act.4-2 Jewel of the water ~水の宝玉~
まるで天空のカーテンのような滝が全面に広がっていた。
足元には水が溢れ、所々緑の岩が覗いている。
シオンの風魔法で空中移動しながらその絶景をみつめ、アリアは感嘆の吐息を漏らしていた。
「相変わらずすげーな」
すぐ横では、ギルバートもまた闇の力を行使して宙を飛んでいる。
「綺麗ね……」
あちらこちらに虹のかかった幻想的な空間。誰もいない、三人だけのこの場所は、本当にこの世のものとは思えないほど美しい。
その滝の中央。最も激しい水飛沫と幾重もの虹を輝かせている場所の前には、まるでそこに人が立つことが決められているかのように小さな花が咲き誇る岩肌がその存在を主張していて、アリアたち三人はゆっくりとそこへ降り立っていた。
「……ここ、か……?」
霧のような水が舞う足元に、アリアを支えるようにその手を取って尋ねてくるシオンへと、アリアは静かに頷き返す。
アリアが"ゲーム"で見た光景。巨大な水の魔力をぶつけることで滝が割れ、その奥から水の宝玉が現れるのだ。
「……ぇ、と……、ギル……?」
水はアリアの領分。けれど、どんなに今さらと言われようが、もはや"ゲーム"の流れから逸脱しすぎていると言われようが、それでもやはりここはギルバートに任せたいと思ってしまう。
全ての宝玉を集めるのは、ギルバートの役目だという思いは変えられない。
「……オレでいいのかよ」
窺うように見上げてくる上目遣いに、その意味を理解したギルバートは一瞬驚いたように目を見張り、戸惑うようにアリアを見返してくる。
「ここまで宝玉を集めてきたのは貴方だもの。サポートはするから」
だめ?と小首を傾げながら"お願い"すれば、ギルバートは軽く息を飲んだ後に苦笑する。
「アンタのそれは、計算じゃないから本当に質が悪い」
「え?」
心を渡した女に可愛らしくおねだりされて、それを断れる男が何処にいるだろうか。それを無邪気に実行されてしまえば苦笑いで受け入れるより他はなく、そんなアリアにシオンは咎めるような目を向けていた。
「お前は少しは自覚しろ」
「シオン?」
相変わらず自分の魅力については無頓着な少女へと顔をしかめてみせれば、案の定アリアはシオンの説教の意味など理解できていないかのように不思議そうな顔をする。
「他の男にあまり隙を見せるようなら、本気で縛り付けるぞ?」
「っ!」
それさえ自分に与えられた権利だとでも言うかのように、わざわざアリアの耳元まで身を屈めて告げられた独占欲に、アリアは瞬時に赤くなる。
アリアの心を手にしてから、シオンは本当に遠慮がない。その前から赤裸々な気持ちを告げることに躊躇などなかったのに、これ以上どうする気なのかと、なんと言葉を返したらいいのかわからない。
考え方によっては物凄く恐いことを言われている気がするのに、むしろ恥ずかしくなってしまうのは何故なのだろう。
「うわ、出たよ。最悪だな」
「お前は黙ってろ」
「嫌だねぇ、余裕のない男って」
「コイツにそんなものが関係ないことはお前こそよくわかってるだろう」
余裕のあるないの問題などではなく。アリアの無防備と無警戒はシオンがどんなに手を尽くそうとも改善される余地はないから、どうしたら悪い虫が寄ってこないようにできるのかは、シオンにとって一番の頭の痛い問題だ。
特に目の前のギルバートは、それをよくわかっていて隙を突く筆頭なのだから、少しの油断もできはしない。
「……とにかく無駄口立たずにさっさとやれ」
「はいはい。皇太子命令にはさすがに逆らえませんよ」
苛立たし気に向けられる命令に、元々この任務を課してきた権力者の姿を思い出し、ギルバートは嘆息と共に目の前の壮大な滝へと向き直る。
「……行くぞ」
軽く息を整えて、水飛沫を上げる激しい水の流れを睨み付ける。
