1周年記念☆ ~アリアとシオンの子供のお話~
アリアとシオンの子供である、双子姉妹のお話です。
(名前がしっくり来ていません……。「こんな名前はどう?」などありましたら是非……。)
「アイラ……! お願い……っ」
「嫌よっ、私にはユーリ様がいるんだから!」
「ユーリ様はダンスなんて踊らないでしょ!?」
「踊らなくても来るって聞いてるもの……!」
一見しただけではどちらがどちらなのかわからない瓜二つの少女がなにやら言い争っている。
黒髪美少女の彼女たちは、社交界でも有名な、公爵家の双子姉妹だ。
「……二人とも、ユーリがどうかしたの?」
双子の妹の口からその名が出ることは日常茶飯事だが、互いに一歩も譲る様子の見せない言い争いに、アリアは一体なにが起こっているのだろうと、困ったように娘たちへと眉根を下げていた。
「お母様……っ! ちょっと聞い……っ」
「アイラ!!」
「なによっ! お母様に告げ口されたら都合が悪いわけ!?」
「そっ、そういうわけじゃ……っ!」
瓜二つの双子の姉妹を、どちらが姉で妹などという区別なく、平等に育ててきたつもりではあるけれど。それでも性格は異なる二人の姿に、アリアは小首を傾ける。
二人とも、今日はこれから用事がある。
こんなところで時間を潰していていいのだろうか。
「……二人とも……、時間は大丈夫……?」
そう告げれば、二人は同時に同じ表情をして、慌てて準備に戻っていた。
*****
そっくりな彼女たちが本気で"入れ替わった"ら、それを見抜ける者などいない。
幼い頃によくしていた"入れ替わりごっこ"の検証結果から言えば、彼女たちの生みの親である母親でさえ、一瞬であれば騙される。姉妹から見ても母親を溺愛する父親に関して言えば、"入れ替わる"以前の問題で"興味がない"。愛する妻によく似た娘たちのことは確かに愛してはいるものの、"入れ替わりごっこ"をしたいなら好きにしろとそんなスタンスだから、結論、父親が互いに成り切った彼女たちをきちんと判別しているのかどうかは未だに不明なままだったりする。
案外しっかり見抜いていると、母親と、"両親の親友"は笑うけれど。
そして、もう一人。その、両親の"親友"であるユーリこそ、彼女たちが絶対に騙し通すことのできない人物だったりする。
だからこそ、彼を慕う妹――、アイラは、姉――、レイアの"お願い事"に、頑として首を縦に振らないのだ。
それでも。
結局姉の"頼み事"を断り切れずに、アイラはレイアの振りをして王宮のダンスパーティーに参加することになってしまっていた。
王族主催のパーティーに身代わりが参加するなど、露見したらなにかの罪に問われても文句は言えない。そう思えば頭は痛いし溜め息を吐き出したくもなってしまうが、母親の従兄でもあるこの国の王はとても優しい人柄だから、気づいても苦笑一つで許してくれるに違いない。
とはいえ。
アイラにとっての問題はそこではない。
「……こんなところでなにしてる」
「……レオ様」
この国の穏やかで清廉な王に似た金髪の髪。けれど性格は似ていない皇太子は、予定通りに顔を出した"婚約者"の姿に訝しげに眉を寄せていた。
「本日はお招き頂きまして……」
「お前も招かれてはいるだろうか、どうしてここにいるんだ」
お決まりの挨拶で頭を下げかけたアイラは、何処か不遜な態度の彼の言葉に硬直した。
「……え……?」
「レイアはどうした」
「…………え……」
そう。御年13歳になる公爵家の双子姉妹の姉の方は、3歳年下のこの国の皇太子とは、幼い頃から"婚約関係"にあった。
王家や貴族は政略結婚が当たり前。物心つくより前に、二人の婚約は決められていた。
「……なるほどな。よっぽど俺と踊りたくないのか」
「いえっ、そんなことは……っ」
苦々しく肩を落としたまだ幼い皇太子――、レオへと、アイラはなぜ自分の正体がすぐに割れてしまったのだろうと困惑しながらも、咄嗟に首を横に振る。
「どうせ自分の振りをして欲しいと泣きつかれたんだろう。お前も大変だな」
幼い頃から将来の王となるべく帝王学を叩き込まれている少年は、年不相応な言動と態度でアイラへと憐れみの目を向けてくる。
「……ごめんなさい……」
「別にお前が謝ることはない」
身長差から見下ろしているのは自分の方なのに、その堂々たる態度には、まるで自分の方が見下ろされている錯覚を覚えてしまう。
それほどまでに、まだ幼き皇太子は威風堂々としていた。
