ブックマーク1000超記念☆ ~"主人公"2人の存在意義~
続・アリアとシオンの娘、アイラとユーリのお話です。
!!注!!
今後、もし続編を書くとしたらネタバレが入りますので、苦手な方はお引き返し下さいませ。
魔力を持つ者の属性を判断する、一番簡単な方法は、その者が魔法を行使した瞬間にその瞳が何色に変化するかを見ることが、一番簡単な方法だ。
だが、アリアとシオンの双子の娘である、アイラだけは。
左右の瞳が各々風と光の属性を現すというオッドアイで、歴史上類を見ない属性を示していた。
――その理由は、後々、明らかになることになるのだけれど。
自室に籠って出てくる気配の見えない娘の様子に、アリアは痛々しそうな眼差しでその瞳を揺らめかせていた。
「……アリア」
そんなアリアに、小さな吐息を漏らしながら低い声がかけられる。
「……シオン……」
どうしたら……?と心配そうに揺らめく瞳を向けられて、シオンはなにも言うことはなく、アリアの肩を引き寄せるとリビングの椅子へと座らせていた。
「……あの子が、泣くなんて」
今までアイラが恋愛事で涙を見せたことは一度もない。
アイラが生まれた時から恋する相手は、アイラよりも一回り以上年上の男性だから、いつだって「いつか振り向かせてみせるから!」と強気な態度を崩すことはなかったのに。
それが。
とうとう今回ばかりはダメだと、泣きながら部屋に籠ってしまっていた。
「……シオン……」
愛する夫の顔を見上げ、アリアの顔が今にも泣きそうに歪む。
切ない恋心に涙を流す娘へと、かける言葉が見つからない。
アリアには……、ずっと想っていた人に拒絶される哀しみが、理解はできてもわからない。
アリアはずっと、気づいた時には目の前の夫に愛されていたから。
「……私…………」
アイラから赤裸々な気持ちを告白され続け、その相手であるシオンとアリアの親友であるユーリが、ずっと困ったように笑っていたのは知っている。
そんなユーリの気持ちを、アリアは未だにきちんと聞いたことはない。
20歳近くも年下の少女を恋愛対象として考えられないと言われてしまえば、それも当然のことかと思う。
ただ、ユーリの場合。
今まで、誰かと恋愛をしてきたような気配がまるで見受けられなかったから、もしかしたらアイラの気持ちに応えてくれる日が来るかもしれない、などと思ってしまっていたのだ。
それに、もしかしたら……。
「……ユーリがあの子の気持ちに応えられないのは、私のせいなんじゃないか、って……」
今までずっと胸の奥につかえ続けていて吐き出せなかった気持ちを口にする。
「私が……っ!」
「そんなことがあるわけないだろう」
娘が幸せになる可能性を奪ってしまっていると叫びかけるアリアへと、シオンはきっぱりと断言する。
アリアがずっと、そのことに罪悪感のようなものを抱き続けていることは知っている。どんなに周りが気にするなと言ったところで、この優しい妻がその日のことを忘れられるはずはないのだ。
「でも……っ! もし、ユーリが、ほんの少しでもあの子の夫として相応しくないとか思っているのだとしたら……!」
「アリアッ」
アイラは、高い魔力を持つ公爵家の令嬢だ。だから、そのことに引け目を感じて遠慮してしまっているのなら、と訴えかけるアリアへと、シオンはその肩に触れるとそれ以上言うなというように眉を寄せる。
「私のせ……っ」
「アリア。それ以上言ったら怒る、って、前にも言ったよね?」
そこで、半分だけ本気で怒っている声が差し込まれた。
ノックもなく扉を開け、そこに立っていたのは。
「! ユー、リ……」
「……勝手にごめん。別に、アイラを追いかけてきたわけじゃないんだ。会うつもりもない。ただ、アリアとシオンに、泣かせてごめん、て謝りに来ただけだから」
昔からユーリがこの家へ入り浸っていることは周知のことで、もはや家の者の誰一人として、ユーリの来客にわざわざ声をかけたりしない。完全に顔パス状態でユーリが現れるのはいつものことだ。
