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君と。

「踊って頂けますか? お嬢様?」

 まるで執事かなにかのように礼を取って見上げられたその言葉に、シオンの蟀谷(こめかみ)はぴくりと反応していた。

「……サイラス様」

 くすっ、と意味ありげに洩らされた笑み。

 シオンがサイラスに対して好意的な感情を持っていないことはわかっているものの、アリアはそんなシオンへ困ったような微笑みを向けてから、差し出された手を取っていた。

「もちろんです」

 ゆったりと流れるような動作でフロア中央まで移動して、向かい合うとサイラスのリードに身を任せてドレスの裾を翻す。

「アンタと踊るのは初めてだな」

「そうですね」

 伯爵家のサイラスとは、貴族のパーティーなどで顔を合わせる機会もあったけれど、こんな風にダンスをするのは初めてだ。

 有能なサイラスらしい、卒のない動きにリードされながら、アリアは優雅にステップを踏んでいた。

「……学校(ココ)でアンタと初めて会った時は、なんて苛つく女だろうと思ったけどな」

 その時のことでも思い出しているのだろうか。

 くつくつと喉を鳴らすサイラスへ、アリアもまたサイラスとの出逢いを思い出して思わず眉を下げてしまっていた。

「……それは……」

 サイラスとは、いつも最悪な場面でばかり遭遇していた気がする。だから、確実に敬遠されているであろう自覚もある。

 それでも、卒業前最後の祝いの場でこうしてアリアをダンスに誘ってくれたということは、少しは気を許してくれた証拠だと自惚れてしまってもいいだろうか。

「今となっては感謝してる」

「!」

 耳元へと顔を寄せたサイラスから意味深な声色で囁かれ、アリアの瞳が驚いたように見開かれる。

「あの頭の固い父親が、最近長子存続の在り方に疑問を覚え始めたみたいだしな」

 サイラスの家は、代々嫡男が家を継いでいた。その為、三男である彼に父親の目が向くことはなかったが、例の事件をきっかけに、皇太子であるリオや公爵家からもその手腕を認められたサイラスは、誰に遠慮することもなくめきめきと頭角を現し始めていた。

「! 凄いですね! それは全て、サイラス様の実力が認められたってことですよねっ?」

 元々サイラスの能力は兄2人を軽く凌ぐほど高かった。それが幼い頃に耳にした心無い両親の一言から性格を拗ねらせて、ずっと実力を隠して生きてきただけのこと。

 過去の(しがらみ)を吹っ切ったサイラスが本当の実力(ちから)を見せつければ、父親や兄たちがその才能を認めざるを得なくなることは当然で、家督を長男以外に譲ることを考え始めたというソルダード家当主の心の変化に、アリアは喜びの声を上げていた。

