三度目の文化祭
リオとルイス、そしてサイラスが卒業し、アリアたちは最高学年へと進級していた。
そうして驚くほど穏やかに日々は過ぎ、新入生も学園生活に慣れ始めた頃。毎年恒例の文化祭が、今年も豪華絢爛に催されていた。
1年目はまだ学園に入学していなかったリリアンとルークが顔を出し、去年はギルバートが公爵家の面々を探るために姿を現していた、外部の人間も参加自由な文化祭。
3度目となる今年の文化祭は。
(なにこれっ!? "ゲーム"の"一枚絵"かなにか……!?)
ざわりと辺りの空気がどよめく気配を感じて数メートル先へと視線を向ければ、そこには見目麗しい"2"の"ゲーム"のメンバーたちが揃って歩いてくるところだった。
シャノンを中心に、その両隣には"メインヒーロー"であるアラスターとギルバート。それから周りを囲むようにノアとジャレッドの姿まであり、何処で合流したのかシリルとジゼル兄妹の姿もある。
これでステラとサイラスが揃えば"ゲーム"の"説明書"の1ページのようだと思いながら、アリアはこちらに向かってくる集団の迫力にたじろいでしまっていた。
「よぉ!」
「アリア」
アリアに気づいたギルバートが手を上げ、ノアが嬉しそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。
「どうしたの、みんなして」
「そりゃアンタに会いに来たに決まってるだろ」
「抜け駆けはさせないよ」
ニヤリと笑うギルバートと、そんな先輩を軽く睨み上げるノアの傍で、シャノンがすでに疲れたような吐息を吐き出して肩を落とす。
「……俺はコイツに付き合わされただけだ」
「ずっと興味あったんだけど、今までキッカケがなかったから」
"コイツ"とシャノンが顎で示したのは、もちろん親友・アラスターだ。
国内随一の学校である王国立魔法学園の学園祭は有名だ。誰もが一度は覗いてみたいと興味を抱くのは当然で、アラスターもそんな中の一人だったらしい。アリアという知り合いができたことによって今年は是非と思ったのだと、言葉通り興味深気に辺りをきょろきょろと見回していた。
「……オレは、この前コイツらが事務所に来た時に話が出て、なんとなく、な。ちょうど急ぎの仕事もなかったもんで」
そう肩を竦めたジャレッドはまるで保護者のようだが、"2"の"攻略対象者"だけあって、年下のこの集団にしっくりと馴染んでいる。
「私とお兄様はアリア様にお会いしたくて」
可愛らしく微笑うジゼルへと、アリアもまた柔らかく微笑み返す。
「わざわざありがとう」
ジゼルとは、今も時々手紙の遣り取りをしており、去年に引き続き是非また学園祭に遊びに来たいと聞いていたので、双子の兄であるシリルと一緒に来るであろうことは予想できていた。
と。
「アリア様、アリア様」
見目麗しい一団に圧倒されたのか、思わず言葉を失っていた友人2人から声をかけられ、アリアはそちらの方へと振り返る。
「なぁに?」
「私達はこの辺で別行動にさせて頂きますね」
「……え……っ? そんな、いいわよ」
ここまでずっと、友人2人と催し物を見て回っていたのだ。そんな風に気を遣わなくていいと驚いたように瞳を瞬かせたアリアだったが、次に向けられた悪戯っぽい2人の双眸に返す言葉を失っていた。
「……シオン様もいらっしゃいましたし」
「え?」
彼女たちの視線の先を追えば、そこにはユーリと共にこちらに向かってくるシオンの姿が確かにある。
それにいの一番で反応したのは相変わらずのギルバートだ。
「うわ、出たよ。恐っ。どっかでコイツのこと見張ってんのか?」
「なにしに来た」
「そりゃ遊びに来たに決まってるだろ」
「だったら一人で勝手に回れ」
飄々とした態度を崩さないギルバートへ、シオンの蟀谷が不快そうにぴくりと反応する。
「と、いうことで、私たちは失礼させて頂きますね」
「……え……っ、ちょ、2人共……っ!?」
「ごゆっくり」
にっこりと微笑んでシオンにペコリと頭を下げた友人2人だが、何処かそそくさとその場から逃げていくような雰囲気が滲み出ているような気がするのは気のせいだろうか。
「……ぁ……」
引き止める間もなく去っていく友人たちの後ろ姿を、アリアは茫然と見送ってしまっていた。
