未来話 ~彼女がこの世に生を受けた理由~
アリアとシオンの子供である、アイラとユーリの恋についての結末(?)話。
いつか詳しい話を書くかもしれない為、いろいろと濁しています。なんとなくの空気感でお読み頂ければと思います。
!!注!!
ネタバレが入りますので、ダメな方は回れ右をお願いしますm(_ _)m
泣くと涙と一緒に記憶が零れ落ちていって。それが悲しくてまた泣いて。
泣きたくなんてないのに、どうしても止まらなくて。
ねぇ、かあさま。
わたしは、かあさまに望まれて生まれてきたの。
かあさまが、かあさまの為に大切なものを失くしてしまったあの人のことを、助けて欲しい、って願ったから――――。
この世に生まれ落ちたその時から――、否、母親の胎内に生命が息吹いたその時から、彼女は彼のことが好きだった。
彼の為に生まれてきたのだと、そう言っても過言ではないほどに。
アイラは、夜泣きが酷かった。
ただでさえ初めての子供で、しかも双子だ。片方が寝ていても片方は元気いっぱい。片方が機嫌が良くても、片方がぐずっている。それならばまだしも、双方機嫌が悪くて泣き止まないなどということも日常茶飯事で、周りの手を借りながらも、さすがのアリアも疲れ切っていた。
そんな中、子供が生まれたばかりで迷惑だろうと、入り浸っていたウェントゥス家への訪問を控えていたユーリが、アリアを心配し、少しだけ、と顔を見に来ていたのだけれど。
ユーリに抱かれている間は始終笑顔で、泣きもグズりもしないアイラの姿に、休める時に休んだ方がいいとシオンに諭され、アリアはそのままレイアと一緒に眠ってしまったのだ。
その日は珍しくレイアもぐっすりと眠っていて、アリアは今まで蓄積された疲れもあって、深い眠りに入ってしまっていた。ハッと起きた時には普段の授乳の時間などとうに過ぎていて、慌てて客室にいるのであろうユーリの元まで足を運んだアリアは、そこで信じがたい光景を目にすることになった。
恐らくは、アイラの相手をしているうちに疲れて眠くなってしまったのだろう。ふわふわとした絨毯の上で熟睡しているユーリのすぐ横で、アイラまでスースーとした心地良さげな寝息を立てていたのだ。
――時刻は、真夜中過ぎ。普段であれば、泣いてグズって大変な時間帯だ。
そして、そんな2人を見守るように同じ部屋で読書をしていたシオンに、お腹が空けば起きるだろうから寝かせておけと言われ、起きたら呼びに行くという言葉の前に、そのまま部屋へと引き返していた。
そんな、久々にしっかりした睡眠の取れた次の日のこと。
――やはり、アイラの夜泣きは続いた。
そして、シオンからその経緯を聞いたユーリが再び子守りの手伝いに来た時に、全員が察していた。
――アイラは、ユーリがいれば夜泣きをしないのだと。
それからというもの、ユーリはウェントス家に泊まり込み、夜はアイラと一緒に寝るようになったのだから、シオンもアリアも複雑だ。
シオンは、大切な娘が、親友とはいえすでに男と寝ているという父親としての心情。アリアは、母親としての自信。
そんな両親の困惑など赤ん坊であるアイラがわかるはずもなく、その後は一切夜泣きをすることなく、ユーリを送り出す時だけは少しグズりつつも、「仕事が終わったらまた来るから」という言葉がわかるのか、昼間はレイアと同じように過ごしながら、すくすくと成長していった。
いくつかの単語を喋るようになったレイアの一方で、なかなか喋らずに心配していたアイラが初めて発した言葉も「ユーリ」だ。
それはもう、「ユーリ」という言葉が発することができるようになるまで、他の言葉は喋らないと決めていたかのように、それを皮切りにお喋りを始めたアイラだ。
初めての二言言葉が「ユーリ、すき」だった時点で、アリアはもう全てを諦めた。
シオンとの子供だ。ユーリのことを好きにならないはずがない。そこまで極端ではないとはいえ、それはレイアも同じだった。
だから、大きくなったアイラが、そのままユーリを想い続けているということはある意味当然で。
――――それから、十数年後。
アイラのことはアリアに任せ、シオンは客間でユーリの斜め横に座っていた。
ソファに軽く腰かけたユーリは、膝の前で手を組んで、静かに沈黙を破っていた。
「……後悔する日が来るのが怖かったんだ」
なにを、とシオンは問い返したりはしない。
それは、ユーリのその気持ちをシオンがきちんと理解しているからだ。
「あの時、アリアを助ける為に、自分の魔力を全て使い果たしても構わないと本気で思った」
お前だってそうだろ?と、言葉にはしないまま向けられる瞳を、シオンもまた無言で肯定する。
ユーリとシオンだけでなく、きっと、あの時あの場にいた誰もが同じ気持ちを抱いていた。
この少女を助けられるのならば、魔力など失ってしまっても構わないと。
そう思いながら、ユーリの奇跡の力とシャノンの特殊能力に全てを賭けたのだ。
結果、2人の能力は失われてしまったけれど、その大きな賭けには勝利した。だからこそ、今、アリアはシオンの隣で微笑っている。
「実際、後悔したことなんて一度もないし、魔法が使えたらと思ったこともない」
元々光魔法しか使えなかった時点で、絶大とはいえユーリの魔力は生活にはあまり役に立つものではない。そもそも、自分に魔力があることを知らずに育った上、わかってからも思うように使えない期間の方が遥かに長かった。
