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give me your smile

 アリアがシオンと共に王宮に行くと、そこにはなぜか顔色の優れない面々が揃っていた。

「あ~、頭痛ぇ……」

「飲み過ぎだ」

 頭を抱えるギルバートの隣で、呆れたような吐息を落としているシャノンへと、アリアは不思議そうに瞳を瞬かせる。

「……二日酔い?」

 この世界では、16を過ぎれば、会食の席などでアルコールを口にすることは極々普通なことだけれど。なぜこの面子でそこまで深酔いするまで飲んだのだろうと、アリアは首を捻ってしまう。

「……そりゃ、飲むだろ」

「?」

 誰のせいで。とぶつぶつ呟きながらなぜか苦々しそうな視線を向けられて、アリアは疑問符を浮かばせる。けれどそんなアリアにくすりと笑い、ギルバートはこっそりとアリアの傍まで身を寄せていた。

「そーゆーアンタこそ大丈夫なのかよ」

「?」

「寝不足とか。腰とか」

「――っ!」

 まぁ、見た感じ大丈夫そうだけど?と、ニヤリと意味ありげな笑みを口元へと浮かばせるギルバートに、アリアは瞬時に赤くなると言葉を失った。

 昨日、王宮へと留まることなく、シオンと共に一度帰った(・・・)意味。それを悟られていないなどとは、さすがのアリアも思わない。

 だけれども。

 ギルバートはそのまま軽く腰を折り、アリアの耳元へと顔を寄せる。

「てっきり寝させて貰え……、っ! ってぇな!」

 と。割りと小気味いい音が鳴り、その衝撃にギルバートは顔をしかめていた。

「なにすんだっ」

「お前は黙れ」

 自らもそれなりの痛みを感じたであろう手をひらひらと振りながら、ギルバートの頭へと鉄槌を落としたシャノンが、軽蔑にも似た眼差しを向ける。

「口で言えっ、口で……!」

「口で言ってもわからないから実力行使に出てんだろ」

 ポキリポキリと拳を鳴らす真似をするシャノンは、"ゲーム"で見せていた短気な一面のまま、ギルバートを据わった瞳で眺め遣る。

(……「ギルバート×シャノン」……っ!!)

 そんな二人の遣り取りは、"ゲーム"でよく見かけた二人の関係性そのままで。態度の悪い大型犬を躾るかのようなシャノンの冷たい応戦に、思わず歓喜の悲鳴を上げてしまう。

 欲を言えば、なぜここにアラスターがいないのだろうと心の中で地団駄を踏みそうになってしまうが、さすがにそれを表に出すことのないよう最大限に気を遣いながら、アリアは二人の掛け合いを堪能させて貰っていた。

 と……。

「……ほら、その()

「え?」

 どうしても滲み出てしまう、二人をみつめる煌めく瞳に気づいたのか、ギルバートが意味深な笑みを浮かべるのに、アリアはぱちぱちと瞳を瞬かせる。

「なに魅惚(みと)れてんの?」

「違……っ」

 見入っていたのは、個人にではなく、あくまで"腐女子"目線の「ギルバート×シャノン」のカップリングだ。確かに心の中ではきゃあきゃあと悶えていた自覚はあるけれど、しっかり顔に出てしまっていたらしいことを指摘され、アリアは慌てて否定する。

「照れんなって。割りとオレのこと好きだろー? 今からでも……」

「少しは懲りるかと泳がせておけばなに言ってる」

 どさくさに紛れて腰に手を回してこようとするギルバートの腕を叩き落とし、低い声と共にシオンがアリアを手元へと回収する。

「シオン」

「お前はコイツに近寄るな」

「やだねぇ~。束縛激しくて」

 絶対零度の空気を滲ませるシオンへと、ギルバートはやれやれ、と大袈裟に空を仰いでアリアを見遣る。

「やっぱりこんなヤツやめた方がいいぞ?」

「余計なお世話だ」

 表面上はあくまでへらへらとした軟派な態度を崩すことなく、瞳の奥だけは鋭いものを垣間見せるギルバートと、それをしっかり真正面から受け止めて、苛立たしげに吐き捨てるシオンの、二人の睨み合いがしばし続く。

「……なんで名実共に自分のモノになったのに、逆に余裕がなくなってんだよ……」

「! ユ、ユーリッ」

 そこへ、やれやれと呆れた吐息を吐き出しながらやってきたのはユーリだ。

 ――「名実共に」

 ユーリにまでそんなことを言われてしまうと、本当に恥ずかしくて堪らない。

 昨日、アリアは、公衆の面前でシオンに告白(・・)してしまった。全て覚悟の上だったとはいえ、それを思い出してしまえば、あまりの羞恥で居ても立ってもいられない。

「人のモノに手を出そうとするヤツを追い払ってなにが悪い」

「あ。開き直った」

「お前だって、コイツがアリアに馴れ馴れしくするのは不快だろう」

「だからって、限度ってものが……」

 その内容はともかくとして、普段口数少ないシオンが、ユーリ相手に流暢に会話を繰り広げるその様に、アリアの口元は自然と緩くなっていく。

 シオンのことはもちろん好きだけれど、「シオン×ユーリ」も大好物には違いない。

 前には「ギルバート×シャノン」。横には「シオン×ユーリ」。

 "腐女子"として、この状況に萌えずにいられるわけがない。

(どうしよう……! 今、すごく幸せかも……!)

