悪夢
――『君のこと、知ってるよ?』
ゾクリと身が震えるような、不快な声が聞こえた。
――『罰は、受けなくちゃ』
くすくすくす、と。酷く愉しそうな嗤い声。
それは、いつかのヘイスティングスにも似た声色。
――『君は、異質の存在だから』
この世界にとって、在るべきではないもの。
"運命"を歪めた代償を払わなければと誰かが嗤う。
――『排除、しなくちゃ』
世界を、元に戻そうと。
本来の姿に戻そうと。
そんな、声が聞こえる。
――『オレが、好きなのは……』
(シ、オン……?)
なにかに苦しむ、聞き慣れた低い声が聞こえた。
――『……オレが愛しているのは、"お前"じゃない……』
その声色は、なぜかとても辛そうで。
――『返してくれ』
(な、にを……?)
なにを、返せというのか。
誰かの、怒った声が聞こえた。
(ユー、リ……?)
――『絶望していいのは、手を尽くして尽くして尽くしまくって、これ以上足掻くことがなにもなくなった人間だけだ……!こんな簡単に諦めるのも、絶望するのも許さない……!!』
いつだって、失意の底から救い上げてくれるのはユーリで。
(ユーリ、を……?)
ユーリを、返せと。
そういう意味なのだろうかと思う。
――『歪めたのは、誰?』
犯人を探す声。
真っ赤な口が、ニタァァ、と歪んだのが見えた。
――『みぃつけた』
*****
「――っ!」
冷たい汗にまみれて目が覚めた。
(……ゆ、め……?)
なにか酷く怖い夢をみた気がするけれど、もうなにも覚えていない。
魘されて起きることは、ここ最近そう珍しいことでもない。
いつも、内容はなにも覚えていない。
ただ、酷くアリアを追い詰める夢。
その原因は、わかっている。
先日、三つ目となる土の宝玉を手に入れた。
それは、ZEROとしては順調だ。
……けれど。
一方で、国の上層部には動揺が走っている。
それはそうだ。国の中枢を担う五大公爵家の三家から、その尻尾を掴ませることなく家宝を盗まれたのだから。
箝口令は敷かれているが、これが世間に広がるようなことがあれば、それは国の根本を揺るがすほどの大失態だ。
――『……まぁ、おじい様は呆れてたけど、なにも言ってはこないよ』
前王へと報告したというリオの苦笑い。
もはや隠居の身。深い溜め息をついただけで、前王は「お前たちがなんとかしろ」の一言で終わったらしい。
国上層部のみで留め置かれている失態だが、それはもはや現王はもちろんのこと、皇太子であるリオの資質さえ問われる騒ぎになりかねない。
大騒ぎとなる覚悟はしていた。
けれどまさか、ここまで追い詰められるようなことになるとは思っていなかった。
"ゲーム"の"ストーリー"だからと。そう簡単に物事を捉えていて。
"ゲーム"だからと軽く考えることがどれほど危険なことなのか、もう知っていたはずなのに。
もう、引き返すことはできない。
できないならば、せめて。
全て、終わったら。
全部、リオに告白しようかと思った。
それがアリアにできる、唯一の償い。
だから、シオンを巻き込めない。
これ以上、傍にいたらダメだ。
罪を負うのは、アリア一人でいい。
今、全てをシオンに話したら。
きっとシオンは、アリアを選んでしまう。
どうして自分が選ばれたのか未だに信じられないけれど、シオンの愛情を疑ったことはない。
シオンは、アリアの為ならば、きっと全てを棄ててみせる。
シオンは、そういう性格だ。
――巻き込めない。
自分のせいで、シオンが全てを失うなんて、それだけは嫌だと思う。
例え、それをシオン自身が望んだとしても。
それが、どんな我が儘だと言われても。
罪を償うべきは、アリア一人でいい。
運命に逆らった咎を受けるのは、アリアだけで。