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そして針は動き出す

 お目付け役のシオンが同行し、ギルバートとシャノンと共にジャレッドの事務所へと足を運ぶと、そこにはアリアたちを心配する四人の姿があった。

「アリア……!」

 ガタッ、と慌てて椅子から立ち上がったノアと。

「シャノンッ」

 焦燥感さえ滲ませるアラスターに。

「随分とお早い出所(・・)だな」

 嫌味を笑みに乗せるサイラス。

 それから。

「……だぁからオレは言ったろー?」

 やれやれ、と呆れたように肩を落としながらも疲れた様子をみせるジャレッドがそこにはいた。

「……悪かった」

「心配かけてごめんなさい……」

 不謹慎にも出迎えられたことがくすぐったくも感じてしまい、素直に謝罪の言葉を口にしたギルバートの横で、アリアは申し訳なさそうな顔をしながらも仄かな微笑()みを浮かべてしまう。

 それなりに反省の色を見せる二人の姿に、シャノンは大きく肩を落としていたが、本気で心配そうに寄ってきたアラスター(親友)を前にすると、こちらもこちらで申し訳なさそうに苦笑いを溢していた。

「……ジャレッド・ロドリゲス……。サイラス……」

 一方、その場にいる者たちを確認するかのように呟かれた低音に、サイラスは意味ありげな苦笑と共に肩を竦めてみせる。

 まるで自分は関知していないとでも言いたげなその反応は、サイラスの本心に違いない。

「一応オレは止めたぜ?」

 わざわざフルネームを告げて自分の持つ情報と目の前の男とを照らし合わせるシオンへと、ジャレッドはやれやれと空を仰ぐ。

 その主張通り、ジャレッドは何度もアリアに忠告していた。

「ジャレッドはむしろ被害者(・・・)だから……!」

 いっそ縁を切りたいとすら言っていたジャレッドを、勝手に巻き込み、"ゲーム"通りにいつの間にか"怪盗団"の溜まり場を提供させてしまっていた。そんなジャレッドは完全に被害者でとばっちりだ。だから、その主張を認めるべくアリアが援護の声を上げれば、シオンは舌打ちでもしそうな表情で眉をしかめていた。

「その名前を聞いた時、偶然にしては随分と出来すぎているとは思ったんだ」

 ウェントゥス家の取引相手の一人。表立って動いているのは現当主でもある父親の為、シオンは「ジャレッド・ロドリゲス」の名前だけは知っていても、顔はあの時点(・・・・)まで知らなかった。

 ただ、あの時(・・・)ギルバートとアリアが助けた人物がその男で、あの日(・・・)不幸にも偶々(・・)交渉していた相手が同一人物ともなると、さすがに僅かな疑念が沸いたと言って、なぜもっと追及しなかったのかとシオンは悔しげな様子をみせていた。

「……ソルム家の情報源はサイラスか?」

「それはちょっと違う」

 そうして次に向けられた疑念の目に、横からシャノンが割り込んだ。

「俺が()んだ」

 確かに情報元はサイラスだが、サイラス自身はなにも口にしていない。サイラスはただ、自分の持つ"怪盗団"の情報を黙っていた(・・・・・)だけ。

 だからサイラスがここにいるのは、最終的に自分を皇太子であるリオへと繋ぐ為のパイプ役を担った結果だと告げるシャノンに、シオンは苦々しそうに息をついていた。

「……なるほどな」

 精神感応(テレパス)とは、なかなか厄介な能力だと一応の納得の色をみせるシオンへと、シャノンとの会話の意味がわからないサイラスが、不快そうに眉を寄せる。

「? なんだ?」

「後で話す」

 つい最近まであれほど隠したがっていた能力を、あっさり開示してみせると告げるシャノンの強さに、アリアは心打たれる思いがした。

 もちろん"ゲーム"の中で、サイラスもシャノンのその能力(ちから)を知った上で心惹かれることになるメンバーの一人だったのだから、それでサイラスが嫌悪感を抱いたりしないだろうかというような心配はしていない。

