光と闇の狭間で
王家と公爵家。そして侯爵家クラスまでならば、敷地内の一角に先祖代々の墓地が作られている。だが、それ以下の家柄は、大体が共同墓地の一部を特別仕様にして魂を奉っているのが通常だ。
けれど、ギルバートの場合。
敷地内の奥めいた場所に建てられた石碑。一番新しい、両親の眠る墓石の前で、ギルバートはなにをするでもなくただ佇んでいた。
"ゲーム"の中で、本来この場所に立っていたのは、もちろん"主人公"であるシャノンだ。
アルカナを消滅させた翌日。ギルバートの元を訪れようとしたアリアを、シオンは特に咎めるようなことはしなかった。ただ、黙ってついてきて、今は離れた場所から見守ってくれている。
ギルバートは、いつからそこにいたのだろう。
シャノンは――、いない。
勝手に敷地内に踏み込んで、ギルバートの様子を窺っていることに罪悪感も浮かんだが、放っておくこともできなかった。両親の仇であると同時に長年の"相棒"でもあったアルカナを失って、ギルバートが今なにを思っているのか。
"ゲーム"で流れを知ってはいても、これは"現実"なのだから。
「……アリア」
振り向くことなく名を呼ばれ、いつから気づいていたのだろうと、アリアは静かに歩き出す。
「……私も…、手を合わせてもいい?」
ギルバートの両親の遺骨が埋められている墓石の前。アリアは足を止めると隣のギルバートの顔を窺った。
「あぁ」
その許可に、ゆっくりとその場にしゃがみこむ。
手を合わせ、目を閉じた。
「…………」
「…………」
永遠の眠りについているギルバートの両親へと、どんな想いを抱いたらいいのかわからない。
救えなかったことへの後悔ができるほど、アリアは全てを知っていたわけではない。アリアに"ゲーム"の記憶が降りてきた時には、すでにギルバートは独りになっていたのだから。
ただ、妖精界を守るために犠牲になってしまった二人へと。言葉にできない哀しみが胸を突いた。
「……」
無言のまま立ち上がり、アリアは物言わぬ墓石をみつめる。
ここに眠る二人が、確かに愛した己の子。
これで、やっと長い呪縛から解放されるのだろうか。
と。
「――っ!? ギル……ッ」
ふいに背後から力強く抱き寄せられ、アリアは思わず振り向きかける。
だが。
「……見ないでくれ」
耳元で呟かれた、震える声色。
「……ギ、ル……」
ぐ……っ、と強く抱き締められ、どうしたらいいのかわからなくなる。
「……っ」
触れ合う身体から伝わってくる小さな震え。
泣いているのだろうかと、そんな疑問が胸を過る。
――全て、終わった。
けれど、ギルバートにとっては、ここからが始まりだ。
ずっと、両親を殺した犯人を見つけること。仇を取ることだけを考えて生きてきた。
――そして、それは果たされた。
望みが叶えられたこと。それは同時に、もう生きる目的を失ってしまったとも言える。
「……アイツは、仇だ」
震える唇から言葉が紡がれる。
「……っ」
この展開を、アリアは知っている。
本来であれば、"主人公"であるシャノンに向かって語られる言葉。
答え合わせのようなそれに、どうしても動揺を隠せない。
まるで、カンニングをしているような罪悪感。
「許すなんて、できない」
"ゲーム"の"ギルバートルート"では、シャノンは初めからギルバートとここに来ていたから少しだけ流れは違うけれど、ギルバートの口から紡ぎ出される吐露は同じもの。
「全部、なくなった」
人間は、独りでは生きていけない。
そして、アルカナと過ごした時間を、なかったことにもできない。
幼いギルバートから両親を奪った憎い相手。10年以上同じ時を過ごした"相棒"。
自ら記憶を封印していたとはいえ、その間、確かにアルカナはギルバートにとって唯一の"相棒"だった。
両親を失い、なにもかもなくなって。
そして、"相棒"もいなくなった。
――最初から、"相棒"などいなかったのだと、そう、嘲笑われた気がした。
「……みんな、いなくなった」
精神感応能力を持つシャノンであれば、ギルバートのその心を分かち合うことができるけれど、アリアにはそれができない。ただ、"ゲーム"の中のシャノンを通して、恐らくはその時と同じなのであろう気持ちを理解する。
