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カウントダウン

「そうなの。二人は寮に入ってらっしゃるのね」

「はいっ、四月に入ってすぐにこちらに来ました」

「でも、学園内のことはまだよくわかっていなくて」

 放課後。気の向くままに校舎内を探索し、アリアたちは女子トークを弾ませる。

 早めに寮に入った生徒同士はすでに顔見知りになっており、だから二人は仲良くなっているらしい。それでも空いた時間に学舎の方まで足を伸ばすのは今まで気が引けていたらしく、今日やっとその念願を叶えることができたという。

「寮にはゲストルームもあるので、なにかあれば是非アリア様も遊びにいらしてください」

「ありがとう」

 ゲストルームまで完備されているとはさすがだと関心しつつ、アリアはにっこりと微笑みかける。

「この先にはサロンがあるらしいですよっ?」

「素敵っ!」

 中庭に差し掛かったところで、いってみましょう、と声をかけられ、アリアはふと視界の端を遮った人影に不審そうに顔を潜めていた。

(……今のは……)

 目の端に映ったのは、数人の女生徒の姿。

 その先まで足を伸ばせば人気がなくなる物影で、アリアはありがちな展開を思って「まさかね」と心の中で失笑する。

 ここは、国内で最高ランクの学校だ。身分の高い低いは確かに存在するものの、それを表立って態度に表すような者はいない。けれど、まさかそんなことはと否定しても、嫌な汗が拭えない。

「アリア様?」

「……ごめんなさい。この後はサロンに行くのよね?先に行ってて貰えるかしら?」

 この時点ではまだユーリが入学していないはずの"ゲーム"では、もちろんこの時期の出来事などわからない。

 自分の思い過ごしであることを祈りつつ、アリアは消えた人影の方へと足を向けていた。



 ……の結果。



「なにシオン様に色目を使ってるのよっ」

「そうよっ、たかだか男爵令嬢風情がっ!」

 お約束すぎるその展開に、アリアはくらりとした目眩を覚えて空を仰ぐ。

(……あまりにも"あるある"すぎるわよ……!)

 ユーリ視点のゲームでは、もちろんこんな現場に出くわしたりはしていない。けれど、ゲーム外で、しっかりこんな"学園ものゲームあるある"が繰り広げられていたとは恐れ入る。

「そうよっ」

 一人の女生徒を囲む後ろ姿は三つ。

 その中の一人が声を荒げ、いかにも自分たちが正論だと主張するかのように胸を張る。

「シオン様にはアリア様という相応しい方がいるんだから!」

(私……!?)

 自分の知らないところで知らない少女からまるで免罪符のように自分の名前を出され、アリアは驚愕に目を見張る。

 内容がシオン絡みだということだけでも頭を抱えてしまいたいのに、そこで自分まで引き合いに出されては堪らない。

(……勝手に人を巻き込まないで……!)

 恐らく、一人の少女を責め立てている方もシオンのことが好きに違いない。ただ、シオンの婚約者に決まった相手(アリア)の身分を考えた時に諦めるしかなかっただけで、なんらかの理由でシオンへと接触を図った少女に嫉妬をしているだけなのだろう。

 だからこそ、自分の醜い感情に、アリアを巻き込まれたら堪らない。

「……なにをしているの?」

 できれば関わりたくはない。けれど止めないわけにもいかず、アリアは物影から足を踏み出すと少女たちへと声をかける。

「!アリア、様……!」

「いえっ、私たちはなにも……っ」

 途端、焦ったように慌て出す少女たちの姿に、アリアは内心嘆息する。

 まさか自分たちが引き合いに出したその人物が現れるなど思ってもみなかったことだろう。

 いこっ、とバタバタとその場から背を向けた少女たちを呆れた瞳で見送って、アリアは取り残された少女への方へと向き直っていた。

(……あれ?この子って……)

「大丈夫?」

 見覚えのある顔に首を捻りつつ、アリアはそっとその少女へと手を伸ばす。

 の瞬間。

 ――バシ……ッ!

 とその指先を振り払われ、アリアは驚きに目を見張っていた。

(この子、さっきの……!)

 それは、ユーリたちと教室にいた時に感じた視線の持ち主。

 俯いたその顔は長い髪の影になってしまって表情まではわからないが、少女はぽつりと口を開く。

「……満足?」

「え?」

「本当は馬鹿にしているんでしょう?自分より身分の低い者を見下して。お綺麗なふりして助けてみせてなんのつもりっ?」

 余計に惨めになるだけよっ!

 と、ふわりとしたウェーブのかかった髪を乱して、少女はキッ……!とアリアの顔を睨み付ける。

 大人しそうな雰囲気に反して、強気なその発言。

(そうだ……!)

 そして、アリアは思い出す。

 教室でこの少女を見た時のあの感覚。

 ざわりとしたなにかが背中を這うような嫌な気持ちに、アリアは冷たい汗を感じる。

 シオンへと想いを寄せる、この少女は。

(ゲームの、第二の被害者――!)

