Tea Party ~××× or treat??~
あの日開かれた妖精界と人間界とを繋ぐ扉は、その後、その場所にそのまま佇んでいる。
とはいえ、扉自体は目には見えないようになっているから、こちらの人間が誤って妖精界に迷い込んでしまうようなことはない。
けれど好奇心旺盛な妖精たちは時折こちらの世界へと姿を現して、一部の王族たちを驚かせ、その目を楽しませていた。
妖精たちが現れる場所はまだ限定的で、王宮に勤める人間たちには厳しい箝口令が敷かれ、外から訪れる来客者たちに対しては立ち入り禁止区域とされている。
いつか妖精たちが当たり前のように飛び回る世界が訪れるかもしれないが、まだその存在は秘匿されていた。
『アリア!』
『アリアッ』
『ユーリも!』
『シャノンだぁ』
リオの元からの帰りがけ。もしかして、と寄り道をした広い庭園の一角で、アリアたちの姿を見つけた妖精たちが、嬉しそうにその姿を現していた。
「こんにちは」
『コンニチハ?』
『コンニチハ!』
茶目っ気たっぷりの笑顔で頭を下げたアリアへと、一匹の妖精は小首を傾げ、また一匹の妖精はアリアの真似をして挨拶を返してくる。
羽根の色が各々異なる妖精たちは、その属性を表してでもいるのだろうか。
『アリア、待ってた!』
「? 待っててくれたの?」
『うん!』
周りをくるくる忙しなく飛び回る妖精たちの姿を目で追いながら、アリアはパチパチと目を瞬かせる。
「なにかあったの?」
アリアが王宮に来たことに気づいてただ単純に待っていたわけではなく、なにか用事がありそうな雰囲気に、一抹の不安に駆られてしまう。
けれど。
『精霊王、来る!』
『アリアたちに会いたいって!』
「……っ!」
精一杯の声を張り上げて告げられた言葉に、アリアだけでなく、ユーリやシャノン、さすがのシオンも驚いたように目を見張る。
『ギルバートも来られる?』
なぜか"アリアに意地悪をするから"という理由でシオンはあまり妖精たちに好かれていないが、自分たちの世界を直接救ってくれたギルバートにはそれなりに懐いているらしい妖精たちは、ぱたぱたと羽根を舞わせながら尋ねてくる。
精霊王が来るというのなら、彼が一番会いたいと思っている相手はギルバートに違いない。
「……連絡してみるわ。いつがいいのかしら? ……一週間後とか……、ぇえと? 一週間後の午後、とかでわかるのかしら……?」
精霊王たちがアルカナを人間界へと跳ばした為に、ギルバートの両親は殺された。
そう簡単に許せるものではない、と言っていた。
その心情を思えば心が少し痛んだが、それでも2人を引き合わせるべきだろうとは思っている。
この世界は"現実"だけれども、確かにアリアは"ゲーム"の中で、ギルバートが妖精たちと戯れている姿を見ているのだから。
時間はかかるかもしれないが、いつかギルバートの心が穏やかになることを願っている。
『大丈夫!』
『いっしゅうかんご!』
妖精たちが嬉しそうに飛び回る度に、その羽根が陽の光を反射して輝いた。
「楽しみね」
にこりとアリアが微笑めば、お茶目な妖精たちが嬉しそうにしていた原因はそこではなかったらしい。
『お菓子! お菓子!』
『アリア! クッキー食べたい!』
『チョコレート!』
「!」
すっかり"甘い物好き"になってしまった妖精たちに、アリアが目を丸くする横で、ユーリは苦笑し、シャノンとシオンはやれやれと溜め息を吐き出してきた。
「わかったわ。用意してくるから」
『わーい! アリア大好きー!』
『好きー!』
『楽しみ~!』
くるくると空に向かって飛び回る妖精たちの姿に、これでは本当に餌付けのようだと困ったような表情になってしまう。
「……大丈夫、よね……?」
きっと、誘えば断ってはこないだろうギルバートを思って、アリアは遠い何処かをみつめていた。
*****
再会は、先日ユーリの提案でお茶会を開いた場所だった。
精霊王がお茶菓子などを食べるのだろうかとも思ったが、少なくとも妖精たちが食べている以上、食べられないということはないだろうと結論を出し、アリアは朝から大忙しで焼き菓子を作っていた。
『クッキー!』
『マカロンある?』
『チョコレート!』
アリアが着いた時にはすでに用意されていた、赤いギンガムチェックのテーブルクロスが敷かれたテーブルの上へと、焼き菓子の薫りが漂う大きな編み籠を置くや否や、妖精たちが中を覗き込むようにして飛んでくる。
アリアの代わりに荷物持ちをしていたシオンは、寄ってくる妖精たちに迷惑そうに顔をしかめていたが、現金なもので、こんな時ばかりは構わずシオンの周りをくるくると飛ぶ妖精たちだ。
『シオンー、開けてー!』
『いい匂い~』
『ちょうだい!』
腕をくいくいとして急かしてくる妖精に、うっとおしそうなシオンの視線が向けられる。
『アリアッ、アリアッ、食べていい?』
「……う~ん。ちょっとだけよ?」
まだ全員集まってはいない。先に来ていたユーリとシャノンとアラスターに顔を向ければ、三者三様仕方ないなというようなジェスチャーを返されて、アリアは苦笑を溢していた。
元々は、妖精たちにねだられて作ってきたものだ。妖精たちが先に食べている分には、精霊王に対して失礼に当たらないだろうと結論付ける。
