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コイビト

 どれだけ過去の文献や書物を漁ろうが、存在を消された二人の王子のその後を語るものなどなにもなく。

 遺伝子検査などできるはずもないこの世界で、ギルバートの身体の中に王家の血が混ざっているかどうかなどわかるはずもない。

 そんな遠い祖先のことなど気にも留めないギルバートは、どうでもいいことだと苦笑いしていた。

「……いよいよ、だな」

 五つの宝玉の、最後の水の珠玉をリオへと手渡して、ギルバートが緊張の孕んだ声で呟いた。

「……ギル」

 これで、異界への扉を開くことができる。

 だが、アリアにとっては、妖精界を救うことだけが全てなわけではない。

 扉が開いた、その先には。

 ――ギルバートには、さらなる試練が待ち受けている。

 "ゲーム"の中で、愕然と立ち尽くしたギルバートの姿を思い出す。

(……あんな姿は……、見たくない……)

 唇をきゅっと引き結び、揺れる瞳をギルバートへ向けるアリアの姿を、その隣に立ったシオンが無表情でみつめていた。

「そうだね。これで全ての宝玉は揃ったから。……明後日にでも、と思っているけど」

 いいかな?と、そう窺ってくるリオへと反対の声はない。

 リオの傍に控えるルイスもルーカスも、すでにその予定でいたのだろう。

 今日、明日、明後日と、ちょうど三連休だということもある。アリアとしても、一刻も早く妖精界への扉を開けたかった。

 "ゲーム"では、夏休み直前の話だった。この"現実"では、まだ一ヶ月程の猶予がある。

「はい」

 真剣な面持ちで頷けば、それを確認したリオから柔和な微笑みが洩らされた。それから、ふと真剣な顔つきになると、再びギルバートへと顔を向ける。

「だけど、その前にいくつか確認しておかなければならないことがある」

 滅びかけている妖精界。

 その扉を開く為の秘宝(カギ)