 シオンへと報われない激しい恋心を抱き、魔族へと身を売ってしまう憐れな少女。

「貴女なんて、身分だけでシオン様の婚約者になったくせにっ!」

 それに気づき、アリアはどうしたらいいのかわかないまま、それでも衝動的に口を開いていた。

「そうね」

 この少女を助けたい。その気持ちに嘘はない。

 けれど歪んだその愛情そのものが許せなくて、アリアは真っ向から挑むような()を向ける。

「その通りよ。私は王家の血を引いているから、ウェントゥス公爵にシオンの婚約者として望まれたわ」

 だから、それがなに?と、感情的になってしまうのが止められない。

 上位貴族であればあるほど、そんなことは当然だ。結婚や婚約に自分の意思など関係ない。

(それでも……!)

 アリアの言葉にカッとなり、少女の手が頭上高くまで伸ばされる。


 パシン……っ


 それから勢い良く振り下ろされたその掌を、アリアは軽い動作で振り払っていた。

「……随分と捻くれているのね」

「な……!」

 冷たい口調で言い放つと、わなわなと震える赤い唇。

「私たちの婚約は政略的なものだけど、シオン自身が望んだわけじゃない」

 苛々する。

 確かに自分は恵まれた存在なのかもしれないけれど、それを言い訳に悪魔と契約していいわけがない。

「シオンは、身分なんかで人を選んだりしない。きちんとその人自身を見て判断できる人よ」

 ユーリだから、好きになった。

 男でも女でも、貴族でも平民でもなく、ユーリだから。

 ユーリであれば、男でも平民でも関係ない。

 たった一人、"その人だから"愛したのだ。

「バカにしないで」

 シオンを好きだと言いながら、それはシオンに対する侮辱でしかない。どうしてそれに気づくことができないのだろう。

「私だって、シオンに愛されてるわけじゃない。ただ、お互い信頼に値すると思っているから」

 シオンの婚約者という立ち場に甘えるつもりはない。

 ただ、対等でいたいと願う。それだけだ。

「好きなら正々堂々と立ち向かえばいいじゃない」

 影で思い詰めて悪魔に魂を売らないように。

「シオンは男爵家の娘だからって貴女を見下したりしないわ」

 自分の身分を一番見下しているのは少女自身に他ならない。

 勝手に望んで、勝手に絶望して。

 そんなことは許さない。

「私は、貴女を応援したりはしない。だけど、邪魔する気もないわ」

 こんな時になにをと思われても譲れない。

 アリアの望みは、シオンがユーリと幸せになることだ。

「勝手に傷ついて勝手に失恋するくらいなら、しっかり想いを伝えて振られなさいよ」

 酷いことを言っているのはわかってる。

 それでも。

「シオンのことが好きだと言うなら、誠実であって」

 一人、思い詰めることだけはないように。

 自身の中にあるいろいろな矛盾を抱えながらも、アリアはこの少女がどうか暴走することがないようにと、強く唇を噛み締めていた。





 *****





「アリアって、カッコいいな」

 物陰から、そんなアリアたちの遣り取りを覗き込み、ユーリが口笛でも吹きそうな口調で感心する。

 こちらも校内散策をしている途中、一人で歩くアリアの後ろ姿を見つけて声をかけようと追ってきたところだった。

「俺の自慢の幼馴染みだからな」

 そんなユーリにくすりと笑い、セオドアは幼馴染みのピンと張った後ろ姿に眩し気に目を細める。

 手を上げられそうになったアリアの元へ、思わず助けに入ろうとしたユーリを止めたのはセオドアだった。

「もしかして……」

 と、ユーリがセオドアのその発言に深読みしてなにか言いかけるのを、セオドアは慌てて遮った。

「違う違う。アイツはシオンの婚約者だからな」

 セオドアにとって、アリアは幼馴染みで、可愛い妹のような存在であって、恋愛対象などではない。

 そしてセオドアのその反応に、ユーリはそういえばそうだったと思い出し、大きく肩から息をついていた。

「なんか、貴族って大変だな」

 オレにはさっぱり理解できない世界だと言い切るユーリに、セオドアは思わず苦笑いを漏らしてしまう。

 こんな風にはっきりと物を言う人間は、早々お目にかかるようなことはないだろう。しかも、全く悪気がないところが、いっそ小気味よくて気持ちいい。

「……まぁ、アイツらが好き合っているかといえばどうか知らないが」

 いわゆる政略結婚てヤツだしな、とセオドアは肩を竦めてやれやれと息をつく。

「でも、少なくとも信頼はし合っているような気がするけど」

 先ほどの、アリアのシオンに対する絶対的な発言を鑑みれば、少なくともそれだけは断言できる。

 その絶対的な信頼は、一体どこから来るのだろう。そう思えば少しその関係が羨ましくも思ってしまう。

「まぁな」

 そしてそれを肯定するかのようにセオドアが苦笑を漏らし、遠い空を眺めていた。



 また、そこから少し離れた樹木の下。

 どこからも見えない死角にあった黒い影が、背後の木に背中を預けたまま深い吐息を吐き出していた。

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