忍び寄る暗闇
内側から勝手に扉が開いた部屋の中。
「あら、さすが。鋭いわね」
指先で唇を妖しく辿りながら、色気のある微笑みを浮かべてそこに立っていたのは。
「おかえりなさい。待ってたわ」
色香の滲む、妖艶な姿態。男を誘うかのような艶めいた笑み。
セイレーンの歌声のような声色でアリアたちを出迎えたのは、見覚えのある顔だった。
「……リデラ」
「覚えていてくれたの? 嬉しいわぁ」
途端、警戒心と共にギルバートに呟かれた己の名に、リデラは満足そうににっこりとした微笑みを刻みつける。
「どうしてお前がここにいる」
「女性に秘密ゴトを聞くのは野暮じゃなぁい?」
「……あの猫、か?」
すぐに至ったシオンの思考回路に、リデラは殊更妖艶な笑みを浮かべる。
「さぁ? どうかしら?」
"契約"を結んでいる以上、アルカナはギルバートへと刃を向けられない。
けれど、他の魔族がギルバートの命を狙うことは可能だ。
今までであれは、ギルバートとアルカナは二人で魔族を狩ってきた。
ただ、もし、アルカナがギルバートをもはや不要の存在と見なしたとしたならば。
元々味方でもなければ敵でもない者同士が、なんらかの理由で結託したとしても不思議ではない。
アリアを挟んで両隣にシオンとギルバート。
二人の見目美しい少年を上から下までじっくりと眺め遣り、リデラは真っ赤な唇を意味ありげに引き上げる。
「それにしても、貴方たち、本当にそっくりね」
「……なにがだ」
とても愉しそうなその笑顔にシオンの眉が不快そうにひそめられ、そんなシオンの反応に、リデラは「あぁ」とわざとらしい頷きを返していた。
「別に、たいした話じゃないわ」
くすり、と微笑んで。
「王家に双子が生まれない理由、知っていて?」
男を惑わす唄声のように言葉を紡ぐ。
「むかぁしむかし、一人の姫君を奪い合って国を滅ぼしかけた間抜けな双子の王子がいたの」
それが嘘か真実か、アリアにはわからない。
ただ、事実として、遠い過去にカインとアベルという双子の王子が生まれ、同じ日に亡くなり、王家の歴史からその存在を消されたらしい、ということだけ。
王家に双子が生まれなくとも、別段不思議なことではない。
けれど。
「その王子たちに、そっくりだから」
まるでそれを目の前で見てきたように語る女の口調に、わざわざ嘘をつく理由はどこにもない。
「……まぁ、でも、彼女は似ていないわね」
双子の王子が奪い合った姫君は、もっと庇護欲を掻き立てられるような儚い少女だったとアリアをしみじみ観察し、リデラはことりと首を傾ける。
それから酷く愉しげにくすくすと笑い、いいことを思いついたとばかりに妖艶に二人へと微笑みかけていた。
「いっそ、二人で国を滅ぼしてみたらどうかしら?」
手伝うわよ?とうっそりと提案するリデラへと、シオンの射るような瞳が向けられる。
「……なにが目的だ」
「そんなものは特にないわ。私はただ、愉しく生きたいだけ」
生きたいと告げたリデラのその語らいに、なにか不思議な違和感を感じるのはアリアだけだろうか。
魔族は、滅びを望む存在。
もちろん、だからといって自分達が消滅したいわけではないけれど。
「ねぇ? 私のものにならない?」
素敵な提案を思いついたとばかりに向けられる艶やかな微笑み。
「二人とも、すごく美味しそう」
獲物を狙う蛇のような。例えるならば、妖艶なメドゥーサのような雰囲気を醸し出して男二人を誘う女は、ちらりと真っ赤な舌先を覗かせる。
「あいにく、食べられる趣味はない」
「ん~? オレも女王様は嫌いじゃないけど、どっちかと言えば主導権は握りたいかな」
全く興味なさげに躱すシオンに、ギルバートもまた「ベッドの中では特に」と、語尾にハートマークでもついていそうな口調で笑みを溢す。
そうしてあっさり振られたリデラは、二人に囲まれた少女をみつめてわざとらしい溜め息を吐き出していた。
「そんな色気のない小娘のどこがいいのかしら」
色気がない、と言われ、アリアはぐさりと胸に刺すものを感じて少しだけ悲しくなる。
呑気に傷ついている場合ではないと思うのに、これはこれでこういう心理戦なのだろうかと、思わず現実逃避しかけてしまう。
それなのに。
「こう見えて案外淫乱だぞ?」
「清純そうに見えてベッドの中では乱れまくるのはいいよな」
「……お前は知らないだろう」
「今度見せて貰う予定、ってことで」
「指一本触れるな」
「……な、にを……」
牽制し合うような張りつめた空気を滲ませながら、けれど交わされる会話は己の耳を疑ってしまうような内容で、アリアは真っ赤になって言葉を失う。
(……一体、なにを言って……っ?)
開きかけた口が塞がらず、アリアはそのままぱくぱくと金魚のように口を開けたり閉めたりを繰り返す。
高位魔族を前にして、緊張感がまるでない。
そうは思いつつも、そのあまりの内容はアリアを動揺させるに充分なほど恥ずかしい。
と。
「なるほど? つまりはそっちの小娘を消した方が効果的なのかしら?」
「!」
瞳を細めたリデラが真っ直ぐアリアの姿をみつめ、シオンとギルバートの二人は瞬時にアリアを庇うように動いていた。
「本当に。面白いほどの溺愛ぶりね」
そんなところまでそっくり。と笑うリデラは、相変わらず過去の王子二人と目の前の二人とを比べているのだろうか。
自分を睨み付けてくる二つの双眸を受け止めて、リデラは歪んだ笑みを覗かせる。
「コレを取りに来たんでしょう?」
そうしてリデラが、どこに隠し持っていたのか、手元へと取り出したもの。
(宝玉……!)
美しい輝きを放つ四つの珠玉に、アリアは大きく目を見張る。
それを、リデラに渡すわけにはいかない。
だが。
「……せっかくだから、少し遊びましょうか」
今、目の前のリデラに立ち向かっても勝機が見えるとも思えずに動揺したアリアの身構えなどまるで無視して、リデラの赤い唇が妖艶に歪んでいた。
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