「それで? レイアはお前の代わりにダンスホールか?」
「……だと、思います……」
皇太子の"婚約者"としてレイアが招待されているのは当たり前で、アイラもまた"賓客"として招かれていた。つまり、アイラがレイアの代わりにここにいるということは、その逆も然り。レイアは、アイラの振りをして別の場所にいるだろう。
「仕方ない。お前たちの"ごっこ"遊びに付き合ってやるから手を貸せ」
「……で、でも……っ」
「どうせ誰もお前たちの見分けなんてつかないんだ。大人しくエスコートされていろ」
差し出されたその手に、どうしても動揺してしまう。
本来であれば、この手に引かれてパーティー会場へと姿を現すのは、アイラではなくレイアのはずなのに。
「レイアの代わりに謝ります。本当にごめんなさい……」
「別にいい。俺としてもお前相手の方が気が楽だ」
小さな吐息を吐き出すレオに、レイアの瞳は揺らめいた。
「……どうして……」
言いたいことも、聞きたいこともたくさんあった。
どうしてあっさりと自分の正体が見抜けたのか。
どうしてこんな無礼を簡単に許すのか。
そして――。
――……どうして二人は"不仲"なのか……。
「なんだ」
「いえ……」
「今、お前は俺の"婚約者"だ。ボロが出ないようにな」
くすり、と意地悪く笑う少年の瞳は、とても優しい色をしているのに。
なにをどう口にしていいかわからずに、アイラは今だけの"婚約者"の手を取って、動揺に揺れる瞳を、開け放たれる扉の方へと向けていた。
一方。
「……レイア?どうしてここに?」
「っ! ユ、ユーリ様……」
こちらはこちらで偶然出会ってしまった"両親の親友"へと、レイアは肩を跳ねさせていた。
「レイアがここにいる、ってことは……」
きょろきょろとその瞳が会場中央を彷徨って、そこにいる皇太子とその"婚約者"の姿を認めると、仕方ないな、というような苦笑いが溢される。
「……また入れ替わってるのか?」
「だって……っ」
両親の親友でもあり、この王宮に勤める王の信頼も厚い彼――、ユーリへと、レイアは思わず唇を震わせた。
――嫌、なのだ。
この国の皇太子の、3歳年上の婚約者、という立場が。
出会った頃からレイアの方が背が高かった。それは、今も変わらない。
幼い頃から帝王学をみっちりと身に付けさせられている少年は、国王でもある柔らかく優しい父親とは正反対の性格で、その頃から態度だけはとても年下とは思えないものだったけれど。
あの頃、仄かに胸に抱いていた暖かな気持ちは、いつの間にかぐちゃぐちゃとした感情に負けて素直になれなくなっている。
「……なんか、楽しそう」
「え?」
「……今日は機嫌がいいのかな?」
ダンスホールの中央では、多くの視線を集めながら、婚約者である"レイア"と手を取り合って、どこか楽しそうにステップを踏むレオの姿。
レオはいつも、自分には不機嫌そうな、鬱陶しそうな態度ばかり取るから。
もし、レオの機嫌が良いのであれば、入れ替わりなどせずにやっぱり自分が行けば良かったと思う。
そうしたら、あんな風に笑いかけて貰えていたのは自分だったのに。
「……それはないか」
もし、あそこにいるのが自分だったら、すぐにレオの機嫌を損ねているに違いない。前科は充分すぎるほどにある。
あの優しい空気は、相手がレイアではなくアイラだからだ。
幼い子供なりに、幼い恋心を抱いて。そして、成長と共に素直になれなくなった。レオとは顔を合わせれば喧嘩ばかりだ。そういう意味では、レイアの振りをするアイラは、どんな名演技でレオを騙しているのだろうかと、ふとそんな疑問が頭を掠めた。
もしかしたら、公式行事の場だから仕方なく"仲睦まじい婚約者"を装ってあげる、という上からな態度でも見せているのだろうか。
レイアがそんなだから、レイアはレオには嫌われている。もしかしたら、レイアの気持ちに気づいていて、だからこそ嫌がられているのかもしれないとさえ思う。
10歳と13歳。勝手に決められた婚約者。その年の差と拒否を許されない政略的な婚約は、聡いレオが倦厭するのに充分な理由だろう。
「……アイラにたくさん謝らなくちゃ」
「そうだね」
どこか悲しげにぽつりと呟いたレイアの頭を、ぽんぽんと優しく叩く手の持ち主を見上げた。
彼は、レイアの双子の妹が、生まれた時から慕う人。
好きな人へと、一途な想いを向けられる妹が羨ましいと本気で思う。
「……私がこんなことをお願いしなければ、ユーリ様と一緒にいられたのに」