 見目美しい二組の理想のカップルに囲まれて、もはやアリアに彼らの会話の内容など入ってこない。"前作"と"今作"の"ヒーロー"二人から告白されたという事実も忘れ、自分の妄想に都合の悪い会話など、勝手にスルーされてしまう。正直会話(そこ)に、アリアの存在は必要ないから、透明人間になりたいとすら思う。

 そうしてアリアが、どうしても緩んでしまう口元を懸命に手で覆い隠しながら、素敵な目の保養と妄想とに至福の一時(ひととき)を堪能していると。

 コホン!とわざとらしい咳払いが響き、そこには僅かに顔をしかめたルイスと、困ったように微笑むリオがいた。

「……そろそろいいかな?」

 その言葉に、さすがに全員身を正していた。





 *****





 四つの宝玉をリオへと預けたことにより、ギルバートとアリア、そしてそれに巻き込まれる形となっていたシャノンは、無事解放されることになっていた。

 その為、ギルバートとシャノンを当然のように送ると言い出したアリアに、案の定シオンは承諾しかねる雰囲気を醸し出していたものの、最後には自分も同行することで渋々許可を下ろしていた。

 そうしてギルバートとシャノンが帰り支度をし、シオンが馬車を手配している間。

「……アリア」

 中庭で三人を待つアリアに、声をかける影があった。

「セオドア?」

 振り向けば、そこには爽やかな笑みを浮かべて近づいてくる幼馴染みの姿があって、アリアはつられるように柔らかく微笑み返す。

「どうしたの?」

「いや……、ちょっと二人で話したいと思って」

 すぐ傍まで来て歩みを止め、そう苦笑いをしたセオドアへと、アリアは不思議そうな顔をする。

 改まって二人で、などとはなんだろうと小首を傾げかけ、途端、表情には出さないまでも動揺する。


 ――『……俺には、このままアイツがお前を幸せにできるとは思えない』


 セオドアらしからぬ厳しい声色で、シオンとの関係を考え直せと言われたのは、そう遠い昔の話じゃない。


 ――『……俺は、お前に幸せになって欲しいんだよ』


 自分に向けられた真摯な瞳は、偽りないセオドアの本音だと思うから。


「……今、幸せか?」

 複雑そうな表情で尋ねられ、アリアはほんの一瞬考え込むような仕草をする。

 それから困ったように微笑んで、静かにセオドアの顔を見上げていた。

「……私、幸せじゃないと思ったことは一度もないわよ?」

 「幸せ」の定義はすごく難しい。

 それでもアリアは、自分が不幸せだと思ったことはないし、恵まれている、満たされていると感じている。

「セオドアがいて、ユーリがいて、みんながいて。……シオンがいて」

 アリアの周りには、自分のことを思ってくれる人たちがたくさんいて。

 こんなにも、優しさに溢れている。

 それを「幸せ」ではないと言ったら、それこそ天罰が下るだろう。

「でも」

 それでも、一つだけ。

 昨日、シオンの腕の中で。

 見つけてしまったものがある。

「自分の居場所は、ここなんだ、って思った」

 その腕の中に抱き締められて安心した。

 その胸元に包み込まれて、幸せだと思った。

 これ以上なく満たされて、もう失くせないと思った。


 ――シオンが、好き。


 胸へと沸いた暖かな気持ちは、甘くアリアを満たしていった。

「……そうか」

 ぽんぽん、と優しく頭を叩かれて、アリアは複雑そうにはにかんだ。

 ずっと、"恋愛対象"としては見ていなかったはずなのに。

 いつから好きになってしまったのだろう。

 一度恋心を自覚してしまえば、それが不思議でならなかった。

 こんなにも。

 シオンの、ことを。

「……アリア」

 花の綻びを感じさせるような、仄かに甘い空気を醸し出すアリアへと、セオドアは切な気な瞳を向けると口を開く。

「一つだけ頼みがあるんだ」

「?」

 自嘲とも苦笑いともつかない、なんとも言えない静かな笑みを口元へと刻み付け、セオドアは真摯な声色をアリアに向ける。


「……笑って、くれないか?」


 幸せになって欲しいと思った。

 誰よりも幸せな顔で笑っていて欲しいと願った。


 ――できることなら、この手で幸せにしたかった。


 けれど、少女が選んだのは。

 手にした、幸せは。

 見つけた居場所は、自分の傍ではなくて。

 自分ではない他の男の腕の中で幸せになるというのなら。

 一度だけでいい。

 自分にも、その幸せな笑顔を向けて欲しい。

「……セオドア……」

 アリアは少しだけ驚いたようにその瞳を大きくし、それから恥ずかしそうにはにかんだ。

 そうして。


 花憐な蕾が花開くような、どこか甘やかな匂いを感じさせながら、綺麗に綺麗に微笑んだ。


「……ありがとう」


 その笑顔が自分のものになることはないけれど。

 その笑顔が曇ることのないように。

 ひっそりとそれを守らせて欲しいと。そう、思った。

一応、セオドア編(?)はこれで補完のつもりです。

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