隠しルート
"ゲーム"の中で、メインヒーローであるシオンの婚約者・アリアよりも、よほどリリアンの方がちょくちょく登場することについては、もちろん理由がある。
この"ゲーム"は"BL"が中心だけれども、男女の"ノーマルエンド"も存在している。
全キャラ攻略後、もしやリリアンを堕とせるのでは?と、リリアンへの接触回数を増やしていくと、"隠しキャラルート"が解放される。
よほどシオンに一途なのか、リリアンを堕とすことはできないが、代わりにリリアンの"友人"を攻略することができるようになるのだ。
その、リリアンご自慢の友人というのが、ユーリとは全く真逆のキャラ。"美少年にしか見えない少女"だったりするのだが……。
(……まぁ、つまりは、見た目だけで言えば"美少年×美少年"の"BL"カップルだったりするわけだけれど……)
元が"BLゲーム"だけあって、例え"ノーマルルート"だとしてもそこは譲れないのか、"BL風味"の"ノーマルエンド"。
しかも当然、この場合攻める側はユーリであって、"BL"のくせにむしろ"百合"に近い。
"ゲーム"のファンとして全ルート攻略は必須な為、一応プレイはしたものの、当然あまり興味はなく、さらりと一度流した程度のものだった。
だから、詳しいところはなにも覚えていない。記憶を思い出した時に書き留めておいた"ゲーム内容"も、この"ルート"に関してはなにもメモしていないから、もはやその攻略対象者である少女の名前すら覚えていない。唯一朧気に覚えているのは、美少年な少女の容姿だけ……。
――なのだけれど。
(だから……! どうしてこうあるある!?)
心の中でこの突っ込みを入れるのは、もう何度目のことだろうか。
目の前には、少し柄の悪そうな男たち5人に囲まれた美少女(と美少年?)2人の姿。
そのうちの一人は、アリアもよく知る人物だったりする。
(……リリアン様……)
友人の背後に庇われ、キラキラと瞳を輝かせているリリアンの姿に脱力する。
そこには、怯えの色など一切見られない。純粋にこの状況を――、柄の悪い男に絡まれ、美少年に庇われている自分の危機的状況を楽しんでいた。
(……なんとなく……思い出した……、気がする……)
うっすらとした"ゲーム"の記憶に頭が痛くなる。恐らくは、この状況を生み出した元凶はリリアンだ。
買い物途中で男にぶつかり、言いがかりをつけられ、その延長でナンパされる。"BLゲーム"ということで忘れがちだが、リリアンは"主人公・ユーリ"のライバル役として相応な美少女だ。
一方、もう一人の攻略対象者――男装美少女は、その容姿にコンプレックスを持っているという点ではユーリと同じだが、それ以外はユーリとは真逆のタイプ。その見た目こそ美少年だが、その中身はといえば、趣味はお菓子作りで、普段は似合わないことを自覚している為にパンツルックばかりだが、本当はひらひらとした服を着たいと夢見ている完全乙女少女。
周りの友人たちから「美少年」「カッコいい」「このまま私たちの王子様でいて!」と言われ続け、本当の自分を出すことができずに、望まれるままに「王子様キャラ」を演じ続けている。
そんな「美少年」の正体をあっさりと「少女」だと見抜き、そこから引き上げるのが"ゲームの主人公"であるユーリだ。素直で男前で優しいユーリは、常に「女の子なんだから」と笑いながら少女の心を溶かしていく……、というストーリーだったはず、だ。――記憶はとても曖昧だけれども。
(……でも……っ! なんで、今!?)
この"イベント"が起こるはずの時期はすでに終わっている。アリアが動いたことにより、多少の誤差があったとしても、今、ここに"主人公"はいない。
その代わりに今この場にいるのは、"2"の"主人公"であるシャノン。そして、その親友のアラスターとギルバート、アリアとそのお目付け役のシオンだ。
そう、今は、ジャレッドの仕事場からの帰り道。その、街中での出来事だ。
「なぁ? ちょっとだけ付き合えよ」
「ぶつかったことは謝りました……! やめてください……!」
リリアンに声をかけた"いかにも"風な軟派男へと、背後に友人を庇うように立つのは男装美少女だ。
"王子様"の背に隠されて、"あるある"すぎる乙女のピンチにキラキラ瞳を輝かせているリリアンは全く気づく様子もないが、知っているアリアにはわかってしまう。
――リリアンを背後に庇う少女の指先は、僅かに震えている。
「カッコつけてんじゃねーよ……っ!」
(あ……っ!)
