END ~as you wish~
今日は、王宮の庭の一角を借りてのティーパーティーだった。
全て終わり、お祝いをしようと言い出したのはユーリだったが、誰もそんなユーリには逆らえないところが、ユーリが"最強主人公"である証だろう。
みんなを招いてのお茶会など、アリアにとっては最高の至福に違いない。
忙しなく準備をするアリアを、発案者であるユーリは、責任もって手伝ってくれていた。
そこへ。
『美味しそう!』
『ちょうだいっ』
『頂戴!』
『アリアだいすき』
『大すきー』
『好きー』
ぴょこんっ、と小さな小さな生き物が顔を出し、アリアは一瞬だけ驚いたように目を丸くすると、それから柔らかく微笑んだ。
『ユーリも好きー』
『すきー』
アリアとユーリの周りを飛び回る小さなソレは、紛れもなく"妖精"だ。
妖精界への扉が開いて以降、王宮の敷地内では、時折可愛らしい彼らの姿を見かけるようになっていた。
もちろんそれは誰にでも見ることができるわけではなく、彼らが自ら姿を見せてもいいと心を許した者に限られてはいるけれど。
まるで無垢な子供のような妖精たちは、なぜかアリアにとても懐いてくれていた。
一方で。
『あ。シオンだ』
一匹の妖精から、不服そうな声が上がる。
『シオンきらいー』
『きらぁい』
『すぐにアリアいじめるー』
「っ!」
現れた人物へと、「あっかんべー」を始めた可愛らしい生き物たちへ、アリアは困ったように眉根を落とす。
シオンにもその姿を見せていることからも、本気で嫌っているわけではないとは思うのだけれど。
「……また出たのか」
こちらもこちらで不機嫌そうに足元に纏わりつく妖精を足蹴にしようとするシオンへと、アリアは咎めるような目を向ける。
「! シオン!」
そういうことをするから嫌われるのだろうとは思うものの、シオンはそれに対しては一向に構わないようだった。
「気持ちいいことをしてるだけだ」
「シオン……ッ!!」
"アリアが嫌がることをする"イコール"いじめている"という単純な思考回路は、純真無垢な妖精ゆえなのだろうか。
苛めているわけではなく、恥ずかしいから形だけの拒否を口にしているのだとシオンが顔を潜めても、それが彼らに伝わることはない。
『あ。ギルバート来る』
『来るー』
『ギルバートだ。ギルバート』
そして、最終的に直接アルカナへと手を下したギルバートのことは、妖精たちは嫌いではないらしい。
「……なんか、相変わらず変なのに懐かれてんな」
「"変なの"、って……」
可愛らしい妖精相手になにを言うのかと、苦笑と共に現れたギルバートへと、アリアはまた困ったように微笑する。
なぜか、アリアは、妖精にとても好かれている。
それはもしかしたら、手作りのお菓子をあげてしまったことから始まる"餌付け"というやつではないかと思うと、ものすごく複雑だった。
「まぁ、そうしてると、本当に女神様みたいだけどな」
仄かに光る妖精が周りを飛んでるアリアの姿は、どうしたって"普通の少女"には見えなくて、ギルバートは小さく苦笑する。
と。
『ねぇ、食べていい?』
『食べていい?』
『アリアー』
芳ばしいクッキーを前に、目の前をくるくると飛び回る妖精たちに、アリアは仕方なさそうな笑みを作る。