『わーい!』
『シオンッ! 早く早く!』
『アリア、手伝う?』
「ありがとう。大丈夫よ」
早く籠の蓋を開けて欲しいと急かしてくる少年らしき妖精に、お茶菓子を並べる手伝いをしようかと小首を傾げる幼い女の子らしき精霊。
アリアはにこりと微笑んで、テーブルへと焼き菓子を並べていく。
『クッキー!』
『チョコレート!』
『コレ、なにー?』
「あぁ、それはマフィンよ」
『マフィンー!』
小さな身体と同じくらいの大きさか、もしかしたらそれより大きい焼き菓子を抱えて飛び回る妖精の姿はなんとも微笑ましい。
一通り行き渡った焼き菓子に、各々がテーブルの上や誰かしらの肩の上に座ってクッキーなどを頬張る様を眺めていると、少しずつ今日呼び出したメンバーたちが集まってきていた。
「……花より団子だな」
「オレもアリアの手作り菓子食べたいんだけど」
なぜか未だに使える空間転移で姿を現した先輩後輩の二人組は、焼き菓子に噛りついている妖精たちを目にするや否や口を開く。
「ギル! ノアもっ」
不貞腐れた子供のような表情をしたノアは、すぐにアリアの元まで歩いてくるとニヤリと顔を覗き込んでくる。
「どうせなら食べさせてよ」
「……ッノア……!」
あーん、と口を開けてくるノアの悪ふざけに思わずアリアが動揺すれば、それをすぐさま隣のシオンが回収していた。
「シオ……ッ」
「……お前たちはコイツに近づくな」
ぐいっとアリアを遠ざけたシオンが牽制するも、ギルバートは相も変わらずニヤニヤと口元を緩ませる。
「相変わらず心が狭いな~。いいだろ、それくらいの交流の一つや二つ」
「ふざけるな」
「仕方ないからアンタに食べさせた後でもいーぜ? オレにも食わせて」
シオンを見、それからアリアへ視線を移し、ギルバートは意味あり気な笑みを浮かばせる。
「……え……?」
それに、ついついノアやギルバートにシャノンが「あーん」をしている光景を妄想してしまい、アリアはほんのり頬を染めて時を止める。
(……見たい、かも……!)
もっともシャノンは、ユーリと違ってそんなことをするようなキャラではないけれど。
一方、シオンは……、と考えて、それはそれでアリアは心の中で苦悩する。
(……想像できない……!)
例えユーリがふざけて食べ物を口元へと持っていこうが、さすがにシオンが素直に口を開けて食べさせて貰うような姿は想像できなかった。
「……お前はコイツらの話に耳を傾けるな」
一人悶々としているアリアの姿になにを感じたのか、シオンはなんとも言えない奇妙な表情をして益々アリアを2人から遠ざける。
と。
「あ。いい匂いッスね」
「こんなにたくさん、また大変だっただろ」
赤髪の少年が大型犬のように鼻を動かしながら感嘆の吐息を洩らし、並べられたたくさんの焼き菓子をぐるりと見回した少年が、感心したように呟いていた。
「ルーク。セオドア」
これで、あの時共に妖精界へと行ったメンバーは、残すところ後3人。
「……待たせちゃったかな?」
「リオ様! ルイス様もこんにちは」
こちらも、寡黙な側近と共に瞬間移動で現れたリオへと、アリアは嬉しそうな笑顔を返す。
「師団長は、今日は仕事が詰まっていて来られないそうだ」
「そうですか……」
ルーカスは魔法学園で講師をしてはいるものの、本職は魔法師団のトップに立つ師団長だ。このところ魔物の動きが活発化しているという話はアリアの耳にも届いているから、あっちにこっちにと忙しくしているに違いない。
「これ、みんなアリアが作ったの? 相変わらず上手だね」
「いえ、半分は母が手伝ってくれて……」
おっとりと微笑むリオにお褒めの言葉を貰い、アリアは恥ずかしそうにはにかみながら首を振る。
アリアの母親の趣味はお菓子作りだ。もちろんアリアも嫌いではないが、娘がキッチンに立つ姿を見た母親は、嬉しそうにマフィンとプチケーキを焼いてくれていた。
「……精霊王がお菓子を好んで食べてくれるかはわからないですけど……」
笑顔で焼き菓子を頬張っている妖精たちを眺めながらアリアが苦笑すれば、リオもまた大人しくクッキーに齧りついている一匹の妖精をみつめて口を開く。
「まぁ、でも、妖精たちが喜んでるからいいんじゃない? ボクもアリアの手作り菓子が食べられるなら嬉しいよ」
「リオ様……」
にっこりと微笑まれながら偉大なる皇太子にそんなことを言われ、羞恥を覚えない御令嬢などいるだろうか。
「その精霊王は、いつ頃来るのかな?」
思わずドキマギしてしまったアリアに向かい、リオは辺りをぐるりと見回して、異世界へと繋がる扉と精霊王の気配を探っていた。
「妖精界と人間界の時間の流れは異なるみたいなので……。細かな調節は難しいんじゃないかと思うのですが」
妖精界での1日は、人間界では何日分にもなってしまうと聞いている。それだけ時間の流れに差があるとなると、例え時間を指定しても多少の誤差は生まれてしまうだろう。
「後は待つしかないのかな? ……あ」
そこで、互いの世界を繋ぐ扉に異変を感じたリオは、小さな声を洩らして顔を上げる。
そうして、陽の光を受けてキラキラと金色の輝きがその場を満たしたかと思うと、次の瞬間にはそこに確かな人影が姿を現していた。
妖精は、『紅茶○子』のイメージだったり。