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誰が為に。

 ソルム家から秘宝を奪った後、アリアはすぐに自室へと戻されていたから、その後のZEROたちの動きは把握していない。

 秘宝を入手してしまえば別段なにをすることもないから、それは全く構わないのだが、事後報告というものはそれなりには必要だ。

 いつものジャレッドの事務所でリデラが逃走したことを告げたアリアに、ギルバートは少しだけ悔しそうな様子を滲ませていたけれど、それでも自分達の正体が割れることなく無事三つ目の宝玉を手に入れられたことには一応の満足をしているようだった。

 そうして一通り事後報告と話し合いが終わってしまえば長居は無用で、普段であればすぐに帰るべきところを、アリアはついぼんやりと考え事をしてしまっていた。

「……婚約、解消……」

 犯罪(・・)を犯した婚約者など、シオンの傷になるだけだ。全てリオに話すならば、身辺整理は早い方がいい。アクア家の令嬢が犯罪者など、優しい家族の顔を思えば、"家"に迷惑をかけてしまうことにズキリと胸が傷んだけれど。

 せめて、ウェントゥス家にまで被害が及ぶようなことはないようにしたいと思う。

 今からシオンと距離を取れば、その時(・・・)には他人(・・)でいられるだろうか。

「……え? あの婚約者と別れる気になったの?」

 不意に目を丸くしてこちらを窺ってきたノアへと、アリアの方こそ驚いたように目を見張る。

「……っ! ノ、ノア……ッ」

 頭の中で考えていただけのつもりが、いつの間にか声に出してしまっていたらしい。

 己のやらかしてしまった失態に、慌てて意識を周りへ戻せば、ギルバートやアラスター、シャノンまでもが窺うようにこちらを眺めていた。

「なにがあったか知らないけど、オレとしては大歓迎だね」

 にこりと満足気に笑うその笑顔からは、意味深な空気が滲み出る。

「えと……、その……、だから、ノア……?」

「さっさと別れて。今日にでも。今すぐにでも」

 元々アリアの近くに座っていたのだが、わざわざ腰を上げたノアは、アリアの眼前まで迫ってくる。

「それで、オレとイイコト(・・・・)しよ?」

「ノア……ッ!」

 くすっ、と、耳元近くでからかうような囁きを落とされて、その色香に思わず顔が赤らんでしまう。

「も、もう、帰るから……っ」

 元々話が終わればすぐに帰るつもりだった。

 これ以上ここにいて、ノアの口説き文句に晒されるのは恥ずかしくて堪らない。

「うん。早く帰って早く別れてきて」

 いつもであれば帰るアリアを引き留めようとするノアは、今日ばかりは嬉しそうにひらひらと手を振った。

「楽しみにしてる」





 いつかと同じ、玄関へと向かう廊下の一角。

 シャノンに呼び止められたアリアは、何処か咎めるような双眸にみつめられていた。

「……なんだよ、さっきの」

「……なに、って……」

 さっきの、というのは、思わず漏れてしまった「婚約解消」発言のことだろうか。

「今度はなに考えてんだ」

「そ、そんなに大したことじゃ……」

 言い逃れは許さない、という真摯な瞳に、アリアは思わず動揺する。

 アリアが誰と婚約しても、逆にそれを解消したとしても、シャノンたちにはなんら関係ないはずなのに。

 じ、とみつめてくる瞳が全てを見透かそうとしてくるようで、アリアは居心地悪そうにたじろいだ。

 例えリオに罪の告白をしたとしても、ギルバートたちのことまで話すつもりは一切ない。

 ZEROの存在は公になってしまっているけれど、アリア一人の罪として不穏を治めて貰えないかと思っている。犯人(・・)さえ捕まって断罪されれば、一応の国の威信は保たれる。

 ギルバートがそこまでのことを考えていたのかどうかは知らないが、一番最初、ウェントゥス家での怪盗行為の際、ZEROが一人で姿を現したこともあり、国は現時点では一連の事件をZEROの単独犯だと思っている。だから、なんとかアリア一人の犯行ということにできないだろうか。

 本来であれば奪われるはずのない家宝を、公爵家の令嬢(人間)が盗み出していたとするならば、それは誰もが仕方のないことだと納得するだろう。

「……シャ、シャノン……?」

 じ……、とみつめてくる大きな瞳に、アリアは気持ちだけ後ずさる。

 そして、その手が。

 一歩、アリアへと歩み寄ったシャノンの手が、なにかを決意したかのように伸ばされるのに、アリアははっと目を見開いていた。

(ま、さか……)