「オレはもちろんアリアに会いに」
「……ノア」
思わず甘やかしたくなってしまう"可愛い弟ポジションキャラ"担当は本来シリルのはずなのだが、同じ年のはずのノアに甘えられると可愛いと思ってしまうのはなぜなのだろうか。
「案内してよ。普段アリアがどんな風に生活してるのか見てみたい」
だが、そんな風に甘い顔をしながらも、その実背後に小悪魔の尻尾が揺れていることにはアリアだけが気づいていない。
「……できれば2人きりで」
「え?」
そっと耳元に唇を寄せられて、アリアの目が丸くなる。
「お前はなに勝手なこと言ってるんだよ」
「そんなことさせるわけがないだろう」
ギルバートがノアを引き離し、シオンはアリアを手元へと引き寄せる。
「いいだろ、それくらい。アリアからもなんとか言ってやってよ」
「ふざけるな」
不貞腐れたようなノアから助けを求められ、アリアが困ったように眉を下げる一方で。
「お兄様……っ、もっと積極的に行かないと他の方に奪られちゃいますよ……っ!?」
「それはわかってるけど……」
「ほら、お兄様……っ」
なにやらこそこそと会話を交わしている双子兄妹の姿を見て取って、アリアは不思議そうな目を向けていた。
「シリル……? ジゼル……?」
「お久しぶりです、アリア様。去年に引き続き、遊びに来させて頂きました」
"ゲーム"の中では復讐に燃えていたシリルだが、ジゼルに魔の手が及ばなかったこの現実では、とても穏やかでしっかりとした性格になっていた。
貴族令息として相応しい、丁寧な挨拶で頭を下げてくるシリルへと、アリアはじんわりとしたものが胸に広がるのを感じながら笑顔を向ける。
「いらっしゃい。久しぶりに会えて嬉しいわ。元気だった?」
「はい。アリア様もお変わりなさそうでなによりです」
2人に会うのは、王宮で開いたティー・パーティー以来になる。
アリアと同じ金色の髪をふんわりと揺らしているジゼルと並べば、まるで本当の姉妹のようで、2人は顔を寄せて楽しそうに微笑み合っていた。
「しっかし噂には聞いてたけど、すげー規模だな」
広い敷地内をぐるりと見回して、ジャレッドが感嘆の吐息を洩らす。
「俺らのとこの学園祭とは全然違うな」
感心しきりのアラスターの言葉を聞きながら、そういえば一つ年上のアラスターは、すでに卒業してシャノンとは離れてしまったのではないかと疑問が浮かぶ。もしかしたら、今日は久しぶりの再会だったりするのだろうか。
「……人酔いしそう……」
だいぶ制御が利くようになったとは聞いたけれど、その特殊能力のせいもあって相変わらず人混みが苦手なシャノンは、うんざりとした様子で頭を押さえている。
「っ大丈夫……?」
「……まぁ、なんとか」
「気分悪くなったら言ってね? 人気のないところに案内するから」
本気でシャノンを心配してその顔色を窺っていたアリアだが、そんなアリアの言葉を聞いて、ギルバートはぽんっと手を打っていた。
「あ。その手があったか」
人目のないところへと、アリアを連れ込む方法。
「なに言ってるのよ……!」
アラスターと同じくしばらく前に卒業したはずのギルバートは、なぜかルーカスから魔法師団に入らないかと誘われているらしいのだが、その後一体どうしたのだろうと思いながら、アリアはうっすらと頬を赤く染めながら声を上げる。
ギルバートの闇の魔力は、なぜか今も健在だ。恐らくは、その辺りがルーカスに目をつけられた理由なのだろう。一応は子爵の爵位を持っているはずのギルバートだが、領地経営などは成人を迎えるまでは遠縁の親戚が代わりに行っているというようなことを聞いた覚えがある為、今はその親戚の元で学んでいるのだろうか。
万が一ギルバートが魔法師団に入ったのなら、なんとなく"第2のルーカス"になりそうだなぁ……、などと想像してしまい、思わず苦笑が零れてしまう。
「……相変わらずお前も大変だな」
「全くだ」
やれやれ、と見上げられるユーリの溜め息に、シオンの諦めの色の濃い肯定が洩らされる。
「同情してやるよ」
学園祭は、まだ1日目の半分が過ぎただけだ。
この後の半日がどう過ぎていくのだろうと思って、ユーリは穏やかな雲の流れる青空を見上げていた。