 ただ、本当に。シャノンが忌み嫌っていたその能力を認めていることに、純粋に喜びが胸を満たしただけだった。

「アリア。良かった……。酷いことされてない?」

 気が気じゃなかった。と、目の前までやってきた心配そうな瞳へと、アリアは柔らかな微笑みを浮かべる。

「ノア」

 目の前の少女の無事を確認するかのように伸ばされた指先は、そっとその腕に触れ、上から下までアリアの様子を眺め遣る。

 なんの遠慮をすることもなく、気安く触れる異性の手。

 それに蟀谷(こめかみ)がぴくりと反応してしまうのはもはや条件反射で、シオンはアリアの肩へと腕を伸ばすと、その身体をその場から引き離していた。

「シオン?」

 ぐいっ、と後方へと引かれ、ぽすん、とぶつかった胸板に、アリアはぐるりと背後へと振り返る。

 けれど。

「……別れるんじゃなかったっけ?」

「! ……それは……っ」

 ジロリとシオンに向けられた瞳にいつかの呟きを指摘され、アリアは思わず息を呑む。

 確かにノアの前で、アリアはそんな苦悩を口にした。

 ただ、今のアリアはもう……。

「なんの話だ」

 アリアの口から零れ落ちたという離別発言を、もはや正確に理解しているシオンは、白々しい表情でむしろ仄かな優越感さえ口許に浮かばせる。

「オレはなにがあろうとコイツを手離す気はないが?」

「ッシオン」

 途端、ほんのり頬を染めたアリアのその反応の意味を悟り、ノアは舌打ちを響かせる。

「マジでむかつくね」

「だよなー?」

 そこへ、妙に明るく割って入ってきた別の声。

「ギルバート」

「こんな心の狭い男、やめとけって言ってんだけど」

「は? まさかお前……」

 ぽん、と肩を叩いてそのまま顎を乗せてくる同じ学校の先輩(・・)へ、ノアは嫌な予感を覚えさせられる。

参戦(・・)、させて貰おうかと思って?」

「はぁ!?」

 お前も参戦(・・)するのかと、からかいの声を向けたことはある。ただ、それがこうして現実のものになるとは早すぎる。

「お前……っ、そんな気なさそうな顔してたくせに……っ」

「……お前らいい加減にしろよ」

 そのままではいつまでたっても終わりそうにない不毛な会話に、嘆息混じりのシャノンの声がかけられる。

「なんだよ、一人でいい子ぶんなよ」

 だが、ギルバートは全く悪びれる様子もなく、シャノンへとニヤリとした意味深な笑みを向ける。それにシャノンがぴくりと反応すると、益々おかしげに口元を緩めていた。

「お前、コイツに関することには饒舌になるよな」

「!」

 コイツ、とギルバートが視線で示した先には、もちろんアリアの姿。

 図星を突かれたからか、大きく目を見張った後に、少しだけ悔しげな様子をみせるシャノンは、多少なりとも自覚があるからだろうか。

「人の領域に土足で踏み込むし」

「……っ、それは悪かったとは思ってる」

 責めるというよりもからかうように向けられた瞳に、それでも申し訳なさそうに言葉を詰まらせたシャノン。そんな二人のやり取りに、その会話の内容を理解したアリアは思わず目を丸くする。

「え?」

 確かに"ゲーム"の中で、シャノンはギルバートの過去に触れていた。それは、故意というほど計画的なものではなく、不意打ちというほど偶発的なものでもない、ただ純粋にギルバートを救いたいという願うシャノンの行動が引き起こしたもの。

 ただ、この"現実"では、アリアが自分の記憶(・・)を通して、シャノンへとギルバートの過去を伝えていた。

 それなのに、なぜ。わざわざ直接視るような行動に出たのだろう。

 アリアのように"知っている"ことと"視る"ことはまるで違う。

 アリアはギルバートの過去を知ってはいても、その悲しみや苦しみといった本質的なところまではわからない。だが、精神感応能力は違う。その時あった出来事を本人と同じように追体験し、痛みも絶望も同調して感じてしまう。

 両親が殺された現場をただみつめる絶望。そんな苦痛を、わざわざその身に負う必要はない。だからアリアは、シャノンへと自分の知るギルバートの過去を伝えたのだ。

()むな、っつったのに」

 そう苦笑するギルバートは、()まれたことを拒絶している感じはなく、むしろ許しを与えているかのようで。そこに仄かな暖かみさえ感じてしまうのは、一緒に背負うことを選んだシャノンの優しさに癒しを与えられているかのように見え、アリアは思わず心の中で喜びの声を上げてしまう。

 それは、"ゲーム"の流れ通り。ギルバートがシャノンへと心を許した証。

お前ら(・・・)初めて(・・・)会った時から、なにか予感はしてたんだ」

 "お前ら"という複数系は、"ゲーム"におけるシャノンの存在だけでなく、そこにアリアも含まれることを意味していた。

「?」

 不思議そうに向けられるシャノンとアリアの双眸は、どことなく似ている気がする。

「なにかが動き出した予感」

 過去に囚われ、幼いあの日(・・・)から止まったままだった時間。

 カチリ、と、針が動く音が聞こえた気がした。


「……出逢えて、よかった」


 絶望と闘う時間はただただ孤独だった。

 それが今は。

 "友"と呼べる仲間がいて、傍にいて欲しいと思える温もりがあって。正直いなければいない方がいいけれど、"恋敵"までいる。


「ありがとな」


「ギル……」


 そうして向けられた柔らかな瞳に、アリアは思わず泣きたい心地にさせられていた。

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