少女をリリアンのボーイフレンドだと勘違いしている男の手が大きく振り上げられる。
リリアンが口元を手で覆い、男装少女は衝撃を覚悟して目を閉じると身体をすくませる。
だが。
「なぁにしてんだよ?」
その手が少女へと振り下ろされることはなかった。
(アラスター……ッ!)
あくまで口調は穏やかに、口元には笑みを刻んだまま、目だけは挑発的な色を滲ませる。
「可愛い子を軟派したい気持ちはわかるけど、誘い文句はもっとスマートにしなくちゃ靡くものも靡いてくれないぜ?」
「……お前はまたペラペラと」
振り上げられた男の手首を掴んで笑うアラスターへと、ゆっくりと歩み寄ったシャノンがやれやれと肩を落とす。
「しかも、女の子に手を上げるなんて最低野郎だな」
微かな怒気を滲ませるアラスターへ、男はわけがわからないというように顔をしかめてみせる。
「……あぁ?」
「美少女2人に袖にされて苛つく気持ちはわかるけど……、な……っ!?」
「……ってぇ……!?」
瞬間、掴んでいた手を捻るようにして解放され、男は苦痛に顔を歪ませる。
その瞳は怒りを露にし、今すぐアラスターへと殴りかからんばかりに眉は吊り上がる。
「って、めぇ……」
「なんなら代わりに相手になるぜ?」
ボキリ、ボキリ、と、手の指を鳴らす真似をするアラスターへと、そこで横から声がかけられる。
「だったらオレも参戦しようかな」
「……ギルバート……」
くす、と楽しそうな笑みを溢すギルバートへと、シャノンの呆れたような目が向けられる。
「なぁんかムカついてたから憂さ晴らしに丁度いいかな、っと」
「……そういう理由かよ」
ちらり、とギルバートが視線を投げた先。金髪の少女の隣に当たり前のように立つ黒髪の存在を見遣って、シャノンはやれやれと嘆息する。
そういうストレス発散を、代理でさせられそうになっている男たちに、むしろ同情さえしてしまいそうだ。
「遠慮いらない相手をボコボコにできるなんて最高だろー? ハンデに魔法は使わないでおいてやるし」
「……」
そうしてしばらく鋭い視線が交錯し、静かな睨み合いが続いた後。
ち……っ、とあからさまな舌打ちを溢し、男はアラスターとギルバートから顔を反らしていた。
「……つまんねぇ。冷めた。……行くぞ、お前ら」
仲間の方へと振り返り、ぞろぞろとその場を立ち去る男たちを眺めながら、リリアンではないけれど、アリアはドキドキが止まらない。
(カッコいい……!)
"2"の"メインヒーロー"が二人立ち並んでならず者を撃退する場面など、萌えずにいられないわけがない。
しかも、その中央で、シャノンは全く二人を心配することなく堂々と立っているのだから、その信頼感は半端ない。
(やっぱり"神エンド"がいい……!)
