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夜明け前 2

 アルカナ消滅の余韻に、全員が口を閉ざしたままでいる中。

「……な、んだ……?」

 ゆうらりと、陽炎(かげろう)のような、幽霊のような不安定で薄い人影が姿を現し、ギルバートがまだなにかあるのかと警戒の気配を滲ませた。

 けれど。

「……精霊王……」

「……"精霊王"?」

 "記憶"にある話の流れと光景からアリアが呟けば、近くにいたシオンは訝しげに眉を潜めていた。

『……永い眠りから覚めたばかりで、こんな姿で申し訳ない』

 人の形を取ることが叶わない、残像のような不安定な姿。長髪長身の輪郭は見て取れるが、詳しい容姿まではわからない。

 ただ、アリアは、"ゲーム"の"エンドロール"の中で、"光の精霊王"である彼が、金髪碧眼の端整な顔つきをした姿を知ってはいるけれど。

『この世界に光を取り戻してくれたこと、どんな礼をしてもし尽くせない』

 この展開は、"ゲーム"でアリアが見た流れと同じ。

 永い眠りから覚めたばかりの身で巨大な魔力を放出したことは、なんとかギルバートたちの目に見える姿を保つことだけで精一杯だった。

『……私たちは、アレ(・・)をあなた方の世界に押しつけたというのに……』

 妖精界には、風、水・火・土と、光と闇の精霊王たちがいる。立場はみな同じだが、形だけ光の精霊王が"王"として妖精界を導いている。

 そんな彼らは力を合わせ、妖精界が滅亡の危機に瀕した時、諸悪の根元であるアルカナを姉妹世界であるアリアたちの世界へ飛ばしていた。

 ――それが、どんな悲劇を生み出すかなど、考える余裕もなく。

『……その為に、貴方に絶望をみせてしまったことも、どんなに償っても償いきれない我々の罪だ』

 ただ、妖精界を守りたかった。その為だけに、最後の手段に手を染めた。

 姉妹世界である平和な世界に、不穏を与えたかったわけじゃない。

 けれどそれは、今さらどんな言い訳をしたところで、ギルバートの心にまで届かない。

 自分達の世界を守る為に、他の世界を犠牲にしようとした。それは、紛れもない真実だ。

『どれだけ尽くしても、償い切れない大罪であることは理解しているつもりだ』

 アルカナの首元に飾られていた"クリスタル"。それを通じてアルカナがギルバートへと犯した罪を見ていたと――、見ていてなにもできなかったと、今にも消えそうな人影は泣きそうに顔を覆う。

『……本当に、申し訳ない……』

 後悔は、しているのだろう。

 だが、滅びる寸前の妖精界を前にして、もはや他に滅亡から逃れる手段がなかった。

 力半分以下になったアルカナを、どうか"誰か"倒して欲しいと、そう願うことだけしか。

「…………」

「…………ギル…………」

 アルカナを自分達の世界へと押し付けられたから。だから、ギルバートの両親は犠牲になったのだと。そう唇を噛み締めてぐっと拳を握り込むギルバートへと、アリアはかける言葉が見つからない。

 "ゲーム"の中で、"主人公(シャノン)"はギルバートへと、どんな言葉を告げていただろうか。

 完全に顔を背けたギルバートへかけられる"救いの言葉"を、哀しいかなアリアは持っていない。

「……そんなに簡単に許せるわけないだろ」

 幼いギルバートが。独りになったその後のギルバートが。どれだけの絶望と孤独を味わったかなど、ギルバート本人以外にはわからない。

 だから、安易な言葉はかけられない。

「…………うん……。許さなくて、いいと思う……」

 "現実"は残酷だ。仕方のないことだったと。尊い犠牲だったのだと、そんなことは口が避けても言葉にできないし、アリアだって思えない。

 決して、許すことなどできないと。

 それだけの権利が、ギルバートにはあるから。

 彼らも苦渋の決断だったのだから許してあげて、なんて、言えるはずもない。

 一つの大きな世界を救う為に、二つの命と一つの幼子の心が犠牲になった。

 それらを、天秤にかけてどう、なんて。

『……すまない……。まだ話さなくてはならないことは山ほどあるのだが……』

 まるで古びた"ビデオ"映像が消えかける寸前のように、精霊王の姿は歪んでいく。

『まだ、この姿を保つことが精一杯だ……』

 今にも消えそうな己の掌を自嘲気味に見下ろす精霊王の一方で、その周りには"蛍"の光のような淡い輝きが舞う。それは、妖精達が息吹を取り戻していく光景。

『それに……』

 "ゲーム"通りの展開に、アリアだけが心の中で一人頷いた。

『我々の世界と貴方方の世界では、時間の流れが違う』

 そう。妖精界(こちら)で過ごした数分が、人間界(あちら)では1時間単位にもなってしまう。だから、元の世界に戻った時、かなり時間は進んでいて、多大なる疲労に襲われることになる。

