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扉の向こうに在るものは。

 広大な王宮の庭園の一角に、魔力の五大要素を象徴するかのような古びた四本(・・)の柱が建っている。

 そこには、各々、火・水・土・風の家紋にも似た印が刻まれていて、さらにその中央。四本の柱から空へと伸びた、見た目だけであれば細い鉄の棒のようなものが合わさったその場所に、空を象徴する印が陽の光を浴びて輝いていた。

 魔力の五大要素の象徴は、本来は平面の五芒星ではなく立体なのだと告げたのはリオだった。

「準備はいいかな?」

「……はい」

 アリアの記憶(・・)にある光景そのままに。けれど、"ゲーム"とは大分異なる展開にごくりと喉を鳴らしながら、アリアは静かに頷いた。

 アリア、ルーク、セオドアが、各々(それぞれ)の家の宝玉を手に、柱の前に立つ。

 シオンはアリア、ルイスはリオの傍にいるから、風の宝玉はギルバートが、空の宝玉はシャノンとアラスターが預かっている。

 "ゲーム"の中で、本来ここにいたはずのシリルとサイラスの姿はない。魔力のないジャレッドは元々見送りだった。

 どうしても一緒に行くと言ってきかなかったノアの隣にはユーリがいて、ルーカスは辺りを警戒するかのように神経を研ぎ澄ませていた。

 ――果たして、アルカナは現れるのか。

「……行こうか」

 ――異界の、地へ。

 全員の顔を見回してきたリオの言葉に緊張が走る。呼吸(いき)を合わせるかのように頷いて、気持ち、前へと進み出る。

 祈りを込めて刻印の前に宝玉を差し出せば、それに呼応するかのようにその印に蒼い光が(とも)った。

 空へと掲げるようにして宝玉を手にしていたシャノンの指先から、まるでそれ自身が意思を持つかのようにふんわりと丸い輝きが(いただき)へと昇っていく。

 他の四つの宝玉も、同じように柱の頂上へと導かれ、音もなく玉座へと納まった。


 ――の瞬間。


 目映(まばゆ)いほどの光が溢れ、その場が仄かな暖かみに包まれる。

 目を開けていられないほどの輝きに、全員が視界を覆う中。

 うっすらと開けた瞳の中に、黄金の扉がその姿を現していた。

「……こ、れが……」

「妖精界への扉……」

 驚愕に掠れたその呟きは誰のものか。

 中央に現れた大きな扉。その一番近くにいるシャノンとアラスターが、呆然とその輝きを見上げる。

 少しだけ光の洪水を収めつつも、それでもその輝きを消すことはないままに、カチリ……ッ、と、音なき音が聞こえた気がした。

 パァァァ……ッ!と。

 再び光が差し込んで、少しずつその扉が開かれていく。

 ゆっくりと。自ら客人を招き入れるように、(なが)く閉ざされていた異界への道が拓かれる。

 そして、人一人が通れるくらいの隙間が作られた、その瞬間。

「――っ!」

 辺りの気配を警戒していたルーカスへと緊張の糸が走った。

「アル、カナ……っ!?」

 とん……っ、と。それまで音も気配もなく扉の前へと降り立った小さな黒猫は、これまでで一番禍々しい空気を纏ってチラリと後方へと振り向いた。

『よくやってくれた』

 ニタァァ……ッ、と、その口元が残忍に歪んだ気がするのはアリアの気のせいかもしれない。

『ずっと待ち望んでいた瞬間だ』

 そう言って、アルカナはその光の向こうへと身を踊らせる。

「アル……ッ!」

 驚愕と焦燥の混じったギルバートの声。

 それに反応することもなく消えた黒い影。

「……行くんだろ?」

 静かに窺ってくるシャノンへと、決意の籠った瞳と共に頷いた。

「お前は、絶対にオレから離れるな」

「……シオン」

 ぐっと肩を抱いてきたシオンの力強さを感じながら、アリアは困ったように微笑する。

 いつだってシオンは、アリアにとても過保護(・・・)だ。

「行くぞ」

 扉の向こうに消えた後ろ姿を睨むギルバートの後に続くように、その場にいる者たちは異界に続く道へと足を踏み入れていた。





 *****





 "妖精界"と聞いて想像する光景はどんなものだろうか。

 緑が溢れ、時折穏やかな風が吹き、柔らかな陽光が輝いているような……、そんな世界。

 確かに、本来(・・)の妖精界は、誰もが想像するような、そんな美しい世界だった。

 けれど、今は。

『あぁ……。力が(みなぎ)ってくる……』

 光を失った薄闇の中。ゾクゾクと身体を震わせる黒猫は、光悦とした表情を浮かべていた。

 枯れ果てた大地は、まるで砂でできているかのような草や木を、なんとかその形に留めているだけ。

 アリアが"ゲーム"で見た光景となにも変わらない。そして、記憶通りの展開。

 つまり、この後、自ら封印した記憶(・・)を取り戻したアルカナとギルバートは……。

『ギルバート。礼を言うぞ』

 蒼黒いオーラを纏ったアルカナが、意味ありげにほくそ笑む。

 望みを叶えて貰ったことへの、せめてもの敬意を払って。

 仮の姿である黒猫から、本来の姿である人の形へと……。輪郭をぼんやりと失くしていく猫の姿。

『これで、お前との契約は終了だな』

「……まだ、終わっていない」

 満足気に笑うアルカナへと、ぐっ、とギルバートの拳が握り締められる。

 "ゲーム"と違い、その瞳には、アルカナに対する明らかな苛立ちが籠っていた。

「……あぁ、"犯人探し"か。それなら……」

 勿体ぶるように語るアルカナは、本来の姿に戻るまでの時間稼ぎをしていることをアリアは知っている。

 そして、アルカナがギルバートへと取り留めもない話をしているその間に、"ゲーム"ではシャノンが、その隙を突いて首元の小さな珠玉を奪っていたのだ。

(今、動かないと……!)

