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mission1-1 幼馴染みの少女を救え!

 最初の事件は、ユーリに幼馴染みの父親から手紙が送られてくるところから始まる。

 娘が家出をした、と。

 そして、少女はユーリに会いに来る。

「話したいことがあるから後でここに来て」と。

 指定された時間に約束の場所へ行き、ユーリは淡い初恋を抱いていたその少女と、そのまま永遠に話せなくなってしまう。

 "ゲーム"では、「幼馴染みの真意を探れ」的なミッションだった。なぜ「救え」ではないのかと思ったが、結末を知り、多くのプレイヤーがその意味を理解することになった、"ゲーム"開始直後の衝撃のイベントだ。

 そしてそのイベントの中で登場するのが、媚薬作用を持つ触手のような生き物。

 お約束通りユーリはそれに捕らえられ、シオンに助け出されるわけなのだが。

『辛いのか……?』

 身体の奥底から沸き上がる熱に苦しむユーリへと、シオンが声をかける。そして…。

『辛いのなら、今、楽にしてやる…』


(いやぁぁぁー!)

 思い出し、アリアは歓喜の悲鳴を上げる。

 嫌と言いつつ、その顔は嬉しそうに口元が緩み、熱で頬が赤く染まる。

(違うのよ、違うの!そうじゃなくて!)

 一体誰に言い訳をしているのか、アリアはぶんぶんと首を振る。

(そうじゃなくて、とにかくユーリの幼馴染を助けないと……!)

 放っておけば、魔の手に囚われて殺されてしまう。

 最初の犠牲者を救うために、しなければならないこと。

(絶対に、助けてみせる――!)

 キツく手を握り締め、アリアは来たる"ゲーム"開始へと挑むような瞳を向けていた。





 *****





 九月半ばの、桜の花弁がすっかり舞い落ちた頃。

「……ユーリ。なにかあったの?」

 なにやら物思いに耽るユーリの変化を敏感に感じ取り、アリアはユーリへと心配そうな瞳を向けていた。

「アリア……」

 "ゲーム"とは違い、今やすっかりアリアは隣の教室へと入り浸っている。もちろん目的は婚約者であるシオン……ではなく、ユーリだ。

「……」

 なにかを考える風に視線を落として俯くユーリに、アリアは言いたくないなら話さなくても、と声をかける。

 するとユーリは否定の方向へと軽く首を振り、「実は……」と口を開いていた。

「実は、幼馴染みが家出をした、って連絡があって」

「……!」

 まさに、"ゲーム"通りの展開。

 アリアは次に取るべき行動を瞬時に計算しながら、その先のユーリの言葉を待つ。

「……それで、どうするんだ?」

「セオドア」

 けれど、二人の話を前の席から聞いていたセオドアが潜めた表情でユーリを伺い、ユーリは唇を噛み締めていた。

「……一度家に戻ろうかどうか悩んでるんだけど……」

 自分が戻ったからといってなにかが変わるわけでもないが、とりあえず様子だけでも見てこようかと、ユーリは週末の予定を決めかねている様子をみせる。

「もしかしたら、オレを頼ってくるかもしれないし……」

 ユーリがこの学園に来たことは幼馴染みも知っている。だからもし行き先に悩んでいるならユーリを頼って来るかもしれないと、そう手紙にもあったと言って、ユーリは不安そうにその大きな瞳を揺らめかせる。

「……すぐに帰ってくるといいな」

 なにも知らないセオドアが、ユーリを勇気づけるようにその肩へとぽんっ、と手を置いて優しく微笑みかける。

「うん……」

 それに小さな笑みを返しながら、ユーリは行方不明の幼馴染みへと思いを馳せていた。



「シオンっ、ちょっと付き合って」

「……なんだ一体」

 放課後。教室にユーリの姿がないことを察したアリアは、思わず舌打ちしたい気分になりながら、恐らく図書館にでも向かおうとしていたのであろうシオンを引き留める。

「いいからっ」

 いつになく強引に腕を引いて先を急ぐアリアの姿に、さすがのシオンも不審そうな顔をする。

 そうしてしっかりと腕を掴んで歩く二人のその姿を目を留めた生徒たちからざわざわとした気配が生まれていたものの、この後の展開で頭がいっぱいになっていたアリアは、そんなことには微塵も気づく余裕はない。

(……ユーリは……)

 もし、"ゲーム"と同じように外から呼び出されていたのなら、ユーリは学園の校門近くにいるはずだ。

(いた……っ!)

 そうして確かな目的を持ってきょろきょろと視線を巡らせていると、アリアの予測通りの場所に、ユーリともう一人、幼馴染みと思われる少女の姿があった。

 なにを話しているのかは聞こえない。

 恐らく"シナリオ"通りの会話をしているのだろうと思いつつ、さすがにそんなに細かなところまでは憶えていない。

「……一体なにを……」

「気になるでしょ?」

 思わず死角になる位置へと身を隠しながら様子を伺うアリアへと、なにかを諦めたようなシオンの小さな嘆息が溢される。

「……ここからじゃ聞こえないわね」

 悔しそうにそう呟けば。

(風魔法……!)

