仄暗い闇の底に響く足音
「待たせてしまったかな」
長身長髪、金髪碧眼の"光の精霊王"。
彼が、"ゲーム"の"エンドロール"でギルバートの元に訪れているらしい一枚絵があったことをアリアは覚えている。そして、うっとおしそうな表情をしながらも、妖精たちに囲まれているギルバートの姿も。
とはいえ、アリアが知るのはそこまでで、その後の話も他に5人いるはずの精霊王たちの姿もアリアは知らないけれど。
『! レイモンド様っ』
『王様っ』
『レイモンド様……っ』
途端、なぜか背筋をピンと張って姿勢を正し始めた妖精たちの姿に、アリアの目が丸くなる。
妖精界を統べる王として、妖精たちからは少しばかり恐れられてる存在なのだろうか。
「……お前たちは一体なにをしているのだ」
『え~と……?』
『っお菓子! お菓子、美味しいです!』
『これ、クッキー!』
『アリア、上手なのです!』
慌てて各々が持つお菓子を掲げて見せる妖精たちに、精霊王の顔がしかめられる。
「"アリア"……?」
妖精たちから話だけでも聞いていて、アリアの存在を知っているのだろうか。その目が"アリア"なる人物を探すように辺りを見回すのに、アリアは自ら前へと進み出ていた。
「お久しぶりです。えと……、光の精霊王様?」
「……レイモンドでいい」
「レイモンド様」
先ほど妖精たちも呼んでいたが、光の精霊王の名前は"レイモンド"というらしい。
丁寧なお辞儀をしたアリアを、その身長差もあって上から見下ろすような形でみつめ、レイモンドはあまり感情の揺らがない淡々とした声色で口を開いていた。
「妖精たちは随分とそなたに懐いているようだが……。おもてなし、感謝する」
「いえ、そんな……」
"ゲーム"の"一枚絵"を見た時からなんとなく予想はしていたが、どこか冷え冷えとした印象を持つそのままに、レイモンドは冷静沈着なタイプらしかった。
感謝する、と頭を下げながらもあまり感情の覗かないその姿は、どうあっても王の威厳を隠せずにいた。
「今日は、先日の約束通り、我々の世界を救ってくれた謝礼と、……お詫びに来た」
チラリ、とギルバートを意識する雰囲気は出しつつも、どう接していいのかわからないのかもしれない。
故意に横を向いているのだろうギルバートの姿を視界の端に捉えつつ、レイモンドは淡々と口にする。
「人間界に与える影響をなにも考えていなかったわけではなない。いくら追い詰められていたとはいえ、そんなことは言い訳にもならないことはわかっている。赦して貰えるとも思っていない。この懺悔は自己満足にしか過ぎない」
そう告げたレイモンドの表情は、さすがに苦渋の色を滲ませた。
「それでも、謝らせてくれ」
「……ギル……」
数メートル先にいるギルバートへと向き直ったレイモンドを横目にして、アリアは思わずギルバートの名前を呼んでしまう。
今のギルバートの心情はアリアにはわからない。
ただ、いつもと変わらない様子でここに来てくれたことを思えば、レイモンドの顔を見たくもない、というほどでもないのだろう。
謝罪を、受け入れられるかどうかは別としても。
「本当に、申し訳ないことをした」
深々と頭を下げたレイモンドへと、案の定ギルバートは一瞬視線を投げただけで、横を向いたまま感情を殺した声色で口を開く。
「……別に、アンタたちが謝ることじゃない。アレを人間の世界に押し付けたのは確かにアンタたちかもしれないが、直接手を下したのはアイツだ。アイツは元々、妖精界だけでなく、人間界も支配下に置くことを目論んでいた。……運が悪かっただけだ」
ギルバートの両親が殺された要因には、確かにレイモンドたちの無責任な行動が深く関わっている。レイモンドたちが人間界へとアルカナを押し付けなければ、ギルバートの両親は今も生きていたかもしれない。けれど、それは結果論で。
全ての元凶はアルカナの存在そのものであり、それはレイモンドたちのせいではない。妖精界を統べる者として、最後の手段に手を出してしまったとしても、その苦渋の決断はもしかしたら仕方のないことなのかもしれない。最終的には、アルカナは全ての世界を手に入れるつもりでいた。
ギルバートがアルカナに狙われたのは、ギルバートが光の末裔だったからだ。それを、不運が重なっただけだ、とは、本当はとても許容はできないけれど。
「……っ、本当にすまない」
できる限り冷静で、他人事のように自分を見つめようとするギルバートへと、レイモンドは唇を噛み締めながら表情を歪ませる。
「……だから、アンタたちを恨んじゃいない。ただ……」
悪いのは、全ての元凶はアルカナだ。それは、ギルバートもわかっている。それでも。
「……やっぱり、どうしたって許せない」
「ギル……」
ぽつりと呟いたギルバートの元へと寄っていったアリアを、シオンが引き止めるようなことはしなかった。ただ、少しの諦めと共に吐き出された吐息を背後に聞きながら、アリアはそっとその顔を覗き込んでいた。
「なんでお前がそんな顔するんだよ」
曖昧な笑みを刻み、ギルバートは傍に寄ってきた少女の顔を見下ろした。
「アリア」
辛そうで、泣きそうで。まるでアリアがギルバートを助けられなかったことを哀しむようなその表情に、ギルバートは苦笑する。
「お前がそんな顔すると、余計に許せなくなるだろ?」
「っ」