 アルカナとギルバートの様子を窺いながら、アリアはチラリとその首元で黒々と光る飾りへと視線を投げる。

 こくりと小さく息を飲み、足を一歩前へと踏み出そうとしたその瞬間。

「……ダメだ……っ!」

 くいっ、と腕を取って引き止められ、アリアは驚いたようにその手の主へと振り返る。

「っ、シャノン……!?」

「気づかれてる」

 気づかれている(・・・・・・・)――。それは、一体どういう意味か。

「……え……」

あの猫(アイツ)の深層心理は()めないけど、アンタに警戒していることだけはわかる」

 どうやら"ゲーム"の流れ通り、アルカナの意識を探っていたらしいシャノンは、今動いたらダメだとアリアへ警告する。

 ――この状態で出ていけば、確実に返り討ちにされる。


『……あぁ、惜しいな。ズタズタに引き裂いてやろうと思っていたのに』


「な……っ!」

 人の姿になりつつある鋭い爪先を光らせて、アルカナが残忍な笑みを形作る。

 それにシャノンとギルバートは、驚愕に目を見張っていた。

『その女は全て(・・)知っていると言っていた。ならば、コレ(・・)のことも知っていると考えた方が自然だろう』

「――っ!」

 コレ、と首元の飾り物へと落とされた視線に、アリアは自分の失態を思い知らされて息を呑む。


 ――『……もし、全部(・・)知っていたら(・・・・・・)……?』


 それは、ウェントゥス家から宝玉を奪った後に、アルカナとアリアの二人で成された会話。

 それが、こんなところで裏目に出るなどとは思わずに、アリアは唇を噛み締める。

 ――これでは、その宝玉を奪えない。

「ずっと目障りだったんだ。やっと始末できると思ったんだがな」

「アルカナ……ッ!!」

 冷え冷えとした美貌の青年へと変化したアルカナに、殺意さえ込められていそうなギルバートの声が飛ぶ。

「……あぁ、やはりこの姿でないと、な」

 そんな、鋭いギルバートの視線を受け流し、アルカナは取り戻した自分の姿を満足気に見下ろしていた。

「なにをそんな目で()を見ている」

 心底理解できないと言いたげに眉を潜め、アルカナはすでに自分より目線が下になったギルバートをみつめる。

「その女を始末しようとしたことがそんなに気に入らないのか?」

 それは、今だけの話ではなく、アリアが自らを囮にして囚われたその時も。

「その女は、全て知っていて(・・・・・・・)黙っていたんだぞ?」

 わざとらしく(うそぶ)いて、アルカナは切り札だと言わんばかりに、愉しげに歪ませた唇をゆったりと開いていく。


「お前の両親を殺した犯人のことも」


「――っ!」

 瞬間、ギルバートの瞳へと走った動揺と殺意。

「知っていて、なにも言わずに私とお前の傍にいたんだ」

 時折アリアから向けられていた、責めるような視線の意味。告げられた数々の言葉。

 それらは全て、アリアが知っている(・・・・・)ことを示していた。

「お前の過去も苦しみも、望みも知っているのに……、な」

 可哀想に。と、全く感情の籠らない同情をギルバートへと向けて、アルカナは冷たく口元を歪ませた。

「アル……ッ!」

「その女のせいで大分計算は狂ったが、結果的にはまぁいいだろう」

 ギリリと唇を噛み締めるギルバートへとくすりと冷笑(わら)い、アルカナは"契約"を解くための呪文(・・)を口にする。

「私にそんな目を向けてくるということは、お前も大体察しがついているということか」

 残忍に目を細め、アルカナが言葉を紡ぐ。

「お前の両親を殺した犯人が」

「ギル……ッ!」