過去の功績から男爵の爵位を与えられたというユーリは、高位貴族の集まる今日、正式にこのパーティーに呼ばれてはいない。ユーリがここにいるのは、ユーリが王宮勤めをしている為と、王から信頼が厚い為に、少しだけこの場に顔を出すことを許されているからだ。
だからそれを知っていたアイラは、意中の相手に会えるのを楽しみにしていたのに。
妹のそんな恋心を無視して自分の我が儘を押し付けて。その貴重な楽しみを奪った自分はなんて酷いことをしているのだろうと涙が滲む。
「……それは……」
困ったように苦笑するユーリへと、レイアはコトリと首を傾ける。
「……そろそろ、いいんじゃないかな?」
「なにが?」
「……そろそろ、親離れしても」
一回り以上、否、もはや二回りに近い年下の少女から向けられる恋心を、ユーリは今だ"親へ向ける愛情と同じもの"として、付かず離れずの瞳でみつめている。
受け入れることも、拒絶することもなく。ただ、"大人"になれば自然と薄れていくだろう恋慕だと。
「ユーリ様は親じゃないじゃない」
「でも、親みたいなものだろ」
ユーリは双子姉妹の両親の"親友"だ。生まれた時から、実の父親より構って貰った記憶がある。それでもユーリが"親"に代わる存在などと思ったことは、アイラもレイアも一度もない。
「ユーリ様が妻帯者だとかならばまだしも、なにか問題ある?」
「いや、だから、レイア……」
物心つくより前から抱いている妹の恋心を、レイアは全力で応援したいと思っている。生まれる前から一緒にいる双子の姉妹。その気持ちは、いっそ言葉が生まれる以前の赤子の頃から、なにをしなくてもわかっていた。
自分とは違い、素直で可愛い、双子の妹。
アイラはいつも、ユーリへの恋心を臆することなく口にする。
だから、そんなアイラが羨ましくて、その背中を押してあげたくて……。そして、ちょっぴり妬ましい。
自分にも、その爪先ほどの素直さがあったなら、と。
どうして見た目は瓜二つの双子なのに、性格だけはこんなに違うのだろう。
「……やっぱりネックなのは年齢?」
「……それは、もちろん……」
おずおずと問いかければ、問題はそれだけではなさそうな雰囲気を醸し出しながらも、ユーリは困ったように苦笑した。
大事な親友二人の娘に手が出せるわけがないと、そういう気持ちもあるのだろう。もしかしたら、未だにユーリが独身でいる理由が、アイラの気持ちに答えられない原因なのかもしれないけれど。
――アイラが自分の恋心を叶える為の最大のライバルは、自分の"両親"であることに間違いない。
その"強敵"のせいで今日までユーリが独りでいたことには、確かに感謝しなくてはならないのかもしれないと思えば、複雑な気持ちにもなるだろう。
それでも。
やはり、一番大きな理由はその年齢差に違いない。
3歳の年の差だって物怖じしている人間がここにいるのだ。20歳も違えばそれは余計だけれど。
でも、アイラの場合は、年上なのは男性で。全然アリじゃないかと、レイアは他人事のように思うのだけれど。
男性が20歳年上のアイラと、女性が3歳年上のレイアと。
レイア個人としては、自分の方が難関な気がしてしまう。
違和感なく共にいる、レイアの振りをしたアイラとレオへと視線を投げて動揺する。
どうして、と。
隣にいると思い知らされるのだ。ヒールのないぺったんこな靴を履いても、まだレオよりもレイアの方が背が高い。以前、転びかけた時なんて、咄嗟に手を出してくれたレオごと床の上に転がった。
社交界には、もっとレオにお似合いな年下の令嬢たちがたくさんいる。
双子の妹のアイラみたいに、そんなの関係ないと、「大好き」の言葉を繰り返して笑顔を向けるなんてこと、自分にはできない。
傍にいたいのにいたくない。
それに……。
レオも自分のことは鬱陶しい存在だと思っているから。
ずっと手を取り合ったまま、仲良さそうな雰囲気で挨拶している皇太子とその"婚約者"の姿に、誰もが微笑ましそうな瞳を向けている。
自分でその役をアイラへ押し付けながら、二人の仲睦まじさに涙が浮かんでくる。
きちんと自分があそこにいたら、レオと手を取り合って穏やかな瞳を向けられていたのは自分だったのに。
否、それはなかっただろうと思い直して混乱してくる。
あそこにいるのは、レイアの振りをしたアイラだ。
レオが優雅にエスコートをし、みつめている相手は"自分"。
レオが、柔らかく笑った。
ドキリ、とする。
それは、婚約者である自分に向けられたもの?
