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届け。

 シオンは幼い頃、誘拐されたことがある。

 当時、前代の公爵家時代の跡取り争いが拗れてのことだという。

 その頃から冷静で天の才を見せ始めていたシオンはあっさり誘拐犯から逃げ出したらしいが、その途中で川を泳ぎ、びしょ濡れに。

 それを助けたのがこちらもまだ幼なかったユーリだ。

 しかも、母親の趣味で女の子の格好をさせられていたというから、シオンが勘違いするのも仕方がない。

 以来、シオンにとっての忘れられない人となった。


(……は、いいとして。どうするの、この展開!?)

 隣町で新たに三人の感染者が出たという連絡を受けてバタバタと受け入れの準備が始まる中、その手伝いをしているユーリの後ろ姿をみつめながらアリアは心の中で自問自答する。

 運命の再会は学園に入ってからと油断していた。なんの心の準備もない。準備をしていたらどうなのかと言われても特になにもないような気もするのだが、今のアリアにその突っ込みが理解できる余裕はないだろう。

(もしかしてユーリが遅れて入学してきたのって、これとなにか関係ある?)

 アリアたちが動くことのなかった"ゲーム"の過去でも、ユーリはこうして病に倒れた人の元で奔走していたのかもしれない。もしかしたら、そこで"なにか"があったのか。

 その考察は間違っていないのだが、アリアにそれを知る術は一生ない。

(感染しない辺りはさすが主人公だけど……)

 "ゲーム"内の過去においても同じように感染者たちを看病していたとしたならば、感染してしまってもなんら不思議ないが、ユーリは無事だ。

(入学が遅れた理由は病気ではないはず)

 "ちょっとした事情"で遅れてきた。"ゲーム"内で語られた理由などそれだけだ。

(そもそも、ゲーム設定を深く追求するなんて……)

 と。

「……親父(オヤジ)……!」

 ふいに耳に届いたイーサンのその呼び声に、アリアは現実へと引き戻される。

(……"親父(オヤジ)"……?)

