生い立ちの人間でどんな性格かも知らない。
アリアが知るのは、その"キャラクターデザイン"と"仮の名前"だけ。
「そ。理人。オレの今の名前はリヒト・ワーグナー。最悪だろ?」
やれやれ、と肩を竦める青年――、リヒトへと、アリアもまた"ゲーム"の内容を思い出して茫然とする。
「…………でも、"3"は製作途中のはずで……。しかも、"現代編"って……」
アリアがこの世界に"転生"しているということは、恐らく"日本人"だった"彼女"は死んでしまったということになるのだろう。だが、アリアには"彼女"が死んだ時の記憶がない。
アリアにある"ゲーム"の記憶は、"禁プリ2"の続編が限定版で出ていたことと、今度は"現代編"だという"3"の発売が決定していたというところまでだ。
とはいえ、もし"禁プリ2"をクリアした後に不慮の事故かなにかで死んでしまったと仮定したならば、死後のことはわからない。
アリアが知らないだけで、その後無事に"3"が完成して発売されたのだろうかと思って戸惑いの目を向ければ、リヒトは「あぁ」と同意するかのように苦笑を洩らしていた。
「それは間違ってないと思うぜ? オレの記憶でもそうだし」
"禁プリ"は、基本的には"BL"が主軸になってはいるものの、一部"男女ノーマルエンド"も存在する。その為、プレイすることは控えたものの、"ゲーム"の中身自体はチェックしたことがあるのだと説明し、リヒトはしみじみとした溜め息を吐き出していた。
「恐らくは"主人公"もまだ制作段階だったせいかもな? おかげで助かった。オレの周りにはそれっぽいヤツは見当たらないからな」
アリアの中にある"3"の記憶は、"メインヒーロー"であるリヒトとその友人2人の"キャラクターデザイン"まで。"1"も"2"も、"メインルート"における"攻略対象者"は5人だから、恐らくは"3"もそうなのではないかと推測される。その上で"3"が"現代編"だと銘打っていたことも考慮に入れれば、本当にまだ"主人公"すら出来上がっていない制作途中なのかもしれなかった。
「男相手にアレコレするなんて、ちょっと考えただけでゾッとする」
本気で身震いするリヒトを前に、アリアの口元へは乾いた笑みが浮かんでしまう。
リヒトは"3"の"メインヒーロー"だ。つまりは、"主人公"である少年にアレやコレやをする立場にあるわけで、極々普通の性癖を持つ男性にとってはリヒトのような拒絶反応を覚えるのが普通だろう。
「でも、ここが"禁プリ"の世界だって気づいていろいろと探っていくうちに、"シナリオ"が変わっているらしいことに気づいたんだ」
"自分"は前世で知る"BLゲーム"の"メインキャラクター"。それに気づいたところでどうしていいかわからずに、とりあえず自分の知り得る限りの"1"と"2"の記憶を元にあちこちを探っていたところ、自分の知っている"男同士の恋愛の世界"になっていないことに驚かされたのだという。
「それで、アンタに辿り着いた」
一体なにが起きたのかと原因を探っているうちに、その中心に一人の少女がいることを突き止めた。
それが、アリアの存在。
そしてその"シナリオ"の変わり方に気づけば、その少女に自分と同じ"ゲーム"の記憶があるのではないかという結論が導き出されていた。
「"シナリオ"は変えられる。それを知った時のオレの気持ちがわかるか? すげーほっとした」
制作途中とはいえ、自分は"BLゲーム"の世界の"メインキャラクター"。"シナリオ"という名の運命により、否が応でも同性相手に恋愛しなければならなくなるのだろうかと恐れていた青年は、変わっている"ゲームのシナリオ"を前にして救われる思いがしたのだと口にした。
「だから、ずっとアンタを探してた。会って御礼を言いたかったんだ」
"誰か"が"シナリオ"を変えたのだと気づいたその時から。
ずっとその"誰か"を探していた。
「ありがとな」
まさに"メインヒーロー"の名に相応しい綺麗な顔でにっこりと微笑まれ、アリアは思わずどぎまぎしてしまう。
「……そんな……」
「また、会ってくれるか?」
壁から背を離したリヒトは、アリアへと悪戯っぽい眼差しを向けてくる。
「"転生者"同士。なにかあった時には助け合えると思うんだ」
