始まりの事件 3
一方、イーゴリの元へと残されたユーリとシャノンは、部屋の外へと連れ出されてしまったアリアの見えない後ろ姿に、真っ青になって顔を付き合わせていた。
「早くアリアを助けないと……!」
「でも、当初の目的が……っ」
アリアを一人にしてしまうなど、2人にしてみれば有り得ない事態だ。特にユーリはアリアを守る為に同行したのだから、これではなんの意味もない。
「アイツの思考、まだ探れないのか……!?」
「全然違うことを考えている人間から知りたい情報だけを視むなんて真似できねーよっ」
精神感応能力は、確かに相手の思考を視むことはできるが、そこまで器用にできていない。考えてもいない情報を引き出すには、かなりの集中力と接触が必要とされる。
こんな風に距離を保ったまま残留思念だけで探れるものには限度がある。
「こうなったら濃厚接触しないと」
「……のうこうせっしょく……」
部屋の奥にあった天蓋付きのベッドへと腰かけて、ニヤニヤしながら手招いてくる男へとギリリと唇を噛み締めながら視線を移したシャノンの言葉に、ユーリは思わず思考を止めてその意味を吟味する。
「……変な想像すんなよ。そこまでじゃない」
「あ、ごめん。ちょっとびっくりした」
一体なにを想像したのかと半眼になるシャノンの呆れた声色に乾いた笑みを溢し、ユーリはベッドに腰かける男へと顔を向けていた。
この状況で「濃厚接触」と言われてついつい変な想像に駆られてしまったとしても許して欲しい。とはいえ、イーゴリから欲しい情報を引き出す為には接触行為は必要だ。
ベッドの上で2人を待つ男がなにを考えているかなど想像するまでもなく明白で、どうしたものかと思わず頭を抱えてしまう。
「……行くぞ」
「……やっぱそうなる?」
まるで断頭台に上る気分で2人コクリと唾を呑み、男の方へと歩いていく。
「……これ、普通に貞操の危機じゃない?」
「バカなこと言うんじゃねーよ」
こそこそと囁き合いながら、意を決して男の両隣へと乗り上げた。
「イーゴリ様……」
今すぐ男を殴り倒したくなりながら、シャノンはそっとイーゴリの首の後ろへと手を回す。
こんな、色仕掛けのようなこと、気持ちが悪くて仕方がない。とにかく勝負は一瞬だとぐっと堪えて、その耳元へとそっと囁きかけていた。
「先日の、貴族令嬢暴行殺人事件の犯人を知ってるな?」
その瞬間。
「――――――……く……っ」
「……お前ら、何者だ……!?」
一瞬にして距離を取った男の一方で、シャノンは流れ込んできたイーゴリの意識に唇を噛み締める。
頭の中でちらつく数人の少女の姿。
その少女の近くで、残忍な笑みを浮かべて歪んだ口元。まだ年若く感じる髪色の薄い青年の顔は――――、
――少しずつ白黒になっていった映像がぐにゃりと曲がる。
まるで追跡されることを拒むかのように靄がかかり、頭の奥からガンガンという音がする。
――赤い瞳がシャノンの姿を捉えるように細められて――、
(っ限、界だ…………っ!)
くらりと頭が傾いて、意識までもが奪われていく感覚がした。
「……シャノン……ッ!」
咄嗟に伸ばされたユーリの腕が、傾くシャノンの上半身ごとベッドの上へと倒れ込む。
「……このまま無事に帰れるとは思うなよ」
「……っ」
ベッドの傍に垂れていた紐を引いた男は、再びユーリとシャノンの元へと歩いてきた。
手には、ジャラリと音の鳴る拘束具。
「たっぷり可愛がった後、薬漬けにして売り払ってやるよ」
ここら辺が潮時だろうかと、ユーリはリオたちへと合図を送る覚悟を決める。
と。
「……イーゴリ様。お呼びですか?」
「あぁ。ちょっと調教に手こずりそうだから手伝ってくれ」
用心棒のような男が音もなく部屋の奥から現れて、イーゴリはユーリとシャノンへ視線を投げながら指示を出す。
どうやら先程の紐を引く行為は、男を呼び出す為のものだったらしい。
「……畏まりました」
イーゴリと用心棒の男の体の周りを、ゆらりとしたオーラが立ち上る。
裏組織のトップに上り詰めるような男だ。それなりの魔力を保持していて当然だろう。
魔力発動の予感に、シャノンを腕に抱えつつ、ユーリが防御魔法を展開しようと構えたその瞬間。
「ユーリ! シャノン……! 大丈夫……!?」
バタン……ッ!と勢いよく扉が開かれて、アリアが姿を現していた。
「っ!?」
「っ! お前はさっきの……!」
男2人が驚いたように振り返る中、アリアは室内を見回して瞬時に状況を理解する。
「っ! アリア……ッ! 来たらダメだ……!」
限界だ。今すぐリオに合図を送って瞬間移動でこの場に来て貰おうと考えたユーリは、けれど次の瞬間、呆気に取られることになる。
「な……っ!?」
「なんだお前は……っ!?」
蔓のようなものが男2人へと巻き付いて、その身体を雁字搦めに拘束する。
その拘束を解こうと鋭い刃のような風が現れようとも、それはアリアの防御魔法を応用させた障壁によって阻まれた。
「……くそ……っ!」
代わりにアリアに向かって放たれた氷の刃のような攻撃魔法は、その身体に届く前に霧散した。
「大人しく捕まりなさい……っ!」
アリアが叫ぶと同時に雷のような刺激が男たちの身体を駆け抜けて、そのまま大の男2人はその場に打ちのめされていた。
「ユーリ! シャノン……ッ!」
完全に男たちが意識を失ったことを確認したアリアがすぐに駆け寄ってくる姿をみつめながら、シャノンとユーリは呆然と口を開いて呟いた。
「……なんか俺、自信なくしそうなんだけど……」
「そうだよな……。アリアだもんな……」
この潜入捜査にアリアが同行することに当たり、シオンがそこまで強く反対しなかった理由。魔族相手というならばまだしも、そこら辺のただの悪党風情がアリアをどうこうできるはずもない。
「? なに2人共ぶつぶつ言ってるの?」
きょとん、と小首を傾げて窺ってくるアリアへと嘆息する。
「さすがアリアだって話」
それから合図を受けて組織内へと突入してきたルーカスたちは、すでにすることがないくらいしっかりと拘束された男たちを前に苦笑を洩らし、アリアを迎えに来たシオンを盛大に呆れさせたのだった。