(……私は、狡い)
――"答え"を、知っている。
"ゲーム"の中でシャノンが導き出した答えを知っていて、それ以外、返す言葉がみつからない。
これでギルバートの心を軽くできたとしても、それはアリアがしたことではなく、本来のシャノンの二番煎じだ。それを、誰も知らないけれど。
「……でも、新しい仲間をみつけたでしょう…?」
シャノンを始め、アラスターやノアといった、"2"の"ゲーム"に出てきた"仲間"たち。アリアが関わったことで大きく変わってしまった人間関係もあるけれど、その代わり"1"の"登場人物"たちとも出逢うことができた。
「みんな、ギルを心配して。傍にいてくれる」
シャノンだって、突き放すような態度を取りながらも、心の中ではギルバートのことを心配している。ギルバートの過去を直接覗いてしまったからこそ、その心の傷を知っている。だから、癒したいと……、思っているはずだ。
「……アンタも?」
益々強く抱き込まれ、アリアは一瞬息を飲む。
ギルバートの心の傷を、少しでも軽くしたい。ずっと、そう思って傍にいた。
ただ、なにも知らなかったシャノンと違い、自分は初めから全てを知っていたのだから。
やっぱり、自分は卑怯だ、と思うのだ。
それでも。
「……ここにいるじゃない」
今日、ここに来てしまったのは、"ゲーム"の展開を知っていたからだけじゃない。
アリア自身が、ギルバートを放っておけなかったから。
もしかしたら、独りで泣いているのかもしれないと、そう思えば居ても立ってもいられなかったから。
少しでも救いたいと、そう思う気持ちだけは嘘じゃない。
「でも、アンタはオレのものにはなってくれないんだろう……?」
「……っ。そ、れは……」
くすり、と、自嘲気味の苦笑を溢されて、アリアは動揺に瞳を揺らめかせる。
"ゲーム"の中のシャノンのように、アリアはギルバートの恋人になることはできない。
「アンタが頷いてくれさえすれば、オレはアンタを奪ってみせるのに」
「……ギ、ル……」
好きだと、言われた。
――シオンの時と、同じように。
ただ、シオンの時のように応えることはできない。
背後にいるギルバートの顔は見えない。
振り向く勇気も、アリアにはない。
後ろから抱き締められたまま、ただ、傍に佇むだけ。
「……わ、たしは…………」
「ソイツだけは渡せない」
「っ! シオンッ」
と、さすがに時間切れだとでもいうかのようにシオンが現れ、なんの遠慮もなく早足で二人の元まで歩いてくる。
「そろそろ返して貰っていいか?」
ここまでが、シオンにできる最大の譲歩だったのだろう。
迷うことなくアリアをギルバートの手元から引き離すと、すぐに自分の傍へと回収する。
「お前には同情する。だが、コイツだけは諦めてくれ」
ギルバートが幼い頃に両親を失ったことくらい、調べればすぐにわかった。だから、それを知ったアリアが、ギルバートを放っておけなくなってしまうことも。
けれど、それとこれとは話が別だ。
「コイツは、オレのものだ」
立ち直るきっかけを貰ったのならば、後はきちんと一人で立って貰わなければ困る。
それ以上を、この少女に求めることは許せない。
誰を、世界を、全てを敵に回しても、シオンはアリアを手離すつもりはない。
「シ、オン……」
「……アンタ、ホントむかつくね」
戸惑うように恋人の顔を見上げたアリアの姿に、ギルバートは緩い嘲笑を口許に浮かべてみせる。
精神的に弱っている人間に対しても、独占欲にまみれた男は容赦がない。否、ここまで黙って見守っていたことだけでも、充分な優しさなのかもしれないが。
「それとも、金輪際会えないようにしてやろうか?」
情け容赦ないその言葉は、弱っている人間を鞭打つようで。だが、それと同時に、そこにはとりあえずは今後も会うこと自体は許可しているシオンの気持ちも窺える。
「ギル……」
困ったように眉根を下げるアリアへと、ギルバートはくすりと小さな笑みを洩らす。
「アンタの言う通りだよ。オレは、全て失った。だけど、手に入れたものもある」
