祈りを、貴方に。
あまりの緊張感に一瞬にして喉が乾く。
(……ルイス様……、しかも、ルーカスまで……)
すぐにでも侵入者を捕獲する為の魔法を発動させてもおかしくはない雰囲気を纏わせたルイスへと、無意識にジリジリと身体が後方へ逃げを打つ。
こんな風に真正面から見据えられて、とても隙を突いて逃げられるような相手ではない。
「まんまと罠にかかってくれて助かった」
「罠……?」
略奪者が一番油断するのは、目当ての物を手に入れた後だからと薄く笑うルイスの言葉に、自分達が泳がされていたことを知る。
アリアたちが宝玉への封印を解く場面さえ、何処からか見ていたのかもしれなかった。
「捕獲させて貰うよ?」
アリアの知るいつもの軟派な姿ではなく、完全に"師団長"の顔つきになったルーカスへ、アリアはごくりと息を飲むと身構える。
"天才魔道師"の本気を前にして、アリアが勝てるわけがない。
けれど。
「――っん……!」
侵入者を捕らえるべく、足元から伸びてきた蔓のような拘束具を光魔法で弾き飛ばし、アリアはその衝撃に顔をしかめていた。
「!?」
まさか防がれるとは思っていなかったのだろう。
驚きに目を見張る二人を視界の端に捉えながら、アリアは後方へと振り返る。
「私が時間を稼ぐから……!」
振り返り、シャノンの姿を瞳の中へと映し込むと、最近覚えたばかりの高度結界をルーカスとルイスの前へと展開する。
ほんの一瞬だけでいいから、身体を自由にしたかった。
「シャノン……」
シャノンへと走り寄り、迷うことなくその身体を抱き締める。
「な……っ!?」
途端、驚愕に見開かれたシャノンの瞳に、こんな一瞬で自分の伝えたいことが全て伝えられるだろうかと不安にもなる。
(私の知っていること、全部……!)
接触濃度が高ければ高いほど、シャノンの精神感応能力は強く相手のことを視み取ることができるはずだ。
すぐに解除された結界に、アリアは惜しむようにシャノンから離れ、祈るようにその瞳を覗き込む。
「……後はお願い」
アクア家の秘宝について。
ギルバートの過去。絶望。
アリアの願いを叶えることができるのは、"主人公"であるシャノンだけ。
「待……っ」
一度に送り込まれた情報量の多さにくらりと頭を傾けるシャノンへと小さく微笑んで、アリアはルイスとルーカスの方へと向き直る。
「早く行って……っ!」
アリア以上の高度魔法を操る二人に敵うわけはないけれど、それでも、完全に防御に回れば、みんなが逃げる為の時間稼ぎくらいはできる。
ギルバートとアルカナの闇魔法を使えば、すぐに空間転移ができるはずだ。
それに……。
「置いていけるわけないだろ……!?」
こちらに走り寄って来ようとするノアの声が響く。
「お嬢……!」
すぐに状況を計算して空間転移の歪みを生み出したギルバートでさえ、焦ったようにアリアへと顔を廻らせる。
「いいから行って……っ!」
祈るようにアリアは叫ぶ。
それに……。
(……私は、もう、無理だから……)
驚愕に見張られたルーカスの瞳が、戸惑いに揺れているのを感じる。
魔力の本質を視ることができるルーカスは、目の前で作り出された光の結界魔法の持ち主に、すぐに気づいてしまったことだろう。
アリアの正体に気づかれてしまった以上、アリアはただの足手まといにしかならない。
(だったら、いっそのこと……!)
時間稼ぎになるものならば、どんな手段でも使う。
アリアは顔がわからないよう目元を隠した仮面を自ら投げ捨て、ポニーテールの紐を外す。
「!? アリア……!?」
目の前に現れた侵入者の正体に、大きく目を見張ったルイスがあまりの衝撃に時を止める。
その隙を突いて。
「今のうちに……!」
アリアの懇願に促されるように、唯一冷静な状況判断が叶うアラスターが、低く撤退を決断する。
「……行くぞ」
その言葉に、ギリリとギルバートの奥歯が噛み締められる。
「冷静になれ。今は退く時だ」
「……っ」
アルカナがギルバートの空間転移を補助して、闇色の逃げ道がぽっかりと穴を空ける。
「見捨てるのかよ……!?」
喚くノアをその闇空間へと押し込んで、ギルバートがアラスターとシャノンを促すように振り返る。
「……っざけんな……っ!」
アラスターに無理矢理引き摺られて消えていったシャノンの声が、最後に響いて消えていった。
「……お前に完全に防御に回られると手強いな」
あらゆる防御の魔法を尽くして自分以外の全員を逃したアリアは、見えなくなったその姿へとほっと息をついていた。
そして、安堵に一瞬気が抜けてしまったその隙を、ルイスが見逃すはずもなく。
「きゃ……っ!?」
一瞬にして背後に回ったルイスから腕を締め上げられ、アリアは覚悟を決めていた。
「……なぜお前が」
苦々しく呟くルイスが、憤りを隠せない瞳をアリアへ向ける。
「どうしてこんなことをした」
「……」
その問いに、答えるわけにはいかない。
……今は、まだ。
「今までずっと、あの方を騙していたのか」
「――っ」
感情に、ぐっと力の込められた拘束は痛いくらいだけれど、それ以上にルイスのその言葉に胸が締め付けられる想いがする。
あの、優しい従兄に――、リオに、どんな顔を合わせればいいのだろう。
「あの方に、どんな言い訳をするつもりだ」
いつだってルイスの世界の中心には、清廉なあのリオがいる。
「全て吐くんだ」
相手が女性だからといって、ルイスの声色は容赦がない。
「……ルイス、様……。……ルー、カス……」
どう言葉を返していいかもわからずに、アリアは二人へと戸惑いに満ちた顔を上げる。
ルイスから目でなにかを伝えられたルーカスが、一つ溜め息を洩らしてからルイスへとなにかを差し出した。
シャラン……ッ、と、妙に高く綺麗な音を響かせてアリアの両手首へと飾られた拘束具。
一見するとお洒落なブレスレットにも見えるそれに、アリアは瞳を揺らめかせる。
「……その昔、魔力の高い姫君を捕らえる為に使われた物だと聞いたが……、皮肉だな」
それが本当のことかどうかはわからないが、王家からの借り物だと言うことを匂わせて、ルイスは口元を歪ませる。
恐らく、これは。
「これでお前は魔法を使えない。しばらく大人しくしていろ」
完全に魔力を封じられたアリアは、手元で黄金に光る魔力封印具を、何処か安堵した表情で見つめていた。