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卒業パーティー

 今日は、アリアが魔法学園に入学してから二度目の卒業パーティーだった。

 つまりは、リオとルイスが今日を持って卒業するということになる。

 立食形式のパーティー会場で、花柄の刺繍の施された薄い青紫色のパーティードレスに身を包んだアリアは、シャンパングラスを片手に持ち、主に女生徒たちを中心に人だかりを作っているリオとルイスを遠くから眺めていた。

「……さすがリオ様とルイス様ね」

 皇太子であるリオと、その側近でアーエール公爵家の後継者であるルイス。学園でも1、2の人気を誇る彼らが卒業するともなれば、その姿の見納めに女生徒たちが殺到するのも当然だろう。

 魔法学校に通っている間であれば、リオもルイスも一生徒だが、そこを離れてしまえば本来近寄ることすら難しい殿上人のようなものなのだから。

「……つまりは、来年はアリアやお前らがあぁなるわけだ」

 感嘆の吐息を洩らしたアリアの呟きに、ユーリが傍にいるシオンとセオドアへと視線を投げる。

「ユーリもでしょ?」

「オレはそんなじゃない」

 ユーリに貴族の身分はないけれど、それでも"ゲームの主人公"だけのことはあり、誰もに好かれるムードメーカー的存在だ。

 あっさり否定するユーリにくすくす笑い、それからアリアは兄貴分であるセオドアへと悪戯っぽい目を向けていた。

「セオドアは大変そうね」

「俺か?」

「セオドアは人当たりがいいから」

 アリアの学年で女生徒からの圧倒的人気を誇るのは"ゲームのメインヒーロー"であるシオンだろうが、残念なことにシオンには愛想というものが全くない。こういったパーティーの時には、常に遠巻きにチラチラと見られているような状態だ。その点普段から誰にでも優しく接しているセオドアは、男女の区別なく常に人に囲まれている。

 来年の卒業パーティーでは、恐らくセオドアが一番大変なことになるだろう。

「せっかくだから最後にリオ様と一曲踊りたかったけど無理そうね……」

 卒業パーティーでは、広いホールの中央で自由にダンスが踊れるようになっている。

 今も10組ほどの男女がホール内に流れる生演奏に身を任せており、ダンスに興じる男女が常に入れ替わり立ち替わり踊っていた。

 とはいえ、必ずしもダンスに参加しなければならないということはないから、その周りでは別れを惜しむように会話に花を咲かせている生徒も多くいる。その為、次から次へと挨拶に訪れる生徒たちの相手をしているリオには、きっとダンスをする時間など取ることはできないだろう。

 ダンスを踊るともなれば、その数分間はリオを一人占めすることにもなってしまう。残念だけれど諦めるしかないと肩を落としたアリアだが、そんなアリアへユーリからは意味ありげな視線が送られていた。

「いや、大丈夫じゃない?」

「え?」

 生徒たちが行く手を譲るような気配があって、柔和な微笑みを浮かべたリオが、そんな彼らへ挨拶しながらこちらに向かって歩いてくる。

「アリア」

「リオ様」

 そうしてアリアの前で立ち止まったリオは、優しい眼差しを浮かべ、その手をそっと差し出していた。

「一曲お相手願えるかな?」

 ダンスが始まってすぐに婚約者であるマリベールと一曲踊っただけで、リオは他には誰とも踊っていなかった。そんなリオからの直々の誘いに一瞬驚きの色を浮かばせつつ、それでもアリアは自分の願いが叶ったことに、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

「喜んで」

 さすがのシオンも、ダンスの一つくらいで嫉妬をしたりはしない。「行ってくるわね」という目を向ければ、小さく肩を落としながら見送られ、アリアはリオのエスコートに促されるままにフロア中央へと足を運んでいた。



「ご卒業おめでとうございます」

 軽くステップを踏みながら笑顔を向ければ、リオもまた嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう」

「すごくおめでたいことですけど、今までのように会いたい時にすぐに会えなくなってしまうのは寂しいですね」

 リオのエスコートに身を任せながら、アリアは少しだけ寂しそうな笑みを浮かべる。

 同じ学校に通っていたこの2年間。会いたいと思えばいつだって会いに行くことができたけれど、これからは今までのようにはとてもいかない。

 皇太子であるリオの生活圏は王宮だ。いくらアリアに公爵令嬢の身分があるとはいえ、特別な用事がない限りはおいそれと訪ねることは許されないだろう。

「……そうだね」

 そんなアリアに緩く微笑(わら)い、リオはくるりとドレスの裾を舞わせるとそっとその身体を抱き寄せる。

「いつでも会いに来て。アリアだったら大歓迎だ」

「……はい」

 甘く柔らかな声色で囁かれ、アリアは思わず顔に熱がこもってしまいそうになりながら小さく頷き返していた。

「これで本格的に皇太子として公務に携わるようになるんですね」

 学校を卒業すれば、男子は誰もがなんらかの仕事に就くことになる。この学園に通う生徒は、ほとんどが高位貴族の子息子女たちだから、親の仕事の補佐的役目を担うようになることが多いだろうが、中には全く別の道を歩む者もいる。