自分の命以外のものを、一度、全て失って。
それと引き換えに得たものは、今後かけがえのないものになる。
「もう、あの時死んでしまいたかったとは思えないから」
幼いあの日に、両親と共に殺して欲しかったと。そう願ったことは数え切れないほどあるけれど。
今は、生きていてよかったと、そう思えるから。
「ありがとな」
「ギル……」
静かに笑ったギルバートへと、アリアもまた緩く微笑み返す。
ずっと傍にいて欲しいというギルバートの願いを叶えてあげることは、アリアにはできない。
アリアには、シオンがいる。
――シオンを、選んだ。
だから、その気持ちに応えることはできないけれど。
「ギルに、会えてよかった」
幼いあの時、死を選ばずにいてくれて。
絶望を、乗り越えてくれて。
生きたいと、思ってくれて。
こうして出逢うことができたことは、本当に嬉しいと思うから。
緩やかな風が流れ、優しい空気がその場を満たした。
そこへ。
「……ごめんね。勝手にお邪魔するよ」
何処からともなく、寡黙な側近を連れたリオが歩いてきて、柔らかく微笑んだ。
「! リオ様……っ!?」
「ちょっと、確認しておきたいことがあって」
一方的にごめんね。とギルバートへと苦笑して、リオはまず目の前の墓石へと手を合わせた。
傍に控えるルイスもそれに倣い、数秒間の沈黙が落ちる。
それから。
その前で静かに立ち上がり、辺りに並ぶ先祖代々の墓へと視線を廻らせる。
そして、その中から一番古いと思われる墓石へと近づくと、なにかを探るように端から端まで観察していく。
そうして。
「……あっ、た……」
ある一箇所に目を留めて、驚きに目を見張ったリオへと、アリアはリオの傍まで近づいていた。
「……なにがですか?」
リオの指先が、墓石に刻まれた小さな印を辿る。
「……王家の、紋章」
「!」
それは、今は使われていない、古い王家の紋章。恐らくは、当時も使われていなかったであろう過去の印を刻んだのは、王の直系が見ない限りは、その身分を気づかせないようにするためだろう。
誰にも気づかれないくらいに、ひっそりと刻まれた過去の証。
「……アリアの推測通り、君には王家の血が継がれているんだ……」
ギルバートへと顔を向け、リオは動揺を顔に浮かばせる。
半信半疑ではあった。
けれど、確かめる価値はあると思った。
……ただ、確かめたからと言って……。
「……だから?」
「……え……?」
案の定、自分の中に流れる血を指摘され、むしろ迷惑だとでも言いたげに歪められた表情に、アリアは目を丸くする。
遥か遠い昔のことだとしても、王家の血が流れているという真実。それを喜ぶことはしても、普通は迷惑だとは思わないものだろう。
「だからって、オレはオレだ。なにも変わったりしない」
自分が何者であろうが、そのことで振り回されたりはしない。
そんな強い意志をみせるギルバートへと、リオはくすりと小さく苦笑した。
「……まぁ、そうだね」
今さら王の血族が見つかったからと言って、ギルバートを王家に招き入れるわけにも、上の称号を与えるわけにもいかない。
それはもう、遥か遠い昔の話だ。
だから。
「オレは、今まで通り。両親から与えられたこの生を全うするだけだ」
「ギル……」
先祖代々の墓を眺め遣り、それから自分の両親の眠る墓石をみつめたギルバートへと、アリアは泣き笑いの瞳を向けた。
「前を見て、生きていく」
チラリとアリアへ視線を投げ、ギルバートははっきりとそう口にした。
願わくは、その未来にこの少女が隣にいることを夢見たけれど。
もう、過去には振り返らない。
ふんわりと、泣きそうに微笑んだ少女に静かな笑みを返し、ギルバートは真っ直ぐ前を見据えていた。
精霊王や妖精界のお話は、一応私の頭の中では四章へと続いています。
アリアの記憶にある通り、"ゲーム"の中でも、その辺りは触れられずに終わっているという設定です。(恐らくは、「禁断のプリンス~Behind the mask~エディション」とか続編を出すつもりなのかも?笑)
その為、変な伏線(?)のまま終わってしまっていることをお許し頂ければと思いますm(_ _)m