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始まりの事件 4

 王宮のいつもの一室には、少しだけ重い空気が流れていた。

「……結局犯人はわからず終い、か……」

 シャノンを筆頭に、アリア、シオン、ユーリを前に、いつもと同じく側近のルイスを隣にして、リオが落胆の吐息をついて肩を落とす。

「……お役に立てずに申し訳ありません……」

「ごめんね? そういう意味で言ったんじゃないんだ。君が謝ることじゃない。こっちこそ、大変な依頼をして本当に申し訳なかったと思ってるくらいだ」

 口は悪いが礼儀作法はしっかりしているシャノンが静かに頭を下げるのに、リオは慌てて顔を上げると申し訳なさそうな表情を浮かばせる。

「そんなことは……」

 元来シャノンは、真面目で責任感の強い性格だ。

 凶悪犯を捕まえられるならば捕まえたいと考えているだろうから、今回その正体を暴けなかったことには純粋な雪辱を覚えているようだった。

「……その……、犠牲になった人の遺体は今……?」

 残留思念は、物言わぬ無機物からでも()み取ることができる。犯人に直接関わっている被害者に触れることができれば、もっと確実な情報が得られるかもしれないと考えたシャノンに、けれどリオは酷く曖昧な苦笑を溢していた。

「すでに遺族に引き渡されて火葬も済んでいるはずだ。……そうでなかったとしても、君にそこまでさせるつもりはないよ」

 今回シャノンに、その特殊能力(ちから)を使う相手としてイーゴリを選んだのは、なにも被害少女の遺体がすでに燃やされてしまっていたからではない。

「でも……っ」

 最悪、遺骨だけでもなんとかなるかもしれないと食い下がりかけるシャノンの正義感の強さに好ましいものを感じながら、リオは困ったように緩く微笑みかけていた。

「君の特殊能力(ちから)は本当に凄いものだけれど、その分諸刃の剣のようなものだ。彼女の身に起こった悪夢を君に追体験させるわけにはいかない」

 シャノンに、危険を犯してまで直接イーゴリに接触して貰うことを選んだ理由の一つはこれだった。

 精神感応能力は、その人間が経験したことをそのままシャノンに伝えてくる。他人の身に起こったことを、まるで自分の身に起こったことのように感じるもの。

 被害少女は、かなりの性的暴行を受けた上で無惨に殺されたことがわかっている。例え擬似とはいえ、そんな恐怖を自分のことのように経験したい者などいないだろう。

「一刻も早く犯人を捕まえたいことは確かだ。だけど、君をこれ以上苦しませるのは本意じゃない。ボクとしては、今回が許容できるギリギリの範囲内だ」

 事件そのものを視るのではなく、犯人に繋がっていそうな人物への接触。

 少女たちの最後の足取りとして情報を掴んだイーゴリを捕獲して、その後安全な形でシャノンに接触して貰うことも考えた。だが、それをしなかったのは、万が一にも凶悪犯がイーゴリの傍にいるような人物だった場合、イーゴリが捕まったという情報を得て逃走するかもしれない危険性を考慮してのことだった。

 もしシャノンが凶悪犯の正体を視たのなら、そのまますぐにその足で捕まえるつもりでいた。――だが、凶悪犯の正体は、シャノンの特殊能力を駆使してさえ知ることができなかった。

「……それにしても……、こういうことはよくあるの?」

 シャノンの特殊能力は魔法ではない。魔法の存在する世界で"超能力"まであるなど、どんな"ゲーム"のご都合主義なのだと突っ込みたくもなるが、こればかりはもはや仕方がない。