「……アンタは本当に変な女だな」

 まるで自分のことのように嬉しそうな笑顔を浮かべたアリアへと、サイラスは虚を突かれたような表情(かお)になる。

「ただの生意気なお嬢様かと思ったら……」

「……サイラス様?」

 出会いは最悪だった。

 けれど、この少女に対して苛々して堪らなかった原因は、そもそも自分の中にあった。

 自分がわざと目を背けていた現実を突きつけられ、そこから足掻くこともなく諦めてしまった自分を見せつけられれば、堪らない気持ちに陥った。

 結局自分は弱かったのだ。闘って、負けることが怖かった。

 心の中で、全てを見下している方が楽だったから。

 そんな自分に諦めない勇気をくれたのは、他でもないこの少女だ。

「そんなだからオレも……」

 なにかに熱くなるなんて、そんなキャラではないというのに。

 "諦めない"という選択肢を選ばせた少女へと、サイラスは苦々しい笑みを刻ませられていた。

「調子が狂うんだよ」

「……えと……、それは本当にごめんなさい……?」

 はぁ……、と深い吐息を吐き出したサイラスへと、アリアは戸惑ったように謝罪の言葉を口にする。

 策士なサイラスの調子を狂わせてしまうほどの、自分は一体なにをしたのだろうか。

「本当、最悪だな」

「っ」

 大きく肩を落としたサイラスに、アリアは再度息を呑む。

 だが、そんなアリアにニヤリと笑い、サイラスはその耳元へと顔を寄せていた。

「褒めてるんだよ」

「……とてもそうは思えませんけど」

 頬を膨らませて軽く睨み上げてくるアリアの反応に愉しそうな笑みを洩らし、サイラスはくるりとその華奢な身体を回転させる。

「せいぜい婚約者と仲良くな」

「っ!」

 先ほどから、自分たちをみつめてくる男の睨むような視線が痛くて堪らない。

 彼に警戒されて当然のことばかりをこの少女にしてきた自覚はあるから、サイラスはニヤリという意地の悪い笑みを口元へと刻み付けていた。

「愛想尽かすか尽かされた時には貰ってやるよ」

「――っ!」

 せめてこれくらいの意趣返しは許されるだろうかと口にすれば、案の定アリアの瞳は驚愕に大きく見開かれる。

「前王の孫娘で公爵令嬢のアンタだったら大歓迎だ」

「っ結構です!」

 出世の道具になどならないと、ぷいっと顔を背ける少女へ、くすくすという笑いを誘われる。

「……寂しくなるな」

 ずっと、色のないつまらない人生だった。

 それが、この少女と出会って色付いて、せっかく楽しくなってきたところだったというのに。

「……ご卒業、おめでとうございます」

 サイラスのそのセリフをどんな意味に取ったのか、形式的な祝辞を口にした少女へと、サイラスの目が丸くなる。

 この先、二度と会えなくなるわけじゃない。

 本格的に社交界で動き出せれば、この少女と顔を合わせる機会も増えるだろう。

「あぁ、またな(・・・)

 そう言って、サイラスは"策士"に相応しい計算高い笑みを浮かべていた。





 *****





 1年前のこの日と同じように、アリアはバルコニーで夜風に当たって休んでいた。ただ、あの時と違うのは、隣にシオンがいるということだろうか。

「……アリア? どうした?」

 あの日と同じ満月の下。この1年で起こった"ゲーム"の出来事へと思いを馳せていたアリアは、静かにかけられたその疑問符に、緩やかな微笑みを浮かべていた。

「……ギルバートに会ったのは、ちょうど1年前のこの日だったなぁ……、と思って」

 月の光が輝く中。夜空を()んで駆けていくそのシルエットに"禁プリ2"の記憶が降りてきて、ギルバート(ZERO)の姿を追ったあの日。この1年も、"続編"の記憶に振り回されながら怒濤の勢いで過ぎていったような気がした。

 思えば、"禁プリ2"は、少し中途半端な終わり方をしているように感じられた。それはまるで、その先の話がまだ続くのではないかと思わせるような……。

 だとしたならば、次のこの1年はまたどんなものになるのだろうと考え込み始めたアリアは、不意に伸びてきたシオンの手に肩を引き寄せられ、その胸元に顔を埋めてしまっていた。

「……そうだな」

「……シオン?」

 逞しい胸元へと抱き込まれ、色濃く感じるシオンの匂いに包まれながら、アリアはそっと顔を上げるとその表情を窺った。

 先ほどのリオといいシオンといい、少し過保護すぎるのではないかと思ってしまう。

 だが。

「今夜は何処にも行くなよ?」

「……っ!」

 それはきっと、1年前の今日、アリアがシオンの制止も聞かずに飛び出して行ったことを示しているに違いない。

 思わず大きく見開いた瞳にシオンの顔を映し込めば、そんなアリアにシオンは小さな嘆息を洩らしていた。

「お前は本当に、掴まえておくのが大変だ」

「……別にどこにも行ったりはしないわよ?」

 アリアは別段、何処かに姿を消すつもりも、いなくなるつもりも全くない。

 例え少しの間シオンの元から離れるようなことがあったとしても、きちんと戻ってくるつもりではあるのだから、なにをそんなに心配するのだろうと困ったように首を傾げれば、シオンはさらに大きく肩を落としていた。

「そう思っているのはお前だけだ」

「そんなこと……」

 呆れたように呟かれ、アリアはどう言葉を返していいものかと口ごもる。

「アリア」

 そして、そんなアリアの頬へと手を伸ばすと、シオンはその顔を口づけの角度に上げさせていた。

「シオ……」

「好きだ」

「ん……っ」

 アリアの顔へと影が差し、すぐに唇が柔らかな感触に塞がれる。

「ん……っ、んっ、ん、ぅ……っ」

 角度を変えてもう一度。それから口腔内へと潜り込んできた熱に舌を絡み取られ、口づけは深いものへとなっていく。

「離さない」

「シオン……」

 口づけの合間に囁かれ、潤んだ瞳がシオンの顔を映し込む。

「ん……」

 すぐにまた塞がれた唇に。

 アリアはシオンの首の後ろに手を回すと、自らもそれに応えるように舌を絡めて甘い吐息を溢していた。

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