act.6-2 Jewel of the air
魔法の五大要素。その中でも"空"に属する者は少し特殊だ。
これといった特異性がない代わりに、全ての要素を操ることができる。
まず初めに天が在り、そこから風、水、火、土、が生まれたとも言われている。
ルイスが"ゲーム"内でよく見せていた雷の魔法などは、光魔法に近いようでいて、正式にはまた違うものだというが、アリアにはそんな難しいところまではわからない。
ただ、"空の宝玉"を手に入れる為の扉が何処にあるのか、と考えた時には。
アーエール家の邸の中は、不気味なほど静まり返っていた。
主たる住人が不在の今、他の者たちはギルバートとアルカナの闇魔法によって深い眠りにつかされている。
順調に行きすぎていて、怖いくらいに。
「ここ、か……?」
大きな邸の中心部。アーエール家には、広い中庭が作られていた。そこに在る、美しい噴水から流れる水で満たされた小さな泉のような場所。
微かな緊張を滲ませて確認を取ってきたギルバートへと、アリアはこくりと小さく頷いた。
アリアの記憶を頼りに、シャノンの精神感応能力で残留思念を辿って導かれた先。そこには確かに、アリアが"ゲーム"で知る光景が広がっていた。
天高い"空"の姿が映り込む澄んだ水面は、"水"の象徴。そこには、"火"を現す太陽と"土"から生命を受けた一本の大木の姿も映っている。
"風"が吹き、水の表面へとさざ波が立って。
「……行きましょう」
今回は付いていくと豪語していたノアと、シャノンとアラスターにギルバート。
四人の瞳に見つめられる中、アリアは祈りの光魔法を発動させていた。
「すっげ――っ!」
初めて味わう"異次元"の別世界に、ノアが感動の声を上げる。
「……これは確かに凄いな」
「壮大よね」
"記憶"の中では知る世界。けれど実際にその場所へ訪れるとなると感動は一入だ。
何処までも広がる青空を見上げて感嘆の吐息を洩らすアラスターに、アリアもまた胸を高鳴らせていた。
イメージ的には"天空の城"として名高い"マチュ・ピチュ"が近いだろうか。高度のある場所なのか、頭上には青空が広がっているにも関わらず、辺りには雲がかかっている。
緑色の大地が広がり、浅く広い湖畔の水面が風を受けてさざ波立つ。
もしかしたら、先ほどのアーエール家の中庭は、この光景にオマージュされて作られたものなのかもしれない。
今まで訪れた、風・火・土の異世界も神秘的なものだったけれど、この世界もまた厳かで清廉な空気が漂っていた。
「……何処に行けばいいんだ?」
まるで空に浮いた大地の上を歩いているような感覚に、ギルバートが広大な景色へと顔を廻らせる。
ただただ続く平穏な世界は、逆に何処へ進んだらいいのかわからない。
「……多分、あそこ……、じゃないかしら?」
"記憶"を頼りにアリアが指差した先は、浅く広い水面の広がる湖の中央だ。
そこには、浮島のような小さな大地が顔を覗かせている。
「……水の中を歩いていくのか?」
「……まぁ、歩けない深さじゃなさそうだけど」
湖の中心まではそれなりの距離がある。目を細めてその距離を確認するアラスターの一方で、水面を覗き込んだノアがその言葉を肯定する。
恐らくは、最も深い場所でも腰上くらい。海とは違って波があるわけではないから、歩いていこうとして歩けない距離ではない。
思わず、ここにシオンがいたら、と思ってしまい、アリアは慌ててその思考回路を振り払う。
シオンと共に空を翔んだ記憶を思い出している場合じゃない。
確かに風の高度魔法を操るシオンであれば、空を翔けてそこまで辿り着くことはお手のものだろうけれど。
(でも、確かここは……)
無表情ながらも興味深げに周りの景色を眺めているシャノンを視界の端に捉えながら、アリアはチラリとギルバートの方を伺った。
「……アル。なんとかなるか?」
シオンのように風の魔法を行使して空を翔ぶことはできないけれど、アルカナのサポートさえあれば、ギルバートもまたシオンと同じように空を舞うことが可能だ。
アリアの"記憶"の中でも、この場面ではギルバートが全員をその場所まで運んでいた。
『力は貸すから好きにしろ』
ギルバートが単身で空を翔べることは立証済みだが、さすがに一度で全員、となると無理だろう。何度か往復して一人ずつ運ぶという方法も考えられるが、一応のギルバートの問いかけに、アルカナは小さな吐息と共に応えていた。
「全員一ヶ所に集まれ」
ギルバートの一声に、疑問符を浮かべながらも全員がギルバートの近くに寄る。
そして、そのどさくさに紛れてするりと腰に回された腕に、アリアは驚きの目を向けていた。
「ノ、ノア……ッ?」
「いいじゃん、少しくらい」
耳元で、意味深な色香を滲ませて囁きかけてくるのは本当に止めて欲しい。
シャノンがアリアの味方をするようにジロリとした軽蔑の眼差しを向けるが、ノアがそれに堪える様子はない。
「……まぁ、少しの間だから我慢しろ」
「ギルバート……!」
