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その手は離さないから。

 閉ざされた壊れた扉をなんとも言えない気持ちでみつめてから、アリアは極度の緊張感が身体を強張らせているのを自覚して、おずおずとシオンの方へと振り返っていた。

「あ、あの……、シ、オン……?」

 魔力を封印された上で連れていかれてしまったギルバートに、今後どうしたらいいのだろうと、ぐるぐると頭が回ってわけがわからなくなってくる。

 それでも、とりあえずはもう会えないだろうと思っていた婚約者(・・・)とこうして二人で話す機会が設けられたことに、アリアは心の底から謝罪の言葉を口にしていた。

「……その……、ごめんなさい……」

 アリアへと向けられるシオンの視線がとても痛い。

 目を合わせられずに俯くアリアの姿を見下ろして、シオンは至極冷静な目を向ける。

「それは、一体なにに対しての謝罪だ?」

「なに、って……」

 シオンは、アリアの婚約者だ。

 これを機に縁を切られるかもしれないが、それでもこれからかけてしまうであろう迷惑は絶大だろう。

 けれど不安気に瞳を揺らめかせるアリアに構うことなく、シオンは淡々と態度を崩すことはない。

「なぜ、こんなことをした」

「……そ、れは……」

「お前の望むことなら全力で叶えてやると言っただろう」

 隠すことなく全てを話していれば、こんなこと(・・・・・)にならずにアリアの望みを叶えてやれたと告げるシオンに、どうしても泣きたくなってくる。

 だから、嫌だったのだと。だから、言えなかったのだと。簡単にその気持ちを口にすることは憚れた。

 シオンを、巻き込みたくない。

 迷惑をかけたくないと思っていたのに、結果的にはそうなってしまっている。

「……あぁ、それとも……」

 言い訳一つできずにいるアリアを見下ろして、不意にシオンの声色に意味ありげな含み笑いのようなものが浮かぶ。

 なぜかその呟きに、ぞくりとした痺れが背筋を伝い、アリアは自然とシオンの顔を見上げてしまっていた。

「そんなにキツいお仕置き(・・・・)がされたいか?」

 だから、わざとしているのか?と、とんでもない囁きを耳元で落とされて、身体がふるりと震えた。

 反射的に目元が潤み、顔が上気するのがわかる。

「そんなわけ……っ」

「のわりに、誘うような目をしてる」

「な、ん……っ?」

 くすりと笑ったシオンの指先が耳の後ろ辺りを撫でてきて、びくりと肩が震えた。

「シ……ッ、シオン……ッ! だめ……っ!」

 そのまま首筋へと落ちてきた唇に、その意味を察したアリアは必死にその身体を押し返そうと試みるが、それは無駄な抵抗だった。

消毒(・・)、しないとだしな」

「……ぁ……」

 耳の奥へと注ぎ込まれたその低音に、アリアは甘い吐息を溢していた。





 *****




 

 完全に力を失くしている身体を抱き上げて現れたシオンに、ルイスはなんとも言えない苦々しい表情を浮かべていた。

「……逃げられないようにしろとは言ったが、抱き潰せとは言っていない」

 瞼を落とした少女が意識を手離していることなど、確かめるまでもなく明白だった。

「眠らせただけだ」

 そうしてやってもよかったが。と、一切悪びれる様子もなく何処か愛しげに少女を見下ろすシオンへと、ルイスは一つだけ感心したように呟きを溢す。

「……逃げないんだな」

 シオンのアリアへの溺愛ぶりと執着を考えれば、シオンが無理矢理にでも少女を何処かへ連れ去っていてもおかしくはないとルイスは思う。

「コイツがなんの理由もなくこんなことをするはずがない」

 だが、シオンはなんの疑いもない瞳でそう言って、ルイスへと有無を言わせない鋭い視線を向けていた。

「オレも同席するからな」

「……それは、あの方(・・・)が決めることだ」

 アリアへの取り調べ(・・・・)を一緒に見守ると告げてくるシオンへと、ルイスは苦々しい表情を浮かばせる。

 そうは言っても、あのリオのことだ。シオンのその申し出を渋ることなど絶対にしないだろう。

「……アイツ(・・・)はどうした」

 それは、もちろんギルバートのことだ。

「師団長に言って先に連行させた」

 三人でアリアを待つ必要などどこにもないだろうと、ルイスは顔色一つ変えることなく言い置いて、それから苛立たしげに口を開く。

「……ずっと、アリアは自分が脅して従わせていただけだと主張していた」

 それが、アリアを庇っていることなど明白だ。

 それでも、公爵家の令嬢が怪盗団の一味だったなどという醜聞は、その主張を受け入れてしまいさえすれば、ただの悲劇に塗り替えることができてしまう。

「万が一、国家反逆罪に問われたとしても、あの男を切り捨てれば(・・・・・・)、アリアは大した罪には問われないだろう」

 公爵家の令嬢がこの事件に関わっていたなど、国としても認めたくはない大きな瑕疵だ。

 もしかしたら、無理矢理にでも真実を捻曲げて、ギルバート一人に罪を負わせることすらするかもしれない。例えそれをアリアが望まないとしても、政治の世界というものはそういうものだということを、ルイスは充分に理解してしまっている。

 だから、あの綺麗な主が、いつか傷つかないことを必死で願っている。

「……お前もアリアを犯罪者にする気か」

「理由はあるんだろう。ただ、私は、あの方の治世に傷をつけるような真似は許さない」

 ルイスとて、アリアのことはそれなりに理解しているつもりだ。

 あのリオが、近すぎず遠すぎずの距離からずっと見守っている少女。

 この少女が、なにか不思議な力を持ち合わせていることにはみな気づいている。だから、今回もそう(・・)なのだろうとは、誰もが疑いもなく思うことだろう。

 それでも。

 公爵家から次から次に秘宝が盗まれたなどという失態を、拭わないわけにはいかない。

 仕える主の"皇太子"の名に、傷をつけさせたりはしない。

「万が一にもそんなことになったら」

 ぎゅ、と腕の中の存在を抱き締めて、シオンが決意の込められた瞳をルイスへ向ける。


「オレは世界中を敵に回してもコイツを連れて逃げるだけだ」

間のR18版は明日更新予定です。

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