"皇太子"の理由
200話達成記念時に、200話目の後書きに載せていたSSです。
「リオ様、それ……」
リオの背後にある机の上。見覚えのある古びた紙に、アリアは思わず声を上げていた。
そんなアリアの視線を察したリオは、「あぁ」とその王家の家系図の方へと振り向いて、柔らかな微笑みを浮かべていた。
「修繕に回していたものが戻ってきたんだよ」
先日、あまりにもボロボロで表面が剥げ落ちてしまいそうだった為、修繕へと回していたのだが、それがちょうど返ってきたところだった。
「気になる?」
くすり、と悪戯っぽい瞳を向ければ、アリアはなんとも神妙な面持ちでリオへと顔を向けてきた。
「……ちょっと見せて貰ってもいいですか?」
「どうぞ?」
甘く頷けば、アリアはなにか明確な意図を持って大昔の系譜を辿っていく。
「なにか気になるものでもあった?」
「い、いえ……」
なんとなく、少女の"探し物"がわかったような気がしたリオは、アリアの傍まで寄ると、一緒にその家系図を覗き込む。
恐らく、彼女が気にしているのは。
「アリア妃、かな?」
「!」
確かこの辺だったかな。とその名が記された場所へと指を滑らせれば、案の定、アリアの肩が小さく反応した。
「やっぱり、アリアの名前はアリア妃から貰ったものだったりする?」
「……はい。母が、そう言っていたので」
目の前の少女と同じ名前を持つ過去の王妃。その名は王家の間では有名だから、極々自然に導き出された質問を投げれば、アリアはこくりと頷いて、だから気になったのだと口にした。
「才能溢れるとても有能な姫君だったと聞いているよ?光魔法に関して言えば、夫である"シオン王"すら軽く凌いだという」
「っ」
自分と同じ名前を持つ王妃の夫が、こちらもまた身近にいる存在と同じ名前だという事実を前に、アリアが軽く息を呑んだのがわかる。
その反応に、くす、と小さな笑みを洩らし、リオは意味ありげな視線をアリアへ向けていた。
「アリア妃が、シオン王の唯一の妃だったことも聞いたんだ?」
「……はい」
アリアの婚約者である少年の顔が浮かぶ。その名前もまた過去の偉大な王にあやかったのか、アリア妃の夫であった"シオン"の名だ。
きっとそこまでの話を母親に聞いたのであろうアリアの反応に苦笑して、リオは穏やかな空気を滲ませていた。
「アリアは、僕がどうして"王太子"ではなくて"皇太子"なのか知ってる?」
「いえ……」
不思議そうに首を振るアリアへと、リオはその名が刻まれた系譜を眺めながら口を開く。
「シオン王がこの国の天下統一を成したことは有名だけど、実際は王じゃないんだよ」
「え?」
「当時のシオン王の身分はまだ"皇太子"だったんだ」
それは、数年の後、王となったシオン皇子が、まだ皇太子時代のこと。
天下統一を果たしたのは当時の皇帝ではなく、その息子であり皇太子だった"シオン"だった。
「この国の前身が"帝国"だったことはアリアも歴史で学んでいるだろう?」
多くの国を支配下に置いていた帝国。その帝国の皇太子であったシオン皇子は、天下統一を果たした後、自分の即位と同時に"帝国"から"王国"へと名前を変えた。それはきっと、支配する側・される側の関係から、この島国が本当に一つの国として発展していくことを願ったのだろうと思う。
「だから、当時皇太子であったシオン王を讃えて、王国になってからも、"皇太子"の名称だけはそのままにしてあるんだよ」
これは、王家に古くから残る歴史書にリオの推測が混じったものではあるけれど。"王国"となるのだから"王太子"だろうという理屈を、周りの人間たちがせめてそれだけは残したいと主張したのではないかと思う。
「そして、その偉大な皇太子であり、後の王を隣で支えたのが、唯一の妃であり寵姫だったアリア妃。魔王討伐の際にはシオン王と共に闘ったという記録も残されている」
アリア妃は、元々は敵国の姫君だったというが、天下統一を前にそんな垣根すら越えて、二人は結ばれたとされている。
けれど、そんな妃が偉大とされた理由は。
「……まるで"誰か"みたいだね?」
「え……?」
くすり、と、リオはアリアの顔をみつめた。
「当時はまだ、女性は低く見られていたんだよ。それを変えたのがアリア妃だ。ただ王の隣を飾り、伽をするだけの存在ではなく、共に国を支え、王に次ぐ権力を与えられた女性だ」
女性が戦場に行くなどという非常識をしてみせた姫君。シオン王と共に、その隣で敵に挑んだという伝承が残されている。
それは、それだけ彼女の魔力が高かったことも示しているけれど。
時はそこからもかなり遡り、この国を建国した初代の王は"女王"だった。だから、女性の地位向上もそれなりにすんなり受け入れられた。
今も貴族の女性は家を守るという立場が強いものの、それでもその地位はきちんと認められている。
「王と、その側近たちと、共に闘った女性。歴史は長いけれど、そんな女性はあまりいないよね」
王に次ぐ権威を与えられていても、歴代の王妃たちはさすがに共に闘うまでのことはしていない。そんな女性は歴史上にも"稀"な存在だ。
だが、それはまるで目の前の少女のようだとも思ってしまう。
"誰か"の為に、いつだって迷うことなく試練に立ち向かっていく少女。
「アリア妃の血は、僕たちの中に脈々と受け継がれているからね」
指先の家系図は、シオン王とアリア妃の間に6人の子があったことを示している。そして、その子や孫が、後の五大公爵家となる当主たちの元へ降嫁したことも。
だから、この少女の中にも、きっとしっかりとアリア妃の意思は根付いている。
もしかしたら、誰よりも。
「遠い昔のことだけれど、僕には鮮明に想像できるよ」
何処か遠くを眺めやり、リオは静かに語る。
この少女のような姫君が、王の隣で、王と同じものを見て、同じように国を治めていく様が。
この少女が、"王妃"となる未来が来ることはなかったとしても。
「きっと、アリアみたいな王妃様だったんだろうな、って」
その言葉に、アリアの目が見張られた。
「……それは、さすがに畏れ多いです……」
「本当だよ?」
それまで一夫多妻が当たり前だった王家において、生涯たった一人の女性を愛し抜いた王。
彼女には、それだけの魅力があったのだろう。ーーきっと、この少女のように。
互いがなくてはならない唯一無二の存在だったというシオン王とアリア妃の話は、その側近が残した手記にも綴られている。ーーそれはまるで、この少女と婚約者との"運命"を感じさせるかのように。
「まさに比翼連理だね」
「え……?」
呟きに、瞳を瞬かせたアリアへと、リオは静かな微笑みを浮かべていた。