 それを求めていたのは、アリアだけではない。

「アルカナ、と言ったかな?」

 リオは、直接アルカナを見たことはない。

 ただ、話を聞いているだけでも、そこにはどろりとなにかが蠢く異質さを感じた。

 王の末裔かもしれない少年と、闇の"契約"を交わした"化け物"。

「彼は何者? ……今は、どこに?」

 "ゲーム"の中で、アルカナがギルバートから離れることはなかった。

 宝玉を揃え、それを台座に納めた時も、アルカナはそこにいた。

 ――そして、妖精界へと戻った瞬間に――……。

「アルカナの正体はよくわからない。本人は"魔物"だと言っていたが……」

 姿を消した"相棒"へ、今どんなことを思っているのか、冷静に言葉を返すギルバートのその横顔からは窺い知ることはできない。

 喧嘩(・・)をしたとはいえ、幼い頃から共にいた"相方"を、どの程度疑って(・・・)いるのか。

「まぁ、"契約"で彼へと闇の魔法(ちから)を与えた時点で、魔に属するモノには違いないでしょう」

 感情の乗らない声色でそう肯定するルイスへと、ギルバートはどこか悔しげな顔をする。

「仲違いしてからは、一度も姿を見せていない」

「"契約"で縛られている以上、そんなに離れてはいられないはずなんだけどね」

 それらの会話に、相変わらずの意味深な微笑みでそう疑問を投げ掛けたのはルーカスだ。

「……アリア?」

 そうして最後に、リオはアリアへと顔を向ける。

 柔らかなその眼差しはただ静かで。

 アリアから無理矢理なにかを聞き出そうというような意図は感じられない。

 それでも、きっと。話さなくてはならないのだと思う。

 "ゲーム"とは、かなり事情が変わってきてしまっている。

 できることならば、"主人公"であるシャノンに全てを委ねてしまいたかったけれど、それはあまりにも無責任だろう。

「……アルカナは……、妖精界でいうところの"魔族"のような存在、なんだと思います」

 アリアたちが暮らす世界の魔族ではなく、妖精界における、闇の存在。

「妖精界に戻る(・・)ことで、本来の力と姿を取り戻すことができるから……」

 だから、妖精界への扉を開くことを望んでいる。

 妖精界が滅亡の危機に瀕した際、残された最後の力を振り絞り、精霊王たちがアルカナを外界へと飛ばしたようなことが語られていたはずだ。

 その本来の力を知っているらしきリデラは、初めてアルカナと対峙した際に「歩が悪い」と言っていたが、今のこちらの世界のアルカナは、力半分も出せないはずだった。

「であれば、本来の力を取り戻す前にこちらで討伐した方がいいのかな?」

 それでもアリアたちから見れば、そう簡単にはいかないであろう強敵に、リオが真剣な面持ちで思案する。

「……可能であれば」

 力半分とはいえ、アルカナは強い。

 それを。元々の力を取り戻したアルカナと、"ゲーム"の中では闘うことになる。

 "ゲーム"の中で、"1"の対象者に比べて魔力の高くないギルバートたちが、アルカナを討伐することができた理由はもちろんある。

 アルカナを妖精界へと返すことなく討伐できればそれが一番いいことだとは思うけれど、それだけでもダメなのだ。

「それから……」

 "ゲーム"展開へと頭を廻らせながら、アリアは自分へ向けられている静かな眼差しへと口を開く。

 なぜ、そんなことまで知っているのかと、そう疑われても仕方のない話。

「アルカナの首に飾られた小さな魔石が、妖精界を救う鍵になっているはずです」

「!」

 アリアの言葉に、隣でギルバートが小さく息を飲んだ気配が伝わってきた。

 "ゲーム"の中では、アルカナがギルバートへと真実(・・)を語る場面で、シャノンが隙を突いて手に入れていたもの。

「妖精界にとっての生命の源である魔石を、アルカナが奪ったから……。だから、妖精たちは弱体化してしまったんです」

 妖精界の中央で輝く、最高質のダイアモンドを思わせる七色に光るクリスタル。

 それを奪い、精霊王たちを弱体化させ、世界を手に入れようとした。

 だから。

「それを、返せば」

 アルカナの心理を()んだシャノンが、ギルバートが愕然と立ち尽くす中、隙を突いてクリスタルを元の場所へと返す。それが、本来の"ゲーム"の流れ。

 そして、妖精界は光を取り戻す。

 そうして目覚めたばかりの精霊王たちが、協力し合ってアルカナの力を奪ったから。だから、ギルバートたちは射ち勝てた。

 だが、そんなアルカナは今はいない。その違いが、現実のこの世界へと、どんな影響をもたらしてくるのか。

「つまりは、それを取り返して、アルカナを討伐する、と」

「……はい」

「まぁ、それも姿を現してくれないことにはどうにもならないけど」

 確認を取るかのように向けられた眼差しに、アリアがゆっくりと首を縦に振れば、ルーカスは肩を竦めて苦笑する。