 魔法ではない特殊能力ともなれば理解は及ばず、勝手に"なんでもお見通し"状態なのかと思っていたリオは、その能力の真髄を問いかけていた。

「いえ……、ほとんどあり得ないです。ただ、例外はもちろんありますけど」

 きゅっと唇を噛み締めて、シャノンは悔しげに首を横に振る。

「例えば、先日のアルカナみたいな特殊な存在とかは」

 少し前に討伐した、妖精界を滅亡寸前にまで追いやった魔の存在。

 (アルカナ)の意識は、表層部分がドロドロしていて、簡単にはその奥まで潜ることはできなかった。

 だが、少なくともイーゴリは歴とした人間で、彼自身の思考自体は()み取ることができていた。

「髪色の薄い青年、だっけ? 赤い目の?」

 シャノンの問いかけに、瞬時にイーゴリの頭の中へと思い浮かんだ人物像。リオたちの推測通り、少なくとも凶悪犯は別にいる。

 シャノンが伝えた特徴を確認してくるリオへと、シャノンは神妙な顔つきで頷いた。

「はい……。白黒の映像に赤い目の色だけがやたらと目立ったというだけで、ハッキリとした髪の色も顔も、よくは……」

「色のない映像も珍しいの?」

「そうですね。普段はちゃんと色がついてます」

 色があったのは一瞬のこと。すぐに白黒映像へと切り替わり、その髪色も靄のかかった顔もわからなかった。

 目だけが残忍にギラリと赤く輝き、その瞬間、まるでみつめられているかのようにゾクリとした悪寒に背筋を襲われた。

「……赤い瞳……。火属性の人間? それとも……」

 この国の人間はみな、濃淡はあれど全て茶色の瞳をしている。魔法を使う時だけ、その人間の属性を表す色に変わるのだ。

「……そもそも人間ではない、ということでしょうか」

「……魔族……?」

 顔をしかめるルイスへと、難しい顔をしたユーリが呟いた。

「魔族がこんな手の込んだことをするとも思えないけれど……」

「魔族にもいろんなタイプがあることは学んだしな」

 魔族も色好みはするだろうが、わざわざ痕跡を辿れないような真似をする必要性は全くない。そもそも、闇に紛れてしまえば人間には追うことすら難しい。

 だが、リデラのような"魔族らしくない"例もあると、考え込むような仕草をするリオへとシオンが発言すれば、ルイスが結論を纏めていた。

「とにかく、引き続き調査は進めつつ、イーゴリを尋問にかけましょう」

 現状、凶悪犯を暴く為に取れる手段は、イーゴリの口から情報を得ることしか残されていない。

「犯人が捕まるまでは警戒を緩めないようにしないとね」

「……だが、犯人が基本的に家出人のような人間を狙っているのだとしたら、なかなか厳しいな」

 気を引き締めるように全員の顔を見回したリオへと、眉を寄せたシオンの厳しい声が差し込まれる。

 突然連れ浚われるようなことであれば警戒が必要だが、自ら今いる場所から離れようとしている人間にそれは無理というものだろう。

 元々身寄りのない者や、消えてもおかしくない者に対しては、失踪届自体が出されないことも珍しくはない。届けが出なければそもそも事件にもならないから、そこから凶悪犯へと辿り着くことは難しい。

 失踪してもおかしくはない人間、をわざわざ調べてから狙っているとするならば、囮捜査も無理だろう。

 それもあり、今回アリアたちがイーゴリの手から離れて凶悪犯の元へ行くことはないと思っていたのだ。アリアたち3人は"家出少女"という(てい)でイーゴリの元へ潜り込んだが、その情報は直前まで彼らに届くことはないようにされていた。

「……それって、知らない間に被害者が増えている可能性がある、ってこと?」

「相当の切れ者だな」

 眉を潜めたユーリの言葉に、シオンが淡々とした声色で肩を落とす。

 事件は、それに繋がる"なにか"が見つからない限りは発覚しない。

 殺人事件で一番難しいのは、殺人そのものよりも、遺体をどう隠すかということだろう。今回の場合、まだ見えていない被害者が失踪届の出ていない家出人というところが、事件発覚を遅らせていた。少なくとも、この事件はここ数ヶ月の出来事ではないだろうというのがリオたちの出した見解だ。

