皇太子と側近
解散の雰囲気に部屋を出ていったサイラスの後ろ姿を、仔犬が威嚇しているかのような空気を纏わせたユーリが見送っていた。
「……ユーリ?」
まさに、その背後には「がるるる」とでも効果音がついていそうなユーリの雰囲気に、アリアは「どうしたの?」と困ったような表情になる。
「……リオ様の前だからって、猫被ってる」
「!」
なぜユーリがそれを知っているのかはわからないが、少し考えてみれば、シオンもとっくの昔にサイラスの本性を知っている。
皇太子であるリオにはさすがに礼儀を重んじていたが、そのリオとてあの時のアリアとサイラスの遣り取りを察しているのだとしたら、こうして白々しく礼儀正しい態度を演じてみせるサイラスは、さすがに肝が座っている。
「……気に入らない」
「ルークまで……」
ユーリの横で同じように顔をしかめているルークへと、アリアはますます困った顔になる。
ユーリもルークも、そう簡単に人を嫌うような性格をしていないというのに、一体三人の間になにがあったのか。
「……アリアのことを悪く言うヤツは嫌いだ」
「え?」
「ユーリを馬鹿にするヤツは許せない」
「……ル、ルーク?」
自分がサイラスに嫌われている自覚はある為、ユーリの呟きはなんとなく理解できるけれど、その矛先がユーリにまで向いたのかと思うと本当になにが起こったのだろうと目を白黒させてしまう。
「……サイラス様は悪い人ではないと思うけれど……」
「アリアはお人好し過ぎる」
「同感」
せめて、とフォローを入れても逆効果だ。
ちょっと捻くれた性格をしているかもしれないが、"攻略対象者"としてのサイラスを知るアリアにしてみれば、サイラスも充分魅力溢れる"キャラクター"だ。
「二人とも……」
ジト目を向けてくる二人へと、どうしたものかと小首を傾げれば、なぜかくすくす笑みを溢すリオの楽しそうな声が洩らされていた。
「「リオ様っ?」」
なんで笑うんですかっ。と、ユーリとルークの不満そうな声が重なる。
「……いや、なんか彼を見ていると、誰かさんを思い出して」
「……へ?」
ごめんね、と二人へ楽しそうに謝るリオは、チラリと隣に佇む寡黙な側近へと視線を投げる。
「……それは一体誰のことですか」
「誰だろうね?」
眉間に皺を寄せるルイスと、悪戯っぽい瞳を向けるリオの姿に、アリアは久しぶりに「ルイス×リオ」の"推しカップリング"を思い出し、心の中で狂喜乱舞してしまう。
今でこそしっかりとした礼儀を持ってリオに接しているルイスだが、実はそうでもなかった過去が二人の間に存在していることが、"ゲーム"の中で描写されていた。
そんな二人の特別な関係を知った時、"ゲーム画面"の前で彼女がどれだけ悶えていたことか。
(どうしよう……!素敵すぎる……!)
そんな邪な感情が表情に出ないよう必死に取り繕いながら、それでもアリアはほんのりと頬を染めていた。
*****
集まった全員を見送って、二人だけ残された部屋の中。
「……私はあそこまでではありません」
まだ凝りが残っているのか、なんとも言えない表情で呟きを洩らしたルイスへと、リオは再びくすくすと笑みを溢していた。
「あぁ、ごめん。気にしてた?」
今さら遠慮をする間柄でもなく、リオは悪戯っぽい瞳をルイスへと向ける。
「君も結構やんちゃだったと思うけど」
「……」
不本意そうに返された沈黙は、本人にもそれなりの自覚があるからだろうとリオは思う。
「もう普通に話してはくれないのかな?」
「……リオ様」
「昔みたいに呼び捨てでもいいのに」
二人の時くらい。とからかうように微笑いながら、その瞳がほんの少しだけ寂しそうな色を見せるのに、ルイスは苦々しい気持ちが沸き上がるのを懸命に押し殺す。
将来の義兄弟でも同級生でもなく、二人の関係は"皇太子とその側近"だ。
「……それはそうとリオ様」
こほん、と小さく咳払いをして「ちょっとよろしいですか?」と空気を変えようと試みるも、リオから向けられる「なに?」という視線は今だ笑みを残したもの。
それに思わず軽い苛立ちを覚えてしまい、本性が頭を覗かせる。
「……リオ」
いい加減にしろ。と漏れた言葉は、ルイスが思ったよりも低く響いた。
舌打ちさえ零れそうになって眉間に皺を寄せたルイスに、それでもリオは愉しそうに笑っていた。
「ごめんごめん。でもやっぱり君もそっちの方が合ってるよ?」
「……お止めください」
過酷な環境で育ったはずなのに、どうしてこの人はこんなに清廉潔白でいられるのかと、苦虫を噛み潰したような表情になってしまう。
周りの空気が浄化されていくかのような雰囲気を纏って、相変わらず可笑しそうに口元を緩めながら、リオは申し訳なさそうに微笑んでいた。
「うん。ごめんね? ……それで?」
柔らかく謝罪して、それから一息置くと真面目な視線をルイスへ向ける。
「ZEROに関してですが……。このまま守りに回っていては同じことの繰り返しです」
リオの空気が真剣なものに変わったことを確認し、ルイスはなにかを決断したかのような鋭い光を双眸の奥に宿らせていた。
「私に少し、考えがあります」
すでに三つの宝玉が奪われた。
残るは二つ。アクア家とアーエール家。後者はもちろん、ルイスの家だ。
これ以上、ZEROの好きにさせてはいけない。
「罠を、張ります」
次に狙われるのは、アクア家かアーエール家か。
二者一択なのであれば、次のターゲットが、アーエール家になるよう誘き寄せるまで。
「身内に内通者がいることも想定して情報操作しましょう」
そもそも公爵家からこんなに易々と家宝を盗み出すこと自体があり得ない。
となれば、もはや全てを疑ってかかるべきだとルイスは言う。
「今回、ソルム家で魔族討伐の作戦があったことはもちろん、その日程も、知っている人間は極一部です」
それでも、その瞬間の隙を突くかのようにZEROはやってきた。
偶然では済まされないタイミングを考えれば、何処かに裏切り者が潜んでいると推測する方が自然だろう。
実際は、シャノンがサイラスの思考を視んだからで、ルイスのその推測は少しばかり外れてはいるのだけれど。とはいえ、まさか精神感応者の存在など、さすがのルイスも想像だにすることはできないのだから当然だ。
今回、情報を知る極一部の人間の中に、アリアが含まれていないことは幸運と取るべきなのか。
「餌を撒いて誘き寄せましょう」
絶対に逃しはしないと、ルイスは固い意志の籠った瞳でリオを窺う。
「お任せ下さいますか?」
全ては、目の前の将来の王の為に。
その人の治世に、一辺の傷も残さない為に。
「必ず、捕まえてみせます」