Triangle
あれ以来、アルカナは姿を見せていないという。
とはいえ、"契約"が継続している以上、完全に"主"であるギルバートから離れることはできないはずだから、そのうちひょっこり顔を出す可能性は大いにある。
今までも猫らしい気ままさで1日2日姿を消すことは珍しくなかったと語ったギルバートは、とても複雑な表情をしていた。
僅かな殺気さえ感じたその空気に、アリアの知らないところで一体なにがあったのだろうと思う。
――『……アンタは全部知っていると言っていた。……オレの両親が殺されたことも?』
――『……アンタを助けに行くといったら反対されて仲違いした』
本人に問われても、アリアが真実を口にしていいのかどうかはまだ判断できなかった。
ただ、少しでも疑念の芽が生まれたのだとしたら…。それは、不謹慎だけれども、喜ばしいことだった。
完全にアルカナを信じている状態で真実を知らされるよりも、少しは疑いを持った状態での方が、ほんの僅かでも心の傷は小さくなると思うから。
「なぁ~んでアンタが一緒に来るかね?」
「信用されてないからだろう」
すっかり子爵仕様を止めて本性を晒すギルバートに、淡々としたシオンの冷たい声が返される。
「だからって、別の人間でもよくないか?」
監視役だというのならば、シオンでなくとも他にいくらでもいるだろうと不満の声を上げるギルバートは、わかっていて大袈裟なまでの溜め息を吐き出していた。
「……ギル……。シオン……」
ギルバートとシオンに挟まれながら、アリアはなんとも言えない表情を浮かばせる。
"メインヒーロー"同士仲良くして欲しい、というアリアの願いは届かないだろうことはすでに理解している。そもそも、表面上は社交的なギルバートはいいとしても、シオンは同性からとても好かれるような性格をしていない。
――『とりあえず、今まで集めた四つの宝玉は、王宮で保管させてくれるかな?』
アリアとギルバートを自由にする為に出された条件。
アルカナも宝玉を狙っているだろうこの状況で、むしろそれは有難いくらいの提案だった。
リオが議会の場でなにを語り、どんな手段を使ったのかはわからないが、皇太子の名の元で五つの宝玉全てを集めることになったことだけは確かだった。
ZEROが四つの宝玉を返還した後には、アクア家の秘宝も献上される予定だ。
これで、妖精界への扉を開ける鍵は揃う。
――ただし、妖精界を救う為に国の正式部隊を動かすことだけは許可が下りていない。
つまりは、リオをはじめとするアリアたちだけでなんとかしなくてはならないわけだが、そもそも"ゲーム"の内容を考えた時には、"二作目"の彼らだけでハッピーエンドを迎えられていたのだから、不可能なことではないように思われた。
(……だから、きっと、大丈夫……)
祈るように、アリアは思う。
イレギュラーなことはたくさん起こっているものの、"今作"だけではなく"前作"の"メインキャラクター"たちも一緒にいるのだ。それは、とても心強いことだと思う。
(きっと、救える……!)
