act.6-1 Jewel of the air
すっかり溜まり場となってしまったジャレッドの事務所に顔を出すと、すぐにアリアの姿を認めたノアから黒い笑顔を向けられて、アリアは一瞬たじろいでいた。
ひらひらと手を振って自分の隣へと手招くノアに、どうしたものかと視線を彷徨わせ。そんなノアへと咎めるような視線を送ったギルバートに目だけでこちらへ来るよう促され、迷った末にギルバートの隣へと腰を下ろしていた。
「いよいよ次はアーエール家だな」
そうして告げられた真剣な声色に、アリアは反射的に息を飲む。
アリアの実家であるアクア家を除けば、ある意味最後のターゲットとも言える。アーエール家の家宝である空の宝玉を手に入れてしまえば、全ての宝玉は揃ったも同然だ。だからこそ、それゆえに、最も緊張感に襲われる任務と言っても過言ではない。
"ゲーム"で見た空の宝玉が隠されている場所の"映像"は覚えていても、それがアーエール家の何処にあるのかまでは記憶していない。
アリアはアーエール家にだけは一度も足を踏み入れたことがない為、全くの未知の世界だった。
「でも、さすがに当分は無理だろ?」
少し離れた位置でシャノンと向かい合って座るアラスターが、冷静な瞳をギルバートへと向ける。
ウェントゥス家、イグニス家に続き、先日ソルム家の秘宝を手に入れたばかりだ。順調過ぎるが故に、ここら辺で少し慎重になった方がいいというアラスターの意見はもっともだろう。ここまで裏をかかれた公爵家は、その威信を示す為にもその警戒度は最大に達している。
普段穏やかなアリアの父親でさえ、ここ最近は少しピリピリとした空気が感じられていた。上の兄などは明らかに苛立ちを見せていたくらいだから、慎重に慎重を重ねるくらいの方がいいだろう。
だが。
「それが、近く、主な住人が全員留守になる日がある」
「……え?」
それが本当だとしたら、この場合それは運が良いと考えるべきなのか、時期尚早と取るべきなのか。
僅かに目を見開くアリアへと、ギルバートは確認を取るかのような瞳を向けてくる。
「あそこは皇太子の婚約者の家だろう? その関係で、どうしても全員参加しなければならない行事があるらしい」
確かに、そういうことであれば、ルイスたち全員が家を離れることはあるかもしれない。もっとも、どの家も、平日の昼間は当主の妻が一人で家を守っているようなものだけれど。
「だとしても、そんな情報が漏れるのはおかしくないか?」
優秀なアラスターはさすがに頭が回る。眉を潜めてあらゆる可能性に考えを巡らせるアラスターへと、ギルバートは改めて口を開く。
「実際は、こんな事態だからと、息子が一人残るという話になっている」
「?」
つまりは、ルイスが家を預かるということだろうか。全員留守、という言葉と今の言葉の矛盾に小首を傾げて瞳を瞬かせるアリアに、ギルバートのくすりという意味ありげな笑みが溢される。
「実際は全員留守になるが、その隙をZEROに狙われないよう、住人が残っていると情報操作しているんだ」
ギルバートのその説明に、アラスターは「なるほどな」と顎に手を遣り、一応の納得がいったという様子を見せる。それでも、
「その情報はどこから?」
と、同じことを思っているのか、無言で同席するシャノンと共に、真剣な眼差しをギルバートへと向けていた。
「……あの一件をキッカケに、イグニス家とは少し繋がりができたんだよね。その関係で」
けれど、その問いに答えたのはギルバートではなく、一人あまりやる気のない雰囲気を醸し出していたノアだった。
どうやら今回の宮廷行事には、生演奏を奏でる音楽家たちも数多く呼ばれているらしく、ノアの知り合いが情報源となっているらしい。
「まぁ、オレはそれ以上のことは知らないけど」
自分が聞き込んできた情報は、あくまで今度の宮廷行事に演奏家たちがアーエール家から依頼を受けたという話だけで、その後のことはギルバートが情報収集した結果だと肩を竦め、ノアは小さく嘆息する。