どうにかして3人で迎える"ハッピーエンド"へと向かって貰えないものかと、アリアが一人心の中で身悶えるのに、その隣にいるシオンから、不快そうな視線が向けられているのに、アリアは当然気づくこともない。
「えー、逃げんの?」
「……ギルバート……。お前は煽るのを止めろ」
「はいはい、っと」
立ち去る男たちを、せっかくのストレス発散が、とばかりにつまらなそうな声色で見送るギルバートへと、シャノンからはジトリとした目を向けられて、ギルバートは諦めたように肩を落とす。
そうして。
「お嬢さん方、大丈夫ですか?」
「……え……?」
アラスターが、持ち前の色気を全面に柔らかく微笑みかけたのに、男装少女は動揺したように揺らめいた瞳を上げていた。
「勇ましい女の子は嫌いじゃないけど、無茶と勇気は違うからな?」
そう言って、宥めるように短い黒髪へと手を滑らせる。
「綺麗な顔に傷がついたら困るだろ?」
「……あの……、わ、たし……」
女の子だということを見破られ、認められ。その上で心配までされてしまい、少女は恥ずかしさで赤くなった顔でおろおろとアラスターの顔を見上げる。
本来の"ゲーム"の"主人公"であるユーリはもちろんのこと、すぐにこの美少年が女の子であることに気づいたアラスターは、もはやさすがとしか言い様がない。
「……震えてる」
未だ小刻みな震えが止まっていなかった少女の手を取って、アラスターは仕方ないなと苦笑する。
「怖いのに、友達庇って偉かったな」
ぽんぽん、とその頭を軽く叩き、優しい瞳を浮かばせる。
「女の子は、あまり無茶するもんじゃないぜ?」
「……ぁ……」
頬をピンク色に染めた美少年は、もう美少女にしか見えなくなる。
「……って、アリア様!? っ! シオン様まで……っ!」
そこで、少し遠い位置からそれらの様子を眺めていたアリアとシオンの存在に気づき、リリアンがすぐさま駆け寄ってくる。
「こんなところでどうしたんですか!?」
「……リリアン様……」
もはやシオンのみを瞳に映し、キラキラと顔を輝かせるリリアンには、困ったように眉根を下げてしまう。
「知らない人たちに囲まれて怖かったです……!」
全く怯えていなかったように見えたけれど、大袈裟に震えてみせるリリアンに、シオンからも呆れた目付きが向けられる。
「……リリアン。お前、反撃できただろう」
「でも、実践はしたことないです」
シオンの突っ込みにも、リリアンはけろりと返答する。
侯爵令嬢であるリリアンは、もちろんアリアほどではないにせよ、一般人から比べたら遥かに高い魔力の持ち主だ。一人で街歩きをしても全く問題ないほどの魔法は心得ているはずで。
「…………リリアン様……」
相変わらず揺るぎないその思考回路に、アリアなどは脱帽してしまう。
「それより、彼女! カッコ良くないですか!? ノエルって言うんですけど、最近仲良くなった自慢の友人なんです!」
我が道を行くマイペースで美少年を紹介してくるリリアンへと、「ノエル」という名だったかと、アリアは"ゲーム"の記憶へと頭を巡らせる。
アリアは全く気づいていなかったが、少女はリリアンの同級生だということだった。つまりは、アリアからしてみれば、同じ学校の後輩、ということで。彼女は男爵家の令嬢で、魔法はまだ習い始めたばかりだという。
「……そうね。私にはすごく可愛く見えるけど」
「……え……?」
美少年、だと自慢気に語るリリアンへと、アリアはちらりとアラスターの目の前で涙を落としてしまったノエルをみつめて苦笑する。
「お前……っ、泣かせてんじゃねぇよっ」
一度涙が零れてしまえばすぐに止めることは難しく、ポロポロと次から次へと涙を落とす少女に、けれどアラスターが動揺するような素振りはない。
「ほら、俺ってば罪作りな男だから」
むしろ、役得とばかりにぽんぽんとその肩を叩くアラスターに、シャノンからは呆れた双眸が向けられる。
「……勝手にやってろ」
と。
「……知り合い、か?」
「ギル」
やれやれ、と肩を落としながらアリアの元へと戻ってきて、一度会ったことのあるリリアンを見、それから泣いている少女に視線を投げて問いかけてくるギルバートへと、アリアは静かに首を振る。
「リリアンの友人らしいけど、私は」
自分は直接の知り合いではないと否定すれば、ギルバートはそれほど興味がないのか嘆息した。
「あ、そ」
「……ありがとう、ございました……」
助けて貰った御礼を、震える唇で紡ぐ少女に、アラスターは柔らかく微笑みかける。
「ほら、そんなに泣くと可愛い顔が台無しになっちゃうよ?」
「――っ」
「女の子は笑顔が一番なんだから」