一つだけ。この少女にそんな表情をさせることだけは本意ではないから。
「お前は妖精たちに囲まれて微笑ってろ」
無邪気な存在と戯れて、ただ無邪気に微笑っていて欲しい。
そう願うギルバートへと、アリアは静かな微笑みを浮かべていた。
レイモンドとギルバートの間には、多少の気まずい雰囲気も流れつつ、それでも妖精たちに誘われるようにお茶会へと参加していたレイモンドは、静かに傍までやってきたリオの姿にふと顔を向けていた。
「……妖精界の様子はどうですか?」
柔らかく微笑まれ、レイモンドはティーカップを近くの机へ置く。
妖精たちが運んでくる焼き菓子を時折口に運んではいるようだったが、ほぼ無表情のその顔からはなにを思っているのかは全くわからなかった。
「おかげで順調に復興しているが、なにぶん人間界と妖精界では時間の流れが違うからな」
人間界で1ヶ月以上が過ぎようと、妖精界ではまだ数日しかたっていない。生命の輝石を取り戻したことによって急速に復興しているとはいえ、アルカナに蹂躙される前の美しい姿を取り戻すにはまだまだ時間がかかりそうだった。
「これを機に、少しずつ、昔のように門を開いていけたらと思っている」
「……そうですね」
大昔の伝承によれば、かつてこの世界には当たり前のように妖精たちの姿が見られたとされている。
なぜ互いの交流を断つことになったのか、それはリオでさえわからない。唯一知っているそれらしき御伽話は、精霊王と姫君の悲しい恋物語だけ。
まさかこのレイモンドが……?などと思いつつ、リオは静かに同意を示していた。
レイモンドを始めとする精霊王たちと、リオを中心とした王家と。交流を深め、話し合いながら、いつか、かつてあった風景のように、当たり前のように国中のあちこちで妖精の姿が見られるような世界に。
「君たちには大きな借りがある。なにかあった時には頼ってくれ」
それは、社交辞令のような、なにげない言葉だったのかもしれない。
けれどレイモンドのその言葉にぴくりと反応し、リオは思わず探るような目を向けてしまっていた。
「なにか、とは……」
そんなリオの何処か緊張の滲んだ声色に、レイモンドもまたなにか察したように潜めた声で口を開く。
「……特に、魔王復活の兆しが見えた時などには」
「――――っ」
一年程前に討伐した、ヘイスティングズの姿を思い出す。
魔王配下四天王の一人であろう残忍なあの少年は、主復活の為に動いていた。
彼自身の封印が解けてしまった時点で、刻一刻とその時が迫っている気配は感じていた。
「アレを今の人間の手だけで封印するのは無理だろう」
王家の光魔法はもちろんのこと、国全体に於いて、人々の魔法力は時と共に弱くなっている。
確かに大昔は存在していたはずだが、今や誰も使えない魔法というものが数多く存在しているのがその証拠だ。過去の遺物においても、今も使用自体は可能でも、現在の技術と魔法力では作り出せないものばかりだ。
「……レイモンド王」
「なんだ」
真剣な顔つきになったリオの潜めた声色に、レイモンドもまた神妙な面持ちで向き直る。
「……やはり、貴方方もなにか感じているのですか?」
ここしばらく、ずっと嫌な胸騒ぎを覚えていた原因を口にする。
「……ここ最近、魔物の動きが活発化しています。やはり、魔王の力が影響を……?」
ヘイスティングズの復活をきっかけに、あちこちで出現するようになった歪曲空間。今日もまた新たな魔物がそこから排出され、師団長であるルーカスはその処理に追われている。
それはまるで、魔王復活の兆しが見え隠れしているかのようで。
「……我々の闇の力と魔族のそれは似て非なるものだが、不穏な空気は察している」
「……そう、ですか……」
眉を顰めて口を開いたレイモンドの肯定に、さすがのリオの表情も固くなる。
「君? は、王家の……、光の力を継ぐ者か?」
「はい」
目を細め、リオの中に流れる魔力を確認したかのような問いかけに頷けば、レイモンドの視線はなぜかチラリとアリアの姿を確認した。
「……彼女とボクは、祖父が同じ前国王です」
アリアの中にも王家の血を見たのだろうか。なにかを察したリオがそう説明すれば、レイモンドは納得の色を見せて頷いた。
「……なるほどな。……だが、彼女にはそれ以外のなにかを感じるような気もするが……」
妖精界を救う為に、ギルバートと共に5つの宝玉を集めた少女。
アルカナのことさえ始めから知っていたかのような彼女には、"特別ななにか"があるように思えてならなかった。
「今の王家の光の力は弱い。もし、魔王が復活するようなことがあれば……」
「わかっています。ボクたちの力ではとても封印できません」
討伐などもってのほかで、今の王家の魔力では、その力を抑え込み、封印することすら難しいだろう。
そうして封印ができないと判断された時。そこには、一つの悲劇が待っている。
「その時は……」
「魔王は我々にとっても敵だ。力を貸そう」
元々は姉妹世界である人間界と妖精界にとって、魔王の存在は共通の敵だった。
「……ありがとうございます」
まだ復興途中とはいえ、妖精界の力を借りれば封印くらいは可能となるかもしれない。
そこには、今まで誰も見たことのないリオの曇った顔があった。
2021/2/10の活動報告に書いたSSが裏話となっています。
お盆ということで、2日続けて更新してみました!