三度目の文化祭 ~もう一人の転生者~
午前中は友人たちと催し物を見て周り、そのままお昼は購入したものをピクニック気分で広げて楽しんだ。
文化祭終了後は、学生のみが参加する生徒会主催の後夜祭も待っている。そこではダンスパーティーも行われる為、校内に婚約者がいる生徒は、互いが最初のパートナーとなることが暗黙の了解となっている。国の公式行事というわけでもないから、会場までのエスコート役などは必要ないのだが、なんとなくの流れでシオンと一緒に行動する約束をしてしまっていたアリアは、午後をだいぶ回った今、一人で中庭付近を歩いていた。
後夜祭の前には大体の生徒が制服からパーティードレスに着替える為、シオンと落ち合うのはその後でも良かったのだが、これが最後の文化祭かと思うと、少しだけ制服姿で"校内デート"を楽しみたいと思ってしまったのだ。
(……まだ少し早いわよね……?)
先ほど見た時計台の針が示していた時刻を思い出し、どうしようかと頭を悩ませる。
待ち合わせた時刻までにはまだ時間があった。
(……あまり早く着いてシオンを待ってるのもちょっと……)
少しだけ2人で校内を見て回らないかと誘った時のシオンの驚いたような表情を思い出すと、それだけで恥ずかしくなってしまう。
"デート"とはいえここは文化祭中の校内で、顔見知りの生徒たちのたくさんの視線もある。一般的な"デート"と同じものにはならないだろう。
アリアとシオンの婚約関係など国中に知れ渡っていて、2人が一緒にいるからといって、誰も不思議に思わない。今までだって2人で歩いていたことなど山ほどある。2人きりになることだって今さらだ。
けれど、今さらすぎるほどドキドキと胸が高鳴ってしまうのは、アリアに気持ちの変化があったからに他ならない。
――"校内デート"をしたいと思うなんて。
表面上はなにも変わっていない。それでも、少しだけ2人の時間を作りたいと思ってしまった自分が恥ずかしくて堪らない。
改めてシオンのことを好きになってしまった自分を自覚すれば、今まで自分はどうしていただろうかとドギマギしてしまう。
(……どうしよう……!)
アリアが"文化祭デート"に誘った意味を、シオンはきちんと理解しているだろう。
アリアの気持ちが、紛れもなくシオンに向いているということを。
……と。
一人動揺していたアリアは、ふと視線を感じて顔を上げた。
数メートル先。そこには、白銀の髪をした"アイドル"のように綺麗な見目をした青年が、じっとアリアをみつめていた。
(……え……?)
何処か、"記憶"に引っ掛かる容姿だった。
けれど、いつ何処で会っただろうかと頭を巡らせても覚えはない。
(……でも、絶対に何処かで…………)
――やっとみつけた。
その唇が、嬉しそうに言葉を象った。
「やっと会えたな」
「え……?」
颯爽と歩いてくるその姿は、まるで"モデル"か"アイドル"のように強いオーラを滲み出す。
そうしてアリアの目の前までやってきた青年は、にっこりと微笑むと金色の髪を一房そっと掬っていた。
「ずっと探してたんだ、アンタのこと」
ちゅ……っ、と髪先に口づけると、意味ありげにアリアの顔を覗き込む。
思わずドキリと胸が高鳴ってしまったのは、その青年があまりにも綺麗な顔立ちをしていたからだ。
「"シナリオ"が変わっているのはアンタのせいだろう?」
「…………え……?」
その瞬間、なにを言われたのかわからずアリアは固まった。
「アンタ、"禁プリ"ファン?」
――"禁プリ"。
それはもちろん、アリアの記憶の中にある"BLゲーム"、「禁断のプリンス」の略称に他ならない。
「…………貴方、は…………」
ドキドキと、変に鼓動が胸打った。
その、"ゲーム"の名前を知っているということは。
この世界の"本来のシナリオ"を知っているということは。
「アンタと同じ"転生者"だよ」
「――――っ!」
くす、とからかうような笑みを向けられ、アリアの大きな瞳が驚愕に見張られると同時に息を呑む。
そんなアリアの反応に、青年は満足気ににっこり笑うと「誰かに聞かれたら困るから」と、アリアを人目のない校舎の影へと誘っていた。
「……貴方にも、記憶があるの……?」
まさか、自分以外にも"ゲーム"の記憶を持つ人間がいるなど思ってもいなかった。
青年の突然の告白に完全に混乱していたアリアは、それでも物影へと移動しながらなんとかそこから立ち直り、驚きと共に確認の疑問符を投げかけていた。
「……"禁プリ"の世界に転生したと知った時のオレの気持ちが、アンタにわかるか?」
壁に背中を預けた青年は、何処か遠い目をしてアリアを見た。
「絶望したよ」
「……え?」
――"絶望"。
その感情の意味がわからず、アリアは動揺に瞳を揺らめかせる。
アリアとて、"ゲーム"の記憶が降りてきた時の衝撃はかなりのものだった。それでも"絶望した"というのは随分と穏やかなものではない。
だが、彼が"絶望"した訳は、その理由を聞けば確かに納得できるものだった。
「だってここ、"BLゲーム"の世界だろ?」
この世界の記憶を得て、アリアが歓喜した理由。けれどそれはアリアが"腐女子"だった為で、かつても男だったらしいと思われる青年にとっては。
「オレも前世じゃかなりの"ゲーマー"だったけど、オレがやってたのは"男性向け"ばっかだったし」
"日本人"をしていた彼女がかつてこそこそと"BLゲーム"にハマっていたように、青年もまたかなりの"男性向けゲーム"をやり込んでいたという。
「これが"男性向けゲーム"の世界なら喜んでハーレム作るけど、よりにもよって"BLゲーム"の"メインキャラクター"とかありえないだろ」
心底嫌そうに顔を歪めた青年のその言葉に、アリアの瞳がみるみると大きく見開かれていく。
「……ぁ……」
(……っそうよ……!)
青年が口にした、「"BLゲーム"の"メインキャラクター"」という言葉。
アリアが、何処かで青年のことを見た覚えがあるような錯覚に囚われた理由。
例えアリアが生まれてから今日まで出会った人たちの顔を全て思い出したとしても、絶対に思い当たるはずがない。
なぜなら、彼は。
「"禁プリ3"の"メインヒーロー"!!」