それとも、やっぱりアイラだから?
「……アイラの心配よりも、レイアは大丈夫か?」
そんなレイアを見下ろして、ユーリが苦笑いと共に頭を撫でてくる。
「……ごめんなさい……」
レイアがユーリと一緒にいることは、すでにアイラも気づいているだろう。
アイラは優しいから。
今すぐこちらに飛んできたい気持ちを抑えて、"レイア"として"皇太子の婚約者"を演じ抜いている。
「……まぁ、気持ちはわからないでもないから」
「ユーリ様……」
複雑な恋心をしっかり見抜き、ユーリは仕方ないなと肩を落とす。
好きな子が自分より背が高い事実は、男としてはやはり少し悔しいものだ。
例えそれが、大人になるにつれて解消されていく悩みだとしても、"今"は違うのだから。
出会った頃、ユーリも好きな子より1センチだけ背が低かった。そのことにどれだけ悔しい思いをさせられたか。
あの頃、懸命に牛乳を飲んでいたことを思い出す。その甲斐あってか、彼女が結婚する頃には、その背を追い抜いてはいたけれど。
立派に育った皇太子も、己の恋心にだけは振り回されているらしい。
10歳と13歳。あのくらいの年頃は、ただでさえ女の子の方が早熟なのに、そこに3歳の差があれば焦って当然だ。
大人のユーリからしてみれば、微笑ましく見守ってやりたい恋模様だったりするのだけれど。
けれどなぜか。
どうしてか、誰一人"真実"に気づいていないのはなぜなのだろうと不思議に思う。
娘の恋心を理解していても、その母親は少年の気持ちにまでは気づいていないらしい。
――もっとも、アリアは昔から男心には鈍かったから仕方のないことなのかもしれないけれど。
その夫であり、散々若き日の妻に振り回されていたユーリの"親友"は、娘のことになると割りと放任主義だったりもするから、気づいているのかいないのかもわかり難い。
放っておけ、と、溜め息をつく様が簡単に頭に浮かぶから、もしかしたら気づいていて好きにさせているのかもしれなけれど。
どちらにしても。
「……頑張れ」
若い彼らにユーリがかけられる言葉はそれだけだ。
その、どこか他人事の恋愛事情に、そのうち丸っと巻き込まれることになるなど思いもせずに。
*****
「……レオ様には、すぐに気づかれちゃったけど?」
ダンスパーティーからの帰り道。迎えの馬車へと向かいながら、アイラは「さすが将来を期待された有能な皇太子」だと、その慧眼にひっそりと肩を落としていた。
「え?」
「私たちの入れ替りのことは黙っていてくれるみたいだから、後で会ったらちゃんと御礼を言っておいてね?」
疲れた吐息を吐き出しながら告げられて、レイアはかなり動揺した。
次に会った時。いつも素直になれない自分が、そんな簡単に御礼と謝罪ができるだろうか。
そして。
アイラとレイアの入れ替わりに気づいていたとしたならば。
――そうなのであれば、あの優しい笑顔は、やはり"婚約者"ではなく、相手がアイラだったから向けられたものなのか。
そう思えば妙に納得した。
"レイア"相手にレオがあんな穏やかに接するはずがないのだから。
そして、ズキリ……ッ、と痛む胸の感覚に気づかないふりをする。
自分の我が儘に振り回しておいて、自分で傷つくなんて許されるはずがない。
と……。
「……お邪魔してもいいかな?」
「ユーリ様……っ!」
馬車に乗り込もうとしたところで背後から声をかけられ、アイラの顔がパッと華やいだ。
「どうぞ……! お父様に用事ですか?」
ユーリはよく、仕事の関係で二人の父親であるウェントゥス家当主の元へと訪れる。
「うん。陛下からの言付けでね。シオンは家にいるかな?」
「多分いると思います……!」
遠慮することなく向かいの席に座るユーリに、アイラはとても嬉しそうに笑う。
今日、本当はパーティー会場で会えるはずで。けれどレイアのせいで話すことも叶わなかったユーリが、仕事とはいえこうして会いに来てくれたことが嬉しくて堪らないという笑顔。
そんな素直な妹の態度を、レイアは本当に羨ましいと思う。
「会いたかったです……!」
「っと……! だからアイラッ。年頃の女の子が……」
「ユーリ様以外に抱きついたりしません! 本当はレオ様の手だって取りたくなかったんですから!」