 今までも学生と兼任しながら皇太子として国の采配を奮っていたリオだったが、これで本格的に国を動かしていく立場になるのだろうと思えば、アリアの胸に湧く思いは尊敬の念ばかりだった。

「……そう……、だね」

 けれど、明るく声をかけたアリアの一方で、リオはなぜだか表情を曇らせて視線を落とす。

「……リオ様……? どうかなさったんですか……?」

「いや……」

 らしくないリオの態度に、僅かな不安を覚えてその顔を窺えば、殊の外真剣な眼差しで下ろされ、アリアは小さく息を呑んでいた。

「……ボクはね、アリア。大を得る為に小を切り捨てるような王にはなりたくないんだ」

「リオ様らしくて立派なことだと思います」

 心優しいリオは、多くの人間を助ける為に極少数の犠牲は仕方がないと割り切れるような性格をしてはいない。きっと、それがたった一人だとしても心を痛めて最後の最後まで全て(・・)を救おうとするのだろうと思えば、そんなリオの清廉な心に、自然と笑みが浮かんでくる。

「例えそれがどんなに困難なことだとしても、最後の最後まで諦めたくはないんだ」

「はい」

 それは、とてもリオらしくて。

 素直に頷いたアリアをみつめ、リオは神妙な表情を貼り付ける。

「……」

「……リオ様?」

 なにか、あったのだろうか。

 国の中枢を担う立場にいるリオは、アリアなどではとても立ち入ることのできない重要な采配を求められることもあるだろうから、なにか頭を悩ませているのだろうかと、心の負担を少しでも取り払ってあげられたらとにこりと微笑(わら)う。

「リオ様なら、きっとできますよ。理想の王様になれると信じています」

 リオであれば、歴史に名を残すような立派な王になれるだろうと、アリアは本気で信じている。

 だから。

「微力ながら、私にできることならなんでもしますから」

 自分にできることは少ないけれど、それでもできることがあるのなら、最善を尽くすことを誓ってリオを見上げる。

「全然微力じゃないよ」

 そんなアリアにリオは苦笑を溢し、腰を支えるその手に力を込めると真摯な瞳を向けていた。

「……アリア」

「はい」

 きょとん、と不思議そうに瞬く瞳に、本当にこの少女は自分のことをなにもわかっていないと苦笑が洩れる。

 魔王配下四天王の一人、ヘイスティングズ討伐に、先日のアルカナの消滅。多くの人々の心を救い、一つの大きな世界――妖精界まで救ってみせた少女。

 本人はきっと、自分がそんな大それたことをした自覚はないに違いない。

 けれどアリアのしたことは、とても"微力"などというものではないことを、この少女以外の誰もがわかっている。

 だから。

「みんな、君のことを大切に思ってる」

「……リオ様?」

 きっと、なによりも、誰よりも。

 不思議そうに瞬く瞳に、リオはダンスの流れにかこつけて軽くその身体を抱き寄せる。

「……守らせて欲しい」

「……リオ、様……」

 少し前から、妙に胸をざわつかせる、形にならない不安感。


 ――『魔王復活の気配が見えた時には』


 きっと、そんなことになったなら、この少女はじっと大人しくなどしていないのだろう。

 それを思えば、今すぐにでも外部と接触できない何処かに閉じ込めてしまいたいという、少女を溺愛する婚約者の気持ちがわかるような気がした。

「ごめんね? 変なことを言って。君にはシオンがいるから、そういった意味では心配はしていないんだけど」

 シオンはきっと、なにに代えてもこの少女を守り抜くだろうから。間違いなくそれだけは信じられるから、リオは胸に湧く不安感を拭うように柔らかな微笑みを浮かべてみせる。

「こんな風に気軽に会えなくなると寂しいよ」

「……はい」

 そうしていつもと変わりない穏やかな雰囲気を醸し出したリオの姿に、アリアはこくりと頷くと改めて笑顔を向けていた。

「これから、頑張って下さいね」

「うん。ありがとう」

 後はただ、この学園では最後になるリオとのダンスを楽しんで。

 優しくみつめ合いながら、アリアはリオのリードに身体を預けていた。

活動報告にSSを掲載しております。

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