元々の"ゲーム"でも、アーエール家はノアの協力を得て攻略するものだから、そういった意味でもそこに信憑性はある。
「大詰めだな」
くすっ、と笑みを洩らして獲物を捉えたような瞳で唇を舐め取る動きをするギルバートの、その色気のある仕草にうっかりアリアが胸を高鳴らせてしまったその一方で。
「……だからお前ら、そーゆー話をオレの前でするなって」
今の今まで存在感を隠していたジャレッドが、がっくりと項垂れて頭を抱え込んでいた。
「ジャ、ジャレッド……。本当にごめんなさい……」
「……いや、もう、今さらすぎんだけどな……?」
慌てて謝るアリアへと、ジャレッドが力なく手を振ってくる。
気持ちとしては、恐らく泣きたいくらいの心地に違いない。
ギルバートやアリアの事情を、ジャレッドは知りたくもないし、関り合いたくもないと、初めから一環して主張を曲げていない。
"ゲーム"では、一番にZEROの"仲間"となったジャレッドだが、この"現実"では、仲間でもなければ共犯者にもなっていない。けれど、どんな因果かその立ち位置はすっかり"協力者"だ。
「……で?宝玉を全部集めたらどうするわけ?」
今さらと言えば今さらの質問を投げ掛けて、ノアは視線を周りに巡らせる。
ノアがここにいる理由は、アリアがここにいるからだ。そもそも怪盗行為そのものに興味はない。
そんなアリアは最初からギルバートが宝玉を集める理由を知っているからそんな問いかけをしたことはないし、シャノンもまたアリアの為にZEROの仲間になっただけで、元よりその理由には無関心だ。
唯一好奇心旺盛なアラスターだけは気にはなっているかもしれないが、やはりアラスターもシャノンの為についてきただけだから、深くまで訊ねてこようとはしなかった。
もちろん、巻き込まれてこの場にいるだけのジャレッドは、始めからなにも耳に入れたくない。
ここまで三つの宝玉を集めておいて、今更ながら向けられたその質問に、ギルバートはしばし考える素振りを見せた後にゆっくりと重たい口を開いていた。
「……オレは元々、ある魔族を探してる」
ここまでみんなを巻き込んでおいて今さらその理由を誤魔化すことも不義理だとでも思ったのか、全員から目を逸らしたギルバートが呟くように言葉を紡ぐ。
ギルバートが探しているのは、親の仇。
アルカナとの出逢いになんの疑問も持つことなく、幼いあの日にアルカナに言われたまま、両親を殺した犯人を魔族だと信じ込んでいる。
「宝玉を集めるのはその対価だ」
アルカナと"契約"をし、人の身には余る闇の魔力を得る為の交換条件。
ギルバート自身は宝玉に興味はない。
それでも、もしその先の目的が人の道から外れるようなものであれば、さすがのギルバートもその条件を呑んではいない。
「……アルは……」
『俺様の目的は、魔族を一掃することだ』
顔を上げ、涼しい顔でアルカナは鳴く。
アルカナが、ギルバートと出逢った理由。
アルカナの言葉通りであれば、ギルバートの両親を殺した上位魔族の気配を偶然察し、その魔族を消そうとした時に幼いギルバートに会ったという。
結果的にその魔族には逃げられてしまったと聞いたから、ギルバートはアルカナと共に今までずっとその魔族を追っている。
――存在しない、その魔族を。
「魔族、を?」
『邪魔だろう?』
お前たち人間にとってもいいことだ。と、ここに来て初めて口を開いた、シャノンの疑念の双眸に薄い笑みのような声色を返す。
――シャノンはその特殊能力ゆえ、アルカナの底の見えない不気味さに少しは気づいているのかもしれない。
魔族を一掃することが最終目的だと聞いているから、ギルバートはアルカナと手を組んでいる。
いつか、自分の両親を惨殺した悪魔に邂逅する日が来ることを信じて……。
魔族を一掃したいというアルカナの思いに嘘はない。
アルカナの真の目的の為には、恐らく魔族の存在が一番の障壁だろうから。
『俺様は外れ者だからな。魔族とは意見が合わないんだ』