「妖精界へ行かなければ本来の姿に戻れないというのなら、必ず姿を現すでしょう」

「扉を開くその時が勝負かな」

「そうですね」

 主に忠実な側近と、その主であるリオは、ぴりりとした空気を纏わせる。

 そんな中、ぐっ、と拳を握り締めたギルバートは、ぼそりと小さな声を洩らしていた。

「……アルの、目的は」

 あの化け物が、ずっと自分と行動を共にしてきた意味。

 幼い頃からの"相棒"の正体を聞かされて、ギルバートがすぐにそれを受け入れられるはずもない。

 ――自分はただ利用されていただけなのだと。

 そんな、残酷な真実。

 裏切りは、新たな絶望を生み出す。

「……ギ……」

「妖精界を滅ぼすことか? それとも……」

「支配するため、か」

 自分はどうしたらいいのだろうと、思わずギルバートへと手を差し出しかけたアリアの横から、低い声が重なった。

 チラリ、と視線を投げられて、少しの逡巡の後に、アリアはこくりと小さく頷いた。

 本当はそれ以上のことを企んでいるはずだが、ここでそこまでのことを話す必要もないだろう。

「そうしたら、みんなにはこちらから連絡しておくから。今日明日はゆっくり休んで準備を整えて」

 俯いたギルバートになにを思っているのか、宝玉を取ってくるという大役を果たした面子へと、リオが優しく微笑んだ。

「お疲れ様」


 ――ギルバートへと突き付けられる残酷な現実は、あと一つ。


 アリアは瞳を揺らめかせ、ギルバートの横顔をただただみつめるだけしかできずにいた。





 *****





 中庭に面した廊下を歩きながら、シオンは隣にある横顔を見下ろした。

「……お前はアイツばかりだな」

「……え?」

 途端、驚いたように振り向くアリアには苦笑する。

 ギルバートとアルカナの間で交わされた闇の契約。妖精界の存在。そしてその危機的状況。

 それを知って、この少女が放っておけるはずがないことはわかりつつ、それでも苦々しいものが胸に込み上げてしまうのはもう仕方がない。

「お前を掴まえておくのは本当に大変だと思っただけだ」

 諦めのような、赦しのようなその苦笑と声色に、アリアは一瞬瞳を揺らめかせる。

 今後の"ゲーム"展開を思えば、どうしてもギルバートのことが気になってしまうのは当然のことだけれど。

 アリアはきょろきょと辺りを見回して、辺りに誰の目もないことを確認する。

「……シオン」

 それから、シオンへと向き直ると手を伸ばし、(かかと)を上げる。

 唇へと、柔らかな感触が重なった。

「……」

「……」

 触れるだけのキスはすぐに離れていったものの、シオンの瞳が驚きに見開かれる。

「……ちゃんと」

 ほんのりと目元を羞恥に染めて、アリアはゆっくり口を開く。

「ちゃんと、好きだから」

 "ZERO"は彼女(・・)がこの"ゲーム"をすることになったキッカケで、"一推し"で。ギルバートのことはとても心配で。

 それでも、アリアが(・・・・)選んだのはシオンだ。

 他の"攻略対象者"の誰でもなく、シオンを。

 シオンも、アリアを選んでくれた。

「……それはわかってる」

 アリアが自分に応えてくれた意味を、疑ったりなどしていない。

 自分だけを見ていろと、他の人間に目を向けるなと、そう思ってしまうのはどうしようもない独占欲だ。

 だから、せめて。

「……この後、いいか?」

 自分にだけ許された権利を求めて、欲に掠れた低音をその耳元で囁けば、アリアの頬へと朱色が走った。

「……っ!」

 シオンを見上げた瞳が戸惑いに揺れ、迷うような間があった後、こくんとその首が縦に振られるのに、シオンは僅かに目を見開く。

「な、に……?」

 そんなシオンの反応に、自分はなにか間違った対応をしたのだろうかと不安そうにみつめられる瞳に、シオンは小さく苦笑した。

「……いや……、断られるかと思ったからな」

「?」

 どうして?というように(かし)げられるその仕草はとても無垢で純粋だ。

「……恋人、同士、……でしょ?」

 すごく、すごく、恥ずかしいけれど。

 恋人同士、であれば。求められて、それに頷いてみせるのは、とても自然なことだと思う。

 だから、そう聞いてみたのだけれど。

「そうだな」

 少しの驚きをみせた後、シオンはくすりと笑みを溢した。

恋人(・・)、だ。」

 元より二人はとっくに"婚約者同士"ではあるけれど、それは、親同士が決めた関係(もの)。"恋人"は、互いの気持ちが重なって初めてそう呼べるものだから、アリアのその言葉は胸に響くものがある。

 そうして嬉しそうにはにかんだ恋人(・・)を、シオンは胸の中へと抱き寄せていた。

恋う人。乞う人。なイメージ。


R18は明日更新予定です。

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