反対側からもニヤリとアリアをからかうようにギルバートが肩を抱いてきて、アリアはほんのり頬を染めながら訴えかけるが、それが二人に聞き入れられるより前に。
「離れるなよ?」
落ちるぞ。と、真剣な声色が空気を震わせたかと思うと、その場にいる全員の身体がふわりと宙へ浮いていた。
「ぅわ……!?」
重力に逆らう浮遊力に、ノアの口から驚きの声が上がる。
経験者であるアリアも一瞬身構えてしまうのだから、ノアのその反応は当然だろう。知識の上ではそんな魔法が存在することを知っているアラスターと、感情をあまり表に出すことのないシャノンもまた、宙へと浮いた己の足元に僅かに目を見開いていた。
「すげ――」
湖の中央まで行くくらいで、わざわざ高くまで跳ぶ必要はない。水面から一メートルくらいの高さを、走るくらいのスピードで進んでいく疾走感に、ノアが興味深げに辺りを見回す。
「こんなこともできるんだな」
ノアにも魔力はあるけれど、空を翔ぶほどの超高度魔法は、アリアでさえ操れない。風を切りながら宙を進む貴重体験に感動の声を洩らしながらも、そこに何処か悔しげな色も滲んでしまうのは仕方のないことかもしれなかった。
闇色の煙に包まれるようにして宙を移動して、足元へと覗いた大地に、ギルバートはゆっくりとその魔力を解いていく。
「到着」
ふぅ、と肩を落として無事全員を着地させ、ギルバードは空を仰いでいた。
「これはまた凄いな」
「空の中にいるみたいね」
頭上に広がる澄み渡った青空と。足元に広がった水面全体に映り込む空の景色。
空と空とに挟まれて、ここが何処だか忘れてしまいそうな感覚に、アリアもまた感動から柔らかな微笑みが顔に浮かぶ。
「……綺麗……」
こんな景色がこの世にあるのかと、そんな風に思ってしまう。
けれど、吸い込まれそうな空の世界に身を預けていたアリアへと、じ……、とした視線が向けられる。
「……な、なに……?」
その視線の持ち主は、ギルバートとノアの二人。
「……いや?」
「アンタに見惚れてただけ」
すぐに視線を逸らして小さく肩を落としたギルバートとは対照的に、ノアから恥ずかしげもないくすりという笑みを溢されて、アリアは一瞬動きを止める。
「え……」
「女神様みたい」
「……!」
現実離れした神秘的な景色の中に溶け込んで、そこで柔らかな微笑みを浮かべる少女の姿も、とてもこの世の存在とは思えなくて。
思わず甘く笑んだノアの言葉に、アリアは大きく目を見張る。
褒め言葉には間違いないのだろうけれど、それは随分と自分には身に余る形容に違いない。
「下らないこと言ってないでさっさと始めるぞ」
だが、眉をしかめて差し込まれたギルバートの何処か不機嫌にも感じる声色に、アリアは我に返るとすぐに気持ちを切り替える。
一刻の時間も惜しい。
ここの世界と"現実"の世界は時間の流れが違うけれど、それでも一秒だって無駄にしていい時間はなかった。
「……私は光と水。シャノンは風。アラスターは火。ノアは……、地属性よね?」
「……まぁ、たいした魔力じゃないけどね」
全員の属性を確認するアリアへと、ノアは肩を竦めて肯定する。
"空"の宝玉は、ただその属性魔法だけが試されるものではなく、とても複雑だ。
「全員でサポートするから……、ギルバート?」
ここは自分がしゃしゃり出ていい場面ではないから、アリアは"リーダー"へと窺うように目を向ける。
「……空属性の魔力って、イマイチ扱い難いよな」
そうは言っても、ギルバートはきっちりとその魔力を制御してみせることをアリアは知っているから。
「それもできる限り手伝うから」
「……さすがだな」
一切の迷いない瞳を向けてくるアリアへと、ギルバートはくすりという余裕の笑みを見せる。
「……それでは、"女神様"?」
からかうような視線を投げ、ギルバートは自然な流れでアリアの白い手を取った。
「我々をお導き下さい」
「……っ!」
そうして手の甲にキスを落とせば、アリアの顔へと朱色が走る。
この少女が自分にとって、幸運の女神なのか、破滅へと誘う魔女なのかと思ったこともあるけれど。
きっと、女神の方なのだと今ならば思える。
羞恥にほんのりと目元を赤く染まながら、咎めるように自分をみつめてくる少女から手を離し。
「……ここが正念場だ」
ギルバートは、吸い込まれそうに青い空を睨むように見上げていた。
全員が心を一つにして巨大な魔力をギルバートへと預け渡せば、それを受け取ったギルバートが、正しく"空"の魔力を構成する。
空に向かい、強大な魔力を解放し。
風が吹き、草木が揺れ、雲が流れ、真っ青なだけの空が広がった。
太陽の光が降り注ぎ、水面からもきらきらと眩しいほどの輝きが満ち溢れる。
そうして、なにもなかった天空から、光輝く宝玉が姿を現していた。
*****
そして、現実へと戻ったその瞬間。
「……ZERO一人の単独犯かと思っていたが、まさかこんな団体だったとはね」
「――っ!」
そこには、天才魔道師を従えた、アーエール家の正当な後継者――、ルイスが、くすりという策士の笑みを称えて待ち構えていた。