だから、それ自体を咎めるようなことはない。
ただ。
「……そんな、こと……」
愛娘に会うつもりはなく、ただアリアとシオンに謝罪をしに来ただけだと苦笑するユーリの言葉に、アリアはどんな反応を返したらいいのかわからなくなる。
可愛い娘を泣かさないで、とも。扉越しにでも声をかけてあげて、とも。
そんなこと、アリアが言える立場ではない。
「……それよりアリア。まだそんなこと思ってるんだとしたら本気で怒るよ?」
アリアの方へと向き直り、ユーリは額へと力を込める。
それはユーリが、精一杯「怒っている」ことを主張する為のものだった。
「……だって……、ユーリ……」
泣きそうな表情でユーリをみつめ、アリアは言葉を震わせる。
今までずっと、ユーリのその優しさに甘え続けてきた。
けれど、そのせいで我が子が哀しむ結果になるのなら。
やっぱり、自分のせいで、と思ってしまう。
「……アリア」
そんなアリアの気持ちを正しく理解して、ユーリは一点の曇りもない真実だけを口にする。
「オレはあの時、アリアを助ける為に魔力を全て失ったこと、後悔したことは一度もない」
むしろ自分の魔力はこの時の為にあったのだと確信した。
そしてそれは。
「シャノンだって言ってただろ?」
通常の人間が持ち得るはずのない特別な能力。
自分たちのその能力は、少女を救う為に神から与えられたものなのだと。
「オレは元々、自分の魔力を全くコントロールできなかったし。本当に、魔法が使えた時期なんてほんの少しの間だけだ。だから、なんの支障も感じたことはない」
あの時もユーリは、そう言って笑ったみせていた。
そしてその言葉に嘘はない。
元々自分にとって、手に余る能力だったのだから。
「シャノンだって、元々あの能力を忌み嫌ってた。むしろ失くなって良かった、って、あの言葉は本心だよ」
感情少ななシャノンが、「むしろ感謝したいくらいだ」と肩を竦めていた姿を思い出す。
本当に優しい、この世界の"主人公2人"だから。
「…………それは、わかってる……、つもり、だけど……」
未だに時折胸を突いてくる痛みに俯くアリアの傍へ、そっと寄り添う影は今なお変わらない。
「……アリア」
「シオン……」
優しく頭へと触れられて、アリアは揺らめく瞳をシオンへ向ける。
いつだってシオンは。こんな風にアリアの傍にいてくれるから。
「2人の問題だ。母親としてアイラの気持ちに添ってやることは大事だが、それ以上は放っておけ」
「シオン……」
引き寄せられ、軽くその腕へと包み込まれて、身体を満たしていくその香りに肩の力が抜けていく。
「……うん……」
シオンの言うことはいつも正しい。
「助かる」
そんな2人に苦笑いを向けるユーリは、本当にアリアとシオンに一言謝罪に来ただけだったらしい。
「それじゃ、オレは帰るね」
「……ユーリ」
くるりと踵を返しかけるユーリへと、シオンは静かに声をかける。
「アイラはオレとアリアの子供だ」
「…………わかってる」
「泣かせるなとも、気持ちに応えてやれとも言うつもりはない」
普段口数少ないシオンが、珍しくも真剣に語りかけるのは、普段はアリアに任せてはいても、娘にしっかりとした愛情があるからだ。
ここぞという時にはきちんと"父親"の顔になり、けれど紛れもなく"心友"であるユーリへと、シオンは真摯な瞳を向ける。
「お前が出した答えならなにも言うつもりはない」
そこには、出逢った頃からなにも変わらない、アリアでさえ入り込めない"無二の親友同士"の意思の交流があって。
多くを口にしなくても自然と通じ合う"男同士の友情"を、少しだけ羨ましくも思ってしまう。
互いの視線を逸らすことなく、シオンは「ただ」と最後に一言だけ続けた。
「……オレは、誰よりもお前を信じてるつもりだ」
「……ん。わかってる」
それだけは絶対に裏切らないと緩く微笑んで、ユーリは「じゃあまたな」と帰って行った。
――そんなユーリがアリアとシオンの愛娘に降参の声を上げるのは、もう少しだけ先の話。