三度目の文化祭 ~escapegoat~
もはや毎年恒例になってしまった文化祭での観劇。だが、舞台が終わった今、今年も観劇に誘ってきたリリアンの姿はアラスターとシャノンと共に消えていた。
今年の演目は『ロミオとジュリエット』。観劇中は確かに一緒にいたのだが、演劇部に所属している友人に挨拶に行くと、リリアンは半ば無理矢理アラスターを連行していってしまったのだ。アラスターが行くともなれば、ほとんどセット扱いのシャノンも溜め息をつきつつそれに同行する結果になる。会うのはこれで二度目のはずなのだが、アラスターに会いたがっているという友人の元へとその腕を引っ張っていく強引さはなんともリリアンらしかった。
「……女ってホント、こういうお涙頂戴モノが好きだよなぁ……」
外に出てからも感動収まらぬ様子で口々に感想を言葉に乗せながら涙を拭っている少女たちの姿を眺め、ギルバートがやれやれと嘆息する。
「あぁ、でも、オレもラストシーンは感動したけど。あの生演奏、なかなかだった」
恐らくは、全体を通して劇の中身そのものよりも後方で流れていた音楽に関心を向けていたのであろうその台詞は、もちろんノアのものだ。
「……でも、本当に切なくて……」
「ジゼルはラスト、ずっと泣いていたものね」
キラリと涙の雫を見せる一つ年下の可愛らしい少女に、アリアは優しい微笑みを向ける。
アリアももちろんじんわりとした涙が浮かんだが、隣でポロポロと涙を流すジゼルの姿に、ついつい姉のような気分で寄り添ってしまっていた。
「2人にはちゃんと幸せになって欲しかったです……」
「私もやっぱり、最後はハッピーエンドが好きよ」
ハンカチを手に呟やかれたその言葉に、アリアはしみじみとジゼルの横顔を見てしまう。
"ゲーム"の中では、意に添わぬ婚姻に身も心もボロボロにされ、最終的には自ら命を絶つことを選んでしまった悲劇の少女。その少女が不幸になることなく、今は"ゲーム"では結ばれることのなかった執事見習いのカーティスと暖かな愛を育んでいるのかと思うと本当に嬉しかった。
「だからジゼルは、ちゃんと好きな人と幸せになってね」
シリルが語る過去の話の中でしか出てこなかった"ゲーム"のジゼルをアリアは知らない。けれど、こうして救うことのできた悲劇に、心から恋人と添い遂げて欲しいと思う。
「! はい……」
"好きな人"の言葉に想い人のことでも思い出したのだろう。仄かに頬を染めて頷いたジゼルは、それからチラリとシオンへと視線を投げ、再度アリアへと視線を戻す。
「アリア様も……」
「っ!」
可愛らしくはにかまれ、思わず頬へと熱が籠る。
「……そうね。ありがとう」
恥ずかしさの余り赤くなった顔を見合わせて、互いに照れたように微笑みを溢す。
そっと交わされたそんな2人の会話に気づいているのかいないのか、ちゃっかりアリアの前までやってきたギルバートは、ニヤリとからかうような笑みを瞳に浮かべていた。
「オレだったらあんなことになる前にしっかり浚ってみせるけどな」
「……ッギル……」
"怪盗・ZERO"を思わせる声色と仕草を向けられて、思わずドキリとしてしまう。恋心とファン心は別物だ。複雑な腐女子心は、"最推し"からの口説き文句にはどうしたって弱くなる。脳内では、それを告げる相手はしっかり"主人公"に変換されているけれど。
「生憎オレたちの婚約は公に認められたものだ」
「許されない恋に身を焦がしてみたいとか思わない?」
アリアの回収を試みるシオンの横から、ひょい、とその顔を覗き込んできたのはノアだ。
「……お二人とも……」
婚約者の存在など気にする様子もないギルバートとノアの言動に、常識人であるシリルは若干引き気味になって乾いた笑みを洩らす。
「お貴族様のご都合主義の政略結婚なんてオレには関係ないし」
「返り討ちにしてやろうか」
ギロリとシオンに睨まれようが、ノアが怯む様子はない。
「あ、いいな、それ。それでお前が殺人罪で追放されても、後の事は安心して任せていいぞ」
「なんだよそれ。オレが殺される役なわけ!?」
劇中で、ロミオが親友の仇である青年を手にかけて街を追放された流れを受け、シオンへとしっしっと手を振るギルバートへと、ノアが冗談じゃないと言い募る。
「そしたら神父役はジャレッドだな」
「オレはそんな物騒な毒薬使わせたくねーぞ。もっと建設的にだな……」
ニヤリとした笑みを向けられて、頭を抱えたジャレッドが肩を落とす。
「……みな様、なんのお話をしてらっしゃるんですか……」
話の展開についていけずに、シリルが困惑気味に疑問を投げれば、
「"ジュリエット"をいかに幸せにするかの話だろ?」
意味ありげに"ジュリエット"と口にしたギルバートは飄々とした態度を返し、
「天国で幸せになりました、なんてラスト、オレは御免だね」
ノアはむすりと唇を尖らせていた。
アリアにしても、やはり悲恋よりもハッピーエンドの方が好きに決まっている。
それでもどうにも裏のあるその遣り取りにどう反応したものかと困惑していると、ふとシオンがなにかを思い出したかのように独り言にも似た呟きを洩らしていた。
「……そういえば、前にユーリのヤツに言われたな」
今回の劇の前評判を聞き、悲恋モノは見たくないと拒否を示したユーリは、今はルークと一緒に何処かに遊びに行っていた。終わる頃には合流すると言っていたから、そろそろ顔を見せるだろうか。
「ユーリが? なにを?」
ぱちぱちと瞳を瞬かせて小首を傾げるアリアを見下ろして、シオンは淡々と口にする。
「お前は駆け落ちするタイプだろう、って」
――『どっちかって言うとかっ浚って駆け落ちとか平気でするタイプかと思ってたけど』
それは、アリアに皇太子妃になるという選択肢が浮上した時のこと。冷静な態度を崩さずにいたシオンへと、ユーリがその真意を問いかけた時の台詞だ。
あの時は、例え無理矢理浚ったとしても、きっとこの少女は自ら逃げ出してしまうだろうと溜め息を返したけれど。
「え……」
目を見張ったアリアの反応に、今だったらどうだろうかとふと考える。
「……一緒に逃げてくれるか?」
なぜ、そんなことを問いかけてしまったのかはわからない。
ただ、その時は、本気で一緒に逃げて欲しいと思った。
――もし、その選択肢を迫られる状況に陥った、その時は。
「……シ……」
戸惑うように揺れる瞳は、どんな答えを出そうとしたのだろう。
「ちょっと。2人の世界作らないでくれる?」
2人の間へと手を差し入れたノアの半眼に、アリアは思わず顔を赤く染めてしまっていた。
――その答えを返す日が、すぐそこに迫っていることなど、この時は誰も思っていなかった。
タイトルは、escape+scapegoatの造語です。
まだまだ先の話になりますが、諸事情あってアリアが自ら(シオン以外の)誰かにキスするのは許容の範囲内でしょうか?……相手による……?(汗)
展開に悩み中です……。