「……ちょっとだけよ?」
『わーい! アリア好きー』
『美味しーい!』
『アリアだいすきー』
彼らにとっては大きすぎるクッキーを両手に抱えて噛る姿は可愛いけれど、やはりどうしても"餌付け"をしているようで、アリアは複雑そうな笑みを溢す。
そしてそんなアリアと妖精たちの遣り取りを、シオンは心底嫌そうに見守っていた。
それから、しばらくして、人影が次々に会場内へと姿を現してくる。
「……相変わらずだな」
飛び回る妖精たちに囲まれながらお茶会の準備をしているアリアへと、セオドアの口許からも苦笑が洩れる。
『リオだー』
『リオー』
「お邪魔するよ」
続いて、ルイスを伴って姿を現したのはリオだった。
皇太子という身分など関係ない彼らにとっては「リオ」呼びだが、それにルイスの眉根が不快そうに歪められているがどうしようもない。
「わ~、美味しそうですねー」
「コレ、全部アリア嬢が?」
用意された食べ物を覗き込み、リリアンが目を輝かせ、ルークは相変わらずだと感心の吐息を洩らす。
「いえ、デザートはお母様が」
さすがに朝早くから作り始めても、これだけの大人数分のお茶菓子を用意するのは難しい。軽食はアリアが担当したが、デザートの類いはアリアの母親が楽しく作ってくれていた。もちろん、王宮の料理人が用意してくれたものもある。
「はー。嬢ちゃんはいいお嫁さんになるな」
「ジャレッド!」
始めて訪れる――、こんなことでもなければ一生足を踏み入れることもないだろう王宮の雰囲気に、ジャレッドが少しばかり気圧されるようにしてやってくる。そんなジャレッドの後ろには、一緒にやってきたのだろう、ノアとシャノンとアラスターの姿も見えた。
「いつでも貰ってあげるけど?」
「ノア……ッ」
"お嫁さんに"と、続くのであろうニヤリとした笑いに、アリアは頬を赤く染めながら困惑する。思わずシオンの方へと視線を投げてしまえば、やはり顔をしかめている様子が窺える。
「あ。旨そう」
アラスターもまた、並べられた食べ物を覗いて感嘆の吐息を洩らす。そんなアラスターの横から顔を覗かせて、
「へー。さすが規定外の公爵令嬢様」
と、そう皮肉気に口の端を引き上げたのは。
「サイラス様……」
相変わらず自分は倦厭されているらしいと、その嫌味にアリアはなんともいえない表情を浮かばせる。
だが。
「本日はお招き頂きありがとうございます」
「シリル……! ジゼル……!」
お久しぶりの、よく似た双子が並んで笑いかけてくるのに、アリアは「来てくれてありがとう」とにっこり笑う。
前作と今作の主要人物たちは、全員が全員知り合いというわけではない。けれど、ユーリが祝賀会的なパーティーをしたいと言い出した時、どうしてもフルメンバーに揃って欲しくなってしまったアリアは、是非と我が儘を言ってしまったのだ。
「うわぁ、すごいですね……」
集まった面々とその場の雰囲気に圧倒されたかのように大きな瞳をさらに大きくしているのはステラだ。最近は他の人格が表に出てくることがなくなっていると、少し前にシャノンから報告を受けている。
「遅れてごめんね」
そして、最後に姿を現したのは、なんとか時間を作って足を運んでくれたルーカスだ。
(これで、全員……?)