「ただ、そういった人間に狙いを定めているなら、変な話、普通の人はそんなに危険はないってこと……?」

「どうだろうね? 今回の貴族令嬢のこともある」

 とても不謹慎だけれど、と呟くユーリに、リオは厳しい顔になる。

 実際のところ、露見した被害者は貴族令嬢一人だけで、他にも被害者がいるかもしれないというのは、リオたちの推測でしかない。

 もしかしたら、本当に、被害者は貴族令嬢だけなのかもしれないけれど。けれど、そうではないだろうという、妙な胸のざわめきと確信があった。

 だとしたならば、今回浮き彫りになった被害者――、貴族令嬢は、凶悪犯のただの調査ミスか、もしくは取り違いかなにかで起きたことなのか。

「その令嬢の素行については特になにも問題は?」

「調べた限りではね。極々普通の、子爵家のご令嬢だよ。母親譲りの綺麗な金髪が自慢で、活発で優しい子だった、って、ご両親が泣きながら話してくれた」

 その時のことを思い出したのか、ぐっと拳を握り締めたリオが痛々しげに口にする。

 それからゆっくりと顔を上げ、今までずっと静かにみんなの話に耳を傾けていた少女へと、真剣な眼差しを向けていた。

「とにかく、可能性は低いかもしれないけれど、アリア、君は一人歩きをしないようにね?」

「……そんな、大丈夫ですよ」

 心配性で過保護な従兄(リオ)の言葉に、アリアは緩い微笑と共に苦笑する。

「確かに普通の相手であれば君に危害を加えることはできないだろうけど、警戒するに越したことはない」

 元々、その上を探すことの方が難しいくらいにアリアの魔法力は高い。しかも、貴族令嬢らしからぬ特訓と実践の成果で、魔法師団に所属するトップの男性たちにも引けを取らないほどの実力ぶりだ。

 けれどアリアは、紛れもなくか弱い女の子で。純粋な力勝負になれば男性に勝てるはずもなく、隙を突かれれば一溜りもないだろう。

 アリアは、他人に対して変に無防備なところがあるのだから。

「ちなみに、そのご令嬢の魔法力はどれくらいだったんだ?」

「簡単な魔法くらいは普通に使えたようだよ」

 事態を冷静に分析していくシオンからの質問に、リオはすでに調査済みの答えを返す。

「つまり、少なくとも犯人はそれ以上の魔力の持ち主であることは間違いないな」

「そうだね」

 貴族令嬢にアリアのような闘いの場における実戦能力は求められていないから、同じレベルの魔力を持つ男性と比べた時には、女性の方が能力的には遥かに劣る。だが、それと同時に自分の身を守る程度の魔法は身につけさせられているから、凶悪犯はその程度の魔法は取るに足りないくらいの魔法力を持っているのだろう。――もっとも、護身魔法を身につけてはいても、いざ突然その身に危険が迫った時に、実戦経験もない少女がどれだけ対処できるかはわからないけれど。

「シオン。くれぐれもアリアを頼んだよ?」

 魔力のほとんどない平民の家出人を狙ったというのならばわかるが、貴族令嬢が被害に遭った時点で、凶悪犯は少なくとも低級程度の魔法は抑え込める人物ということになる。

「言われなくてもわかってる」

 向けられる真摯な瞳に、シオンもまた真剣な双眸を返し、絶対に愛しい少女を事件に巻き込ませないことを誓っていた。

「お前はすぐに首を突っ込むからな」

「――っ」

 厄介事に自ら飛び込んでいく癖のある少女を咎めるように見下ろせば、多少はその自覚のあるらしいアリアは一瞬息を呑む。

「また勝手に一人で行動したら……」

「っわかってるわよ……!」

 そう何度も言われなくてもわかっていると声を上げ、アリアはそんなシオンの顔を恨めしげに睨み上げていた。





 ――数日後、独房の中で自ら命を絶ったイーゴリの姿が発見されることになるなど、この時の彼らは想像もしていなかった。

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