「シャノ……ッ」

 手首を取られ、アリアの目が驚愕に見開かれる。

 シャノンが自らの意思で誰かに触れようとするなど、通常であれば考えられない事態だ。

「だめ……っ! シャノン……!?」

 離して……!と、思わず振り払おうとした手は、けれど思いの外強い力で握り締められていて、離れることが許されない。

「シャノ……」

 アリアより強い力。

 女の子よりも綺麗な顔立ちをしていても、やはりシャノンは異性であることを、こんな時に実感させられてしまう。

「……()んでいい、って、言ったよな?」

 少しだけ苦しげに歪んだ表情で呼吸を整えて、怯えるようなアリアに向かい、シャノンは責めるような瞳を向けてくる。

 ――『貴方が本気で知りたいと思ったら、()んでくれて構わない」』

 わざわざアリアに会いに行ったあの時に、アリアは確かにそう言った。

「視せろよ」

 常に他人と距離を取るシャノンからは想像もできないほど強い視線を向けられて、アリアは小さく息を飲む。

 まさかこんな時に、シャノンがこんな強行手段に出るなど、誰が考えるだろうか。

「……おかしいよな」

 アリアから手を離し、シャノンは自分の掌をみつめて自嘲する。

「俺はずっと、この能力(ちから)を忌み嫌ってた」

 なぜこんな能力(ちから)があるのかと、今までずっと自分自身を呪っていた。

 ずっとずっと、こんな能力、失くなってしまえばいいと思っていた。

 それが、今。

「無理矢理にでも()んでやろうなんて思う日が来るなんて、思ってもみなかった」

 相手が近しい相手であればあるほど、絶対に触れないように気をつけてきた。

 例え不可抗力だったとしても、誰かの心を覗きたくなかった。

 ――恐かった、から。

 表面上だけ取り繕って、本当はその中身(こころ)は違うことを考えているのではないか、と。

 それは、身近な人間を信じていない(・・・・・・)ということと同義であることはわかりつつ、それでもどうしてもその恐怖から逃れることができないでいたのに。

「全部、アンタのせいだ」

 ぐっと掌を握り込み、シャノンは強い光を宿した瞳をアリアに向ける。

 この、少女だけは。

 全てを隠してなにもかも一人で抱え込もうとしている少女だけは、自分が動かなければ救うことができないから。

 だから。

「責任取れ」

 自分をここまで変えてしまった(・・・・・・・)責任は取って貰わなければ困ると思う。

 少女の意思とは関係なく、全部暴いてやりたくなる責任は取って貰わなければ。

「……シャノン……」

「……言えばアンタが苦しむってわかっていて、それでも俺はあえて言わせてもらう」

 戸惑いに揺れる瞳に、シャノンはきゅっと唇を噛み締める。

 視て、しまったから。

 目の前のこの少女が、全て終わったその時には、その罪を一人で負おうとしていることを。

 国の威信の為にも、自分を(なげう)つ覚悟を持っていることを。

 ……ただ、それが、シャノンには正しい(・・・)ことだとは思えない。

 だから。

「自首するつもりなら、俺も一緒に行く」

 その言葉に、アリアの瞳が見開かれる。

 誰か(・・)を巻き込むことを、この少女は良しとはしないだろう。

 それをわかっていて。わかっているからこそ、シャノンは強い意思を込めて口を開く。

「アンタ一人に背負わせたりしない」

 シャノンがZEROの"仲間"になったのは、この少女を助けたいと思ったからだ。

 ここで少女を一人(・・)にしたら、それはなんの意味もない。

「……アイツ(・・・)にも、アラスターにも言わないから」

 アリアの覚悟をギルバートが知ったら、少女の記憶を消そうとするかもしれない。

 アラスターがシャノンの決意を知ったら、全力で止めてくるだろう。

 だから、シャノンが視たことは、二人に話すつもりはない。

 その代わり。

「一人で全部抱えようとすんな」

 わかっている。

 シャノンの決意を聞いてしまったら、アリアが行動に移せなくなることを。

 シャノンは、それで構わないと思う。

 シャノンまで巻き込めないと苦しんで、それでも少女が今まで通りでいられるならば。

「ちゃんと最後まで付き合わせろよ」

 そんな選択肢を取れないことをわかった上で口にされたシャノンの言葉に、思った通りにアリアはふるふると首を横に振る。

「……それは、ダメ……」

 弱々しく紡がれた否定に、シャノンは少しだけ憤りの滲んだ瞳を向ける。

「だったら、ずっと黙ってろ」

 罪の告白は楽だろう。

 黙っていることの方が目の前の少女にとっては辛いことに違いない。

 ならばいっそ、より辛い方を取るのが断罪だ。

「無関係なふりで今まで通り、いつもと同じ生活をこれからもずっと続けていけよ」

 シャノンの考えが正しければ、この少女が罪の告白をしたところで、救われる者の方がきっと少ない。

 自分の価値(・・)を、この少女はわかっていないから。

「関わることを決めたのはアンタだ。最後まで……墓場まで全部持っていけ」

 罪を償いたいというのなら、それは一生その罪を隠して生きていくことこそが償いになる。

 この少女の告白を、きっと誰も望まない。

 この少女を断罪しなければならない立場に立たされることを、一体誰が望むだろうか。

「耐え切れなくなりそうなら、視て、理解して話を聞いてやる。傍にいる。一緒に背負ってやるから」

 罪の意識に苛まれて苦しむというのなら、シャノンであれば同じ苦しみを請け負うことができる。

「一人で抱え込むな」

 なんとなく、思った。

 自分のこの特殊能力(ちから)は、この少女の為にあるのではないか、と。

 それならば。

「アンタの荷物、半分寄越せ、って言っただろ?」

 緊張にも似た空気を解き、シャノンは少しだけ呆れたように微笑(わら)った。

「その為に俺がいる」

「シャノン……」

 迷うように揺れるその瞳に、この気持ちが伝わればいいと思う。

「決めるのはアンタだ。好きな方を選べばいい」

 選べる選択肢などなくなってしまったことを理解しながらも、もし万が一、も仮定してシャノンは告げる。

 例え、どちらを選んだとしても。

「俺は、一緒に行くからな?」

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