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この手を取れ。

 そのままアリアが連れてこられたのは、極々普通の客室だった。

 普通、とは言っても、公爵家の客室だ。伝統と格式を重んじるアーエール家に相応しい、華美すぎない調度品が置かれ、歴史さえ感じさせる佇まいを見せていた。

「……先にあの方に指示を仰いでくる。逃げようなんて思うなよ?」

 ルーカスへとアリアから目を離さないよう言い置いて、ルイスはアリアへとチラリと視線を投げると扉の向こうへと消えていく。

 魔力を奪われたアリアなど、ただのか弱い少女でしかない。

 逃げ出そうにも、ルイスとルーカスの目が光っている中ではすぐに連れ戻されるだけだろう。

 そして、ルイスもそれをわかっているから、鍵すらかからない普通の客室へとアリアを促した。

 魔法を使えないアリアに、できることなどなにもない。

「……まさか、君が一枚も二枚も噛んでいるなんてね」

 細い吐息を吐き出して、自分を拘束する魔具をみつめて大人しくソファへと腰かけたアリアに、ルーカスの苦し気な問いかけが溢される。

「なにが、理由?」

「……ごめんなさい」

「謝るだけじゃわからないよ」

 くすりと洩らされたルーカスの微笑は、静かでいてとても優しかった。

 穏やかな瞳がアリアを見下ろして、なにか理由があるのだろうと、疑いもしない戸惑いが伝わってくる。

 二人の間に沈黙が落ち、どのくらいたったのだろうか。

 ココン……ッ、と叩かれたノックの音に、ルーカスはアリアへと背を向ける。

 誰となにを話しているのかはわからないが、その雰囲気からルーカスの直属の部下か誰かがそこにいるような様子が見て取れた。

 アリアのいる室内を覗かせないようにしているのは、アリアが犯人(・・)だということを外に洩らさない為のルーカスの優しさだろう。

 ふいにルーカスが大人しくソファに座るアリアへと視線を投げ、「そこにいるんだよ?」とパタリと扉の向こうへ消える。

 部屋には窓もあるけれど、開ければそれなりの音も鳴る。

 いくらルーカスの視界にいないとはいえ、扉越しに僅かな話し声が漏れ聞こえてくることを考えれば、とても逃走ができるような状況下にはいない。

 ――もっとも、アリアに逃げる気など、元よりないのだけれど。

(……それでも……)

 と、ふいに頭に浮かんだのはシオンのことだった。

 シオンがこのことを知ったらどうするだろうか。

 やはり早々に距離を置いて婚約解消しておくべきだったと後悔する。

 婚約者が犯罪行為に手を染めたなど、ウェントゥス家の未来の当主としての、シオンの傷にならないだろうか。

(……シオン……。ごめんなさい……)

 多分、このまま、もう会うことは許されないだろうと思う。

 ツキン……ッ、と少しだけ心が傷んだ気がしたけれど、それには気づかないように蓋をして。最後にシオンとはなにを話しただろうかと考えて……、その思考を全て振り払うように首を振った。

 シオンはアリアを真摯に愛してくれているけれど。

 傍には、ユーリがいるから。

 きっと、大丈夫だろうと思う。

 ……それよりも。

(……シャノンにはきちんと伝わったかしら……)

 アクア家の秘宝の隠し場所。そしてその入手方法。あの一瞬でどれだけのことが正確に伝えられたのか、アリアには祈ることしかできない。

 そしてもう二つ。ギルバートのことと、妖精界のこと。

 元々"ゲーム"ではシャノンが救っていたのだから、不可能、ということはないと思いたい。

(お願い……)

 どうか、と。

 今回の"主人公"へと想いを馳せる。

 アリアの知っていた通りにシャノンは優しかったから。

 きっと、その想いは届くだろうと、疑うことなく信じられる。

 だから、もう。

 後は、"主人公(シャノン)"に任せてしまって大丈夫だ。

 アリアは仄かな吐息をつき、窓の外へと顔を向ける。

 まさか、外の世界を眺められるのはこれが最後、なんてことはないと思うけれど。

(……穏やかだわ……)

 捕まって、何処かほっとしている自分がいる。

 自分が思っている以上に穏やかな気持ちでいることに、くすりという笑みが溢れた。

(……これでよかったのかも……)

