act.9-10 GAME
結果的にリデラを取り逃がしたと聞いたのは、次の日のことだった。
討伐自体の手応えは五分五分。否、ルーカスたち精鋭部隊の方が上回っていたからこそ、リデラは逃走を図った。元々リデラは人殺しという行為そのものや戦闘行為に興味があるわけではなさそうだから、分が悪くなればすぐに撤退を決めたとしてもおかしくない。
そして、"逃走"を決めてしまえば、隙を突かれて空間転移で逃げられてしまったとしても、それは仕方のないことだろう。
闇魔法そのものはルーカスよりもリデラの方が上手だ。空間転移を防ぐ手段はない。
余談だが、リデラを追おうにも、リオやルーカスが使う瞬間移動は、直接魔族の元に行くことはできないらしい。特定の人物の元に行くことも、それなりの条件が揃わなければならないという。
「お役に立てずに申し訳ありませんでした」
いつものメンバーに加え、今回の最大の協力者であったサイラスが礼儀正しい所作でリオへと頭を下げる。その姿はアリアに見せる皮肉気な態度ではなく、洗練されたものだった。
「いや。君は充分やってくれたよ」
学園内のサロン。すでに定位置になった椅子に腰掛け、リオは恐縮するサイラスに向かい、穏やかな空気を醸し出していた。
「ですが、まさかその間に宝玉が奪われるとは思ってもいませんでしたが」
仕方ないと苦笑を溢すリオとは対照的に、ルイスが憤りの隠せない声色で厳しい視線を廻らせる。
リデラに悟らせないよう、ルーカスを中心とした極少人数での討伐部隊と、ルークの父親でもあるソルム家現当主と長兄とで挑んだ闘い。
彼らがリデラ討伐に意識を取られている間に家宝の封印が解かれた為、非常事態に気づくのが遅くなったという。ルークはルークで客人として招いたユーリとサイラスに被害が及ばないよう、そちらに気を取られていて封印解除の気配にすぐに気づくことはできなかった。
その辺りは本当にギルバートの思い通りと言うべきか、今作の"ヒーロー"としての絶大な強運を持ち合わせているからというべきかわからないけれど。
そしてその結果、封印が解かれたことに気づいても、リデラを相手にしている最中ではすぐに動くこともできず、結果的に現場へと向かった時には全てが終わった後だったという。
後から駆けつけたルーカスがすぐに現場検証をしたものの、すでに魔法の痕跡が追えるほどには残っていなかったと聞いた時、アリアはひっそりと安堵に胸を撫で下ろしてしまっていた。さらに言うならば、シオンも討伐作戦に加わらないまでも、リデラに見つからないようユーリとルークを見守っていたと聞けば、本当に危なかったと冷や汗が流れてしまっていた。
「……やはりリデラはこの件には関わっていないということでしょうか?」
眼鏡を押し上げながら、セオドアが遠慮がちに疑問符を口にする。
元々魔族としてのリデラと対峙した時、そこへ現れたZEROはリデラと敵対こそしてはいないものの、"仲間"というような雰囲気はなかった。
ただ、その素振りから"知り合い"ではありそうだった為、後から手を組むことにしたのか、それとも対立しているのならば双方共に宝玉を狙っているのか、という臆測が生まれていただけだ。
イグニス家に残されていたセオドア自身の魔力の残滓。
それが"何者かに操られた"証拠ではないかと思われていたのだが、その件に関してリデラが無関係だというならば、一体セオドアの身になにが起きたのか。
一つだけ確かなことは、一度リデラに操られた経験のあるシオンは、その時の記憶そのものは失っていないということだ。
つまり、この矛盾が導き出す先にあるものは?
「それについてはなにか言っていた?」
リオから静かに口にされる質問に、サイラスは申し訳なさそうに首を横に振る。
「いえ……、特には。オレなどには話すつもりがないのか、本当に無関係なのかもわかりません」
そうは言っても、本当はリデラとZEROが全くの無関係であることを、サイラスは知っている。
それを口にしないのはシャノンの言うようにサイラスはすでに"仲間"としての意識が芽生えている為なのか。
――『ソルム家の秘宝を無事に手に入れることができたなら、その"お仲間ごっこ"に付き合ってやってもいい』
その約束を守ったということか。
「しばらく一緒にいましたが、リデラの目的そのものはよくわかりませんでした」
アリアの目から見ても、リデラは快楽犯だ。
サイラスのその言葉に嘘はないだろう。
もしかしたら、明確な目的など最初から存在しないのかもしれないとも思わせる。
「お役に立てずに申し訳ないです」
「君が一番危険な立場にいたんだ。充分だよ。仕方ない」
再び頭を下げたサイラスへと穏やかな瞳を向け、けれどリオはそれから顔色を曇らせる。
「むしろ、リデラにとって君は裏切り者だ。これから君が狙われかねない」
懐に入れたふりをして、裏ではリデラ討伐の為に動いていた。
利用するつもりで近づいた人間に陥れられたなど、普通に考えれば逆鱗に触れておかしくはない。
「常に誰か付けておこうか?」
万が一があった時には、すぐに自分に連絡が来るように万全を整えておこうかと意味ありげに微笑うルーカスに、サイラスは僅かに眉を寄せる。
「そこまでのことは……」
護衛と考えれば聞こえはいいのかもしれないが、逆にそれは常に"見張られている"心地もして、決して気分がいいものではないのだろう。
「向こうからやってきてくれるのであれば、伐つチャンスが増えるんだけどね?」
「……ですが、わざわざ仕返しをしに来るタイプではないかと」
くす、と愉しそうに笑うルーカスに、サイラスは嫌気な気配を滲ませる。
それから、なにかを思い起こすかのような仕草を見せると「それに……」と口を開いていた。
「目的はわかりませんが、妙にそこの彼とZEROがお気に入りのようでしたし」
ちら、と向けられた視線の先には、顔を潜めるシオンの姿。
確かに、裏賭博事件の際も、ステラの事件の際も、リデラはシオンとZEROの二人を気にかけていた様子があった。
同じ女性であるアリアが羨ましくなってしまうほどのあの色気を振り撒きながらシオンに誘いかけていたことを考えると、どんなお気に入りなのだろうと邪推もしてしまうけれど。
「……カインとアベル……、でしたか?」
しばらく前にも考察した、双子の王子の名前を思い出し、ルイスがリオへと伺う。
「本当に、一体なんの関係が?」
結局、答えはなにも出ないまま。
微妙な空気だけが、その場に流れていった。