 この状況は、今は緊張状態で感じないが、一日寝ずに高度魔法を繰り出しているようなものだった。

『早く帰らなければ大変なことになる』

 意識してしまえば、途端疲労に襲われている気がしてくる。その疲れは、今すぐにでも眠ってしまいたくなるような。

『後日、必ず会いに行くと誓う。本当に申し訳ないが、その時に……』

 心の底から申し訳ないと思っているような苦渋の表情に、けれどギルバートは目を逸らす。

「……オレは別にいい」

「……ギル?」

「結果的にそうなっただけで、オレは別に、この世界を救う為に動いていたわけじゃない」

 ギルバートの目的は、親の敵を見つけること。そして、その復讐。

 それが果たされた今、結果的に救うことになってしまった(・・・・・・・)世界に興味はない。

「だから別に、会いに来る必要なんてない」

「ギル……」

 ぐっ、と。握った拳に力を込めるギルバートに、アリアはかける言葉が見つからない。

 チラリ、と、この"ゲーム"の"主人公"であったシャノンへ視線を投げれば、"ゲーム"の中のようにギルバートの隣にこそいないものの、やはり無言で肩を落としている姿が見えるだけだった。

 "主人公(シャノン)"はただ、黙ってギルバートの隣にいただけだったから。アリアもただギルバートの傍にいればいいのだろうか。最終的に誰を選ぶにせよ、"ゲーム"の中で、シャノンがそうしていたように。

『…………そうか』

 拒絶に、返す言葉を失くして俯く精霊王へと、差し出がましいことだとはわかりつつ、アリアは慌てて口を開く。

「あっ、あの……っ」

 ギルバートの心の傷を癒す為に、アリアにできることなどほとんどない。

 それでも、アリアは知っているから。

 この後、生命(いのち)を吹き還した妖精たちが、ギルバートたちの周りを笑顔で飛んでいる姿を。そして、そんな妖精たちに迷惑そうな顔をしながらも、どこか嬉しそうにしているギルバートの姿も。

「ゆっくりで、いいですから……っ」

「アリア?」

 どことなく必死に言葉を紡ぐアリアへと、シオンの不思議そうな瞳が向けられる。

 心に負った傷は、そう簡単に癒えたりしない。――それは、もしかしたら一生かけたとしても。

 それでも、アリアは信じているから。

 ギルバートが、きちんと立ち直ってくれることを。

 だから。

妖精界(こちら)もいろいろと大変だと思うので、ゆっくりで……っ」

 少しずつで、いいと思う。

 一歩ずつ。けれど確実に。少しずつ前を向いて歩いていくことができたなら。

 いつか、辿り着けるはずだから。

「……だから……、その時までには……」

 大きな瞳を揺らめかせ、祈るように向けられたアリアの泣きそうな表情に、精霊王は少しだけ驚いたように目を見張る。

『……ありがとう。恩に着る』

「いえ……」

 もしかしたら、これはアリアの自己満足に過ぎないのかもしれない。

 それでも、一つだけ。

 この世界が救われたことだけは、純粋に嬉しいことだと思えた。

『……では、貴方方を元の世界に届けよう』

 その言葉にアリアたちの周りへと光が舞い、白い世界に包まれた。





 *****





 "ゲーム"ではこの後の、精霊王や妖精たちとの後日談などは特にない。

 ラストは、"攻略対象者"たちの中の誰かと結ばれて、甘い艶事で幕を閉じる。

 ただ、"エンドロール"の中で、精霊王がギルバートたちへと会いにくる場面がいくつか描かれていたから、きっと、そのうちこちらの世界へやってくる日が来るのだろうとは思う。

 それが、1ヶ月先か2ヶ月先はわからないけれど。

 妖精界(あちら)人間界(こちら)では時間の流れが違う為、妖精界が落ち着きを取り戻すまでには、こちらの世界では数ヶ月の時間を要するかもしれない。

 ただ、ギルバートやシャノンの周りに妖精たちが飛んでいる一枚絵を見た記憶があるから、人間界へと妖精たちが顔を出す日は近いのかもしれなかった。



「終わった……、の……?」

 人間界へと戻されて、開口一番そう疑問符を投げかけたのはノアだった。

「……そうだな……」

 まだ感情の整理が追い付かないギルバートが、それでも静かに"終わり"を肯定した。

 後はもう、ギルバート自身の問題だ。

「……アリア。お前は大丈夫か?」

 現実世界へと戻った途端に肩へとのし掛かってきた疲労の重み。それに疲れた吐息を洩らしたアリアの様子に気づいたのか、こちらは疲れを顔に出したりはしないシオンが、いつもの無表情で尋ねてくる。

「……思ったよりは平気。でも、今すぐ寝たいかも」

「そうだな……」

 少しだけ無理に作った笑顔で答えれば、シオンも小さく肩を落として同意する。

 元々覚悟をしていたアリアと違い、妖精界(あちら)人間界(こちら)の時間の流れの違いが引き起こす弊害を知らなかったメンバーには、この疲労はかなり重く身体を(さいな)むに違いない。

 その証拠に。

「お、おい……っ、シャノン……ッ!?」

 特殊能力を最大限まで引き出したシャノンの身体があまりの眠気に傾いたのに、アラスターが慌てて手を差し伸べていた。

 そして、もう一人。

「……オレももう限界……」

「ユーリ!?」

 宣言し、ユーリが傍にいたルークを巻き込んでその場で寝落ちしてしまう。

「……確かに、今日はもうこれ以上は無理だな」

「さすがに疲れたね」

 こちらも、少しだけ疲れの色を滲ませたセオドアとルーカスが、その場の面々を見回しながら吐息を溢す。

「とにかく今日はもう休もうか。部屋は用意させてあるから」

「……リオ様」

 気持ちだけシオンに甘えるように身体の重みを預けながら、アリアはこんな時でも清廉な空気と共に微笑むリオを見上げていた。

「……そうですね。とりあえず今は」

 全てはまた明日以降だと肩を落とし、王宮へと促すルイスの視線に、反対の声を上げる者などどこにもいなかった。

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