 ふんわりとした風が耳元を擽って、アリアはシオンの方へと振り返る。

(さすがシオン。こんな方法もあるのね)

 自分で魔法を駆使しておいて、そんなアリアに呆れたようなシオンの溜め息がもう一つ。

「……に来てほしいの」

「わかった」

 風に乗って聞こえてきた会話のその内容に、アリアは身を引き締める。

「ありがとう!待ってるから」

 どこかほっとした様子で笑顔を見せてその場を去ろうとする少女。

 肩口で切り揃えられたストレートの髪が舞って、ユーリがその姿を見送るように肩の辺りで手を揺らす。

「行きましょ」

 そんな二人の様子に迷うことなく足を踏み出すアリアへと、もう反対の言葉も失ったのか、シオンは何度目かの溜め息を落としていた。

「ユーリ!」

「!アリアっ?……シオンも」

 突然背後からかけられた声に驚いたように目を白黒させ、ユーリはアリアとその後ろにいるシオンを交互に見遣る。

「追いかけるわよ」

「え?」

 ここで悠長に話している余裕はない。

 アリアはユーリの背中を押すようにして歩き出すと、遠くなりつつある少女の後ろ姿を確認する。

「……え……、でも、約束……」

 きちんと後で会う時間を決めてあると戸惑いの表情を向けてくるユーリの瞳を、アリアは正面から受け止める。

「時間まで待って手遅れになったら本末転倒よ」

「手遅れ、って……」

 少女に気づかれないよう、早足ながらできるだけ静かにその後ろ姿を追って、アリアはユーリの方へと振り返る。

「ユーリだって気づいているんじゃないの?」

 曲がり角。少女の姿を見失わないよう、けれどこちらを気取られぬよう細心の注意を払いながら、アリアは壁の向こうを覗き込む。

「……闇魔法の気配がしたわ」

 すぐそこの角を再び右へと折れたことを確認し、アリアは小走りになりながら秘かに告げる。

「!」

 途端、シオンが小さく息を呑む。

 光属性の潜在能力が高いユーリは、この時点で無意識にでもなにか嫌な予感がしているはずだと、この時の"シナリオ"からアリアは推測する。

 同じく光属性が弱くはないはずのアリアは、その実なにも感じられなかったのだが、ここは嘘も方便だろう。アリアの方がシオンよりも光属性に関しては優れているから、シオンにはわからない言い訳にはなる。

 "ゲーム"では、ここで嫌な予感を覚えたユーリが、時間まで学園内をうろうろし、偶然魔道具の部屋の鍵を見つけて武器を拝借してみたり、不審な動きをするユーリを図書館帰りのシオンが見つけて後を追ったりする流れになるのだが。

 そんな過程は全てスキップしてしまう。

「これ、渡しておくわね」

 懐から取り出したのは、アリアにも使い勝手の良い小振りのナイフ。

「なん……っ!?」

「護身用よ。魔力が込められているから、多少の魔法なら対抗できるわ」

 いきなり手渡された物騒なものに目を見開くユーリへと、アリアは冷静に説明する。

「なんで……」

「お父様に頼んで護身用に貰ったの」

 本来ならば、万が一にとユーリが学園内からこっそり持ち出す流れだが、アリアはすでにそれを先回りしていた。実際"ゲーム"中でそれが役に立ったかどうかは記憶にないが、攻撃も護身の魔法も使えないユーリにはあった方がいいだろう。

 本当ならば、ユーリを置いてシオンと二人で向かう方がベストなのだけれど。

(まぁ、本当に危ないイベントならそうした方がいいわよね……)

 これからもっと危険が増してくるであろう展開を思って、アリアはそんな思案をする。

 恐らく、現時点でのシオンの実力は、"ゲーム"内でのこの時のものよりも遥かに上を行くはずだ。しかも、"ゲーム"ではいなかったアリアもいる。

(そのために今まで力を磨いてきたのだもの……!)

 絶対に少女を失ってはならないと再度誓いを立て、アリアはその後ろ姿が消えた道の角を曲がる。

 と……。

(見失った……!)

 どこにも見えないその影に、アリアは頭から血の気が引いていくのを感じる。

(……どうしよう……!)

 少女が最終的に行き着く場所はわかっているが、先回りした方がいいのだろうか。

 上手く回らない思考の中でぐるぐると彷徨ってしまう。

「……こっちだ」

 そこへ差し出された救いの手。

「シオン?」

「風だ。気配がする」

「!」

 なにかを伺うような様子を見せながら確かな足取りでどこかへ向かうシオンへと、アリアは安堵から力が抜けそうになってくる。

「さすがシオン」

 それだけで、アリア自身が気づかずに背負い込んでいた緊張感がいい意味で解けていく。

 もう、大丈夫。

 そう確信して思えるのはなぜだろうか。

「行くんだろう?」

 そうして見えてきた町外れの雑木林。

 シオンの問いかけにこくんと一つ頷いて、アリアはその先へと足を踏み出していた。

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