 どうか、絶望しないでと、アリアは泣きそうな顔でギルバートの方へと振り返る。

 それを、察しているかのようなシオンが、ぎゅっと細い肩を抱き寄せて。


「――私だということに」


「――――っ!」

 とうとうこの時(・・・)が来てしまったのかと、アリアはゆるゆると首を振ると泣きそうな瞳をギルバートへ向ける。

 "ゲーム"の中で、ギルバートはここで茫然と立ち尽くし、言葉を失うのだ。

「……ギ、ル……」

 すぐに俯いてしまったギルバートの様子は窺えない。

 ギルバートが真実を知る権利は奪えない。止めることなどできるはずもない。

 それでも、もう少し違う形で知らせることはできなかったのだろうかと、もう何度も考えて辿り着かなかった答えを求めてしまう。

(どう、したら……)

 衝撃を受けているギルバートを、すぐに立ち直せるような手段をアリアは持っていない。

 けれど。

「……お前は、オレに嘘をつけないはずじゃなかったのか」

 "ゲーム"より遥かに早くその瞳へと強い光を取り戻し、ギルバートはアルカナへと初歩的な問いかけを口にする。

 もしかして、とは疑っていた。

 けれど、まさか、と、それを否定したい自分もいた。

 アルカナが魔物だと知っていて、それでも一緒にいることを選んだのは自分。

 共に過ごした時間は嘘じゃない。

 そう簡単に割り切れるほど短い時間ではない。――少なくとも、ギルバートにとっては。

 少女と"相棒"とを天秤にかけて、少女へと傾いてしまったことは紛れもない事実。

 自分だって裏切っている(・・・・・・)

 それでも。

 覚悟(・・)はしていたつもりだが、実際にその口から真実を告げられることはかなりの動揺をギルバートへともたらした。

 止まりそうになる思考回路の中で、残った意識が疑問を投げる。

 アルカナとギルバートの間で交わされた契約の一つは、「契約主であるギルバートへと嘘をつかないこと」。その契約がある限り、アルカナはギルバートを陥れることなどできないはずなのだ。

「だから、自分の記憶を操作した」

 アルカナの持つ能力の一つ。それを、逆手に取って。

「ここに戻ってきた時に、全て甦るよう鍵をかけて」

 いつか必ず、妖精界(ここ)には戻ってくると思っていたから、都合の悪い記憶の一部を封印しておくことに抵抗はなかった。

 契約主であるギルバートに嘘はつけないけれど、記憶がないものを話すことはできない。そうやってギルバートの信頼を得る為に払った多少の犠牲。

「聡明とはいえ、しょせん子供だったお前を騙すことなどわけはなかったな」

「お前……っ、が……っ!!」

 相対する"元・相棒"を馬鹿にするようなアルカナの冷笑に、ギルバートの眉根がつり上がる。

 その瞳には憎悪の火が灯り、アリアが"ゲーム"で知るほどの絶望は見えなかった。

「お前との契約は、両親の犯人を探す手伝いをすることで、復讐までは入っていない」

 魔の者との"契約"は"絶対"だが、"契約外"のことに縛りはない。だから、アルカナがギルバートに従うのはここまでだ。

「望みは叶った。満足だろう……?」

「お、前……っ!」

 ぐっ、と拳を握り締めて殺意を向けるギルバートへと、アルカナは愉しそうに薄く嗤った。


「これで契約終了だ」

この度はブックマーク900超え、ありがとうございました!

記念に活動報告にSSを掲載させて頂いております。よろしければ覗いて下さいますと幸いです。

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