ギルバートがゆっくりと息を吸う動きに合わせ、魔力が高まっていくのを感じる。
アリアとシオンもまた、そんなギルバートに呼吸を合わせるかのように集中力を高まらせ。
ふわ……っ、と。ギルバートの全身から金色の光が立ち上るのが見て取れた。
そうして。
「……我に力を……っ!」
言葉は、言霊。
ほんの一瞬、その瞳が金色の輝きを見せて。
ギルバートの力強い言の葉に応えるように、膨大な魔力が三人の前に立ち塞がる滝の壁へと向かっていく。
力ずくで開かれた水の壁。
その奥からぽっかりと空いた大きな穴が姿を現し、そこは水色の輝きに満ちていた。
宙に浮いた宝玉は、その場で一際眩しく光を放ち。
少しずつその輝きを収束させたその後には、こちらの呼びかけに応じたかのように、自らギルバートの手の中へと収まっていた。
「……これで全部集まった、な」
ふぅ、と大きな安堵の吐息を洩らしたギルバートへと、その一方でシオンは驚いたような目を向ける。
「……お前の元々の属性は"光"なのか?」
「……は?」
「!」
シオンからの問いかけに、本気でわけがわからないと眉を潜めたギルバートへと、アリアは小さく息を飲む。
ギルバートの瞳の中へと金色の光が灯ったのはほんの一瞬。
だが、シオンはその一瞬を見逃すような真似はしなかった。
――魔力を操る際、その人間の属性が瞳の色を変える。
後天的に闇の魔力を手にしたギルバートの今の属性はもちろん"闇"。その前は、本人の申告によれば"火"だというが、そんな幼い頃の判定など、真偽のほどは定かではない。
「……お前は知ってたのか」
ほんの僅かなアリアの反応も見逃さず、アリアがそれを知っていたことに関しては驚く様子も見せずに確認を取ってくるシオンへと、アリアはおずおずと口を開く。
「……一番最初に宝玉を手に入れた時に」
吹き荒れる風を支配下に置いた際、ギルバートの瞳へと浮かび上がった一筋の黄金。
その時から、予感はあった気がする。
「……リデラが……」
これは、あくまでアリアの推測で。
真相は、本当にわからないことだけれど。
意味ありげに笑っていた赤い唇を思い出し、アリアは静かに口にする。
「……リデラが、言っていたでしょう?」
光魔法の属性を持つ人間は稀有な存在だ。
だからと言って、奇跡と呼ぶほどのものでもない。
実際に、ユーリは光属性なのだから。
けれど。
「シオンとギルが、過去の双子の王子に似てる、って」
一般的に、魔力の属性は父親のものが優性遺伝だと言われている。
だから、風属性の家に生まれたシオンは風であり、水属性の家に生まれたアリアは水の魔力が強い。
ただ、光属性だけは特殊で、ユーリのように突然現れることがある。
そして、当然王家には光属性の王子王女が多いものの、光属性の父親を持ったからといって、必ずしもその魔力が遺伝するわけではないことも特徴だ。
その為、王の嫡男だからと言って、光属性でなく生まれた者には王位継承権がなかったりする厳しい世界でもある。
「もしかしたら、ギルは……」
遠い遠い昔。王家を追われた光属性の王子が子を成したとして。ずっとその特性が現れることなく、今までずっと、その血だけが脈々と受け継がれていたとしたら。
「王の末裔なんじゃないか、って……」
「……はぁ!?」
突然告げられたアリアの突飛もない発言に、ギルバートの口から本気ですっとんきょうな声が上げられる。
「……あくまで、私の想像でしかないのだけれど」
それでも、アリアにとってはかなり真実に近いと思われる確信めいたもの。
きゅっ、と唇を引き結んだアリアにシオンは真摯な眼差しを向け、それから低くアリアを促した。
「……とりあえず、ここでそんなことを話していても時間の無駄だ」
帰るぞ。と、肩を抱いてきたシオンの力強い腕にほっと小さな吐息を洩らし。
アリアは現実へと戻っていく感覚に身を委ねていた。