賑やかになったお茶会会場に、アリアは全員揃っただろうかと視線を廻らせる。否、廻らせようとして、
「? お前、なに持ってんだ?」
ふと近くで聞こえたシャノンの声に、その疑問符を投げ掛けられたギルバートへと顔を向けていた。
「ああ、これか?」
ギルバートが手にしているのは、小さなラッピングバッグ。
それを少しだけ掲げてみせて、ギルバートはニヤリとなにかを企んでいるような嫌な笑みを浮かばせる。
「差し入れ」
「……私に?」
意味ありげに向けられた視線から、それが自分へのお土産らしいと理解して首を傾げれば、ギルバートは妙に軽い可愛い袋をアリアの前へと差し出していた。
「いいもん見つけたから」
「? ありがとう」
一体なにが入っているのだろうと、アリアはリボンへと手をかける。
その大きさと軽さ、そして"お土産"というからには、焼き菓子かなにかだろうかと袋の口を開けかけて。
「あ、今開けちゃう?」
まぁ、オレはいいけどな。と口元をニヤつかせるギルバートに、アリアは一体なにを企んでいるのだろうと一抹の不安を覚えながらも可愛い袋を開封してしまっていた。
プレゼントは、贈ってくれた本人の前ですぐに開けるのがアリアの主義だ。開けた時の喜びを共有できれば嬉しいし、相手の反応を見たいとも思うし、お礼もすぐに伝えることができる。
だが。
「?」
袋の中を覗き込めば、レースの布地が見えて、アリアはなんだろうと小首を傾ける。
今日はティーパーティーだ。もしかしたら、お茶菓子の下に敷くお洒落なテーブルクロスかなにかだろうかと、手に取ったそれをなんの疑問も抱かず目の前に広げ。
「っ! な、ん……っ!?」
現れたシースルーのレースの正体に、一気に顔を赤くする。
「大胆だなぁ。今から着てみせてくれるわけ?」
「――――っ!」
ニヤニヤと笑うギルバートに、アリアはすぐにそれを手元に隠しながら、他には誰にも見られなかっただろうかと真っ赤な顔で辺りを見回した。
アリアが堂々と広げてみせてしまったのは、"あちらの世界"で言うところの"ベビードール"というものだ。一瞬の出来事だった為、そこまで詳細のデザインは確認できなかったものの、肌が透けるような白いレースでできたもの。
「……ぁ……」
近くにいたシャノンやユーリ、そしてセオドアやルークが顔を赤くしているのが見えてしまい、どうしたらいいのかわからない。
「あ。もしかして、みんなコイツがコレ着たとこ想像しちゃったとか?」
「ギルバート……ッ!!」
全く悪びれる様子もなく笑うギルバートへ、シャノンから鉄槌が下される。
「いてぇな!」
「自業自得だ! バカ!」
アリアが"ゲーム"で見てきたような二人のかけあい。とはいえ、本来であれば、人前で抱きつこうとしてきたギルバートの手を、真っ赤になったシャノンが叩き落とすというような、色のあるものだったから、実際には全く違う。
大型犬を躾けようとしているかのようなシャノンの対応に、微笑ましいと思いながらも、アリアとしては心中とても複雑だ。結局今回も、アリアの望むような"神エンド"は訪れていない。
「……お前、ちゃんと返せよ? アレ」
一方、羞恥心から立ち直ったらしいユーリは、こっそりシオンの隣までくるとなんとも難しい表情を向ける。
他の男から贈られた服を身につけるなど、普段であれば絶対に許さないだろうが、今回は品物が品物だ。シオンに"コスプレ趣味"はなさそうに思えるが、まさか、という嫌な予感が胸を過ってしまうのも確かな事実。
「本当に、最悪なヤツだな」
「……ホントにそう思ってるか?」
ちっ、と舌打ちを鳴らしつつ、なんとなくシオンから醸し出される雰囲気が忌々しいものだけではないような気がして、ユーリは疑いの目を向ける。
今回ばかりはいい仕事をしたとでも思っていなければいいのだけれど。
(どうしてこんなことに……)
前作と今作の主要人物が勢揃いで、とても嬉しいはずなのに。
目の前にはシオンとユーリ、ギルバートとシャノンの"仲良さげ"な光景もあるというのに。
手放しで狂喜乱舞できないのはどうしてなのだろう。
『アリアいじめたらダメー』
『ギルバート、きらいになるー』