 結果的にはこうなってしまって良かったのかもしれない。と、そう思って。

「――!?」

 突如部屋の中央に現れた闇色の歪みに、アリアは大きく目を見張る。

「……ゼ……、ギルバート(ZERO)……!?」

 空間の歪みから姿を現したギルバートに、アリアは驚きを隠せない。

「なにして……っ」

 すぐにでも次の行動を、と。アクア家の宝玉を入手する為に動いて欲しいと、シャノンにはそう伝えたはずなのに。

 なぜこんなところにやってくるのかと、アリアは思考回路を停止する。

「助けに来た」

 当たり前だろう?と苦笑されても、アリアには意味がわからない。

 優先順位から考えても、この行動が正しいものとは思えない。

「な、にを……」

「逃げるぞ」

 腕を伸ばされ、動揺に瞳が揺らめいた。

「……どうして……」

「いいから来い」

 一秒だって惜しいというのに、その場から動く様子を見せないアリアへと、焦れたようにギルバートの手がアリアの手首を掴み取る。

「! 行けない……っ」

「どうして」

 はっとしてその()を振り払おうにも、所詮アリアの力などでは本気のギルバートには敵わない。

「どうして、って……」

 絶対に離さないと、そんな意志が込められているかのようにギリギリと掴まれた手首が痛い。

 それでも、もう自分はここに残ることを決めたのだと、そう伝えようと口を開く。

「例え逃げても私はもう足手まといにしか……」

「黙れ」

「っ」

 正体が知れた以上、もう逃げても無駄だと緩く首を振ったアリアへと、驚くほど強い口調でその先を制されて、アリアはその鋭い瞳に息を呑む。

 ――アリアはもう、魔法だって使えない。

 封印を解くことができるのは、恐らくリオくらいのものだろう。

 一緒にいても、もうなんの役にも立てない。


「……アリア?」


「――っ!」

 そこへ、用を済ませて戻ってきたらしいルイスが扉を開けながら不審そうな声を上げ、アリアの身体が凍りつく。

 このままギルバートまで拘束させるわけにはいかない。

 だが。

「お前は……っ!」

 アリアと共にいる人物の姿に気づき、ルイスが瞬時に身構える。

 さすがのルイスも、ZEROのこの行動は予測していなかったらしい。

ギルバート(ZERO)……!」

 早く逃げてと、そう言おうと振り向いたアリアの肩を抱き寄せて、ギルバートは無理矢理その華奢な身体を自分ごと空間の歪みへと引き摺り込む。

「待て……っ!」

 ルイスがなんらかの魔法を発動させるよりも一瞬だけ早く。

 アリアの姿はギルバートと共にその場所から消え去っていた。



 誰もいなくなった部屋をみつめ、ルイスはギリリと自分の失態(・・)に唇を噛み締める。

 ZEROが闇の空間転移を使えることは聞いていた。これほど早く行動を起こすとは思っていなかったものの、万一(・・)のことを考えて、天才魔道師を残して置いたというのに。

「……まさか、わざと逃がしたりしてませんよね?」

 憤りと疑いを滲ませて、ルイスはルーカスの真意を見抜こうとその顔を窺った。

 扉の前で、ルーカスが部下と話しているのを目にした瞬間、ルイスの胸には嫌な予感が湧いていた。

 扉一枚隔てた近距離にいるとはいえ、目を(・・)離さないよう(・・・・・・)言っておいたというのに、なにをしているのかと思った。

 魔力を奪ったとはいえ、あの少女はなにをしでかすかわからない。

 公爵令嬢という身分を考え、しっかりと監禁しなかったことが悔やまれる。

「さすがにそんなことはしないよ」

 肩を竦めて「やられたね」と薄く微笑(わら)うその表情が、ルイスには胡散臭くて堪らない。

 しっかりと扉を閉めて部下と話していたのはわざとなのではないかと勘繰ってしまう。

 それでも。

「では、すぐに追ってください」

 瞬間移動でアリアの元へ飛ぶことは可能だろうと鋭い瞳をルーカスへ向ければ、天才魔道師はやれやれ、と吐息を洩らしていた。

「……それが、無理なんだよね」

 できないと言われ、ぴくりとルイスの蟀谷(こめかみ)が反応する。

()の闇魔法は、僕よりも高度だからね」

 くすりと笑うその声色は、全く悔しさの欠片もなく、ルイスは心の中で舌打ちする。

 瞬間移動が敵わない闇の結界のようなものが働いていると言われても、闇魔法を知らないルイスには、それが詭弁なのかさえわからない。

「……あぁ、でも、アリアの居場所はわかるよ?」

 すぐに追うことはできなくとも、居る場所ならわかると、ルーカスは意味ありげな笑みを口元へと浮かべてみせる。

「シオンならね。きっとわかると思うよ?」

 試されるように向けられる瞳に、ぴくりとルイスの表情が反応した。

「アリアがしているペンダント。魔石の波動はまた別物だからね」

 そこでシオンを出すところが、ルイスには怪しくて堪らない。

 本当にわざとではなかったのかと、そう問い(ただ)したくなってくる。

「……捕まえるのかい?」

「当然です」

 少しだけ哀しげな雰囲気を滲ませた声色へ、ルイスは間髪入れずに断言する。

 あの少女がしたことは、国にさえ背く重犯罪だ。

 公爵令嬢という身分を考慮しても、一生牢の中に繋がれても不思議ではない。

 なにをバカなことをと呟いて、ルイスは先ほど指示を仰いだ、仕える主へと想いを寄せる。

 種明かしをされた彼の人の衝撃は、どれほどのものだっただろう。

 けれど、それでも。

「あの方の治世に、傷を残すわけにはいかない」

 国の失態はきちんと拭わなくては。

 ぐっと拳を握り締めたルイスへと、ルーカスはどこか困ったような微笑を浮かべていた。

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