ここが"ゲーム"の世界だと知っている者同士。他の誰に話せなくても、2人の間であれば相談できることもある。
そうしてふと顔を曇らせたリヒトが呟いたその言葉に、アリアは愕然とした表情を浮かばせていた。
「しかも、今後の"シナリオ"は、まさにこの世界の危機なわけだし……」
「…………え」
"3"の"メインヒーロー"の"キャラクターデザイン"と共に思い出した、"2"の続編の存在。
元々"2"は、まるで続編があるのではないかということを匂わせるような、中途半端とも言える終わり方をしていた。だから、"続編"があるということ自体はなんら不思議なことではない。
けれど。
「なんだよその顔。オレよりもそっちの方が詳しいはずだろ? 確か"魔王復活編"」
「――――っ!」
訝しげな視線を向けられて、アリアは驚愕に息を呑む。
「……まさか、まだやってなかったとか……」
「……っ」
(……そう、だ……)
"限定版"として出た"2"の"続編"。
"3"を予告する1枚の"チラシ"。
それらの記憶は確かにある。
"2"の"続編"ということで、その内容が主に妖精界で精霊王たちをメインにした話だといういうことも。
ただし。
「……マジ、で?」
「……記憶には……、ないわ……」
驚いたように向けられる疑問符に、アリアは乾き切った声を洩らす。
"続編"が出たということで、プレイするのを楽しみにしていた記憶はある。
ただ、アリアにある記憶はそこまでだった。
「嘘だろ……?」
その答えを聞いたリヒトは、信じ難いものを見るような目つきでアリアを見た。
「……どうすんだよ……」
これからこの世界を襲う危機は、魔王の復活。
"1"の頃から匂わせていた危機が、とうとう実際に訪れることになる。
「……でも、"ゲーム"として出てる以上、必ず魔王を倒して"ハッピーエンド"に辿り着く"ルート"はあるはずだし……」
"魔王復活編"というその内容が、魔王の復活を阻止する為に奔走する話なのか、それとも魔王を討伐する話なのかはわからない。
ただ、"ゲーム"として成立している以上、世界が救われる結末は必ず用意されているはずだと語るリヒトに、アリアはもう一つの可能性を口にしていた。
「……当然、"バッドエンド"もね」
"禁プリ"という"ゲーム"は、"1"も"2"も、"ハッピーエンド"ばかりではない残酷な結末もきっちりと用意されていた。
今までアリアが多くの不幸を回避できていたのは、"ゲーム"の記憶があったからに違いない。
かつての彼女が"攻略本"もなく、一度目のプレイで"ハッピーエンド"に辿り着けたという自信はない。ここが現実である以上、"リセットボタン"を押してやり直すことなどできないのだから。
「…………」
「…………」
2人の間に重苦しい空気が漂った。
だが、肩を落としたリヒトはアリアの目の前に立つとにっこりと笑いかけてくる。
「アリア」
ちゅ……っ、と頬に触れた柔らかな感触に思わずアリアは身を引いた。
「……っ!?」
そんなアリアにリヒトはくすっ、と意味ありげな笑みを浮かべ、励ますようにその肩をぽんぽんと叩いていた。
「そんな暗い顔すんなって。きっとなんとかなる。今までだってそうだったんだろ?」
今までも"不幸なシナリオ"を書き換えてきたのだ。記憶がないからといって、"バッドエンド"を回避できなくなるわけじゃない。
「今日のところはこれで帰るけど、また会いに来る」
明るく笑い、リヒトはアリアから離れる素振りを見せる。
「オレも真剣に思い出してみるよ」
もちろん"ゲーム"をやったことはないけれど、"ゲーム雑誌"に掲載されていた内容を読んだことはあるからとリヒトは苦笑した。
「だから、あんま思い詰めんなよ?」
「……っ」
そんなに酷い顔をしていたのだろうか。
思わず言葉を詰まらせたアリアに再度苦笑して、それからリヒトは明るい笑顔を浮かべていた。
「今日は話せて嬉しかった」
「っ! 私も……っ」
いろいろと衝撃的なことはあったけれど、この出逢い自体は感謝しなければとアリアは慌てて同意する。
「じゃあ、また近いうちにな」
ひらひらと手を振って去っていくその後ろ姿を見送って、アリアはきゅっと唇を噛み締めていた。
9月に入りますので、ストックに追いつかない限りは基本週4更新に戻りたいと思いますm(_ _)m