小話 ~お嫁さんになって~
ジャレッドからのたっての願いで、アリアはシオンを連れていつもの事務所へと顔を出していた。
「これでやっとお前ら全員に感謝ができるってもんだ」
そう笑うジャレッドは、あの時に恩の出来た五人の姿を眺め、とても満足そうだった。
そうしてジャレッドの親友が、少し遅れて子供連れでやってきたのだが。
「! あの時のお兄ちゃん……!」
改めて二人で礼がしたい、などという大人二人の意思も自己紹介も無視して、あの時アラスターとシャノンに助け出された少女が、自らのヒーローの姿をみつけて思い切り飛び付いていた。
「はいはい、お姫様? なんでしょう?」
幼い少女を勢いのまま抱き上げたアラスターが、真正面からその可愛らしい顔を覗き込んで笑顔を向ける。
「……こんな幼児までたらしこむな」
そんな親友の相変わらずのフェミニストぶりに、シャノンはその横で呆れたような目を向けていた。
「え、なに。妬いてんの?」
「お前の思考回路はどうなってんだ」
愉しそうに笑うアラスターに、シャノンの容赦ない冷たい言葉が突き刺さる。
(やっぱりシャノンはこうでないと……!)
基本的に"2"の"主人公"であるシャノンは、"攻略対象者"たちからの愛情表現をとことん冷たく突き放すスタイルだった。
そんなシャノンの容赦ない態度が、むしろ"プレイヤー"を萌えさせていたのだが、それを目の前で堪能することのできたアリアは、心の中で歓喜の悲鳴を上げていた。
「お兄ちゃんも、エレナが持ってるお人形さんみたいに綺麗なお顔してる」
「……それはどうも」
にこにこ向けられた少女の無邪気な笑顔に、さすがのシャノンも先程のような態度を取れるはずもなく、なんとも微妙な表情をしてアラスターの隣から小さく返答する。
「シャノン、表情が固い」
「お前みたいにヘラヘラできるか」
幼い女の子を挟んで二人で会話をするその様は、まるで若夫婦のようにも見えてしまい、アリアは平静な表情を保ちながらもドキドキと胸がときめくのが抑えられなくなる。
(やっぱり「アラスター×シャノン」は鉄板……!)
元々生まれた頃から一緒にいる幼馴染みだ。この"カップリング"の安心感は半端ない。
そんな風に一人別世界にトリップしていたアリアだが、アラスターに抱かれながらぐるりと部屋の中の面子を見回していたエレナが「あ」と口を開いたのに、にこりと微笑みを返していた。
「こっちのお姉ちゃんは?」
無邪気に傾けられる小さな頭に、遅ればせながら自己紹介しようと口を開きかけ。
「ジャレッドのコイビト?」
「……ぶ……っ!」
きょとん、とした瞳で投げられた爆弾発言に、ジャレッドが盛大に吹き出した。
そしてその瞬間、シオンがぴくりと反応したのに、ギルバートは呆れた双眸を向けていた。
「……お前、あんな子供の発言にまでキレんなよ……?」
本来あまり一緒にいたくはないのだが、そっと近づき、ギルバートは聞こえるか聞こえないかの声量で窘める。
放っておけば今すぐにでも手元へ少女を回収してくるのではないかというギルバートの懸念は、きっと間違ってはいない。
アラスターからアリアの胸元へと移った幼子は、その瞬間ふんわりと馨った少女らしい柔らかな匂いに、甘えるような仕草をみせていた。
「お姉ちゃん、いい匂いする」
ぎゅ、っと首へと抱きついて、頬をアリアへとすり寄せる。
まだ甘えたい盛りの子供だ。やはり母親が恋しいのだろうかと胸の奥を切なくさせるアリアに、エレナは幼いなりにその小さな胸の中で一生懸命考えているのか、にこりと無邪気に笑っていた。
「エレナねぇ、パパとママが大好きだから、新しいママはいらないの」
自分の両親は少女を生んでくれたママと育ててくれているパパだけだとはっきり告げるエレナに、アリアは「そう」と柔らかく微笑む。
世界でたった一人だけのパパとママが大好きだと言える純真な心に、きゅ、と胸が締め付けられる思いがする。
もう、記憶すら定かではないだろう母親をずっと思っている姿は切ないものがあった。
「……だけど、お姉ちゃんがジャレッドのお嫁さんになってくれるなら嬉しいなぁ……」
「……え?」
そしたら毎日だって会えるし。とにこにこと笑う無邪気な発言に、アリアは思わず固まった。
確かにエレナは、先程アリアをジャレッドの恋人か、と聞いてきてはいたけれど。
「エレナ……!」
焦ったように声を上げるジャレッドに、エレナのきょとんとした純真無垢な瞳を向けられてしまえば、その期待を否定してしまうのも忍びない。
「えーと……?」
困ったように近くにいるジャレッドを見上げ、それからシオンの方へもチラリと視線を投げる。
こんなに小さな子供の言うことだ。わざわざ本当のことを教えてその気持ちを裏切ることもないだろう。だから、少しくらいならば話を合わせてもいいかと思うアリアの反面で、シオンは明らかに不機嫌そうな気配を滲み出していた。
「……私もエレナと仲良くなれたら嬉しいわ」
仕方なく、当たり障りない返事を返してにこりと笑う。
「本当!?」
「えぇ、もちろん」
「ジャレッドは見た目ちょっと怖いけどいい人だからっ! ……これからもどうぞよろしくお願いいたします」
父親の親友のことをよくわかっているのだろう。一生懸命ジャレッドの良いところを口にして、ぺこり、と"いい子"のお辞儀をしてみせるエレナはおしゃまで可愛らしい。
「はい。こちらこそよろしくお願い致します」
「っ嬢ちゃん……!」
無邪気なエレナの態度につられるように笑いながらアリアも頭を下げてみせれば、嬉しそうに笑うエレナの反面で、思わず顔を赤らめたジャレッドが咎めるような声を上げていた。
「……アリア」
後方から投げられた、聞こえるか聞こえないかくらいの不満の声の持ち主は、もちろんシオンだ。
「いいじゃない、これくらい」
子供相手なんだから、と、幼子に対してまでも心の狭さをみせるシオンを軽く窘めて、アリアは「ね?」とジャレッドへ静かに微笑みかける。
……と。
「だから嬢ちゃんはそういうのを止めろって言ってるんだ……」
ずるずると脱力したジャレッドが、思わず赤くなってしまった顔を隠すかのように口元を覆ってしまうのに、アリアはぱちぱちと不思議そうに瞳を瞬かせていた。
「え?」
――こんな年下の子供に、興味などないはずなのに。
どうにも趣旨変えを感じさせられてしまう危機感に、ジャレッドは唇を噛み締める。
「……あぁやって次から次へ男をたらしこむの、どうにかなんねぇかね?」
はぁ……、と大きな溜め息をついてしみじみと呟くギルバートへと、そこだけは同感だと互いの意思を合わせたシオンが苦々しい表情を浮かばせる。
「……アイツを自由にさせると陸でもない」
ある意味自分達もその中の一人だという現実には気付かなかったふりをして、そこだけは結託するシオンとギルバートだった。