口説き文句にも近いセリフを、照れることもなくさらりと言ってしまえるのは、さすがアラスターとしか言い様がない。
"女の子"として扱われることにも、そんなセリフを言われる免疫も全く持たないノエルは、瞬時に、かぁぁぁ……っ、と顔を沸騰させる。
「……人たらし」
そんな親友へと向かい、シャノンは苛立たしげにぽつりと呟く。
「なに? 妬いてんの?」
「いい加減しろ」
ケタケタと笑うアラスターを、シャノンは半眼で黙らせていた。
一方。
「……なぁに?」
それらの遣り取りをアリアと共に見守っていたギルバートが、なにか物言いたげな目を向けてくるのに、アリアはきょとん、と瞳を瞬かせる。
「いや? こっちの2人は軟派男に囲まれて可愛く泣き出すことなんてないだろうな、と思っただけ」
「な……っ」
「酷いです……!」
ニヤリ、と口元にからかいの色を浮かばせるギルバートへと、アリアはもちろん、リリアンもまたお怒りモードで頬を膨らませる。
「……まぁ、確かに、そういった意味では心配したことは一度もないが……」
そこらへんの軟派男程度に、どうにかできる女じゃない。
「シオンまで……!」
だが、それはそれで黙っていてはいけない気がして、アリアは責めるような目を向ける。
守られる存在でいたいわけじゃない。闘わなくてはならないのなら、一緒にその場に立っていたいと思うけれど。
だが、なんとも乙女心は複雑で、それとこれとは話が別だ。
「……それよりお前は、別のことの方が気が気じゃない」
ちらり、とギルバートへと視線を投げ、苦々しそうに口にされたシオンの言葉に、アリアはコトリと首を傾ける。
「……別のこと?」
どうしてこの少女は、この件に関してはここまで無防備なのだろう。
忌々しげに舌打ちをするシオンをニヤニヤと眺めながら、ギルバートはアリアへと顔を寄せてくる。
「なぁ、アリア」
「なぁに?」
「さっき、ちょっと見惚れてただろ?」
「……っ、な……」
それは、先ほど、アラスターと共にギルバートが軟派男たちを追い払った時のことを言っているのだろう。
確かに心の中できゃぁきゃぁと黄色い悲鳴を上げていたことを見抜かれて、アリアは瞬時に赤面する。
「あっ、アリア様! 今気づきましたけど、例の浮気相手ですか!?」
それに、ぽんっ、とリリアンが手を叩き、かつてアリアが種類の異なる二人の少年と逢い引きしていたという噂を確信に深めていく。
「リリアン様……!」
確かに、あの時アリアを訪れていたのは、今そこにいるシャノンとアラスターだけれども。
「……もういいから行くぞ」
「シオン……」
赤くなったアリアの肩を強引に引き寄せて歩き出そうとするシオンへと、アリアは逆らえずによろめいた。
「あ~ぁ。やだねぇ、独占欲激しい男って」
「ギルバート……ッ」
わざとらしい溜め息をつくギルバートへと、アリアは羞恥に赤くなった目を向ける。
「ギルバート様もあちらのお二人も素敵じゃないですか……! 浮気の一つや二つ、じゃんじゃんしちゃって下さい……!」
「おっ、よく言った」
「二人とも……!」
あわよくばアリアとシオンを引き離そうとする二人が結託しかけるのに、ぴくりとシオンの眉根が反応する。
「……行くぞ」
「ちょ……っ、シオン……ッ!?」
そうして強制連行されるアリアへと、楽しそうなギルバートと、慌てたリリアンが付いてくる。
「待てよ。そこまで一緒に帰ろうぜ」
「私もご一緒します……!」
その後、ノエルがアラスターとシャノンに送られて学園の寮までやってきたのに、アリアはなぜか申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだった。
アラスターはノエルとくっつけばいいと思うのです(笑)。
……否、私はアラスター×シャノン推奨ですが!(汗)
次話は、アリアとシオンの長男でも出せたらなぁ……、などと思っています。
そして……。
続編を書こうか、本気で悩み中です。
もし書くならば、この後考えていた番外編が、続編からの切り取りアレンジ話だったもので、それもどうしようかと悩んでいます。
優柔不断で申し訳ありません……。もう少しだけマイペースに行きたいと思います。
……などと言いつつ、「ムーンライトノベル」様の方で、「ギルバート×アリア」のパラレルif話を始めてしまいました(汗)。
あくまでこちらの世界を土台にしたパラレルではあるのですが、もしご興味のある方で18歳以上の方は、『輪廻の戀』で検索して頂ければと思います。
しつこいようですが、パラレルですので……!ご承知おき下さいませ……!
ちなみに名前も変えています。
アリア=マリア。
ギルバート=ギルベルト。
です。
よろしくお願い致しますm(_ _)m