無邪気な妖精たちがくるくると回りながらギルバートへと睨むような目を向けている。
だが、そんなことには構わずギルバートはアリアの傍までやってくると、少し屈んで耳元へと口を寄せていた。
「今夜、着て見せてくれていいんだけど?」
「っ、ギル……ッ!」
くすっ、と意味深に笑われて、アリアはせっかく引いていた熱を再熱させる。
「そんなに見学したいのか?」
「シオン……ッ!」
アリアの肩を引き、胸元に納めながら挑発的な笑みを刻んだのは、もちろんシオンだ。
「アンタを楽しませる為に持ってきたわけじゃないんだけどな」
「てっきりそのつもりかと思ったが」
「ギルッ! シオン……ッ!」
バチバチと火花を散らしているような二人の言い合いに、アリアは真っ赤になって声を上げる。
こんな時にふと思い出してしまうのは、"ゲーム"の中におけるギルバートの嗜好だ。シオンは強引キャラだけれど、ギルバートは案外"S"キャラだった。――そう、ベッドの中では。でなければ、アラスターと二人でシャノンを共有するなどというエンディングが成立するはずがない。
「……いいからそろそろ始めよう」
「……ユーリ」
もうみんな揃っているし。と、まだ始まってもいないのに疲れた吐息を吐き出すユーリに、アリアもまた困ったような顔を向ける。
開始早々からこんなでは、先が思いやられてしまう。
「まずは飲み物だな」
「そうね」
乾杯の為にはそこからだと頭を切り替えるユーリへと、アリアは小さく頷き返すと参加者たちへとグラスを配るべく動き出す。
「あ。手伝いますっ」
それに気づいたジゼルが声をかけてくるのに、「お願い」とにっこりと微笑んで。
アリアはみんなが待つ輪の中へと入っていった。
陽の光が緑を輝かせる素敵な空間で。
前作と今作の全キャラクターたちが同じ場所で和気あいあいとした空気を作り出しているという夢のような時間に、アリアは一人感動を噛み締めていた。
「……どうした?」
なんとなく一歩引いた感じで辺りをみつめているアリアへと、シオンから不審そうな目が向けられる。
「……ううん。幸せだなぁ、って」
アリアは穏やかな微笑みを浮かべ、隣に立つシオンを見上げる。
まさか、こんな日が来るなんて、記憶を得たあの日の自分は思ってもいなかった。
まさか、自分がシオンに想われて。
自分も、シオンを好きになって。
もちろん最初からシオンのことは好きだったけれど、こんな風に想いを重ね合う日が来るなど思ってもみなかった。
大好きな人たちに囲まれて、そんな彼らと笑って過ごす日々。
なんて贅沢なのだろうと思う。
本当に、ここまでいろいろあったけれど、自分は幸せなのだと、そう思う。
「……傍にいろ」
腕を引きかれ、ぽすん……っ、とその広い胸に頭が当たった。
アリアを見下ろしてくるシオンの瞳はとても真摯なものだ。
それだけで、シオンの本気の想いが伝わってきて、じんわりとした温もりが胸の中を広がっていく。
それでも。
「……だったら、離さないで」
自分は、とても我が儘だから。
シオンのことは好きだけれど、またなにかあった時には、きっと駆け出してしまうから。
だから、その時は、きちんと怒って抱き締めて欲しい。
どこにも行くなと、掴んだその手を離さないで。
「……お前には敵わないな」
仕方ないな、と、諦めたようにシオンはクスリと笑う。
「絶対に離さないから覚悟しとけ?」
それに、アリアはふんわりと花のように笑う。
「アリア!」
ユーリが、声を上げて二人を手招いた。
その向こうには、みんなの姿。
シオンと顔を見合わせて、ゆっくりと歩いていく。
今日も、明日も。
続いていく未来が、変わらず明るいものであるように。
――これから先の物語も、貴女の、お気に召すままに。
完。
ここまでお読み下さりありがとうございました!
これにて一度完結扱いにさせて頂きます。
(R18版は明日もう一話投稿後に完結予定です)
活動報告にて完結のご挨拶をさせて頂いております。
よろしければ↓の作者マイページから覗いて下さいますと幸いです。
また、↓の☆マークにて評価など頂けますと、今後の執筆の励みになります。
どうぞよろしくお願い致しますm(_ _)m