オープニング
主人公は、魔法の適性検査に引っ掛からなかった。
ゆえに、魔力持ちだと気づかれるのが遅れ、途中入学となった。
ただし、どのような経緯で魔力保持者だと発覚したのかはゲーム中でも語られていない……、はず。
けれど今、ユーリが無事入学式から魔法学園へと通うことになっているというこの展開は、"シナリオ"が良い方向へと変わってきているということだと信じてもいいのだろうか。
そしてもう一つ。ユーリが魔力保持者だとわからなかった理由。
それが、今後の展開を変えていこうとする中で、一番の障害だった。
ユーリの光魔法は、王家をも凌ぐ。それは実際、"ゲーム"の最後で遺憾無く発動されている。
しかし、その為の代償か、ただ"ゲーム"に都合の良い設定だったのか――多分後者なのだろうけれど――ユーリは、光魔法しか使えない。そして、更には"自分のために"魔法を発動させることができない。そして、自分の思うように魔法を発揮できない。――という三重苦を背負わされている悲劇の主人公なのだ。
(だからアレやコレやソレやに狙われて、好き勝手されちゃうのよ……!)
自衛手段が全くない。それがなによりの問題だった。
(とにかく、先手先手で護っていかないと……!)
なんだか自分がヒーローになったようだと思いながら、アリアは来る"運命"へと宣戦布告の瞳を向けていた。
*****
魔法学校初日。入学式を終えて教室の自分の席に座りながら、アリアはこっそりと溜め息を吐き出した。
(……この辺りはしっかりシナリオ通りなのね……)
発表されたクラス分けは、ユーリとシオンとセオドアが同じクラスで、アリアはその隣のクラス。"ゲーム"では、時折アリアがシオンの婚約者としてクラスへ顔を出すことがあったので、もしかして、とは思っていたのだが。
(……まぁ、二人の再会シーンは既に見ているし、仕方ないわよね……)
本来であれば、途中入学となったユーリがクラスで挨拶をした時に初めて、シオンが"想い出の少女"を見つけることになるのだが、その再会に関してはすでに終わってしまっている。
"ゲーム"の展開のままであれば見ることは叶わなかった再会シーン。その時のシオンの反応を思いがけず見ることができたことは単純に喜ばしいことではあったのだが、違うクラスだということは、やはりアリアにとっては手痛い現実だった。
(クラスでのやり取りが見たいのよ……!)
シオンとユーリ。そして、セオドアとの三角関係が!
顔に出すことなく、己の欲が満たされないことに地団駄を踏んでいたアリアは、ふと横から差した影に静かに顔を上げていた。
「アリア様っ」
そこには、にこやかに笑って声をかけてくるクラスメイトの少女が二人。社交界でも過去に数度挨拶した覚えのあるその少女たちは。
「……貴女方は確か……、エミリ様とクレア様?」
アリアの記憶が正しければ、二人共伯爵家のご令嬢だ。
「覚えていてくださったのですかっ?」
「えぇ、もちろん」
嬉しそうに手を取り合う二人ににっこりと微笑みかけ、アリアはどうかしたかと小首を傾ける。
「よければ放課後、一緒に校内を見て回りませんかっ?」
明らかに勇気を出して声をかけてきてくれたという様子が手に取るようにわかってしまって、断る理由もないアリアは、二人へにこりと微笑み返す。
「喜んで」
"ゲーム"内でアリアが取り巻きのようなものを連れていた記憶はないが、仲のいい女友達の一人や二人はいただろう。そう思えば友達作りも必要かしらと思い、アリアの放課後の行動は決定した。
教室の中を覗くと、窓際近くの後方の席に見知った顔があって、アリアは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「ユーリ!」
その横にはシオン、前の席にはセオドアの姿もあったが、アリアは真っ先にユーリへと駆け寄っていた。
「アリアっ、……様?」
こちらも嬉しそうに満面の笑みを湛え、けれど場所が場所だということを思い出したのか、可愛らしく疑問符を浮かべるユーリに、アリアはくすりと笑う。
「アリアでいいわよ」
入学式初日に無事に再会できたことが単純に嬉しくて、チラリと隣のシオンへと視線を投げれば、それに気づいたシオンは訝しげに眉を潜めていた。
「これから一緒に学園生活が送れるなんて嬉しいわ」
いつ来たの?と問いかければ、一昨日から寮に入ったという。
「アリアたちは自宅から通ってるんだよな?」
「えぇ」
と。久しぶりの再会ににこやかに会話に花を咲かせていると、ふいになにかの気配を感じて、アリアは視線だけを室内に廻らせる。
(……誰かに見られてる……?)