同じ、魔の存在として。
アルカナの思考は少しばかり魔族のそれとは外れている。
だから、微妙に異なる魔族の存在がアルカナにとっては目障りなのだ。
『魔族を滅ぼす為の、新たな道を開こうとしているだけだ』
宝玉を集めたその先にあるもの。
その言葉だけは巧みに真実の裏をかいた間違った見解だ。
「……"妖精界"、への道なんだろう?」
"ゲーム"の中では、本来この時点ではギルバートもまだ知らなかった"真実"。
確認するかのようにアリアへとチラリと視線を投げ、ギルバートはアルカナを静かに窺う。
アルカナをじっとみつめるその瞳が、心の奥でなにを考えているのだろうとアリアは思う。
ほんの少しだけでも、この魔物に疑念を抱いてくれていればいいと願いながら。
『妖精界と繋がりができれば、新たな力が手に入る』
その言葉そのものは本当のことかもしれない。
"ゲーム"の中でも、妖精界への扉が開かれたことにより、人間の世界へと影響が現れるような話に触れていた。ただ、"ゲーム"においては、アルカナの討伐後はそのままエンディングへと向かう流れだから、その先の詳しいことまではアリアにもわからないけれど。
(ただ、アルカナの本当の目的は……)
アルカナの真の目的は、もちろんそんなことではない。
妖精界への扉を開いた、その時には……。
「……"妖精界"……? そんなものが……?」
本当に?と、驚きの目を向けるアラスターへと、何処か相手を小馬鹿にしたようなアルカナの皮肉げな笑みが零れ落ちる。
『信じられないか?』
「……いや」
俄には信じられずとも、それを否定する要素もない。
実際に、自分達は宝玉を手に入れる為に"別次元"へと足を踏み入れている"現実"がある。
その存在を噛みしめ、認めるアラスターへと、野望に満ちたアルカナの挑戦的な瞳が光る。
『新たな力を手に入れて、魔族を一掃する』
アルカナのその言葉に、アリアは一人きゅっと唇を噛み締める。
アルカナは元々、妖精界の世界の住人だ。こちらで言うところの"魔族"に当たる、"黒妖精"の王の末裔。
彼らの手により、妖精界は滅亡の危機に瀕し、精霊王たちが最後の力を振り絞り、先導者であるアルカナを人間界へと飛ばすことに成功した。
つまり、アルカナは、元の世界に戻る為に、妖精界への扉を開ける鍵となる五つの宝玉を求めている。
そして、妖精界へと戻った時、幼いギルバートと契約を交わした際に自ら封印した記憶が戻るようになっている。
アルカナの真の目的は。
世界の全てを手に入れること。
そして、自分がその頂点に立つこと。
もちろんそこには、アリアたちの住まう人間界も含まれる。
仮初の猫の姿から変化を解き、ギルバートを嘲笑ったアルカナの姿を思い出す。
氷のように凍てつく、寒々とした美貌を持つ青年。
記憶を取り戻したアルカナは、ギルバートへと両親を殺した時のことを語るのだ。
五つの宝玉を手に入れたアルカナと、親の仇の正体を知ったギルバート。
その瞬間、二人の"契約"は解かれ、アルカナにとってギルバートは"用済み"の存在と化す。
妖しく残忍に微笑ったアルカナは、十年以上の時を共に過ごした相棒へと、なんの躊躇もなく牙を向く。
親の仇を教えられ、愕然とするギルバートへと、一切の迷いなく鋭い爪を振り下ろす――。
「……どうした?」
「……なんでもないわ」
自然、ふるりと震えた身を抱き締めるように腕を回したアリアへと、眉を潜めたギルバートの視線が向けられる。
絶望の淵からギルバートを救い上げるのは主人公の存在だ。
それでも、できる限りその傷は小さい方がいいと思う。
その為に、自分にはなにができるだろうか。
「アーエール家の宝玉を手に入れる」
力強く宣言し、ギルバートが全員の顔を見回した。
なぜだろう。
アリアの胸に生まれた、ざらついた感覚は拭えぬまま。
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