 イーサンの「親父(オヤジ)」ということは、先日話していた医者をしているという父親のことだろうか。

 そう思い、その声が聞こえてきた方向へと顔を上げれば、そこにはたった今新たに運ばれてきたらしき患者の一人が寝かされていた。

「……なんだお前は」

 こんなところで医者の真似事か?と、防護服に身を包んだイーサンの姿を上から下まで眺めやり、男は馬鹿にするようにふん、と鼻を鳴らす。

「……そんなんじゃねーよ」

 イーサンから聞いた人柄をそのまま形にしたような、武骨で無風流なその男の態度に、イーサンはふいっと顔を反らすと悔しげに唇を噛み締めていた。

「ただ、こんなオレにもできることがあるから」

 それをしているだけだと語る息子に、男は微熱で緩慢になった口調で呆れたように嘆息する。

「お前にできることなどあるわけないだろう」

 医者でもないお前が、と吐き捨てるように口にされたその言葉は、期待に答えられなかった「不出来な息子」への落胆からだろうか。

 医者である自分ですら、この病を前にどうすることもできずにいる。それをなんの力もない息子がどう足掻こうが変わることなどないと思っているのだろう。

「あるさ……!」

 しかし、強い言の葉を発するイーサンに、男はそれ以上聞く気はないとでも言いたげに緩く首を横に振ると、なにかを諦めたように瞳を閉じ、肩で大きく息を吐く。

「……お前に看取って貰うことになるとはな」

「……は?」

 自分の死を悟ったかのように洩らされた自嘲に、イーサンは意味がわからないと眉を寄せる。

「なんでだよ、軽症だろ?」

 まだ微熱が出ているだけの段階で、意識はしっかり保っている。持病も特になかったはずだと首を傾げるイーサンに、男は再度呆れたような吐息を吐き出した。

「だからお前は残念だと言っているんだ」

 セーレーン病の致死率も知らないのか、と溜め息を落とすイーサンの父親は、しっかりとした知識を持った医者なのだろう。

 薬の精製は難しく、そもそも原材料となる薬草自体が手に入らない。

 そう諦めたように語る父親に、イーサンは真っ向から挑むような双眸を向けていた。

「親父は助かるよ」

 助けてみせる、と自分の決意を表明する。

 悔しいかな、自分の力ではないけど。

 ……そう。今は、まだ。

「……薬なら、ある」

 対セーレーン病の(ポーション)を掲げ、イーサンは小さな瓶の蓋を外すと父親へそれを飲むよう促した。

「なにを……」

「親父」

 疑いの眼差しを向けてくる父親に、イーサンはぐっと拳を握り締める。

 今はまだ、こんなことしかできないけれど。もう、こんな悔しい思いをしないために。

「悪ぃけど、オレ、やっぱり医者になろうと思う」

 ――もし私が不治の病に倒れたら……

 思い出すのは、そう静かに向けられた少女の微笑。

 ――その時は、貴方(イーサン)みたいなお医者様に看て貰いたいって思うから……

 その綺麗な横顔に応えたい。

 そう、思ってしまったから。

 自分にできることは少ないとそう言って。けれどできることは全てやりたいとその瞳は語っていた。

「そんでもってアンタのことも兄貴たちのことも見返してやるから」

 覚悟しとけよ、と見つめたその先になにを見ているのだろうか。

「……お前は本当にどうしようもない馬鹿だな」

 手渡された小瓶の中身を一気に飲み干して、イーサンの父親は呆れたようにそう呟いていた。





 *****





 そして、それは突然やってきた。

「これが今日の分の薬?」

 小さな小瓶を一つ一つ丁寧に並べていたアリアは、横からひょいっと現れた小さな影ににこりと微笑みを浮かべていた。

「ユーリ」

「オレ、配ってこようか?」

 小首を傾げて尋ねてくる姿は、まるで目をくりくりさせたリスのようだと思う。

 感情豊かなユーリの表情は、見ているだけでこちらを和ませてくれる効果がある。

 シオンも同じようなことを思っているのだろうか。物言うことなくこちらに向けられている視線を感じて、アリアはふんわりと微笑(わら)う。

「じゃあお願いしようかしら」

 と、その前に。

「……どうか早くよくなりますように……」

 並べた(ポーション)の前で指を組み、アリアは祈りを捧げるように目を閉じる。

 少しでも早く病状が回復しますように。

 どうかこれ以上苦しむ人が出ませんように。

 どうか、これ以上命を落とす人がいませんように。

 どうか、神様。

(お願いします……)

「アリア?」

 不思議そうなユーリの呼び声に、アリアは目を開けると小さな苦笑を漏らす。

「早くよくなりますように、って。気持ちの問題なのだけれど」

 いくら魔法の世界といえど、これでなにかの効果が得られるわけではない。

 それでも願わずにはいられないアリアに、ユーリは「んじゃオレもっ」とにこやかな笑みを浮かべる。

「……!」

(こういうところ、本当に素直で可愛いのよね)

 対象者でないアリアでさえ、うっかり心奪われてしまいそうになる。それほどまでユーリの魅力は破壊的だ。

「……神様……」

 と。

 ユーリがアリアを真似るように(ポーション)の前で祈りを捧げかけた時。

 ぽわ……っ、と。光の反射のような輝きがユーリの身体の周りを満たす。

(えっ……?)

 己から発せられるその光に、目を閉じたユーリ自身は気づいていない。

「みんなが早くよくなりますように」

 ……の瞬間。

 パァァ……、と光が弾けるように(ポーション)の上に舞い落ちる様を、アリアは呆然と見つめていた。

(光魔法!?)

「えっ、なにこれっ?」

 目を開けたユーリが突然目に入り込んできた輝きに驚くと同時に、

「光魔法…」

 シオンの少しだけ掠れた低い呟きが落とされる。

「えっ、なになに!?」

 きょろきょろと光の原因を探して辺りを見回すユーリの背中に、こんな時でも冷静なシオンの声がかけられる。

「……お前、魔力持ちだったのか?」

「えっ……?」

 その質問に意味がわからないと目を丸くするユーリに、アリアの方が「そうよね」と納得してしまう。

 この時点ではまだ、ユーリの魔力は開花していないはずだ。

 適正試験でさえわからなかったユーリの光魔法が発覚するのは、学園へ入学してくる少し前のこと。

「……」

 確かに光魔法だったと確信する一方で、見たことも聞いたこともない部類のその輝きに、シオンはなにかを考え込むかのように顎に手をやり黙り込む。

 そうなの、ユーリの光魔法は特別なのよ、などと解答を口にするわけにもいかないアリアは、そんなシオンとユーリの様子を静かに見守り続けることしかできない。

「……一つ、貰っておくぞ」

 しばしの思案の後、そう言って(ポーション)の一つを手に取ったシオンは、その小瓶を別の場所へと保管する。



 そして後日、ルークにその中身を確認して貰ったところ、効用がかなり高くなっていたことが判明する。

 発せられた光魔法がそれにどう関わっているのかはまだ研究の余地があるというが、そうしてユーリは早くもアリアたちと同じ魔法学園へと入学することが決まっていた。

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