嬉しさの余り子供の頃のようにぎゅっと抱きついたアイラは、「消毒です!」と真剣な瞳をユーリへ向ける。
仮にも皇太子に対するその扱いには、さすがのレイアも少しだけ複雑な気持ちがしてしまうが、ユーリ一筋のアイラにとってはユーリ以外の男性は論外なのだから仕方のないことだろう。
「"消毒"って……。シオンじゃあるまいし……」
「え?」
「なんでもないよ。アイラはシオンの子供だなぁ、って改めて思っただけ」
どこかで覚えのある言動は、やはり親子という同じ濃い血が流れていることをユーリに思い知らせてくる。
「ほら、危ないから」
「はーい」
馬車が動き出し、レイアの隣ではなくそのままユーリの隣に座ってにこにこと笑うアイラの姿を、レイアは羨ましく思いながらみつめていた。
こんな風に素直に自分の気持ちを表現することなんて、レイアにはできないから。
それに……、と、ダンスパーティーでのレオの姿を思い出す。
あれらが全て相手がレイアではなくアイラだと知っていた上での行動だとしたならば。
「……やっぱり、レオ様の婚約者はアイラの方が……」
レイアといるよりも、アイラといる方が心休まるのではないだろうか。
レイアとアイラは双子の姉妹だ。極端な話、どちらが王家に嫁いでも問題ないだろう。姉だとか妹だとか、そんな些細な違いが問題になるとも思えない。
「なに言ってるのよ! 私にはユーリ様がいるって言ってるでしょっ?」
「……アイラ……」
けれど、独り言のような呟きはしっかりとアイラの耳にまで届いてしまい、アイラは物凄い剣幕で頬を膨らませる。
そして、余計なことを言うなとばかりに恨めしげな視線をレイアに投げ、次には隣に座るユーリの腕へと手を絡ませる。
「今日はもうお話しできないかと思っていたので嬉しいですっ」
好きな人に会えたことが、嬉しくて堪らない笑顔。
レオには悪いけれど、やっぱりこの笑顔を奪うわけにはいかないな、とレイアが心の中で苦笑する間にも、アイラの"口説き文句"は続いていく。
「後3年です! ユーリ様! もう少しだけ待ってて下さいね?」
「だからアイラ……」
アイラは現在13歳。婚姻が許される年までは、残すところ後3年となっている。
もうずっと、アイラは16歳になるその日を夢見ている。
幼い頃から、夢は16になったその日に、好きな人のお嫁さんになること、だから。
「大好きっ」
困った顔をするユーリに構うことなく、恥ずかしげもなく気持ちを口にするアイラへと、ユーリは益々眉を引き下げる。
「……やっぱりアイラはシオンの子だね……」
他の女性になど目もくれず、たった一人をずっと愛し続けて愛の言葉を恥ずかしげもなく口にしていた若き日の"親友"を思い出してユーリは苦笑する。
「お母様だって卒業と同時に結婚したんだもの! 私が学生結婚したっていいはずっ!」
「……だからアイラ……、さすがにそれは許されな……」
「お母様は構わないって言ってるし、お父様も好きにしろって言ってるもの!」
「……アイラ……」
「ユーリ様じゃなくちゃ嫌なんです……っ! もう待てません……っ!」
親友の娘が小さな頃から抱いていた恋心。
幼い恋心は成長と共に少しずつ風化していくだろうと思っていたユーリに誤算があるとしたならば。
"彼女"が、あのシオンの娘だということかもしれない。
やっぱりシオンの子供だと苦笑しながらも、さすがのユーリも気づいていないこと。
あの親友は、若き日、当時の婚約者であった今の妻にどれだけ溺れ、今なお変わりなく愛していることか。
アイラは、その血を継いでいる。
だからきっと、生涯たった一人を愛し続ける素質を持っている。
お互い素直になれない皇太子とその婚約者カップルと。
迷うことなく自分の気持ちを口にして好きな人との結婚を望む、20もの年の差カップルと。
この2組の恋愛模様が慌ただしく繰り広げられるようになるのは、もう少しだけ先の話。
昨年の5月13日に、処女作(?)である『お気に召すまま』のプロローグを投稿致しました。
1年は本当にあっという間に過ぎていきました。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
また、いつの間にかブックマークが1000を超えておりまして……!これだけはお祝いしようと、近々また更新予定です♪