だから、魔力を失おうが構わなかったのだ。もし誰か一人が魔力を失う必要があるのなら、自分が一番適任だろうと思うくらいには。
そう――。
「……あの時までは」
そこでユーリは苦渋の表情を浮かばせた。
「……アイラを失うかもしれないと思った時、魔法が使えない自分が悔しくて堪らなかった」
アイラに庇われることしかできない自分。それは、いつかの自分と同じ。けれど、かつては例えユーリが思うように魔法が使えなくとも、他に頼れる仲間がいた。
だが、その時はアイラと2人きりだったから。
「あの時アリアを失っていたらアイラもここにいないのに、それでも……、後悔しちゃったんだ」
あの時、魔力を失っていなければ、今、アイラを助けられたのに――、と。
「……それは、お前でなくてもそう思うだろう」
後悔してしまったことに苦しむユーリへと、シオンは顔をしかめて同意する。
もし、そのままアイラを失っていたら、一番苦しむのはアリアだろう。ユーリに魔力があったなら。あの時自分を助けたばっかりに、と。
ユーリの言うようにそこに大きな矛盾があったとしても、ユーリと同じ立場に立たされたなら、誰もが同じことを思うだろう。
「でも、そんなオレを、結局アイラは……、アリアは救ってくれるんだよな」
軽く開いた手をみつめて自嘲のような軽い笑みを溢し、ユーリはその手を握り込む。
「あの時すでにアリアの中に芽生えかけていた生命が、まさかオレの魔力を拾ってくれていたなんて」
「……それはどういう……」
眉を潜め、珍しくも動揺したような様子を見せるシオンへと、ユーリは再び手を開くとその手を前へと差し出した。
ふわっ、と。その掌へと宿った強い光。
「っ!」
その意味を理解して驚愕に目を見張ったシオンへと、ユーリは複雑な苦笑を溢しながら口を開いていた。
「……魔力、戻ったんだ。多分、全快ではないけど、9割くらいは、多分」
アイラを失うかもしれないと思ったあの瞬間。魔力を心の底から求めたあの一瞬。
光輝いたアイラの胸元から、ユーリの中へと注がれた魔力は。
「アイラの瞳……」
アイラの瞳は、片方がシオンの力を受け継いだ風の色で、もう片方は光の魔力を示していた。だが、アリアの力も受け継ぎ、確かに光属性も強かったが、アイラ自身は明らかに風の属性だった。
風と光を示す、その瞳の色の意味。
それは。
「もう、オッドアイじゃなくなってる」
ユーリへと、内に秘めていた魔力を注ぎ終った後、アイラの瞳は両目共風の色になっていた。
「この為に生まれてきたんだ、ってアイラに笑われた」
全てが終わり、呆然とその場に佇んだユーリへとアイラは微笑った。
母親であるアリアとよく似たその笑顔で。
「お腹の中の時のこと、思い出した、って」
あの時、すでにアリアの胎内で息づきかけていた小さな生命。
「アリアが……、無意識で祈った願いを叶えたんだ、って」
アリアの願いを受けて、懸命にユーリの魔力を拾い集めたのだと言っていた。
まだこの世に形となっていない存在だったからこそ、成し得た奇跡。
「……アイラが、好きだよ」
散々アイラからの気持ちを誤魔化しておいて、今さらなにを言い出すのだろうと、ユーリは申し訳なさそうにシオンを見た。
「これが、オレの出した答え」
けれど。
「……そうか」
表情は曖昧なものながらも、瞳だけは真剣な色を湛えたその強い光を受け、シオンは告げられた答えに小さく肩を落としただけだった。
「お前らの子供を、オレが好きにならないわけはないんだ」
ユーリが愛する2人の元から生まれてきた少女。その愛の結晶に惹かれて止まないのは当然だ。
しかもアイラは、アリアの願いを叶える為に、ユーリの為に生まれてきたのだから。
「あの時オレはアリアを助けたけど、こうしてお前たちに返されてる」
想いは、巡りに巡って。
「ありがとな」
その笑顔は、清々しく輝いて。
――――アイラを、この世に授けてくれた2人に感謝を。
思い出した。
私は、その為に生まれてきたの。
あの人の為に、生まれてきたの。
全ては、あの人に――、お母様を助けてくれたあの人に、あの時失ってしまったものを返す為に。
お母様のお腹の中で、レイアと一緒にユーリ様の魔力を集めたの。
私が預かっていていいか、ってレイアに聞いたら、いいよ、って言うから、ずっと私が代わりに持ってたの。
この世に生まれた時に、お母様に、もう悲しまなくていいよ、って。自分を責めないで、って言いたかったのに、全然伝わらなくて。
言葉にしようとしてできなくて、できないことが悲しくて泣いてしまって。泣くと、涙と一緒にその記憶も流れていってしまって。
遅くなってごめんなさい。
でも、思い出したから。
私は、お母様の願いを叶える為に、ユーリ様の為に生まれてきたの。……もちろん、お父様もだけど。
お父様と、お母様が大好きなユーリ様。
だから、ね?
――お母様とお父様を助けてくれたユーリ様を、私も大好きなの。
四章を始める前に、ここだけは解決させておくべきかな、と思い、いろいろと濁しながら結末(?)部分だけを抜き取ってみました。
続編、書き始めました。10話くらいストックができてから投稿したいと思っているのですが……。
再開は今月末を目指しつつ、もしかしたら来月に入ってしまうかもしれません。
お待ち下さっている神読者様がどれくらいいるかはわかりませんが……(汗)。
またお付き合い下さいますととても嬉しいですm(_ _)m
いろいろ書きたい番外編は、また完結後に、と思っています。