正直、アリアの立場上、視線を集めることには慣れている。けれど、これまでのそれとはまた質の異なる視線に警戒心を誘われる。
(……あの子……?)
アリアが視線を移した途端、目が合うか合わないかのタイミングで逸らされた顔。
(……どこかで覚えが……?)
その後ろ姿を眺めながら、どこかで見覚えがある気がして、アリアは懸命に記憶を手繰り寄せる。
(……気のせいかしら……?)
会ったことがあるとするならば、何度か顔を出している社交界でだろうか。
「本当に知り合いだったんだな」
「セオドア」
どうにも不確かな記憶と闘っていたアリアは、ユーリの前の席から体ごと振り向いてきた昔馴染みへと、きょとん、とした顔を向けていた。
セオドアの今のセリフは、一体誰に向けられたものだろうか。
「さっき、ユーリがシオンに話しかけていたからな」
その様子が初対面に見えなかったので聞いてみたところ、アリアのことも話題に上ったのだという。
「そういうセオドアこそ」
今日が初対面のはずが、いつの間にユーリと仲良くなったのかと問いかければ、セオドアはなにを思い出したのか、可笑しそうな笑みを溢しながらメガネの縁を押し上げる。
「朝、校内で迷ってたのを拾ったんだ」
「人を犬猫みたいに言うなっ」
あまりの学園の広さに右往左往していた小さい生き物を見つけて放って置けなかったと笑うセオドアに、ユーリは恥ずかしげに顔を赤らめて声を上げる。
(……なんだかすでに仲良しなんだけど……?)
"ゲーム"の強制力恐るべし、と内心乾いた笑みを浮かべながら、アリアは再度シオンの様子をチラリと窺う。
このままセオドアルートになってしまったらどうするのかと視線を上げれば、けれどシオンはこちらには興味がないかのように窓の外を眺めていた。
「そうだっ、アリアも後で一緒に校内回らない?」
すでにセオドアと校内探検の計画を立ち上げているらしいユーリは、未知の世界を見て回るその小さな冒険にキラキラとした期待の眼差しを向けてくる。
「……ごめんなさい。さっき、クラスの子たちと約束しちゃって」
けれど、先ほどの約束を思い出し、アリアは残念そうにその誘いに断りを入れる。するとこちらも残念そうに肩を落とし、それから、
「じゃあ、シオンは?」
付き合えよ、と、恐れ多くもシオンへと上からな声をかけていた。
(そこであっさり誘っちゃうの!?)
ユーリの性格を考えれば、別段その態度に不思議はない。ユーリはその見た目に反して大分男前だ。けれど、"ゲーム"の開始当初、ユーリは珍しくもシオンに対してあまりいい印象を持っていなかった。どちらかと言えば先に近づいてきたのはシオンの方で、段々と絆されていく、というような展開だ。その為、ユーリの方から積極的に関わっていく展開に驚いて瞳を向ければ、シオンは短い嘆息を落としていた。
「……オレは遠慮しておく」
「……え?」
行かないの?と、思わず断られたユーリよりもアリアの方が驚いてしまう。
愛しのユーリからのお誘いだというのに、なぜ。
犬猿の仲らしいセオドアが同行するからだろうかとも思いつつ、けれどそんなことをしていたらいつの間にかセオドアに奪われてしまうとアリアは懸念する。
「……前に来ただろう」
チラリ、と投げられた視線。
「それはそうだけど……」
魔法講師のルーカスに会いに来た時のことを言っているのだろう。
「……でも、あの時は一部しか見てないじゃない?」
リリアンに案内されて、必要最低限のところにしか足を運んでいない。しかし、そう反論するもシオンの意見が変わることはなく、再度落とされた小さな吐息に、アリアはそれ以上のことは諦めていた。
そして。そんな二人の会話を盗み聞いていた女生徒たちが、「前に二人で一緒に来たことがあるらしい」と、理想の婚約者同士の仲の良さにひそひそと黄色い悲鳴を上げていたことには気がついていなかった。
無事本編へと入ることができて嬉しいです。
油断するとR18になりそうなので、R15の範囲内に納められるように頑張っていきたいと思います。
着いてきて頂けますと嬉しいです。