"二作品"の垣根を越えて協力し合っているのだから。
その力を、疑う余地なんてどこにもない。
「それじゃあ、パパッと持ってきますかね」
自宅の前に着き、ギルバートが軽いノリで敷地内へと足を踏み入れる。
ギルバートの空間転移の能力は、自分以外に一人しか一緒に転移できない為、順番に転移することを渋ったシオンに、苦笑しながらリオが大体の座標に三人を届けてくれて今に至る。
実際に、宝玉を取りに行くと見せかけて宝玉ごとアリアと消えられても困るから、それは妥当な判断かもしれなかった。
ちなみに、帰りは頃合いを見計らってルーカスが来てくれることになっている。
「どこに置いてあるの?」
「普通に金庫」
家宅捜査などされた時にも困らないように、安易には見つからない場所に隠してあるのだろうと思ったアリアの問いかけは、至極あっさり返されたギルバートの答えを前に無言になった。
確かに、ギルバートがZEROだと怪しまれない限りは、こんなところにそんなものが置いてあるなど誰も思わないだろうから、公爵家に在った時のように厳重保管までする必要はないのかもしれないけれど。一応、金庫自体に簡単な目隠し的な魔法はかけてあると苦笑したギルバートは、万一の時にはアルカナが持ち出すことになっていたと告げた。
――もしかしたら、すでに持ち出された後かもしれない、という一抹の不安を抱えながら。
「……本当にいいの?」
「なにがだ?」
「……宝玉を手離して」
玄関の扉を開けるギルバートの背中へと、アリアは静かに問いかける。
今さら他の選択肢など見つからないが、本来全ての宝玉を集めるのはギルバートの役目だ。
「……まぁ、そもそも宝玉を欲しがってたのはアルで、オレじゃないしな」
二人の間で交わされた"契約"は、五つの宝玉を集めること。その手段までは明確にされていないから、この状況はグレーゾーンだとしても、契約違反、というところにまでは到っていない。そこは微妙なところだ。
だから、結果的に全ての宝玉が集まるならば、元々そこに興味のない自分にとってはどちらでもいいのだと、ギルバートは肩を竦めていた。
「アンタが欲しいなら譲ってやるよ」
「ギル……」
くすり、と笑いながら優しい瞳で見下ろされ、なんとなく気まずい思いが拭えない。
なぜなら。
「御礼はアンタからのキスでい……」
「犯罪者がなに言ってる」
どさくさに紛れて頬へと伸ばされかけた指先をシオンが差し止めて、鋭い眼差しをギルバートへ向ける。
宝玉は、元々公爵家から盗み出したもの。返すのは当然だろうと、その冷たい瞳は語っていた。
「……シオン」
「お前は今回のことに片がついたら、金輪際コイツに近づくな」
「!」
ギルバートのすぐ後ろを歩こうとしていたアリアを引き離し、シオンは自分の傍から離れるなと警告する。ついでにギルバートと縁を切ることさえ促され、相変わらずの独占欲の強さに思わず目を丸くしてしまう。
「うわぁ~、嫌だねぇ、女を束縛する男。最低だな」
そして、そんなシオンにギルバートが大袈裟な仕草で軽蔑の眼差しを向ければ、
「……牢獄に戻るか?」
その気になればいつだって投獄できるとシオンの脅しが返されて、ギルバートはくすりと愉しげな笑みを口元へと刻みつけていた。
「コイツが泣くぞ?」
自分を自由にする為に己さえ犠牲にしようとしたというのに、その想いを無駄にする気かと、ギルバートは強気な瞳をシオンに向ける。
「お前が思ってる以上には、アリアはオレのこと愛してるぞ?」
「……な……っ?」
チラリ、と、自信ありげに投げられた視線に、アリアは思わず赤くなる。
「"ZERO"、のオレが好きだろ?」
「……っ!」
そうしてニヤリと笑われて、アリアは思わず息を飲む。
(……気づかれてる……!)
変な話ではあるけれど、アリアの"一推しキャラ"は、元々ギルバートではなく"怪盗ZERO"の方だ。同一人物だろうと言われてしまえばそうなのだが、アリアの中では少し違う。だから、基本的にときめいてしまうのは"ZERO"の方で、時折覗く、ZEROに近いギルバートの本性にもうっかり心動かされてしまったりする。
こっそり心の中で黄色い悲鳴を上げていたミーハー心を、しっかりギルバートに見抜かれていたのかと思うと恥ずかしくて堪らない。
「……アリア」
明らかに図星を突かれて顔を赤くしているアリアへと、咎めるようなシオンの瞳が向けられる。
「今度、完全ZERO仕様で試してみようか」
「な、にを……」
「感じるかどうか」
「っ!」
シオンのガードの固さに構うことなく、身を屈めて顔を覗き込んでくるギルバートのからかいに、アリアは益々顔を赤くする。
そんなアリアの反応に、シオンは本気で眉根を引き上げ、傍にある華奢な肩を引き寄せていた。
「お前には一生無理だ」
「シオ……ッ」
「まずは3人で、とかでも我慢するけど?」
一体なにを言い出すのかと真っ赤になるアリアを置いて、ギルバートは意味ありげな視線で羞恥に言葉を失う少女の身体を上から下まで眺め遣る。
そうしてシオンは、さらにギルバートをやり込めようと口を開きかけ。
「……待て」
宝玉があるという部屋の扉の前。
突然神妙になった低い声が緊張を滲ませた。
「嫌な予感がする」